『手を繋いで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
手を繋いで
そっちじゃないよって小さい手をぎゅっと握る
そっちじゃない、こっちだ。
いつの間にかどんどん強くなっていて
痛いよーって泣いていたんじゃないのか。
嫌いと言いながら泣いている姿を見た。
その自分を悪だと決めつけた。
だからパッと手を離した。
きっとそれは間違い。
力を入れないように
ふわっと手を繋げばいい
それでも時には強くなる
でもそれでいい。
【後で書きます…!】
2025/3/20 「手を繋いで」
《手を繋いで》
また後日!
2025.3.20《手を繋いで》
途中書きです。すみません。
私事ですが、大学の進学先が決まりました。
工学部で勉強頑張ります。
「手を繋いで」
手を繋いで
また同じ夢から醒めた。
見知らぬ青年に手を繋ぎ、歩く夢を見た。
君は逃げろと言われた時とは違う、温かくて優しくて
でも、もうきっと二度と戻れない悲しい夢。
「大丈夫?あなた誰って叫んでいたよ」
同じ部屋で寝る仲間に話しかけられた。
「また夢を見たの。見知らぬ青年と手を繋いで春の道を歩いていて。温かいのに、とても悲しくなる夢を見た。」
息を整えて夢を見た話をした。
「前に話した人?」
たぶんと小さく呟いた。
そんな私の手を、彼女はそっと繋いでくれた。夢で見た手とは違う、白くて柔らかな手。
「何回も同じ夢を見ると不安になるよね。まだ起きる時間じゃないから私と手を繋いで寝よう?」
目の前にいる彼女は、もう家族に近い。おかあさんやおねえさんがいたらこんな感じなのかなってなんだか温かい気持ちになった。
「ありがとう」
彼女と手を繋ぎ、布団にもう一度潜る。
「おやすみなさい。よい夢を」
互いに幸せな夢を見られるよう祈りながら、再び眠りの中に旅立っていった。
手を繋いで
久しぶりの、デート。
あなたと手を繋いで商店街へ散歩。
変わらずあなたは私の手を取り、並んで歩く。
そんな、何気ないことが私にとっては宝物のように心に刻まれた。
時々ふと、多分一生、このときこの感情を忘れることがないと思えるような瞬間がある。
あなたと出会って、
「今が1番幸せかも」と何度思ったかな。
たぶん、数え切れないほど。
知れば知るほどあなたが愛しくて
もっと一緒にいたくて
あなたを知りたくて
愛したくなる。
あなたしか、いらない。
必要ない。
日常を幸せと思える心も、
お金の価値を再び考えることができたのも
信じることができるのも
全部あなたがいたから。
──いなくならないで。
寝言のような、か細い声で君の背中に呟いた。
後ろにふりかえって、見つめ合う。
あなたは何も言わず小指を差し出してくるから、私の小指を絡ませた。
そのときのほほえみが、頭から離れない。
心臓が痛いほど波打つ
自分が誘うのとはワケが違う
動揺につけ込む口は
離したほうがいいなら離すと
優しいのか何なのか、ずる賢い提案を投げる
きっと詐欺師とか上手くやれるよ。
…ほら、手が熱くなってきた。
少しだけ離してほしいな
質問はしないで
慌てると比例して速まる鼓動に
君はまた少し口角を上げる
#3手を繋いで
【手を繋いで】
ふわりと柔らかく笑う姿が忘れられなかった。
「好きです」
空気に溶ける。
手を繋ぐことすらできなかった。
キスなんてなおさら。
あーあ、時間が流れる。
手を繋いで、君と見上げる月
「ごめんね、待った?」
「ううん、私も今来たところ」
駅前のモニュメントで森田くんと仕事終わりに待ち合わせて、2人並んで歩く。
大学2年生の時に社会学部のゼミで知り合った森田くんとは、就職1年目の今もカフェや夕食に出掛けて他愛のない話をする仲だ。
「昼間はまだ暑いけど、夕方は涼しくなったね」
「うん、ムシムシした感じがなくて気持ちいい」
秋の夜風が森田くんの前髪を柔らかく揺らしている。
交差点で青信号を待つ間、オフィス街のビル群を見上げると夕暮れにか細い月が浮かんでいた。
「三日月、綺麗だね」
「あ、ほんとだ」
私の言葉に月を見上げた森田くんは軽く微笑んで目を細めてる。その横顔を私はそっと盗み見る。
青信号に変わり、森田くんは私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き始めた。
森田くんは率先してゼミのリーダー的な役割を担ってくれる、頼りになる人。そんな印象。
私はカフェでバイトするほど、カフェの雰囲気やコーヒーとカフェメニューが好き。
大学近くにできたばかりのカフェが気になっていた時、森田くんに空きコマにどう?と誘われて、カフェで一緒にお茶をした。
森田くんはその時もゼミの印象のまま明るくて良い人。楽しくお茶をした後、「時間のあるときに一緒にカフェ巡りができたら」と少し照れながら伝えてくれた。
だけどそのときの私は、中学時代の部活の元顧問とバイト先のカフェで再会して心惹かれていて、森田くんの誘いを断った。
それなのに…
店内で天井からのダウンライトに照らされながら、何にしようかなあとテーブルの向かい側でメニューを楽しそうに見ている森田くんをそっと見つめる。
私が森田くんの誘いを無碍に断った後。
「わかった。ごめんね、変なこと言って」
森田くんは優しく微笑んで、私とずっと友だちでいてくれている。
元顧問の早坂先生が来てくれるバイト先は大学が忙しくて夏に辞めてしまった。
あの頃の私はまるで夏に忘れ物をしてしまったよう。自分の気持ちがわからなくて踏ん切りがつかなかったとき、森田くんは私の気持ちに寄り添ってくれた。早坂先生に会いに行く決心をしているのに行けずにいた私に「着いて行こうか?」と私の背中を優しく押してくれた人。
隣を歩いて、一緒にご飯やお茶をして、近況を伝え合う時間。
幸せだなぁと思ってる。森田くんが楽しそうに笑っているのを見ること。私を見て笑ってくれること。
「米田さん、どうしたの?」
「ん?」
「手が止まってるよ」
パスタを食べる手を止めた森田くんが少し申し訳なさそうな顔をした。
「仕事、忙しいのに無理してる?米田さんの所属してるNPO、忙しいって言ってたよね」
「あ、ごめん。確かに忙しいけど、充実してるって言う方が正しいかもしれない。今、子どもたちのために新しいワークショップを計画してて、忙しいけど、楽しいの」
「そっか、良かった」
「ん?」
「友だちが良い顔してるって、嬉しいじゃん」
「あ、あはは。そう言うものか」
「そう言うもんだよ」
パスタをフォークに起用に巻きつけて森田くんはパクパクと食べるのを再開する。
美味しそうに大きな口を開けて食べる森田くんの姿を見るのがいつも密かな楽しみだったはずなのに。
「友だち」
森田くんと私は友だちなのに、森田くんから『友だち』と言われて、細い針がチクッと刺さったように痛む。
その後の食事は、あんまり味がしなかった。
森田くんとの食事を終えて、今夜はあんまり笑顔でいられないかも、と思った私は、「やっぱり疲れてるのかも。ごめんね」と早々に別れを告げた。
森田くんは地下鉄のホーム、私は在来線ホームへ。
電車に乗っても、森田くんの心配そうな顔が忘れられない。
車窓の夜空の三日月は高く登り輝いてる。
学生服に大きなバッグパックを背負っているのは、学習塾帰りの中学生だろうか。
鈴ちゃんーーー私の中学校からの友人で、新卒1年目で母校の中学校の教師をしているーーーに不意に会いたくなった。
話を聞いてもらいたい。
森田くんのこと、早坂先生のこと。
鈴ちゃんにLINEを送ると、すぐに既読になった。
『週末、ご飯食べに行かない?』『OK!どこ行く?』『まだ決めてなくて』『探しておくね!』
鈴ちゃんからの返信は全部ビックリマーク付き。私はちょっとだけ笑ってスタンプを送った後スマホを閉じて、目を閉じた。
脳裏に浮かんだのは、森田くんの顔だった。
ずっと、早坂先生の顔が浮かんでたはずなのに、いつの間にか森田くんの顔が思い浮かぶようになっていた。
森田くんに背中を押されて、私は「好きです」と早坂先生に伝えることができた。
「元教え子だから、今は私とは考えられない」と断られたけれど、私の気持ちは受け止めてくれて、「もっと米田が経験を積んでそのときに同じ気持ちだったら、元教え子の枠を取り払って向き合うよ」と約束してくれた。
経験を積んだら…って、大学を卒業して、社会人として経験を積むこと、早坂先生と同じ立場に立つことだと思ってる。
いざ、自分がそうなったら、早坂先生よりも森田くんのことが思い浮かぶようになっていた。
こんなのって、許されるのかな。
大学を卒業して、私は県庁所在地のある都市で一人暮らしを始めた。
森田くんはこの都市の出身で、美味しくて安いご飯屋さんない?って聞いたことから、一緒にご飯やカフェに出かけるようになった。
私は過去、カフェ巡りを無碍に断ったのに、森田くんは笑顔で一緒に出掛けてくれた。友だちだから、なのに、友だちって言われたことが辛い。
家に着いて部屋着に着替えたとき、LINEの着信音が鳴り、スマホを手に取る。
鈴ちゃんからだった。私のかつてのバイト先のカフェがスパイスカレーのお店を始めたからそこはどう?という提案。良いね!と鈴ちゃんにスタンプを送った。ちょっとだけ元気出たかも。鈴ちゃん早く会いたい。会って、このもやもやを聞いてもらいたい。
週末、鈴ちゃんとのランチは緑地公園に入ってすぐの所にできたこじんまりとしたスパイスカレー屋さん。
バイト先だった同じ緑地公園内にあるコンテナのカフェとオーナーが同じ系列店。
入店してすぐコーヒーの淹れ方を教わったオーナーに見つかって、「今日はゆっくりしていってね」とよく冷えたレモン水を置いて行ってくれた。
「鈴ちゃん…森田くんって覚えてる?大学生の頃、駅前でバッタリ会ったことあるんだけど」
「相合傘してた人だよね?ちょうど私の話をしてたからって、米ちゃん、紹介してくれた」
「そう、その人」
「爽やかなイケメンだったね。その人と何かあった?」
鈴ちゃんは静かな瞳で尋ねた。
好奇心はなく、心配そうな顔をしてる。
鈴ちゃんのこんな表情を、私は過去に見たことがある。
中学校の地区の長距離継走大会の後、順位を落として落ち込んでる私に、霧雨の競技場で寄り添ってくれた時と同じ表情…。
元顧問の早坂先生に練習不足だって言われて、私はさらに落ち込でしまって。
でも、捻挫をしてたせいでちゃんと練習できなかったことを知ったら、早坂先生はすごく謝ってくれた。
あのときは、私を子供扱いしなかったことにただ驚いたけど、大学生になって、まさか早坂先生を好きになるとは思わなかった…。
「森田くんの話の前にひとつ話しても良い?」
「うん、なんでも言ってみて」
微笑んでくれる鈴ちゃんに安心して、そっと紡いだ。
「私、早坂先生に恋してたの」
「えっ、」
ビックリしてる鈴ちゃんに声なく微笑む。
「でね、先生に好きって伝えたら、元生徒とどうこうなる気は今はないよって」
鈴ちゃんは真面目な表情をして、「うん…早坂先生なら言いそうかも」と小さく呟いた。
「早坂先生ね、私、教育実習のときに指導してもらったんだけど、すごく生徒想いだなって思ったの。
先生、男女問わず人気者で、親身になってアドバイスしてることも多かったけど、女子生徒には一線引いてた。相手が中学生だから当然だけど、その辺りは特に注意してたみたい」
「そっか」
「厳しいですね、って他の先生が言ったとき、『彼らにはまだ人生経験が浅いですから。将来、もっとキラキラした未来が訪れるんですから、視野を広げてもらいたいんですよね』だって。ちょっとカッコいいと思っちゃった」
鈴ちゃんの笑顔につられて私も笑顔になる。
私がコンテナのカフェで告白した瞬間、元教え子としてきっと大切に思われてた…。
「でも…早坂先生は『今は』って言ったんだよね。だから米ちゃんは心が揺れてる…?」
「今は早坂先生より森田くんに惹かれてる。心変わりした。でも、私、早坂先生と約束したことがあって」
「約束?」
「『元教え子だから、今は私とは考えられない」と断られたけれど、私の気持ちは受け止めてくれて、「もっと米田が経験を積んでそのときに同じ気持ちだったら、元教え子の枠を取り払って向き合うよ』っていう約束」
カレーの後で頼んだスペシャリティコーヒーの香りが、熱さが、早坂先生を思い出す。
先生の誠実な優しさと笑顔を。
「早坂先生は…今の鈴ちゃんを、きっと、成長だと捉えるんじゃないかな」
「え?」
「考えが変わったり、心変わりは誰にだってあるよ。それだけ経験を積んだってことだと思う。米ちゃんは、早坂先生を諦めたわけじゃないでしょ?」
鈴ちゃんは、私に視線を合わせて微笑んでいる。
うん、私は早坂先生のことを忘れようとか、諦めようとしたわけじゃない。
「うん、違うよ。森田くんに惹かれたの」
ちょっと恥ずかしいけど、言い切って笑うと、鈴ちゃんもホッとしたように笑った。
互いにコーヒーをひとくち飲む。
美味しくて、キッチンを見ると、オーナーと目が合う。サムズアップすると、オーナーは両手でサムズアップした。
私たちのやり取りをクスクス笑ってる鈴ちゃんに、笑いかける。
「鈴ちゃん、先生みたいだった」
「へっ?」
「それだけ経験を積んだから、って言ってくれたとき。学校の先生ってすごいね。私、心、動かされたもん」
「やだ、米ちゃん、やめてよ!」
顔を赤くして照れてる鈴ちゃんに声をたてて笑う。
友だちって良いな。
森田くんが私のこと、友だちって思ってくれてるなら、それでも良いのかもしれない。
少なからず、他の人よりは大切に思っているだろうし。
カレー屋さんを出て、せっかくだからと緑地公園を散歩する。
私は中学校卒業後、すっかり走らなくなってしまったけれど、鈴ちゃんは高校と大学では陸上部に入部して、私はもっぱら鈴ちゃんの応援団だ。
この緑地公園は、私と鈴ちゃんの中学時代の選抜長距離部の青春が詰まってる。
今も木々の緑は生い茂り、もっと秋が深まればもみじの紅葉がはじまる。
池のほとりをまわって、コンテナのカフェの屋根の下、人影がいるのがわかった。それが早坂先生なことも。
鼓動が強くうるさい。鈴ちゃんが人影に気づいて、あっ、と声を出した。
まだ早坂先生に聴こえる距離じゃないのに、鈴ちゃんが「どうする?」と小声で尋ねた。
どうしたら良いんだろう。私たちに気づかないでタオルで汗を拭っている早坂先生の背中を見つめて、私は決めた。
「会ってくる。だって、私は成長したってことで良いんだよね?」
鈴ちゃんが笑う。
「うん!いってらっしゃい!」
両手で背中を押されて、私は早坂先生へと真っ直ぐに向かう。
木々が風に優しく揺れる。
コーヒーを受け取って振り返った早坂先生が私を見つけた。
「おっ、米田?久しぶりだな。コーヒー飲みに来たのか?何飲む?」
私の分を注文してくれようとする先生に此処にいる理由を話す。
「鈴ちゃんと、公園の入口のカレー屋さんでランチしたんです。そこでコーヒーも飲んでて。だから大丈夫です」
「へえ。あそこ、俺も気になってるんだよな。鈴木とはもう別れたのか?」
「いえ。…私、早坂先生に話があって。鈴ちゃんには待ってもらってます」
鈴ちゃんは池のほとりを散策してるから、と話が終わるのを待ってくれている。
あのバイトの頃のように早坂先生はコーヒーを飲み、私は先生の正面に座る。
私は一度深呼吸をした。そんな私を先生は静かに見つめている。
「早坂先生。私、あの夏の忘れ物を大切に持っていたんです。先生への気持ち」
「そうか」
穏やかに頷かれて、「でも、」と私は緊張に声が掠れた。
先生は一度席を立ち、カウンターにいる店員さんからお冷をもらってくれた。私は会釈して一口飲んで先生を見つめる。
「だけど、大学で同じゼミの人と知り合って、今、その人のことをよく考えるんです」
「そうか。…米田、俺、あの夏に言ったよな?永遠は難しいって。人は成長する。だから永遠は難しいんだ」
目元が熱くなる。早坂先生は低い声で穏やかに笑って、私の頭に自分のタオルを被せた。
やっぱり柔軟剤の優しい香りと肌触りがする。
「全く、2枚も俺のタオルを持って行くのは米田だけだ」
「すみません、前のタオルも返してないのに」
グズっと鼻を鳴らすと「いらんいらん」と先生は笑った。
「じゃ、鈴木が待ってるだろ?よろしく言っておいて」
「はい」
「元気で。頑張れよ」
先生は陽が傾いた緑地公園を走って行った。
鈴ちゃんに連絡を取る。
迎えに来てくれた鈴ちゃんに報告する。やっぱり早坂先生は鈴ちゃんの言う通り良い先生だったって。
夜になって、新しく森田くんからLINEが送られて来ているのに気づく。
ビル群に浮かぶ煌々と白く光る満月の写真が添付されている。
「仕事落ち着いてきた?大丈夫?」
って聞いてくれるのは、先日、夕食を一緒に食べた時に「疲れてるみたい」って、私が早々に解散を切り出してしまったから。
「友だち」と言われて勝手に落ち込んで、森田くんに心配をかけてる。
声が聴きたい。電話をかけると、すぐに電話に出てくれた。
「森田くん、大丈夫、元気だよ。この間はごめんね」
「そっか。良かった。実はちょっと心配してた。俺、変なこと言ったかもしれないと思って。あのとき、途中から米田さんの様子がちょっと違ったから」
「……」
森田くん、私の様子に気がついてたんだ。驚きと恥ずかしさに言葉に詰まると、森田くんは電話の向こう側で咳払いをした。
「あのさ、少しだけで良いから、米田さん、外に出れるかな」
「えっ?」
「今、外にいるけど、そっち、向かうから。30分くらいで米田さんとこの最寄り駅へ行けそうなんだ」
「あ、うん、大丈夫だよ」
「駅へ着いたら連絡するから」
「うん」
唐突な誘いに思わずオッケーを出してしまった。
髪とメイクを手直しする。
友だちとして心配してくれてるのでも良い。私は森田くんのその優しさも好きだから。
「ごめん、急に呼び出しなんかして」
「ううん、大丈夫」
駅前のペディストリアンデッキを並んで歩く。
夜空に浮かぶ満月は煌々と高く光る。
「月、綺麗だね。ごめんね、森田くん。心配かけちゃって」
「そんなの、友だちだから、当たり前だよ」
優しい微笑み。ちょっと…だいぶかもしれない。胸は痛むけど、でも、大丈夫にしなくちゃ。
「私、早坂先生に会ったの」
息を飲む森田くん。
背中を押してくれた森田くんには、早坂先生の忘れ物が恋心だったこと、大切に持っていることはお話済みだった。
「…そっか。経験を積んで会いに来たら、米田さんと向き合うって言ってくれたんだよね。良い先生だよね」
森田くんは立ち上がって、月を見上げている。
なんとなく森田くんの声が震えている気がして、私は彼のシャツの端をそっと掴む。
ビクッと身体を揺らして、森田くんが私を見下ろした。私は森田くんを見上げて微笑んだ。
「私、早坂先生に、夏の忘れ物をもう持ち歩かないって言ってきた」
「えっ、…っと、マジで…?」
「うん。早坂先生は言ってくれた。『永遠は難しいって言ったよな。人は成長するから』って」
「そ…っか、ビックリ…。けど、会ったことない人だけど、同じ男として憧れるかも。早坂先生のこと」
驚きから柔らかな表情に変化した森田くんに、うん、と微笑む。私も早坂先生に出逢えて良かったと思ってる。
「んじゃ、もう米田さんの憂いは消えたんだね」
「うん、もうバッチリ…かなぁ?」
「なんか含みがある?」
「内緒」
人差し指を口元に当てて笑う。
「米田さん」
ふと真面目な声音で呼ばれた気がして森田くんを見上げる。真面目な表情を柔らかく崩して優しい瞳で見つめられていて、小さく息を飲んだ。
「よく頑張ったね。うん、よく頑張った」
ぽん、と大きな手のひらが頭に乗った。
子犬の頭を撫でるかのように優しくナデナデされる。
心が柔く解けていく。そんなに優しくされると泣いちゃいそうだよ。
「森田くんが応援してくれてたの、知ってたから」
「うん」
「だから、頑張れた」
「そっか」
「うん」
頭皮を撫でていた優しい温もりがそっと離れていく。私がその指先を視線で追うと、森田くんが手のひらで自分の顔を覆った。
「米田さん、一個だけ俺の話も聞いて」
少しだけ切羽詰まった声に、「何でも言って」と答える。
森田くんのために私ができること、何でもしてあげたいって思った。
こんなことを思うのは、初めてだと思う。
「俺、米田さんのこと、ずっと友だちだって自分に言い聞かせてた。米田さんは友だちだって、大学の頃からずっと」
どういう意味に捉えて良いかわからなくて。指先が冷えていく。
「でも、もう隠せなくなった。俺、米田さんのことが好きです」
顔を覆った手を外した森田くんは、顔を赤くしている。私に見つめられて、「あっ、でも、」と視線をそらせた。
「米田さんが俺のこと、好きにならなくても別に良いんだ。今まで通り、友だちとしていてくれれば。ってか、それでお願いします。こんな意識させるようなこと言ってなんだけど。あれ、ごめん、ほんと、」
年齢の割に落ち着いている森田くんとは思えないほどテンパっていて、私はちょっとだけ笑う。
正直に胸はドキドキ鼓動が速いんだけど、森田くんが可愛い。そしてすごくすごく嬉しい。
「森田くん」
「はい、」
「もう遅いよ。私、森田くんのこと、好きになっちゃったから」
あ、小さな声になった。でも、森田くんにはちゃんと聴こえてて。
「マジか。めっちゃ嬉しい」
私の手首を掴んだ森田くんに、胸に引き寄せられる。
嬉しい、と力強く抱きしめられて、森田くんの心臓の鼓動の速さを知る。
「ごめん、勝手に」
「ううん、大丈夫」
抱きしめる腕を解いた後、森田くんは私と手を繋いだ。
「俺、今夜の満月は忘れられないと思う」
大切そうに呟かれたその言葉も、私は忘れられないと思う。
「私も」
ふたりで見上げる満月は、夜空に煌々と煌めいている。
手を繋いで、君と見上げる月
「手を、繋いでほしい要望なのか、既に繋いでる状態を言ってるのか。どっちだろうな」
おそらく類語に、手を「握って」、「掴んで」等があると思われる。それらではなく、敢えて「繋いで」とする狙いはどこだろう。
某所在住物書きは頭をかき、天井を見上げた。
「『手錠で柱に』手を繋いで、とかなら、刑事ネタ行けるだろうけどな。どうだろうな」
ひとつ変わり種を閃くも、物語を書く前に却下。
「……そもそも『人間の手』である必要性は?」
――――――
最近最近の都内某所、某「本物の魔女が切り盛りしている」とウワサの喫茶店。
比較的静かな店内ではアンティークのオルゴールが、タタン、かたん、タタン、かたん。
優しく穏やかに、単調に、振動板をはじいている。
オルゴールに差し込む鍵によって曲が変わるのだ。
その「比較的」静かな店内を、とたたたた、とてててて!走り回って遊ぶ――あるいは逃げる、不思議な子狐と不思議なハムスターがある。
「まて、ネズミ、まてっ」
「ハムスターだってば!」
パタン、たたん、パタン、たたん。
店主の老淑女は伏せたカードをめくっている最中。
4枚がそれぞれ示す絵柄は、
子狐に追いかけ回されているネズミ、
手を繋いで洞窟に入る2人の子供、
互いが互いの背後を指さし合う表紙絵の本、
そしてケージに閉じ込められたキバナノアマナと、竜に噛みつかれている白トリカブト。
1枚目は「今まさに起きていること」。
魔女のカードは直近の出来事であればあるほど、ハッキリとしたイメージで映し出される。
「子狐に追いかけ回されているネズミ」はつまり、店主の目の前で発生している運動会そのもの。
異世界からやってきた言葉を話すハムスターが、稲荷神社に住まう子狐に、遊び相手としてロックオンされてしまったのだ。
詳細は前回投稿分参照だが、気にしない。
2枚目から4枚目は?
「どうだ、アンゴラ。結果は」
店主の手元を見ていたのは、たったひとり来店していた男性客。名前をルリビタキという。
「何か変化は。どうなんだ」
カードの意味を早く解説してほしいルリビタキは、店主にただ質問に質問を重ねている。
「どうしたも、こうしたも」
何も変わってないわよ。店主の老魔女は長い、小さなため息を吐いて、揃え直したカードを再度4枚。
「なんにも、変わってないわ」
並べて、ひっくり返して、結果も見ない。
今回も最初と同じ絵柄が、同じ順で並ぶばかり。
「このまま信頼を構築できなければ、『機構』に誘われて、手を繋いで一緒に行くでしょうし、
互いが互いに相手の価値観に触れて、相手の方が良いと思うでしょうし、
結果として、あなたは以下略。逮捕と執行」
2枚目と4枚目は未来の速報値。
条志が店主に予知を頼んだのだ。
「誰」の、「何」の予知を頼んだかはナイショ。
今後のお題次第である。
「誘われていく未来が変わらんなら、監視を付けるだけだ。カナリアに監視と評価を頼む」
「あなたはどうするの」
「俺よりカナリアの方が潜り込みやすい」
「そうかしら?私には、カナリアよりあなたの方が、懐きやすいと思うけれど」
ありえない。
ルリビタキは店主の言葉に首を振って、店を出る。
「監視より、信頼とか、人間関係とか、そっちの方を優先させるべきだと、私は思うけれどねぇ……」
これから先、どう「物語」が進んでいくやら。
店主は再度ため息を吐いて、カードを片付ける。
「ほら、そろそろ許しておやりなさい」
丁度ハムスターを追いかける子狐が足元を通過したところで、子狐の前足もとい、おててを確保。
お手手をつないで、あんよはブラーン。
コンコン子狐はじたじた、バタバタ。
しばらくハムスターが逃げていった先を見ていたものの、店主の老魔女からクッキーを貰って、
遊び気から食い気に、すぐシフトしたとさ。
手を繋いで
先生の手は、私の手よりも随分大きくてやけに熱を持っていた。私なんかよりもずっと長く生きているのに繋ぎ方がぎこちない。それがあまりにもかわいらしくて思わず口角があがった。
「…はい、これで満足?」
「まだです。」
「……はぁー、さすがに見つかったらまずいからさ。そろそろいいでしょ?」
「まだ。」
口元のニヤけを隠しきれない私とは違い、先生は辺りをずっとキョロキョロしながら不安そうな表情を浮かべている。私とて好きな先生に職を失ってほしいとは思っているほど歪んではいない。こんな時間にこんな教室に誰も来る訳は無いと分かっているから実行に移しているのに、本当に先生は心配性だ。慎重派で真面目。民衆が想像する模範の教師像そのままのような人。なのに、細かいところが抜けてて詰めが甘い。だから、こういう人間に足元を掬われてしまうのだ。弱みともいえないような弱みだが、先生にとっては他の人に知られてほしくないことだったらしい。なんでもするから黙っててほしいと懇願する先生の表情はすごくかわいかったなー。でもなんでもするなんてあんまりペラペラ言うもんじゃないですよ。私以外だったら何をさせられてたか分かったもんじゃないでしょう。そう考えたら私のお願いなんてかわいいものでしょう?ねぇ、先生。
手を繋いで
手を繋ぎ一緒の道を歩みたいです。
同じ歩幅で歩く時もあれば、引っ張り連れて行ってくれることも、その逆もあるでしょう。もしかしたら、別々の方向へ行きたいときもあるかもしれません。
それでも、私が選びそして貴方も選んでくれたのです。できれば、いつまでも手を繋いで行きたいのです。
手を繋いで
あなたと離れるのは寂しいから離れられないように手を繋いでいたい
▶136.「手を繋いで」
135.「大好き」「どこ?」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
夜中から降り始めた雨が、まだ続いている翌朝。
「おう、今日はずいぶん冷えるな。話はまとまったか?」
「まだだ。ナナホシの威嚇行動を止められはしたが」
「プンプン」
ナナホシの活動への悪影響を減らすために別行動を取りたい人形と、
マスターと長期間離れることを拒否しているナナホシ。
対等な立場であると契約を結び手を繋いだメカ同士であるからこそ、お互い譲ることができずにいた。
「折衷案とかねぇのか?」
「私もナナホシも設定されたルールの中で活動している。そこから外れるには特定の条件が揃えることが必要だ」
「そういうもんなんだな」
「ああ、一晩世話になった」
「おう、礼なら要らねぇと言いてぇところだがな、✕✕✕。クロアの買い物に付き合ってくれるか?エスコートと荷物持ちをして欲しいんだ」
「荷物持ちは良いが、エスコートとは?」
「雨で道が悪いからな。簡単にいやぁ手を繋いで歩くってこった」
人形たちは風呂屋で体を洗い流しナナホシも清潔な布で拭き磨きをしてから、
シブの家へと戻ってきた。
「おーい、クロア。帰ったぞ」
「ツヤツヤ」
「シブは器用だな。ではナナホシ、しばらく隠れててくれ」
「おかえりなさい、シブ。✕✕✕さんもいらっしゃい。ありがとう、お風呂屋さんに行ってくださったのね、まだ髪が濡れてるわ。こちらへどうぞ」
クロアに通されたのは台所で、かまどにはまだ火が残っていた。
それを見たシブがすぐに動いて薪を足し始める。
「✕✕✕さん、こちらで髪を拭いてくださいな。良かったら座ってらしてね」
布を渡し椅子をすすめたクロアは、かまどに小鍋を乗せて中をかき混ぜ始めた。
「簡単なものですけれども、召し上がって」
「ありがとう。いただくよ」
人形は、言葉の柔らかさを少し調整し、
運ばれてきたスープの入った椀を手に取る。
「あー、うめー」
「うふふ、良かったわ。ねえ雨は止んでた?」
「まだ降ってたが、じき止むだろうな。買い物だろ?そろそろだと思ってな。✕✕✕に頼んだぞ」
「もう、心配症なんだから。ゆっくり歩けば大丈夫よ」
「シブはあなたと離れることが不安なのだろ」
「おまっ、そうじゃねぇよ」
人形の差し込んだ言葉にシブが焦って否定しようとするが、
それはもう肯定と同じだ。
聞いたクロアは、ニコリと笑って態度を変えた。
「シブが安心するというなら、そうしてあげるわ。✕✕✕さん、お願いしてもいいかしら?」
「もちろんだ」
「ではお言葉に甘えてよろしくお願いしますわ。シブ、行ってくるわね」
「おう」
外に出ると、雨は止んでいた。
この町の道は水はけが良くできているが、歩いていれば所々ぬかるみもあるだろう。
人形なら手を繋がずとも反応できるが、できるだけ衝撃は少ない方がいい。
クロアと✕✕✕は軽く手を繋いで、喋りながら市場へと向かうのであった。
「いずれ店に人を雇いたいと思っていて。誰か良い人いるかしら」
「裁縫の腕なら、自分の服を仕立てたり毛皮も縫える人間を子どもの頃から知っている」
「まぁ!そんな方なら、店の方が放っておかないでしょうね」
クロアはコロコロと笑った。
「いつ頃から旅を?それとも、ご実家が近かったのかしら」
「その頃には旅をしていたよ。…私はこの国とは違う血が入っているらしくてな。若年期が長いんだ」
「そうだったの!若い時が長いだなんて、だから手も滑らかなのかしら?
こんなこと失礼かもしれないけど、羨ましく感じちゃうわ」
「滑らかさは気にしたことがないな。けど、怪我に強いのは確かだ」
「まぁー、シブが聞いたら驚くわねぇ」
「いらっしゃい。おやっ、今日は見慣れない人を連れてるねえ」
「ええ、旅の途中で寄ってくださったシブのお友達なの」
✕✕✕と手を繋いで尽きない話を続けながら、クロアは次々買い物を済ませていく。
「クロアは意見が対立した時、どう対処するんだ?」
「お客さまとだったら、まず相手の話をたくさん聞くわね。どうかしたの?」
「初めて旅仲間ができたのだが、旅の途中で彼の体には合わない地域があって。先に行って道を探してくると言ったのだが拒否されてしまってな」
「あらあら、その方とは今?」
「ひとまず話を保留にして、彼は自分の拠点で休んでいる」
「そう、そうなのね。早く仲直りできるといいわね…友達とか家族、仲がいい人とけんかになると辛いもの」
「家族とも?そうなった時はどうしているんだ?」
「シブや子供たちとは…うふふ、ケンカした時は手を繋いで話すようにしているわね」
最後を少し照れくさそうに言ったクロアは、繋いでいない方の手を火照りを冷ますように顔に当てていた。
「手を?」
「ええ、手を繋ぐと温かいでしょう?家族だと、もっと心地いいの。それに小さな傷を見つけたり、子供も大きくなったなぁって感じたり。そうすると気持ちが穏やかになってくるの」
人形から見たクロアは、誇らしげにも見える表情をしていた。
それを自慢というよりも家族への愛情故だろうと人形は分析する。
それに、買い物の途中で人形の手の温度をクロアのそれに合わせると、
明らかにクロアの緊張が解れた。
手を繋いで伝わるものは、生理的な温度だけではないのだ。
「そういえば旅の途中に、手を繋いで冬越えの無事を祈る村があった」
「冬の厳しい村なのね。もっと聞かせて?」
「ああ。あれは…」
話と話は手を繋いで、家に戻るまで延々と続いた。
手を繋いで。
ついこの間まで、世界は一つの輪になるように手を繋いで「へいわー」と言っていたと思う。
多様性とか、包括的とか、DEIとか。
けど、昨今のトランプの戦況を見てみるに、せっかく手を繋いだのに、それをちょん切っているようだ。
手を繋ぐまでは協力的だったけど、繋いだままとなると話は別。ずっと握りしめると手に汗握る。汗をかきっぱなしだと汗臭くなる。不愉快。でもみんな、そのことを隠したまま、顔に笑みの仮面をつけて、ニコニコ。
それが無理が祟った。なかなかのエリート層はそのほうが良いと思っている。けど、国連加盟国全員がそう思っていたわけではない。
こちらはこちらでやりますから、あとのことは知りませんと。
アメリカの方針転換に対して「むっ」となるのは致し方ない。そういえば、GHQだってそんなことをやっていたではないか。日本占領中に財閥解体をしようとしたのに、朝鮮戦争が勃発したので方針転換。通称逆ルート。
4年後、また大統領が代われば、「なかまー」ってなるのかな。そうはならないだろうと思うのだが……。
経済制裁、したままだよね?
手を繋いで
幼いころは
いつでも誰かと手を繋いでいたのに
大人になると
ほんの少し触れることさえ憚られる
ましてや興味のない女性から触れられることは
成就しなかった片想いの記憶
「馬鹿が。もう一度言うぞ。馬鹿が、馬鹿のてっぺんだこの馬鹿が。馬鹿キング。キングオブ馬鹿。恥を知れよ馬鹿野郎」
「お前にはオレを罵る権利が多分にあるさ。でもあまり言われるとこちらとしても反省の気持ちと同時に腹立たしさも覚えるわけよ」
「覚える権利ないんだよお前は」
己を睨む親友の目は見るからに怒りに燃えている。顔が赤いのは酒を飲んだからだけではないだろう。親友という間柄故、怒りを示す態度にはこれっぽっちの遠慮もない。
太一は己のしでかした、酷くくだらない悪戯を心から悔やんでいた。脳内に浮かんでいた、酒は飲んでも飲まれるなという言葉が酒気で沈む程に飲んだ阿呆の末路だった。
「馬鹿!ど阿呆!どうしてお前はいつもそうなんだ!いい歳こいてやる悪戯か!だからお前はモテないんだよ!」
「酒飲むと楽しくなっちゃうんだよ!長い付き合いで知ってるお前がオレを御さないのが悪い!」
「自制出来ないやつが酒を飲むな馬鹿!」
反省の心はあるものの、親友である孝高の矢継ぎ早の文句に太一は思わず応戦してしまった。
言い合いをしているというのに、二人の右手はしっかりと握手をしている。喧嘩するほど仲がいい…という訳では無い。物理的にくっついているのである。
幼馴染みであり親友である二人は家族か恋人の様な頻度で顔を合わせては、一緒に遊びに出かけたり互いの家で遊んだり酒を飲んだりする間柄である。飽きるとか倦怠期とか、そんな余地などほとほと無い程の仲だった。
だからといって、酔った挙句に床に転がる瞬間接着剤のチューブを見つけて己の右手に絞り出し「シェイクハーンド」などと言い親友の右手を握るという愚行は許されない。親しき仲にも礼儀ありという言葉を百回噛み締めるべきである。
どちらかと言えば厳つい顔に分類される孝高は、なんと首から下も恵まれた厳つい体躯をしている。その孝高の自由な左手の拳は怒りで固く握り締められており、半袖から見える腕の筋肉が盛り上がっている。太一はどうか孝高が右手に力を込めない様にと祈った。
「お前、俺の名前と職業を言ってみろ」
「白城孝高、小説家」
「お前の名前と職業は」
「樋口太一、漫画家」
「俺とお前の利き手は」
「右手です」
「馬鹿が!」
本日最大大音声の馬鹿とともに、孝高の左手が太一の頬を張り倒した。
手を繋いで
繋がなければいなくなる。
繋いだら痛い!!やめてー!と大げさに大騒ぎ。
もちろんカートにも乗らない。
これが魔の3歳児。
手を繋いで
宇宙船の壁に開いた穴から宇宙に吸い込まれていく彼女の夢を見る。
敵の砲撃が運悪く近くに着弾し、衝撃と爆風の中でのことだった。
宇宙空間にポツリと漂っているであろう宇宙服の中の彼女を思う。
あの一瞬、差し伸べられた手を掴めなかったせいでもう永久にさよならだ。
破損箇所から侵入してくる敵との戦いに熱中するあまり、ついつい無茶をするようになっていたのかもしれない。
船外での戦闘中、あっと思ったときにはジェットパックを破壊され、宇宙空間に放り出されていた。
これまでかと観念したとき、手を取って救助しようとしてくる敵兵がいる。
混乱しつつヘルメットを覗き込むと、突如大爆発する敵艦の光に照らし出されて再会にはにかむ彼女の顔が見えた。
あとで聞いたところ、宇宙を漂っていたら敵に回収されたので寝返ったふりをして爆破してやったのだそうだ。
ナイス。
ㅤどこかから、洗濯機の回るぐわんぐわんという音がする。
ㅤまだ見慣れない天井に、もやのかかった光がプールから見た水面のようにゆらゆらと揺れている。
ㅤ微かに子どもの明るい話し声が聞こえるから、近所に小学校でもあるのかもしれない。
ㅤ隣には、すうすうと寝息を立てる幼い顔。小さなその指をキュッと握りしめる。
ㅤ今日と明日、何をして過ごそうか。しばらくはそれだけを考えようと決めた。仕事も住居も少し先でいい。ワーカーさんもそう言ってくれたのだから。
ㅤ目を覚ましたら、ゆうべもらったおにぎりを食べて、このあたりを歩いてみよう。
ㅤ今日からは二人。いまは誇らしい気持ち。この愛しい手を繋いでいられるなら、私はなんだってできる気がする。
『手を繋いで』