「馬鹿が。もう一度言うぞ。馬鹿が、馬鹿のてっぺんだこの馬鹿が。馬鹿キング。キングオブ馬鹿。恥を知れよ馬鹿野郎」
「お前にはオレを罵る権利が多分にあるさ。でもあまり言われるとこちらとしても反省の気持ちと同時に腹立たしさも覚えるわけよ」
「覚える権利ないんだよお前は」
己を睨む親友の目は見るからに怒りに燃えている。顔が赤いのは酒を飲んだからだけではないだろう。親友という間柄故、怒りを示す態度にはこれっぽっちの遠慮もない。
太一は己のしでかした、酷くくだらない悪戯を心から悔やんでいた。脳内に浮かんでいた、酒は飲んでも飲まれるなという言葉が酒気で沈む程に飲んだ阿呆の末路だった。
「馬鹿!ど阿呆!どうしてお前はいつもそうなんだ!いい歳こいてやる悪戯か!だからお前はモテないんだよ!」
「酒飲むと楽しくなっちゃうんだよ!長い付き合いで知ってるお前がオレを御さないのが悪い!」
「自制出来ないやつが酒を飲むな馬鹿!」
反省の心はあるものの、親友である孝高の矢継ぎ早の文句に太一は思わず応戦してしまった。
言い合いをしているというのに、二人の右手はしっかりと握手をしている。喧嘩するほど仲がいい…という訳では無い。物理的にくっついているのである。
幼馴染みであり親友である二人は家族か恋人の様な頻度で顔を合わせては、一緒に遊びに出かけたり互いの家で遊んだり酒を飲んだりする間柄である。飽きるとか倦怠期とか、そんな余地などほとほと無い程の仲だった。
だからといって、酔った挙句に床に転がる瞬間接着剤のチューブを見つけて己の右手に絞り出し「シェイクハーンド」などと言い親友の右手を握るという愚行は許されない。親しき仲にも礼儀ありという言葉を百回噛み締めるべきである。
どちらかと言えば厳つい顔に分類される孝高は、なんと首から下も恵まれた厳つい体躯をしている。その孝高の自由な左手の拳は怒りで固く握り締められており、半袖から見える腕の筋肉が盛り上がっている。太一はどうか孝高が右手に力を込めない様にと祈った。
「お前、俺の名前と職業を言ってみろ」
「白城孝高、小説家」
「お前の名前と職業は」
「樋口太一、漫画家」
「俺とお前の利き手は」
「右手です」
「馬鹿が!」
本日最大大音声の馬鹿とともに、孝高の左手が太一の頬を張り倒した。
3/21/2025, 9:27:49 AM