『微熱』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「意外だな......もっと喋らない人かと思いました」
談笑中、酒場に似つかわしくない背丈の低い少年がぼそりと呟いた。
待ち人は依然裏のバックヤードから帰って来ず、もう一人いた少年も今は席を外している。
「心外だなぁ。私はこんなにもコミュニケーション強者だというのに!」
「そっすか」
周りが騒がしい環境のため、今だ!と少し芝居がかった反応をしてみたが、実に素っ気ない返答が返ってきてしまった。悲しい。
それと喋らないほうが楽だったのに、とか言うのは辞めなさい。私が困るんだわ私が。もう一人の少年が居なくなってからの空白数分がどれ程辛かったことか!話を切り出さなかった私も悪いけどね!
少年と同時にグラスを手に取り口に運ぶ。あまり喋らないのはお互い様、というのは共通認識らしい。こういうテレパシーじみた感覚の共有は嫌いじゃない。
「この酒場、良いですよね。微熱に浮かされたような気分になれる。まるであの時みたい」
「あの時?」
グラスを机に置いた少年が徐ろに口を開いた。
自然と聞き返した私に少年は、僕が元々無力だったのを思い出した時です、とはにかんだ笑いを溢した。
その瞬間、なんとなく私も微熱のような高揚感を感じた。
まるで心の中のピースが埋まったような、昔の力を取り戻したような、そんな気分に包まれた。
「微熱」
朝起きて体調の違和感に気づき、熱を計ると37.2°だった微熱か。今日は学校があるけど、行って具合が酷くなったら嫌だから、休まないと。あの人に会えなくなっちゃうのは寂しいな。でも明日には良くなるだろうから、今日は家で大人しくしよう。
お題 ☞ 微熱
今朝、起きたら体に異変を感じた。熱を計ってみると、36.9度。微熱だった。
私にしては少し危ない温度、と思われたんだろう。何よりテスト前だったこともあり、本番には完全な状態で臨んで欲しいという母の勧めで、学校を休むことになった。
横になって静かにしていると、近くの小学校に向かうおチビたちの声が聞こえる。時刻は8時10分。遅刻するんじゃ…
お節介なことを考え、壁にかけられた時計を眺める。
1……2……3……4……5……6………7……………
そして、時は止まった。
さあおチビたち、今のうちに急げ!
実は私は、時間を操れる超能力者だ。
…という訳ではなく、実際は『時計』を操れる。
全世界(…なのか?今のところ確認できたのは、部屋の壁掛け時計・テレビ・スマホ・私の腕時計・学校の時計)の時計が動く速度を変更できる、っぽい。もちろん、人間や動物たちは好き勝手動いているし、雨粒だって私たち目掛けて落ちてくる。あくまで時計の針だけだ。
ぶっちゃけ、この能力に気付いたときは大したことないものだと思っていた。強いて言うなら一発芸にでもなるんじゃないかくらいの話だ。
でも私は気付いてしまった。
合計1、2時間程度なら、止めたり早めたりしたって誰も気が付かない。
空の色なんかも大して気にならないらしい、『最近日が落ちるの早いね』なんて呑気に言っている。
お陰様で私は、嫌いな授業を3/5くらいの長さに縮めたり、バスケの試合をちょっと延長させて貰ったりと、好き勝手にやっている。
…ここまで来たらもう、時間を操っていると言ってもいいんじゃないだろうか。
おチビたちの大騒ぎしている声が聞こえなくなると、私はまた時計を動かし始めた。
そういえば、確か今日の5時間目は、私の大好きな体育だったはず。
ちょいと時間を貰って、さっさと熱なんて冷ましてしまおう。お昼休みに学校に着くとして約4時間、余裕を持ちたいし、そこにプラス30分くらいでいいかな?そういえば英語の宿題がまだ終わってない、駄目だ、もう30分!
これくらいあれば二度寝も出来そうだ。うーん、もうちょっとだけ止めちゃおうかな…
〚微熱〛
私は軽度の発達障害を抱えている
軽度と言ってもやっぱり会話に溶け込めなかったり、間違いを犯すことがよくある
その度に「私は発達障害だから仕方がない」と自分を納得させようとするけど、軽度という言葉が邪魔をする
「軽度なら障害ではないでしょ」
「軽度なのに障害者づらすんな」
周りはわかってくれない
自分でも受け入れられない
そんな心の微熱を抱えながら、今日も生きていく
微熱
勉強熱が上がりかけている、まだまだ
微熱ながら、陽性になったら、、てんさい?
微熱
お仕事に行く日にいつも通りに体温計で体温をはかると…。
「37,8℃」と表示された。
平熱は35,6なので微熱程度だった。
このくらいの微熱は体調が悪くなければ平気だった。
頭痛があるくらいだったので様子をみながらだが鎮痛剤を服用し、仕事に向かった。
微熱程度だったからか、仕事をしている間は体調は大丈夫だった。
ちょこっと頭痛がするだけだったからなんともなくいつも通りに定時まで仕事した。
仕事を終えると家に帰宅し、もう一度体温をはかると平熱に下がっていた。
季節の変わり目の体調不良か女子の日が近いせいかもしれなかった。
そういえば、まだ女子の日は来ていなかったことにカレンダーを見て気づいた。
女子の日が近くなると微熱が少々出ることがたびたびあったのでまたかと思っていたのだ。
微熱だけでひと安心したのと女子日が近いなら買い物をしないとだと思いつき、仕事を終えて疲れた身体を動かすのだった。
終わり
びねつみたいな温度で触れるあんたの手が好き
だからだめになる
2023/11/26 微熱
微熱-(11/27)
好きな人からの既読マークを見つけた時ほど、嬉しいものは無い
読んでくれた証拠
思わずスクショ
この時ばかりは、普段平熱が人より低い私でも、微熱が出ているんじゃないかと思う
今日は良い一日
今日という日はまだ終わっていないけど、私にとったら今日はもう終了
カレンダーの今日の所に、一日の終わりを告げる斜め線を入れた
微熱
最初は微熱だと思っていたのに、計ってみたら四十度。
いつのまにこんなに進行してしまったの?
自分でもどうしてこんなに熱が上がってしまったのかは分からないけど、ただ一つ言えること。
「アイドルグループ『〇〇』メンバー不倫疑惑!」
なんでこんなクソ野郎を推していたのか分からない。
世界は広かったんだなあ
もう一度計ってみた。
三十五度。
私の微熱は、夢と共に冷めたみたい
後悔しています。
頭がボウッとして何だか身体が鈍い。
しまった、風邪でも引いてしまったか。
鏡に目をやると疲れた顔が映った。
ため息にも似た息が漏れる。
まだ月曜日だというのに。
明日には治っていることを願って布団に潜り込む。
熱い。
寝れそうになかったが、しばらく目を瞑っているといつの間にか寝てしまった。
今日も地球は廻る。
たとえ微熱であっても。
私には大好きな彼氏がいる。でも最近少し冷たいの。
昨日、「私だけをみて」と言ったのに彼に軽くあしらわれた。昨日の夜はずっと泣いた。涙が止まらなかった。
「もう、すきじゃないんだ…」
と、ずっと嘆いていた。
…今起きた。頭が痛い。ただの熱だろう。
…ほらやっぱり《微熱》だ。私は彼に少しでも心配して欲しくてあるLINEを送った。
『熱があるの。しんどいから看病して?』
と、甘えるような言い方で送った。
…3分後…
「やっぱり来ないよね…私って馬鹿みたい。ハハ」
ダダダダダッ
「え」
『ハァハァ熱っ大丈夫っ?っ薬とかハァ買って来たからハァハァ』
「あ、ありがとグス」
『え、何で泣いてんの?アセアセ もう大丈夫だから、ね?』
…やっぱり私はこういう彼が大好きです!
「微熱」
最近は風邪が物凄くはやってるみたいだ
コロナにインフル…風邪を引くとすごく厄介だ
学校にも行けない、仕事にも行けない、友達と遊べない、
お出かけも出来ない、大好きな君にも会えない…
けど、唯一風邪をひくとちょっと嬉し気持ちになる
それは大好きな君が心配をしてくれることだ。
だから私は風邪ではないがちょっと微熱かも、と嘘をつく。
そうすると優しい声で「大丈夫、?」と言ってくれるその瞬間が嬉しいんだ。嘘ついてごめんね。けど、ありがとう。
微熱が続いている
もしかして
恋のはじまり?
って茶化されたけど
これは、ただの体調不良
だって
恋はもっとずっと前から
始まってる
#微熱
#42
微熱
あなたがいると、私は少し、微熱かな?
あなたに感謝したい。
そんな想いで、いっぱいだ。
だから‐我慢しなくていいよ。
人生そのまんま、自由でいればいい。
戸惑うことなんて、ないんだ。
自由気ままな今日を‐。
微熱でもあるのかと疑ってしまうくらい
あの時、君の手は温かかった
掌から伝わる熱が愛おしくなって
振り解くことは出来なくて
何度も、何度も、その熱を味わううちに
手放せなくなったのは、僕の方だった
(微熱)
何もなくていい。
頭が働かない間は
静かでいられる。
心も鈍麻して
痛みも忘れられる。
すべてどうでもいいって
消えていられる。
ずっと鈍いままでいたい。
微熱
体が熱い。ひと月前からずっと背中がじりじりしている。微熱のような毎日。
気になっている人が、席替えで後ろの席になった。
好きな本が同じ。
それからいつの間にか目で追って、耳をそばだててしまっている。
すごく頑張ったから時々話はできるようになった。今はちょっとだけ仲が良いクラスメイト。
ホームルームでプリントが配られ始めた。前の人から受け取ったプリントを後ろに回す。
ただそれだけなのに、いつも手が震えそうになって息を止める。
「はい、これ」
精いっぱい平静なふりをして、プリントを差し出す私の手と、受け取る彼の手が重なった。
少しカサついて冷たい手。
カッと体が熱くなった。全身の神経が手に集まったみたいで、じんじんする。心臓まで痛い。
触れた手から発火しそうで、周りの音が一気に遠くなって、教壇の先生の言葉もまるで頭に入ってこない。
――こんなの私だけ。きっと気づいてもいないんだろうけど。
ぼうっとしたままホームルームが終わり、潮が引くように皆が帰っていく。私も行かなきゃとカバンを引き寄せる。
「あのさ、」
その声に私は弾かれたように振り向いた。立ち上がった彼が私を見下ろしている。
「なに……?」
喉がカラカラで声が掠れてしまう。彼の唇がゆっくり動いた。
「手、熱いよね」
#100
君だけが私を理解してくれる。
君だけが私の特別になれる。
いつも悲しそうで、苦しそうで、それでもぎこちなく私に微笑んでくれる。
震える手で私の傷口に触れてくれる。
今が現実か夢かもわからないと俯きながら、恐る恐る心を開いて見せてくれる。
くしゃくしゃの髪で、よれよれの服で、大きな眼鏡で、今にもばらばらになりそうな自分をかろうじて人間の形に留めている。
それはまるで私のよう。
きれいに人間の皮を被って生き続ける孤独を、君だけがきっとわかってくれる。
君の傷ついた手から微熱が伝わってくる。
君の苦しみも孤独も、私だけが全部受け入れてあげられる。
体が君の温度になってゆくのが心地良い。
この世界に、私と君の二人だけが独りだ。
君の微熱に浮かされた私は、久しぶりに心からの微笑みを浮かべていた。
微熱のような感覚って、あると思う?
まぁ、それが実際の微熱だったらそれが微熱の感覚なのかもしれないけれど、私には、微熱の感覚というのはいまいち掴めずにいた。
微熱になったことはあるけれど、その時の自分の感覚は、もうなくなってしまっていて、記憶にもないのだ。
「……恋って、微熱みたいな感覚になるみたいですよね?」
私に話しかけてきたのは、同じ部署の後輩、相良 康史(さがら やすし)
目立つ存在ではないけれど、卒なく仕事をこなし、女子にモテる存在ではある。
「……どうしてそんな事を私に聞くの?」
「佐伯先輩なら、知ってるかな?って思っただけです」
「あんたにとって、私ってどんな女に見えてるの?」
「う〜ん。大人な恋愛をしてそうです」
彼と私は、こうして何気ない会話をほぼ毎日する仲でもある。
そして、後輩だけれど、私の片思いの相手でもある。
もちろん、一方通行だ。
「あのね、言っとくけど、大人な恋愛って呼べるもの、私…してないと思う」
「えっ?!そうなんですか!!
………良かった」
は?良かっただと……?
「ちょっと、何が良かったなのよ?」
「えっ!!あ、口に出てました」
「思いっきり、何なのよもう……!」
その時、私はひらめいた。
そして、すぐに実行した。
「……ねえ、相良……」
「はい、何ですか?」
そういった相良の目の前へ、
私はデスクの椅子から移動する。
もう時刻は夜の8時。
私達以外は退勤している。
「その大人な恋と、微熱みたいな感覚…
あなたが私に教えてくれても良いんだよ?」
私はほんの悪戯のつもりだった。
相良を困らせたかっただけだ。
なのに…………
「………良いですよ」
そういうと、相良は私の両手を優しく持って、自分の腰に回し、その手を離すことなけもった。
私の顔は相良の胸の当たりでぴったりと貼り付き、顔をあげれば、相良の顔が目の前だ。
「………俺が教えてあげましょうか?先輩」
今まで見たことのなかった私の好きな人の少し色っぽい悪戯な表情。
この一気に熱を帯びた感覚が微熱とにているなら、私は今、体感したことになる。
…………やられた………。
私はこの時、完全に落ちた。
相良康史という、一人の男に。
ピピピッピピピッ
体温計の数値を見ると、三十七度五分を示していた。
「微熱か」
壁の時計を見ると、午前六時三十分を指している。
私は枕元の携帯電話を手にとって、登録されている番号に電話かける。
数秒のコール音の後に、ガチャっと電話を取る音が耳元で鳴った。
「お待たせしました。澄田会館、担当西村です。」
年配の女性が電話を出る。
「あ、もしもし、葬儀部の村瀬なんですが」
「あ、村瀬さん?どうしたの」
彼女は電話の主が私と分かるや否や、少し砕けた話口調になった。
「今日出勤でしょ?」
私は、先に要件を言わなかったことをこの後に後悔することになる。
「あの、今朝起きたら熱があって、今日お休みを頂きたいのですが」
私は清田会館の葬儀部に正社員として身をおいている。私は普段は体調をほとんど崩さないのだが、季節の変わり目だけはダメで、この時期になると高確率で熱を出す。
新卒一年目のときは、無理して会社に出勤したのだが、次の日には体が高熱を帯び、二三日寝込んでしまった。そのことがあって二年目は、微熱の段階で休みを貰い、完全に治してから出勤した。
「村瀬さん今年何年目?」
「えっと、三年目です」
「あのね、三年目にもなって、体調管理くらい満足にできないの?それにあなた葬儀部でしょ?亡くなった方は待ってくれないのよ」
「…すいません」
その後も彼女の小言は暫く続いた。彼女が電話に出たということは、彼女が今日の宿直の担当なのだろう。葬儀屋の良いところは、電話してもいつでも電話に出てくれるスタッフが居ることだ。今日のように体調を崩しても電話を掛ければ誰かしらが出てくれる。
彼女でなければ、もう少し早く電話を切ってベッドに潜ることが出来たのだが、いつ体調が崩れるかは流石の私も予想出来ない。
「それじゃ、今日お休みって伝えとくけど、明日にはちゃんと治して出勤するように」
「…はい、ありがとうございます。すみませんが、宜しくお願いします」
電話を切って時計を見ると、六時四十五分を指していた。
私は深い溜息をついた後に、ベッドに潜った。
私が澄田会館に就職したのは祖母が亡くなったことがきっかけだ。
私は大学生のときに祖母を亡くした。おばあちゃん子であった私は、祖母の死に深く落ち込んだ。
その時の葬儀を担当してくれた方の言葉が深く印象に残っている。
「美幸様。葬儀というものは、亡くなった方をあの世に送り出す儀式であると共に、残られたご遺族の方々の心の区切りをつける場でもあります。もちろん、葬儀で区切りを付けることができれば何よりですが、そうではない方がほとんどです。私も葬儀をしたからと言って、直ぐに区切りを付けることができるとは思いません。ただ私は、葬儀がそのきっかけになればと、微力ながら力添えをさせていただいております。ですので美幸様も、お祖母様がいなくなったことを今すぐではなくて、これから少しずつ受け入れていけば良いのではないのでしょうか」
その後私は彼女の前で泣いてしまった。なぜそのような話の流れになったのかはいまいち思い出せないのだが、その言葉だけがとても印象に残っている。
そんな彼女を見て、私は葬儀屋も悪くないと思うようになり、大事な新卒カードを葬儀屋に切ってしまった。
決して、就職活動が上手くいかなかったわけではない。
そんなこんなで、澄田会館に入社してから三年目、後もう数ヶ月で四年目になりそうだ。
黒いスーツも板につき、仕事もある程度覚えたが。
覚えたが、やはり私は彼女のような立派な葬儀屋にはなれそうにない。
葬儀屋の仕事は覚悟はしていたが、想像以上に仕事はハードだった。
亡くなる方はいつ亡くなるかわからないので、会館には一人は必ず徹夜で電話番をしなければならない。
もちろんシフト制ではあるが、夜に起きるのが苦手な私は寝ずの電話番が思った以上に体に応える。
そして、一番辛いのがご遺族と対面する時だ。私の祖母のように寿命で亡くなる方が比較的多いのだが、中には若くして、さらには幼い子供が亡くなる場合もある。年齢が若くなるに比例して、遺族の悲しみも比例する。私は、そんな遺族達を見るのがすごく辛い。
「葬儀屋やめようかな」
西村さんにも目をつけられているのか、職場の居心地もそこまで快適とは言えない。
私は溢れそうなものをぐっとこらえるために、自分の腕で額を覆った。
ピンポーン
私はインターホンの音で目を覚ました。
時刻は、午後五時を指している。
「いつのまにか寝ちゃってたんだ」
私は澄田会館に休みの連絡を入れた後に、軽く朝食を食べてからベッドに横になった。ベッドに入ってゴロゴロしているうちにいつの間にか寝ていたようだ。
ピンポーン
再びインターホンの音が鳴る。
「宅急便かな。はーい、ちょっとまってね」
私は玄関に向かい、覗き窓から外を見る。
扉の前には若い女性が立っている。
年齢は、二十五歳、私と同い歳だ。
ドアチェーンを外して、内鍵を捻る。
私は扉を開けて、扉の前の彼女に話しかける。
「優子」
「美幸、大丈夫?お見舞いにきちゃった」
彼女は手に下げた白い袋を掲げて、ニコッと笑う。
「そんな、わざわざ来なくて良いのに。うつしちゃったら悪いし」
「ドタキャンは許さないんだからね。今日は美幸の家で御粥パーティーよ」
私は朝食を食べた後に、彼女と夕食に出かける約束を思い出して、メッセージアプリで行けなくなった旨だけ伝えた。その後、返信もせずに寝てしまったようだ。
寝たのがおそらく午前十一時くらい、起きたのが午後五時なので、約六時間くらいは寝ていた計算になる。よほど疲れが溜まっていたんだろう。
彼女を部屋に案内し、私はコタツの電源を入れて、中で丸くなる。彼女は私の冷蔵庫を開け、買ってきたものを入れてから私の正面に腰を下ろす。
「プリン買ってきたけど食べるでしょ」
彼女はプリンとプラスチックで出来たスプーンを私の前に差し出した。
「そういえば、お昼食べてなかった」
「そうだろうと思った」
彼女と出会ったのは二年前。
私が澄田会館での研修を終え、初めて一人で葬儀を担当することになった最初のご遺族が彼女だ。
二年前、彼女は癌で旦那を亡くした。籍を入れてから二ヶ月後に彼に癌が見つかった。ステージは四。いわゆる、末期の状態だ。
見つかってから半年後に彼は亡くなった。
葬儀で彼女を初めてみた時は、ひどくやせ細り、目の下に真っ黒、本当に真っ黒な隈をつけていた。
葬儀屋は研修で必要以上に遺族に肩入れしないことを学ぶが、私はあまりにも若すぎる喪主をどうしても放っておくことが出来ずに、色々余計なお世話をやいてしまった。
そのからは次第にプライベートでも会うようになった。最初は悲壮が漂う彼女の顔も会う度に少しずつ良くなっていき、彼女の顔の変化と共に私の不安も少しずつなくなっていった。
「美幸、何か悩み事?」
「え?」
不意に話しかけられ、はっとした。
「だって、プリンに全然手を付けてないじゃない。美幸が甘い物の前で手を止める時は決まって悩み事があるとき」
私はプリンを一口食べた後、スプーンを片手に欠けた黄色を見つめていた。
「実は」
私は少し言い淀んだ。彼女の葬儀を終えてからあまり仕事のことは彼女には話さないようにしている。私の仕事のことを話して、彼女に旦那さんのことを思い出させて、悲しい思いはさせたくは無かった。
「美幸、もういいよ」
彼女が何かを察してか、優しく私に語りかける。
「美幸が、私に気を使って仕事のこと、あんまり話さないのはわかってた。でも、もういいの。美幸のおかげで、心の区切りはついたから」
彼女の目が潤んでいるのがわかる。でも、二年前のような悲しみの含んだものとは違い、どちらかというと哀れみを含んだもののように感じる。
「私、葬儀屋さんって少し冷たいイメージがあったんだ。なんというか、流れ作業みたいな。毎日、たくさん人が無くなるものね。仕方ないのはわかってた」
私は黙って彼女に耳を傾ける。
「でも、美幸は違った。葬儀のやり方はもちろん丁寧に教えてくれたし、葬儀が終わっても、私を気にかけてくれて。なんてお節介な葬儀屋さん何だろうって」
私は少しばつの悪さを感じて、愛想笑いをした。
「そのおかげで私は救われた。私の旦那の死を真正面から受け止めてるのは私だけじゃない。そう思うだけで、ほんの少し心が楽になったんだ」
彼女の目から涙が溢れる。
私は腰を上げ、彼女の背中を優しく擦ると、彼女は小さく声を上げた。
「え!お仕事やめちゃうの?」
「いや、やめよかなー、なんて」
「なんで!?美幸ほど良い葬儀屋さんはいないのに!」
私は今朝あったこと、今まで抱えてきた仕事の不安を彼女に打ち明けた。
「そっか」
彼女は少し寂しい顔をした。
「いや!私が勝手に落ち込んでるだけで、葬儀を終えて、ご遺族の気持ちが軽くなることを感じるからそれはそれでやり甲斐はあるよ!」
私は前で両手を振って、それが仕事を辞める決め手ではないことを言い張った。
「わかってるよ」
彼女が小さく笑って、私は少し安心した。
「それに」
「それに?」
「私はあの人のようにはなれないかなって」
彼女は笑顔で、私を見ている。彼女には、一度だけなぜ葬儀屋になったことを聞かれたことがあったので、私が葬儀屋を志した彼女ことを話したことがある。
もう一度言うが、決して就職活動に失敗したわけではない。
「私はね。美幸」
私は彼女の瞳を見つめる。
「美幸がどうしても嫌なら今の仕事を辞めても良いと思う。辞めたからって美幸に会えない訳じゃないからね」
優子ぉと、彼女の名前を呼ぶ私を彼女は笑顔で嗜める。
「でもね、私は葬儀屋さんをやってる美幸が好き。美幸は葬儀屋さんっぽくないから」
机から手が滑りそうな私を見て、彼女が笑う。
「美幸は、本当に優しい。優しいからこそ、私達遺族に寄り添えるし、優しいからこそ遺族の気持ちがわかって辛いんだと思う」
彼女がニコッ笑って続けて話す。
「私はそんな美幸に救われた。だからこれからも美幸の優しさに救われる人はたくさんいると思う」
何だか背中がむず痒くなった。正面から賛辞の言葉を言われることがこんなにも恥ずかしいことだとは思わなかった。
「だけど」
彼女が生唾を飲み込み喉が上下に波打った。
「だけど、これは私の我儘。一番大事なのは美幸。美幸が辛いならやめても良いと思うし、辞めるべきだと思う」
「私は」
言葉に詰まった。遺族に心の区切りをつけるために私がいるのに、その私が仕事ごときに区切りをつけられないなんて情けない。
でも、
「私、もう少し続けようと思う。私の憧れた人になれるかはわからないけど。優子にそこまで言われたら、辞めるわけにはいかなくなった」
「そうそう、その意気。出会ったときの美幸に戻ったね」
恥ずかしいところを見せてしまったことを詫びると、彼女は首を振る。私の方がたくさん見せてる、と言うのでお互い笑わずにはいられなかった。
「そういえば、御粥パーティーしなきゃね」
すっかり忘れてた。今日は彼女と夕食を食べる予定だったんだ
私がキッチンに向かおうと立ち上がると、彼女が、「病み上がりなんだから」とキッチンに向かったのでお言葉に甘えて居直した。
残ったプリンにスプーンを指して、口元に持っていく。一口目とは打って変わってあまりの甘さに頬を抑える。
「あ、あとね。美幸」
彼女が振り返り、その黒色の長く綺麗な髪の毛が内からフワッと空気を含んだ。
「なに?優子?」
スプーンを片手に彼女に応える。
「私、今度結婚するんだ」
私の手からスプーンがするりとすべり落ちた。