『待ってて』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
戦禍から抜け、車を走らせた。ここを離れろと先生は言った。その意味は戦いが起きるということ、だけなのだろうか?
彼にとってそれはわからないことだった。だから使命を優先させた。
ただ、これから先に危険が迫っていることも彼はわかっていた。だとしたら、考えることはただ一つ。
彼は車を止める。後ろの二人に言った。
「このあたりで音がした。誰かいないか見てきてくれ」
「何の音だ?」
助手席から親友が顔を出す。
後部座席から妹、助手席から親友が降りて行く。
その瞬間、彼は車を走らせる。
いち早く反応した彼の妹は叫んだ。甲高い声は彼の脳天まで響く。
「にいさん! いかないで!」
彼の親友は一呼吸遅れたが、俊敏に追いすがり柱を掴んだ。
「逃がさないぞ!」
親友は彼の名前を呼んだ。彼は妹の名を呼んだ。
「妹を頼んだ」
「こんなんでお前と別れられるかよ! 俺が」
物音は彼の出まかせだったが、後ろで物音がして、まさかあいつらが乗ってきたのかと振り返った。
妹よりも小さな子が後部座席から顔を出した。
「ひとりなのか?」
「……」
「わかった」
彼は仕方なく車を走らせることにした。
妹の歌声や、親友の無駄口は聞こえないけど、心の中にある。
今宵も,夜の帷が降りた。
しん.と静まり返った山奥へ足を運び,大きな湖のほとりに座り込む。
何でも映し出せる鏡のような水面に,貴方と2人顔をのぞかせてみた。
真っ暗な夜空にぽっかりと浮かぶ月,ぴりりと刺激する肌寒い北風,今にも消えてしまいそうな貴方の笑顔。
何処か哀しそうな横顔の輪郭に,瞳も心も奪われた…だなんて呟いてみれば,貴方はどんな反応を見せてくれるのだろう。
貴方の事だ,「 なんだよそれ,恥ずかしいじゃん… 」と顔を赤くしてそっぽを向いてしまうだろう。
そんな貴方の事が,狂わしい程に愛おしくて。
彼女に視線を逸らせば,その華奢な指先で水面に波を作りながら目を輝かせているでは無いか。
幼子のようだな,と心の奥で呟いてみれば,可笑しくてつい笑ってしまった。
山奥の木々をすり抜け此方へやってくる風に乗せて,永遠を誓うことだって出来た。
だけど神は,貴方と永遠を過ごす事に許しを与えてくれなかった。
寿命が,それを物語っている。
悠久の時を生きる自分と,たった100年程度の僅かな時間しか生きれない貴方。
なんて残酷なんだ,と小さく呟けば,ごろんと横になってみる。
優しい北風に煽られ,前髪がふわりと揺れる。
オレも,あの夜空に浮かぶ大きな満月のように,ヒトリになってしまうのだろうか。
そんな事を思っていたら,彼女が乱暴に自分のとなりへ寝転がった。
茶色い髪が碧い芝生によく映えている。
「 アタシは,アンタを二度とヒトリにさせはしないさ。 」
そう言って,八月の向日葵で作り上げた花束のような眩しい笑顔を見せた。
やっぱり,貴方には敵わないな。だなんて想いながらぎゅっと抱きしめてやった。
彼女の太陽に干した布団のような,包まれるような優しい匂いを感じながら。
貴方が逝ってしまうその時には,オレもついて行くから。
だから,待ってて。
君に追い付くから、待ってて。君を追い越すから、待ってて。
いつも思うが君は私に妥協をしていないか?私に良いところなどない。人の感情の機微は分かってもどうしたら良いのか分からない。人の感情を理解できても、共感は出来ない。自分とはかけ離れてしまう。どこかで他者と自分を切り離している。距離を置いている。私の醜い心に触れないで欲しい。見ないでほしい。人に優しくするのだって理由がいる。過去に囚われて、どうしたら良いのか分からない。足が止まってしまう。でも、君は違う。君は人に優しくするのに理由は無いし、良いところだらけだ。君は本当に私を彼女にして良かったの?
私を私にしてくれる君は、かけがえのない存在だ。君は優しい。私に理由を聞いてこない。必要以上に、言葉を求めない。君の理想の彼女になりたいとは思わない。価値観が違うからこそ、君と一緒に居られる。もし同しだったら、つまらない。退屈の日々で終わってしまう。しかし、真逆と言って良いほどの価値観は君と呼応する。会話が必須だから、互いに気負わない。だから、山頂で待っていて。私もすぐに行くから。
君の家から帰る直前。
玄関で僕が靴に片足つっこんだ瞬間に君が「あ 」て言ったんだ。
そんで「ちょっと待ってて」って部屋の中に引っ込んでった君が、片手にビニール袋を下げて戻ってきて、
「はい」って中身も言わずにその袋を僕に押し付けた。
「いいよ」って押し返したかったけど、
幾度となく押し負けた記憶が頭をよぎって、
僕は「ありがと」と口にした。
そうすると君はにこにこ笑って、
「またね」って玄関で僕を見送った。
君んちのアパートは共用廊下が吹きさらしで、
僕は寒空に放り出されたも同然だったんだけど、
でもなんだか妙にそわそわして、
手にしたビニール袋から中身の温度が伝わるような気がして、
落ち着かないまま自分ちに帰った。
待ってて
日本シリーズ第1戦。シリーズを占う大事な初戦だ。
すでに9回裏ツーアウトまで来ていた。
落日ドラグーンは1点ビハインドだったが連打でランナーを進め、2塁3塁の1打逆点のチャンスを作ることに成功した。
続くバッターは4番の俺。ヒットでもサヨナラになる場面だが、俺が狙うのはホームランのみ。この試合は3三振でいいところが全くなかった。この最後の打席でどうしてもホームランを打たなくてはならない。
ピッチャーが振りかぶって第1球を投げた。俺は派手に空振りする。自分でも力んで大振りになっているのが分かった。観客席から大きなため息が届く。
それは3日前のことだった。その日は練習はオフだったが、病院に慰問に行く仕事が入っていた。
「相合選手、日本シリーズ第1戦でホームラン打ってくれる?」
「俺がホームラン打ったら、手術を受けてくれるかい?」
「うん、ちょっと怖いけど手術受けるよ。手術が成功したら僕も野球できる?」
「もちろんだよ。俺とキャッチボールしよう。」
「やったー。」
その少年はヨウタ君と言い。重い心臓の病で手術を控えていた。だけど成功率はかなり低いのだそうだ。
死を目前としても少年は明るかった。年齢差があってもすぐに打ち解け、俺たちは固い絆で結ばれた。
翌日、結局俺はホームランを打てず、試合にも敗れた。
練習に身が入らずフラフラと歩く。コーチに危ないからヘルメットをしろと怒鳴られた。だが、力無く頷いただけコーチから言われた事はすぐに忘れてしまった。朝、広報担当から少年の体調が突然悪化し、帰らぬ人になったと報告を受けたのだ。全身から力が抜け、俺はブツブツと呟きながら自分がグラウンドのどこにいるかも分かっていなかった。
「俺のせいで、ヨウタが死‥」
その時、鋭い打球音とともに俺の頭に衝撃が走った。
薄れゆく意識の中で、もう1度あの打席に立ちたいと願った。
「?」
「相合さん、起きて下さい。」
俺を呼ぶ声がしてゆっくりと瞼を開ける。
目の前に背中から翼を生やした女性が光を背負って立っていた。
「相合さん、ここは死後の世界です。あなたは本来、ここにくる予定ではありませんでした。そのため我々は2つの選択肢を与えることにしました。1つは、異世界転生です。チート能力を身につけて無双生活が送れます。もう1つはタイムリープです。あなたが戻りたいと思う瞬間に戻り、人生をやり直すことができます。」
「タイムリープ?」
「そう、あなたにはもう1度やり直したいと思っている瞬間があるようです。人生をやり直すことができますよ。」
「神様、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「私は天使なのだけど。分かりました。では目を閉じて下さい。再び目を開けた時あなたは時を遡っています。」
俺は静かに眼を閉じる。
空気が変わった気がした。
目を開けると見覚えのある場所だった。確か、ヨウタの病室だ。と言うことは4日前に戻ってきたのか?いや違う。様子がおかしい。俺がベッドに横たわっている。しかも身体つきが中学生のそれだ。
「相合さん、大変です。私の話が聞こえますか?」
「神様ですか?」
「私は天使なんだけど、タイムリープには成功したんですけど、相合さんと、ヨウタさんの魂が入れ替わっちゃったんです。」
どうやらこの物語はタイムリープ物ってだけじゃなく、入れ替わり物でもあるわけだ。思わず笑ってしまう。
「笑い事じゃないですよ、今日相合さんがホームランを打たないと相合さんとヨウタ君が死ぬ運命は変えられないんですよ。」
「何だって?」
俺は飛び起きると時計を探した。20:00。もう試合は始まっているじゃないか。
「相合さん、聞こえる?」
「ヨウタか?話が通じるのか?」
「うん、さっきからの神様との会話聞こえてたよ。」
「ヨウタ、今何回だ?」
「7回裏が終わった所、どうしよう僕、野球なんかできないよ。」
「ヨウタ落ち着け、俺はDHだ。守備に着く必要はない。第3打席が終わった所だから、9回まで打席が回ってくることはないからそれまで出来るだけ時間を稼ぐんだ。」
「どうやって?」
「とにかくゆっくり動け。」
「そんなぁ」
「それと、広報担当を呼んで、俺が、つまりヨウタがベンチまで行けるように取り計らってくれ。」
「分かった。やってみるよ。」
「神様、どうしたら魂は元の体に戻る。」
「2人が直接触れ合えば元に戻るはずよ。」
誰も見つからないように病院を抜け出るようにしなければ。
俺は駆け出した。心臓が高鳴り悲鳴を上げる。耐え難い痛みだ。ヨウタはこんな痛みを抱えながら笑顔を振りまいていたのか?
病院から球場まで車で30分くらいか?
だけどどうしよう。タクシー代を持っていない。
病院を出たところで、車から車椅子を降ろしている家族を発見した。おじいさんを介助して車イスに乗せるところだ。
俺は運転席に入り込むと車を拝借した。
申し訳ないけど、人命がかかってる。
球場に到着すると広報担当が待ち構えていた。事情は把握できていない思うが、ヨウタは上手く説得してくれたようだ。
「相合選手、どうしよう?打順が回って来ちゃったよ。」
「待っててくれ、もう球場には着いてる。いいか良く聞け、自信たっぷりにゆっくりバッターボックスに入れ、バッターボックスに立ったら1球もバットを振るな。悠然と見逃せ。まるでお前のボールは見切っているんだよと言わんばかりに。そして1球毎に座席を外すんだ。そしてバッターボックスに戻る時、バットをライトスタンドに向けろ。ホームラン宣言だ。観客は沸くはず。その歓声を十分に聞いてからバットを構えろ。」
ヨウタからの返事は無かった。
俺は最後の力を振り絞って駆けた。心臓の痛みは気合いで吹っ飛ばした。
俺はベンチに雪崩れ込んだ。俺と、ヨウタと目が合った。
「タイム!」
俺が、ヨウタがベンチに戻ってくる。
「よく頑張ったな。」
「後は任せてもいい?」
「ああ、お前はそこで見守っていてくれ。」
俺たちはガッチリと握手した。
カウント3ボール2ストライク。俺に残されたチャンスは1球だけだ。だけど不思議と落ち着いている。体の力を抜いていつものスイングをすることだけに集中した。
カキーン。打球音が響く。
「凄いなぁ、やっぱり相合選手は格好いいや。あれ?心臓の痛みがない。相合選手が何かしたのかな?」
コーヒーの味はなにをしながら飲むかで変わると思う。
目覚めの一杯は苦くて頭がスッキリする。食後の一杯はおいしい。資料とにらめっこしながらの一杯はほんのり酸っぱい。誰かを待ちながら手持ちぶさたに飲むコーヒーは、少しだけ、まずいと思う。
(待ってて)
絹糸は黒く、少しだけ茶を載せて。
黒瑪瑙も良いけれど、煙水晶の揺らぎも捨てがたく。
しろくやわらかな包みは大きめに。
細かな螺鈿も忘れてはいけない。
中身は白を中心に、様々な赤と、一番外側は黄色系。
それと隙間を埋め合わせるのは青。
自立出来る位にしっかり包みに詰め込んだ薔薇の花。
贈る筈だった白い衣装。
噛み破った指先で唇を飾って。
ゆらゆら燃える小さなカンテラを確かに持たせた。
「もう一度、やり直そう」
奇跡の材料は揃えた。
禁忌の境界は越えた。
川の縁に立ち竦む指を
この手に確かに引き寄せるために。
<待ってて>
この世界の始まりであり、終わりの場所で
待ってるから待っててね
待ってて
よーい、どん。同時に始めた私たちは、時に抜かして、時に抜かされて。
どちらかが置いていくことも無く、またどちらかが置いていかれることもなかった。
このままお互い高めあって、そんなことを考えて。気づいたら君はずっと遠くにいて、私の足は止まっていて。
それでも、それに気づいたなら。きっとまた、走れるから。
だから待たなくていい。君はずっと先を行け。必ず追いついて、そのうち追い抜いてみせるから。
そう意気込んで走ろうとして、盛大に転けた。
………やっぱり、少しだけ待ってて。
『待ってて』と言って行方不明になった洋子。
『待ってて』と言う時、嫌な感じも無く、そんな、感じだった。
『待ってて』それだけの言葉、何処に・・・。
行ったんだ!
小学校に入ってはじめての夏、親戚全員で動物園に行った。
物心ついて初めての動物園だったから記憶に残っているのは
ほんの少しだけ。
大きなドームの中には植物と鳥の世界が広がっていて
ディズニーの世界に入り込んだかのようだった。
その動物園の1番人気は白熊で穴の開けられた壁から
たまにひょっこり顔を覗かせるお茶目でかわいい男の子。
飼育員さんとも中が良く見ていて楽しかった
私が行った時は
たまたまその白熊の誕生日で大きな氷のケーキを
美味しそうに食べていた。
「冷たくないのかな」、「頭ガンガンしないの?」など
その時の私は全てにおいて質問をしたい年頃だった。
園を周りきり最後によったお土産売り場で20cmほどの
白熊のぬいぐるみを買った。
動物園に行った日は実家で飼っている犬を連れて行って
預けていたため、犬を迎えに行って車に乗せ
車が走り出して30分ほどたった山道で車酔いをしたのか
犬が嘔吐した。
父と母が犬を乗せていた後部座席を掃除してる間
姉と従姉妹と3人でその日買った
ぬいぐるみの名前を決めていた。
姉と従姉妹がなんのぬいぐるみを買って
なんて名前をつけたかは覚えていない。
でも
私はその車の中で白熊のぬいぐるみに[ナナ]と名前を付けた。
そこからはナナと毎日一緒にいた。
学年が上がるにつれて私の体は大きくなり
ナナは汚れていった。
買った時には腕いっぱいに抱いていたのに
中学3年生の時には片腕に治まるほどになっていた。
あの日から私はナナの名前を忘れたことは無い。
高校に入ってから白熊マニアの私はナナと同じ
メーカーの白熊ぬいぐるみを全部買って
白熊オタクという名称を自分の中で掲げた。
それは社会人になった今でも続いている。
「お前のおかげで立ち直れたわ」
「〇〇のおかげでこの間の問題解決したよ!」
「お前のおかげでこないだのテスト平均点こえたよ」
「「「私の救世主だよ!!」」」
そう言われている裏で、わたしは震えている。
本当にうまく助けてあげられたかな
もっとかけるべき言葉があったんじゃないか
今困っている人はいないかな
いつのまにか誰かを助けるのが当たり前になって、困ってる人を見捨てられなくなって、自分で自分はもう限界だってわかってるのに助けてあげるのがやめられなくて
いつのまにか軋んだ体と、悲鳴を上げる感情がわたしの中でのたうち回る
「ああ、だれか私を助けてよ…」そんな言葉をつぶやいてベットの上で丸まっている
ごめんね、助けてあげられなくて。もう少しまっててね。
全部助けたその後で、救ってあげるから。
でもそれは、きっと永遠に来ないけど
何年先かはわからないけど、誰よりも君に、
待ってて欲しい。
待てないのなら、どうにか僕を見つけておくれ。
ひとまずは、その虹の橋の袂で、待ち合わせしましょう。
題目「待ってて」
お題 待ってて
いつも私の前を歩くあなた。
追いつきたい!
追いついて一緒に歩きたい。
あなたを目標にして生きてきた。
あなたとなら頑張れる。
あなたとならへこたれない。
きっと追いついてみせるから。
だから待ってて……
《待ってて》
それがどれほど苦しい時間であるか、彼も体験したことのあった。
遊びの約束をしていて、そのとき事情があって相手が約束していた場所に現れなかったときだったか。
一秒が長く、一息が重く感じるのだ。
微睡みながら移ろう時間ほどのろまなものはなく、時間は遅遅として進まない。
刻む秒針を錯覚するほど静寂は耳に痛く、心を闇へと誘い堕とす。
——来ないのではないか。
そう思ったら最後、期待と不安の入り交じった瞳を揺れ動かしながら呼吸をする他なくなるのだ。
一秒が勿体ぶって推し進められ、一息が胸を内側から抉るような鈍さを感じるのだ。
あれは終わりのない停滞した世界だった。
結局彼がその感情を持て余したまま、日が暮れ切ってしまった。
だから彼は早く行かなければならない、という強い思いがある。
足を止めるなどあってはならない、と。
全てを終わらせる為に、目的を果たす為に。
ひたすらに、自らを止めることを良しとしなかった彼は辿り着く。
「お前が……アンタの所為でッ……!!」
悲しみに満ちたその瞳は、今も相棒の姿を映しているのだろうか。
それとも。
『絶対に、まだ来んじゃねぇぞ。……相棒』
憎しみに満ちたその瞳は、今や仇の姿しか映していないのだろう。
「あ、あ……ああああああああああぁっッ!!」
渾身の一振が、開戦の一刀が彼を紅く染める。幸か不幸か初手でイイところに当たったのだろう、血液が激しく飛散した。
それをまるで気にしていない彼は、片腕を抑え口を動かす男に再び刀を振りかざす。
何かろくでもないことを喚いているのだろう、彼の表情は煩わしさで満ちていた。
「黙れ……黙れよッ! お前は!!」
上から重力に倣っての一撃は、剣術においてどんな攻撃よりも重く強い。
それをもろに足に喰らった男は、また何事か口を開いては閉じた。
「殺す価値もないさ! でもな、アンタを殺す理由はあるんだよッ……!」
未だの心の片隅に残った良心との呵責からか、苦しみながら彼は腕を振るう。
亡くした存在を想ってか、ふと、悲しげに目を伏せる。
「……待っててくれ。すぐに、終わらせるから」
誰に言ったのか天を仰いで呟くが、いや、きっとわかっている。
『待っててなんかやんねぇよ。なんで未だ俺が待ってると思ってんだよ。置いて行くに決まってんだろ』
また彼は振り上げて、今度は肩口に刃を落とした。
既に血を流しすぎたのか、男の反応は鈍かった。
彼はそれを見て、暗い光を湛えた瞳で悔しそうに、それでいて憎々しげに男を睨んだ。
「この程度で死ねると思うなよ、下郎」
骨に当たったのか、動きの悪い剣閃が男の腹を突いた。刃は紅で曇っていて、何も映さない。
それと似て、彼の瞳ももう何も映さない。
『なあ、もういいだろ。わかったから。……十分だ、二度と俺の傍に来るな。俺は逃げるから、一生追い掛けて来いよ。俺に触れたら、負けを認めてやルよ』
鳥肌の立つような冷笑を浮かべた彼は、刃で男の腹を真横に裂いた。
「……ふっ……は、はは……」
何が可笑しいのか、彼は嗤う。
『……頼む。これ以上はやめロ。俺は君にこっちに来て欲しくなんてネぇんだ。だから、これ以上俺が赦される理由を作るんじゃねぇよ』
それはそれは、愉しそうに哂うのだ。
「あっははは……ふはっ……あはは……」
狂ったように、刃を振り上げては下ろして。
『……なあ、もウ疲れたのか? もう、死にたイのカ? 早く消エて、いなクなりたいノカ?』
彼は血溜まりに座り込んだ。
『ワカッた。俺はもう、待ッてヤンネぇカラな』
つと、涙を零す。
「終わったよ……全部、全部っ……!」
『オつカレ様。サぁ、待チクタビれタンダよな』
罪を犯したばかりだというのに、晴れやかな笑みを浮かべ彼は目を覆う。
「早く向かえに来てよ——相棒」
『コレデ君ト一生一緒ニイラレルナ』
——怨霊というのは、生者を死に誘うモノらしい。
——霊は時間が経てば怨霊に堕ちやすくなるという。
「あの……」
か細い声が聞こえ、振り返ると、小さな女の子がスカートの裾をギュッと握りしめながら立っていた。
顔は俯いていて見えないが、緊張しているのか少し震えている。
『えっと……?』
ちなみに俺は友人宅にお邪魔しており、これから帰ろうと玄関に向かい階段を降りたところ、今のこの状況になったわけだ。
多分彼女とは初対面だと思うが、誰だかは予想が着いていた。
よく話に聞いていた、友人の妹だろう。
しかし、先程も言った通り彼女とは面識がない。
俺も少し話に聞いてる程度なので、こうして呼び止められるような仲ではないのだが、果たして何の用なのだろう。
戸惑って固まっていると、彼女も同様に固まったまま直立不動。もうかれこれ一分以上は沈黙が続いている。
どうしたらいいか分からずにいると、トントンと階段を降りてくる音が聞こえてくる。
「あれ、まだ靴履いてないの?」
友人だ。頭をかきながらゆったり降りてくると、妹の存在に気づいたようで、「あぁ、」と声を漏らす。
「まだやってるのか、早くしろよ。」
「お兄うるさい。」
友人が絡んでやっと彼女が声を発した。
本当になんなんだ。
友人に視線を送ると、ため息をついて口を開く。
「今日お前を家に呼んだのは、こいつがお前に会いたいって言ったからなんだよ。」
『はぁ、なんでまた。』
「んなもん、チョコ渡しn」
「ああああああああ!!お兄!!ばか!!」
友人が急に妹に突き飛ばされ、壁にめり込む勢いでぶつかっていった。
頭を打ったからか、友人は軽くフラフラしている。
『……えっと、俺に用があるのかな。』
小さい子ましてや女の子に声をかける機会なんて無いもので、少し緊張しつつも話しかけた。
友人を突き飛ばしたおかげで、俯いていた顔もしっかり見える。
目を合わせて話すと、彼女の顔がだんだん真っ赤になっていった。
「あ、あ、ああの……」
先程までの強気な彼女とは打って変わって、最初のしどろもどろな様子に戻ってしまった。
さて、どうしたものか……。
頭を悩ませていると、袖を引っ張られた気がした。
よく見ると彼女がちょいちょいと引っ張っている。
ジェスチャーで耳を指していた。
どうやら耳を貸してほしいらしい。
彼女の要望に答え、しゃがんで彼女の背丈に合わせるように耳を向けた。
「あげる。」
たった三文字。とても小さい声だっただろうけど耳打ちだったからか、俺の心臓を跳ねさせるには十分だった。
言われたと同時に、小さな箱が渡された。
中身はおおよそ、季節からしてチョコレートだろう。
まさかこんな小さな女の子から貰うとは……どんな反応をしたらいいのか分からず、柄にもなく照れてしまった。
『あり……がと。』
お礼を言うと、女の子はコクリと頷きまた俯いてしまった。
ふと目線が台所の方に行くと、母親らしき人が覗いてニコニコしている。友人もそこに便乗していた。
これは明日会った時に茶化されそうだ。
「……まだ、」
『え?』
「初めて作ったので、まだ下手だけど……来年はもっと美味しいの、作るので!!……また受け取ってください!!」
力が入ったのか、彼女は顔を上げながら俺に叫んだ。
目がとてもキラキラして綺麗だった。
惚けていると、彼女からの視線で我に返った。
どうやら返事を待っているらしい。
コホン、と咳払いをしてちゃんと彼女に向き直る。
『待ってるね。』
ニコッと微笑むと、よほど嬉しかったのか彼女もたちまち笑顔になった。
「はい!!待っててください!!」
少し恥ずかしいような、嬉しいような和やかな時間が流れていたと、友人にあとから言われた。
これが僕と彼女の始まり。
十数年後、僕は彼女にプロポーズするのだが、それはまた別の機会に。
#待ってて
『待ってて』
※書く時間取れなくてめっちゃ短く感想です。
これからも毎日頑張って行こうと思う!
なので応援して待っていて欲しい!
いつまでも待っているから、あなたが精一杯生きたあとの、天国へ行くまでの時間を私にください。
あなたの手を引き、ゆく黄泉路は何よりも
素晴らしいでしょう。
美しく着飾ったモデルがランウェイを歩くように。あなたの人生の全てを祝福しましょう。
あなたが生きる間は何も要らないから
どうか、どうか。
一緒に。
「___ 」
いつまでも、待っているから。
あなたの波紋に触れても
わたしの波紋と交わらない
いつか、なんて来ないのに
__待ってて
放送大学休学中。
でも絶対卒業する。
今は「待ち」の時間。