『寂しさ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
貴女は一体どこに行ってしまったの?
私を置いて、さっさと自分の人生を歩み出した。私には何もわからないのに。貴女が何で悩んでいたのか。何で苦しんでいたのか。何もわかってなかった。それがやっとわかったのに、貴女はもう私から離れてしまった。
「最後に一度くらい会わせてよ」
それすら言えないようなヘタレだから?
優しいとこが好きって言ったのはそっちじゃん
何を考えてるのか、ちゃんと話してよ……
考えが止まらない。まとまらない。
ねぇ、貴女だけなんだよ。こんなに私の心をざわつかせるのは。こんなに心を抉られるのは。
どこにいるのか教えてよ。
会いたいんだよ。それだけでいいのに……
胸の真ん中にぽっかりとした空虚感があるのに
胸の奥には冷たくて苦しいほどの蟠りがある
自分じゃどうしようもできない
誰かの灯火に少しでもいいから
あたりたい
そうすれば冷たかった何かが
溶けていくような気がする
それは分かってるんだけど
うまくできないから
いつも寂しい
【寂しさ】
違う学校に進んだ友達とは、もう会えないことがさみしい。
「寂しさ」
寂しさを感じるのは、人にまだ期待してるから
理解してほしい、わかり合いたい、きっと大丈夫…
けど、いくら冷静になろうが感情的になろうが、
周りは助けてはくれない
自分を助けられるのは自分だけ
絶望を何度も経験してると、
そのうち呆れがきてそれに疲れて飽きて、
次には周囲に今までのように感情を向けることは出来なくなる
それを世間では、"相手を許す"と言うふうに見えるらしい
けれど、それは違う
自分が弱りきるくらいの思いやりを、
その他に向ける心を、壊されてしまっただけ
周りはそれに気付かない
それでいい。それがいい
だって、もう寂しさは感じない
孤影悄然
「済まない、枷は外します」
改まった調子でそう言うと兄は立ち上がった。私は妹と身を寄せ合いながらその言葉を聞いた。不思議そうに兄と私を交互に見る幼子に、私たちは何とも答えなかった。年長者たちにしかわからない会話がひそかに、しかし公然と行われていることに妹は気づかない。兄はそっとその雄弁な眼を伏せて、背を向けた。その背にはあるいは薄汚れた翼が一対、あったのかもしれない。私と妹は融合しそうなほど一層体を密着させて兄を見送った。ひどく孤影悄然とした彼の後ろ姿は、墨汁のような深い印象をぽつり、私に残していった。
寂しいを胸に一歩踏み出す
「あーそーぼー!」
楽しげな声がする。
寂しい
Theme:寂しさ
子どもの頃「ウサギは寂しいと死んでしまう」という都市伝説を聞いた。
今ならそんなことあるはずがないと笑い飛ばしてしまうが、当時の私は信じていた。
小学校の飼育小屋でウサギが飼われていた。
子どもの頃の私は彼ら/彼女らが寂しいと思わないように、休み時間の度に話しかけに行っていた。
放課後は校庭から他の児童の姿が消えてしまうまで、飼育小屋の横にしゃがんでウサギと一緒に過ごしていた。
「彼ら/彼女らが寂しい思いをしないように、私が助けてあげなくちゃ」
当時の私はそんな使命感に駆られていたのかもしれない。
今思えば、それは逆だ。
毎日のように飼育小屋に行っていたのは、私が寂しかったからなのだ。
学校に馴染めず友達もいなかった私に、側にいることを許してくれたのはウサギ達の方だった。
幼いプライドが「ウサギのためだから」と誤魔化していたけれど、本当は他でもない私の寂しさを紛らわせるためだった。
休み時間に楽しそうに話すクラスメートを見たくなかったから。
放課後に皆がお喋りをしながら帰る中で一人で帰るのは惨めだったから。
少しは社交性を身に付けた今の私は、ウサギの小さなぬいぐるみをバッグに付けて持ち歩いている。
まだ寂しがり屋はなおっていないようだ。
寂しさを紛らわす方法はあるけれど
それは一時凌ぎにすぎない
また寂しさは込み上げてくる
だったら
この寂しさにどっぷり浸ろう
感情のまま身を任せて
#寂しさ
#65
独りが寂しいと思うのはきっとこの寒さのせい
そう思いたくて、布団に潜り込む
私のことを見ないで 嘘つきって言わないで
#寂しさ
寂しさ
あなたに会えなくて
こころが
涙を流す寂しさ
また縁があって
会えたときは
笑顔に
なれるように
きっと
寂しさも
吹き飛んでしまうだろう
なな🐶
2023年12月20日
寂しさ
貴方が天に旅立って、もうすぐ1年。
寂しさは、薄れていくものだと思ってた。
でもね、一旦 薄れた寂しさが、
最近、また強くなったの。
1人で生きるには、先が長過ぎる…。
そして、貴方と生きた時間は、あまりに短過ぎる。
貴方に会いたいよ…。
この寂しさは、掻き消せないでしょう。
何年経っても。
写真も、手紙も、貴方が残した物たちも。
やろうと思えばいくらでも、
消す、燃やす、捨てる。
何だってできる。
でも、貴方が居た記憶だけは、
この孤独と寂しさだけは、
私が死んでも消えないんでしょうね。
お揃いで買ったマグカップ。
これ、暖かい飲み物が長持ちするんだっけ、
時間経つのを忘れて、もうとっくに冷たいの。
貴方がくれたこの指輪、通り抜けたら、
貴方のいる世界に行けるのかしら。
こんな今の私、
先に逝った貴方は、どう思うのかしらね。
私がこんなに寂しい思いをしてるのを、
面白がって見ているの?
まぁ…そんな事する人じゃないけれど。
それならそれで、私も楽なのにね…
知ってしまうと怖くて仕方がない。
この先、貴方を失う以上の不幸は、
そうそう起こらないと思うの。
でもね、貴方との日々はもう2度と戻らないの。
貴方も、今の私と同じ気持ちなら良いんだけど。
『寂しさ』
触れていた唇を離すとき。抱き合っていた体を離すとき。繋いでいた手を離すとき。あなたとの楽しい時間はたくさんあったのに思い出せるのは寂しさを感じたときばかり。あなたともう会えなくなってから寂しさというものがなにかで埋められるものではなく、心にできた傷のようなものだと思うようになった。私の傷はまだかさぶただ。いつか傷痕に愛おしく触れて笑えるようになる日が来るのだろうか。
寂しいと思うのは、暇だからという説もある。
寂しさを感じさせないほどに忙しくしていたら、それは寂しくないということだ。
それも一理あると思うが、何をやっても寂しい時もある。
そんなときは、私は宇宙のことを考える。
このちっぽけな惑星の、ちっぽけな存在など、世界は初めから気に留めていないのだ、と思うと、ふと寂しさが薄れていくような気がする。
私はいつも、そうやって乗り切っている。
あれから、周りにも恵まれて、幸せなはずなのに。
君が死んでから寂しさが積もる一方で
この寂しさを満たせるのは君しか居ないのに。
一体何処にいってしまったんだい?
手を伸ばしては汚れた手を見て、顔を顰める
なんて自分勝手な事だ。みっともない。
でも、会いたい。
願わくば抱きしめて、一生離したくない。
何処にも行かせない。
本物の親の知らない私には、君以外からの情を
知らなくて
若すぎた私には、君との時間と寂しさが反比例しているだなんて、証明できなくて、
寂しさ…。
勇気なんてなにのに一人前に恋をしたりする。
何を期待したら良いのか分からない。
既読にならないままのLINE。
様子を伺いながらのやり取り。
気分が上がっても結局落とされる。
そんな単純な自分。
日に日に不安定になってゆく。
この恋の終わってるのに何気に繋がりたくて。
独りよがりの恋の模様。
愛する人の優しさは時に自分を寂しくさせる。
今日もまた、ならない携帯に少しの期待を込めて。
寂しさ
この年齢になるまめで毎日忙しくてさみしいなんて思う余裕はなかった
なぜだろう今無償に寂しさを感じている
好き、だった。
この恋は終わらせるしかかい。
自分の気持ち捨てるしかない。
彼をすきになるのは間違いだったのか。
出会いは4年前のこと
同じ教室、同じクラスメートから始まった。
コロナ禍で、分散登校。
同じクラスになった小学校の頃からの友達とも別れた。
気持ちが沈んでる時に見つけたのが彼であった。
彼も私と同じで、友達がいなかった。
そもそもいないのか、別れちゃったのかそれは分からないが、1人なのは分かる。
そんな彼の姿を見てると、真面目で優しさを感じられた。
そんな彼を見てると、毎日が楽しく感じられた。
だけど、そんな思いなんで自分だけに閉じ込めて置かないといけなかった。
噂話とか聞くと、自分の中では心が傷つく。
これってもしかして恋?好きって気持ちなんだ。と築いた。
それからもずっと彼のことが頭から離れない。分かってる、好きになったとしても、彼は噂の通りなんだって。
だから、私なんか入ってけない。
自分だけで落ち込んだり、凹んだりしてた。
そんな日々後が、2年がたったある日。
それからも彼とはずっと同じクラスだった。
運命ってやっぱり変え難いものって思う。
これやっぱりなにかと感じた。
あの噂も無くなった。
やっぱり嘘の噂だったのかなと。
やっぱり私、彼のこと忘れられない。と思った。
でも、告白なんてできっこない。
そう、振られるのが怖いだけ。
ズルズル引きずってるだけでは何も変わらないのは分かってるけど...
そんなんだけど...
修学旅行、その班は決め自由に決めてよかった。
男女混合なのは確定だけど...
班長、副班長だけは決めて固定の中決める。
私は組みたい人もいない、損なら勝手に固定される班長でいいやって適当な気持ちでなった。
しいといえば、彼がうちの班に来てくれるのが1番いいのだが、そんなのらただの私の我がままなのはわかってた。
でも彼のこと忘れられないから、彼と一緒なら、何も出来なくても一緒に思い出作れたら...
それは叶うはずもない、願いだと思ってた。
だけど、私の副班長が、その男子と仲良かったから、来てくれた。同じ班になれた。
叶わないと思ってたことが叶う時、こんなに心が嬉しくて、痛くなるなんて思って無かった。
それ以来、彼への思いはますます増していった。
修学旅行中も、彼しか見てない。
周りの景色とかも見たりしてたが、やっぱ彼が視界に入る度にずっと見ちゃう。
こういう機会が1番告白できそうなチャンス。
なイベントである。色々考えたけど、辞めた。
好きな気持ちを伝えるのにはまだ時間が必要だった。
いいチャンスではあったが逃してしまったのは、悔しい。けど、しょうがない。気持ちにには嘘つくことは出来なかったから。
それから、何も変わらない日々を過ごし。
彼とは別々の道に進んで行った。
「何度でも言うが、俺は別に、ぼっちクリスマスでも寂しも何ともねぇからな」
この時期に「寂しさ」とか、当てつけか、んなワケ無いな、ただの毎度安定のエモネタだな失礼しました。
某所在住物書きはスマホに届いた題目の通知文を見ながら、今日も何を書くべきか悩み抜いていた。
感覚として、このアプリはエモネタと天候ネタと年中行事あたりで半数である。きっと数日後は「クリスマス」、31日頃には大晦日っぽい何かであろう。
「どうせ来る行事ネタから逆算して、それに対して『寂しさ』を書くことも、できるっちゃできるが」
そこまでして、クリスマスネタ組みたかねぇわな。
ガリガリガリ。今日も物書きは苦悩で頭をかく。
――――――
3月1日に投稿開始したこのアカウントも、クリスマスの翌日にとうとう開設から300日。
早いものです。長いものです。
今日はその約300日前から、現代ネタの連載風として何度もおはなしに登場している、「人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者」の藤森が、おはなしの舞台である東京へ来るまでをご覧にいれましょう。
昔々のおはなしです。
年号がまだ平成だった頃のおはなしです。
東京から遠く離れた雪国、花と山野草の溢れる田舎町に、附子山という名字の家族がおりました。
かつて四代藩主の体調不良を癒やしたことで、藩主から良質の薬草が採れる山と「附子山」の名字を与えられたのが由来です。
車社会の到来で、田舎町が限界集落に片足突っ込むまで、あるいは道路整備によるストロー効果がガチの本気を出してからも、
附子山は、一番大きく一番頼れる薬屋さんとして、地域住民のお薬事情を支え続けておりました。
「附子山の薬屋さん」といえば、その地区の30代以上は、誰もが一度はお世話になっていたほどでした。
で、その附子山さん一家には、優しくて寂しがり屋の一人っ子がおりました。
附子山 礼(ぶしやま れい)といいます。
後に諸事情で改姓し藤森になりますが、気にしない。
中学校あたりで「附子(トリカブト)」を理由にいじめられそうになりますが、
上記背景の薬屋さんの一人っ子なので、子供がいじめたくても、親が許しません。
おかげでいじめられず、誰と仲良くなるでもなく、ぼっちで、寂しく中学と高校を卒業しました。
「『附子山』を、知らない場所に行けば良いんだ」
当時の一人っ子、考えました。
寂しがり屋だったので、大学くらい、友達いっぱい欲しかったのです。
そこで一人っ子頑張って、勉強して勉強して、頭の良いひとが集う、ちょっと遠くの国立大学へ……
行ったは行ったで良いものの、やっぱりついてくる「附子山の薬屋さん」。
同期と先輩と教授に附子山の同郷が居たのです。
一人っ子の努力むなしく、「附子山の薬屋さんの一人っ子」として、寂しく大学を卒業しました。
「もっと遠ければ……東京なら、私を『私』として、見てくれるかも」
当時の一人っ子、考えました。
別に「附子山」姓を恨んでるでもなく、むしろ大事な誇りとして、自信とともに胸を張ってはいるものの、
やっぱり、寂しいのは寂しいのです。
「よし。東京へ行こう!」
都会の方が、仕事も選べるし、給料も高い。
そこで一人っ子頑張って、計画立てて切符も取って、引越し先も自分で決めて、
花と山野草あふれる雪国から、おはなしの舞台の東京へ、寂しさを埋めながらお金を稼ぐために、
2023年現在から13年ほど前の春、高速バスに乗って、やって来たのです。
「来た、東京だ!暖かいなぁ!」
そこから先は、10月18日投稿分だの、7月30日投稿分だので、あーだこーだ書いておりますが、
ぶっちゃけ、スワイプで辿るのがバチクソ面倒です。
要するに、13年東京に住んで、色々あって、職場に昨日投稿分みたいな食いしん坊の後輩もできまして、
そこそこ穏やかに、寂しさもちょっと紛れて、
元気に、暮らしておるのでした。
おしまい、おしまい。
『スピリチュアル的なことになるが、自分より遥かに大きい物事を想像してみてほしい。
例え話だが子は母親の胎内でどんどん発達する。そのとき、子は胎内でとても安心しているだろう。
赤ちゃんといえども生まれたときから知らないことをいっぱい経験するのだ。羊水に包まれ栄養が届く胎内は安心できるだろう。そして胎児はかならず母体に守られている。
この自分よりなにか大きいものに囲まれ守られている感覚を想像してほしい。
身近にそれを感じれることがある。
『空』だ。別の言い方では宇宙でもいいだろう。
私達を包みこみ空は毎秒違う顔を見せてくれる。
まだ静まっている朝の空。動いている我々を応援したり寄り添ってくれる昼の空。今日も一日お疲れ様と温かい光の夕方の空。
早めに寝るのよ。と静かに見守ってくれる夜の空。
空を母と想ってみてみると孤独感は結構拭き取れる。
スピリチュアル的には雲は神様や仏様。霊や天使、龍神がメッセージをみせてくれている。
孤独になったとき、空を見上げてほしい。一人ではない。そう思ってみると心が軽くなるぞ』
夢の中で誰かからか伝えてもらった言葉です。私はこの言葉通り空を見上げ、写真を撮りウェザーニュースなどの空の写真を投稿するアプリに投稿しました。そうすると自然と空を見れるのです。
次第に心が軽くなり私の鬱がほぼ寛解しました。 寂しさがある人は空を見上げて見てくださいね。