『冬は一緒に』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
くしゃみを一つ。
冷えた指先を温めるように息を吐けば、少し離れた場所にいる彼と目が合った。
彼を取り囲むように浮かぶ、いくつもの火が消える。一つ遅れて彼の姿も消え、次の瞬間には目の前に現れた彼に抱き竦められた。
「悪い。少し楽しくなっちゃった」
謝る声は、楽しげに弾んでいる。それに文句を言いかけ、意味のない事かと思い直す。小さく息を吐き、人よりも高いその温もりに擦り寄り、目を閉じた。
彼には自由が似合う。
初めて会ったその時から、彼の印象は変わらない。
神出鬼没で、何にも縛られず。形を変え、数すら変える、不思議な火。
どこまでも自由な彼に憧れて、差し出された彼の手を取ってからもうどれだけの時が経ったのだろう。
「じゃあ、そろそろ行くか」
離れ差し出された手に右手を重ねる。手を繋ぎ歩き出す道先にいくつもの火が現れ、暗がりに迷う事はない。
ゆらゆらと火は揺らいで、二つに分かれて一つに戻って。
思わず手を伸ばせば、触れる瞬間に消え、離れた場所に現れる。別の火が伸ばした手の周りをくるりと回り、いくつもに別れて離れていった。
まるで小さな子供達が遊んでいるようにも見えて、くすくす笑う。繋いだ手が態とらしく揺らされて、弾む気持ちで彼を見上げた。
「どうしたの?」
「また楽しくなってきちゃったから、手繋いでるの忘れないようにって」
離れて、風邪を引かせないように。
思いもかけない彼の言葉に、目を瞬く。
「星を見に誘ったのに、星見る前に風邪を引かせたら、つまらない」
「確かに」
「それに、今だけだからね。こうしてくっついても、文句を言われないのは」
にぱっ、と彼は笑い、繋いだ手を引いた。
突然の事に抵抗も出来ず、そのまま彼へと倒れ込む。ぶつかる寸前で抱き上げられて、その一瞬の出来事に理解が追いつかずに身を捩った。
「こら、危ないよ。落ちちゃったら怪我をする」
「ごめん?」
「気をつけて。歩くよ」
機嫌良く歩き出す。けれどいつもの跳ねるような歩き方ではなく、とても静かだ。
落ちる不安がなくなって、強く掴んでいた彼の服を離し、彼を見る。ようやく理解が追いついて、文句代わりに彼の頬を軽くつまんだ。
「痛いよ」
「痛くしてない。急には止めてって、何回も言ってるのに」
「思いついちゃったんだから、仕方ない」
いつもの事だよ、と言われれば、いつもの事だな、と納得してしまう。
思いついて、直ぐに行動に移す。今日もそうだった。
急に現れて、手を引かれた。星を見に行こうと、とても嬉しそうに。
止めなければ、部屋着のままこの寒空の下に連れられる所だったのを思い出し。少しだけ彼の頬をつまむ手に力を込めれば、彼は痛いよ、と楽しそうに笑っていた。
「今夜は特に空気が澄んでいるから、星がよく見える。もうすぐ着くよ」
「どこに行くの?」
「まだ秘密」
上機嫌な彼に合わせて、周りの火がゆらり、くるりと動き回る。楽しみだ、と気持ちが伝わって、頬をつまむ手を離し仕方がないなと笑ってみせた。
「着いた」
「すごい。きれい」
彼に連れられた山の奥。見上げた空に、思わず感嘆の声が溢れ落ちる。
どこまでも続く、星の海。人工的な灯りがないこの場所では、とてもよく見える。
彼の周囲で遊んでいた火が消える。星の瞬きさえも見えて、届かないと知りながらも腕を伸ばした。
「気に入った?」
「うん。すごく」
「なら良かった」
いつもとは違う柔らかな彼の声。見下ろす彼の表情もまた柔らかい。
星を掴む事を諦めて、下ろした手で彼の頬を包んだ。
人よりも高く、火よりは低い、彼の温もり。心地好いその温度を堪能していると、くすくすと笑われる。
「可愛いね」
「笑わないでよ」
「それは無理」
笑いながら彼は腰を下ろし、膝に乗せられる。くるりと向きを変えられて、背後から抱き竦める形に収まった。
「こんなに着込まなくてもよかったのに」
「さっき人の事忘れて遊んでたのは誰だっけ?」
「そうだった」
他愛のない話をしながら、空を見上げる。
吐く息は白いけれど、寒さは感じない。背後の彼の温もりが、寒さを忘れさせてくれている。
「暖かくて眠くなりそう」
「家まで送るよ。それかこのままずっと一緒にいてあげる」
それはやだ、と嘯きながらも、それも悪くないと思ってしまい苦笑する。
彼の側にいられるのは、触れられるのは、この冬の寒い日だけ。
それ以外の季節では、熱くて彼に触れられない。夏の日は、側にすらいられなくなってしまう。
彼は火だ。何にも縛られない、自由な火。遊ぶ事が好きで、楽しい事が大好きな、変な妖。
「星もきれいだけど、さっきの遊んでる火もきれいだったよ」
彼に凭れそうつたえれば、周囲を取り囲むように現れるいくつもの火。
ゆらゆら揺れて、くるくる回って。別れて増えて、まとまって一つになる。
楽しそうに遊び出す火に、腕を伸ばす。触れるぎりぎりを漂う火に、熱さを感じない。彼と同じ優しい暖かさに、もっとと強請るように、手招いた。
「少し前までは近くに寄っただけで怒られたのに、現金だな」
「今年の夏は暑かったもん」
「涼しくなっても変わらなかった」
「涼しくても、こんな風に抱きしめられたら熱いよ」
「我が儘…やっぱり、最高だな。この時期は」
触れる事を拒まれない。
彼はそう言って笑う。
それに悪くはないかもね、と答えを返して。
誰かと触れあえる、この短い季節を愛おしく思う。
「ねえ。また連れてきてよ」
「いいよ。応えてあげよう」
「珍しい。いつもは人に応える事なんかしないのに」
「また来たいからね。星の綺麗な夜に、また誘いに行くよ」
分かった、と小指を差し出せば、それに絡まる彼の小指。
「約束ね」
声に出して指切りをして。ありがとう、と小さく呟いた。
お礼の言葉は、少し気恥ずかしい。
どういたしまして、と頭を撫でる彼の手にさらに恥ずかしくなるが、離れる事も出来なくて。
「嘘ついたら、針千本飲ますからね」
心にもない事を言って、彼の腕を軽く叩いた。
大げさに痛がる彼に、馬鹿、と呟き。
大好き、と心の中で囁いた。
その言葉は、ありがとうすらまともに言えない自分には、きっとまだ早い。
いつか言える日を夢見て、誤魔化すように星空を見上げた。
20241219 『冬は一緒に』
冬は一緒に
そばにいなくても
記憶の中から思い出せなくても
クリスマスと年越しだけは越すことだけは確定している
幸せそうな人を傍目にでも
ゆく年くる年寂しくも
隣にはいなくとも
一緒の節目で私だけ置いていかれるのが確定している
冬は一緒に虚しくならなくてもいいわ
寒い寒い冬休みのこと
ボールペンのインクが固まっていて課題が進まない
ふいに窓の方を見ると結露していてガタガタと揺れている
ピコン
〚今日遊びに行っていい?〛
長年連絡を取っていなかった友人からのメールだった
課題はまったく進んでいないが、見ないふりをしてスマホを手に取る
〘すごいいきなりだな。そっちだと夏休み?〙
ピコン
〚うん。今〇〇空港降りたとこ〛
相変わらず突拍子もなくてあの頃が懐かしい…ん?
〘待て待て待て。空港降りたとこって?来てんの?〙
ピコン
〚そういやこっちだと冬じゃん…厚手の服持ってきてない🥺〛
…この計画性のなさも相変わらずだな
〘しゃーなしやぞ。俺のお古の上着と一緒に迎えに行くわ〙
ピコン
〚マジ感謝!!!〛
さて…
上着を重ね着して吹雪いている外に出る
お古も車に詰め込む
『冬は一緒に』
冬は一緒に とりとめもない話
冬は炬燵に入りながらみかんを食べるのが好き
さらに彼もそこにいてくれるのがもっと好き
「今日は仕事でね」
みかんを食べながらとりとめもない話をする
それが私の癒しの時間
こうさぎのフワリのもとに
こぐまのマリから手紙が届きました。
冬はお外にでかけられません。
ぜひうちに遊びに来てください。
雪がたくさん積もっています。季節はすっかり冬になりました。
フワリは小さな雪だるまを作ります。それを持ってマリの家へ遊びに行きました。
「マリ、遊びに来たよ」
「フワリ、いらっしゃい。まぁ、かわいい雪だるま」
フワリは窓から見える場所に雪だるまを飾りました。
しばらくすると、こりすのスキップがやってきました。
「マリ、遊びにきたよ」
スキップは、クルミのクッキーを焼いてきてくれました。
またしばらくすると、シジュウカラのピピとリリがやってきます。
2人は冬の間に練習した素敵な歌を披露してくれました。
マリははちみつ入りの紅茶を淹れてくれました。
そして、みんなでスキップの焼いたクッキーを食べます。
寒い日だけど、マリのお家はあっかたで、みんなの気持ちもあったかで、とてもとても幸せでした。
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お題:冬は一緒に
「冬は一緒に」
今日は特段寒い。住んでいる町の近くでも雪が降っているそうだ。なるほど、雪がふってもおかしくない寒さなわけだ。
なぁ、マッドサイエンティスト。
「ニンゲンくんから話をしてくれるなんて珍しいねえ!!!ボクはとーっても嬉しいよ!!!……で、ご用件は?」
いや、寒いから何かしようじゃないかー、とか言うのかと思ってたけど、何も言ってこないからなんとなく声かけてみただけだ。
「んー。寒いだけじゃあキミに負担がかかるだろう?だから何も言わなかったわけだが、何かしたいことがあったのかい?」
いや、全く。「なんだいそれは……。」
「だが、したいことならあるよ!」
なんだ、あるのかよ。「全く!キミはもう!!」
「ボクはねえ!こたつに入りたいのだよ!」
こたつ?「そう、こたつ!」なるほど……?
「ニンゲンしゃん!」「ん?」「こたちゅ てなあに?」
「こたつは……テーブルに布団がついたみたいなやつ……。」
「てーぶるに、おふとん?」「まあ、そんな感じ。」
「そうそう!冬は一緒にこたつに入るのが醍醐味なのさ!」
「まあボクと⬜︎⬜︎は太陽の熱に直接晒されようと冥王星に1億年放置されようと全くもって問題ないわけだが!」
……それなら、こたついらないんじゃないか?
「イヤだなあニンゲンくん!ボク達は文化を楽しみに来ているのだよ?!キミとの時間を楽しく過ごしたいっていうのに!」
悪かったって。
「へへっ!キミが幸せなら、ボクはそれで大満足さ!」
「ボクもー!ニンゲンしゃんがうれちいの、だいしゅきー!」
「……ありがとう。」
「それじゃあ、こたつ出すか。ふたりも手伝ってくれ。」
「「はーい!」」
こんな日常なら、どれだけ寒くても暖かくいられそう……なんて思いながら、こたつの準備をした。
その後、みんなでこたつから出られなくなったのは言うまでもない。
【冬は一緒に】
冬は一緒に、星を眺めたい。
大切なあなたと。
中学時代、友人たちと、毎日毎日、とりとめもない話に花を咲かせて、時間を過ごした。今思えば、よくあれだけ話していて話題が尽きなかったな、と思う。
あの頃一緒にいた友人の中で、いまだに友人関係が続いている子がいる。毎日会うことはなくなったけれど、会えばやっぱりとりとめもない話がどんどん湧いてきて、彼女と過ごす時間は本当にあっという間だ。
日々、つらいことが起こったり、暗いニュースが目に飛び込んできたりして、楽しくばかりはいられない。とりとめもない話をしている時間は生きるために必要だなあ、と何でもないことで笑い合っている時、私は思うのだ。
(とりとめもない話)
==========
同居人と一緒に、こたつで暖を取る。天板の上には、あったかいお茶を淹れた急須と、湯飲みが2つ。そして、真ん中に、みかんがいっぱい入った籠。
2人で同じくこたつに入って、同じテレビを見て、同じお茶を飲んで、たまにみかんをつまむ。
この時間が、私は好きだ。時間がまったりのんびり動いてる気がして、好きだ。日常の忙しなさを忘れて、心が落ち着くから、好きだ。
たぶんこの同居人も、同じことを思っているのだと思う。
毎年、冬は一緒に、こうして過ごすのが、私たちの定番だから。
(冬は一緒に)
パチパチと薪の爆ぜる音がする。
降り注ぐ雨の音は夜と共に去り、雪に変わっていた。
窓の外を眺めていたら、後ろから抱きしめられた。差し出されホットワインを飲むと、甘くてスパイシーな味がした。口数こそ少ないが、一緒にいて心地が良い。
窓に映る彼はいつもより柔らかな笑みを浮かべていた。
「この熱を君にも」
冬は一緒に
冬は一緒に手を繋いで帰ろう
独りだったら淋しくなる夜空も
ふたりでいれば輝いて見えるんだ
今年も実家からみかんが送られてきた。
一抱えもある段ボールはずしりと重く、開ける前からみかんの香り。
『今年はいっぱい美味しいのできたからね。これを食べれば風邪知らずだよ』
三日前に母から電話がかかってきた。電話口で母は自慢げだった。
そこで私は聞いてみたのである。
「お父さん、まだ怒ってる?」
『あー』
しばしの間。母は振り返って父の様子を伺っているようだった。
『大丈夫じゃない? お父さんもびっくりしたんじゃないの。あんたが急に彼氏を連れてくるから』
「その節はご迷惑をお掛けしました」
『本当は嬉しいんじゃない? 分かんないけどさ。なかなか良い人だったじゃない。まためげずに連れてきなよ。今度は一緒にご飯でも食べよう』
「……ありがと」
みかんの箱を開けると、薄暗い玄関に橙色の灯りが灯るようだった。
【お題:冬は一緒に】
冬の寒い日に
コンビニに買い物に行って外から帰ってきた時の
教室の暖かさにホッとする
みんな「ここ暖かいね!」と言って
あたたかい飲み物を飲んで
ゆっくり過ごす時間が私は好き
家に帰って
「寒かった-」と良いながら
家族で毛布を被って
暖まる、その時間も好き
冬の寒さは厳しい
だからこそ周りの人と一緒に暖まって
心も体もポカポカになって
その瞬間が、ずっと心にあたたかい光を灯す
大切な時であって欲しい
鍋を
食べて
温まろう。
食材は
何にする?
味付けは?
シメは?
独りよりも
2人で考えるほうが
楽しい。
暖かい部屋で
温かい鍋を食べて
寒い冬を
乗り越える。
#冬は一緒に
冬は一緒に
凍える空気が肌を裂く。
吐息さえも、
白く凍りそうな夜、
影を引きずる足音が、
闇の中へ消えていく。
私の隣には、
静かに火が爆ぜる暖炉の前で、
無邪気な笑顏で微笑む、
愛しい彼が居る。
君との辛い離別を経験し、
その想い出は見ない振りをして、
漸く手に入れた、
穏やかな温もり。
だが、私の心には、
君と過ごした冬が、
胸の奥に刺さったまま、
溶ける事も無く、痛み続ける。
言葉の刃が交わった、
あの絶望の日から。
暖炉の炎さえも、
すっかり凍て付いた、
私の心も、君の心も、
溶かす事は出来なかった。
「冬は一緒に居ようね。」
と、囁いた君の声は、
今や、空虚な残響でしかない。
手の中で溶けた約束は、
戻ることは無く、
指の隙間から零れ落ちた。
冬は一緒に。
その言葉を信じた、あの頃とは、
私に温もりをくれる相手は、
君から彼に、
変わってしまったが、
それでも、冬はやって来る。
白い雪が全てを覆うように、
君を忘れられるなら。
そして、彼との想い出を、
この上に、重ねる事が出来るなら。
苦手な冬も、悪くない。
冬は
一緒に
こたつに入ろう。
冬は一緒に
ストーブで暖まろう。
冬は一緒に
同じ布団で熱を分かち合おう
ーーーーーー
冬は一緒に
【冬はいっしょに】
普段はひとりでもいいねんけど、今日は
いっしょに行かへん?
本屋さん行くねんけど。え?覗くだけ。そのあとコーヒー飲みに行こかなって。ほんで雑貨屋覗きたいし、時間あるなら行こや。
ひざ掛け見たいねんな、ほら、あるやんあったかいやつ。…そうそう、フリースになってて、アウトドア用みたいなんじゃなくて、、そうそう、それそれ。
柄?そやなぁ、やっぱ、チェックかな。えーー、なんか、あこがれ?チェックへのあこがれ。
冬って誰かと行くんが楽しくない?
さむいなーとか言いながら歩くん、楽しいやん。なんでやろなー?不思議やんなぁ
あぁ、それはあるかも。ちょっとさびしくなるんかも。年末感あるしな!
冬は一緒に、清廉な湖に飛び込む。
ダイブ……、モノの重力法則に従って、水深数メートル沈んだのちに、モノのなかに込めた冬は、一気にその力を発揮した。
生まれたばかりの赤子が元気な産声をあげるようだった。
1000万分の1に圧縮され、金属製の特別な殻の内側に凝縮された。
化学兵器だった。量産などできない。一発限りだ。
核の炎の冷気バージョンと言ったほうがよかった。
この世界において、最恐を誇る、唯一無二の、質の高い冷気。
広がる。瞬刻的に世界を、瞬く間に冬にしていく……
兵器は空から落とされたが、詳細な説明はされなかったであろう。
上層部に使い捨てられた一兵卒たちは、飛空艇ごと産声をあげたばかりの冬に飲み込まれた。
世界を包んでいた蒼穹の空は、色はさらに青くなり、濃くなる。円球に、拡散する。
怜悧たる鋭利な空気圧で、一部のオゾン層が破片のごとく、宇宙へと弾け飛んだ。
兵器が落とされた湖……。
かつてその湖は、龍が棲んでいたという。
一人の少女と凶暴な赤い龍。やがて少女は龍の怒りを鎮めたとし、後世に至るまでに神格化されていった。
歴史を紐解けば分かるが、その少女は湖を棲家とする龍の生贄だったという。その伝承すら軽く吹き飛ぶように、跡形もない氷にした。
「……ほ、本当に、これでよかったのですか?」
愚鈍な上層部は、宇宙船の窓から戦果を確認していた。
あまりの暴虐さの目撃者になって、絶句だ。
部下の一人が代表するように、確認の意を表してしまった。
上層部の権力者は、違う。
その言葉は通り過ぎた。
しかし、長すぎるが時間的にはあっという間の沈黙の末に「……素晴らしい」と小さく呟いた。
そして、まくし立てた。
「素晴らしい! 何という力だ! これが、これが神のチカラ……。最高だ!」
自軍の化学兵器の味に酔いしれたようである。
「これをあと二つ、いや三つだ! 三つ作れば……、クックックッ、この星は、わが国の掌の上……!」
一つ作るのに100年を要している。
何千万もの人間の寿命を生贄に捧げて、天候を操るほどの致死量の解き放つ。一体、どれくらいの生命を無下に扱っただろう。動物、植物、人間。文化、伝承……
着地点をその湖にしたのも、すでに述べた通りである。単なる験担ぎであるが、上層部の頂点にまで上り詰めた権力者にとっては重要だった。
権力者は人間である。
それも不死性を獲得した、愚かなる老人……。
ある種、人間らしいと言える。
宇宙船を作り、空を突き抜け宇宙へたどり着き浮遊する。すると神視点となって世界に限界があると知った。
視界一面に見える、すべてのものをすべて手に入れたい。手に入れようとする。
しかし、人間とは神のように「UNIQUE(ユニーク)」を作ることができない。万に一つとして、彼は愚かだったが復讐心で以てもう一人現れてしまう。
同じ場所、同じ時間、同じ種族。
自分の作りし科学兵器「冬」を目撃してしまった天才科学者である。
すぐさま軍を抜け、対抗するように科学兵器「夏」を作った。込める様態は真逆だが、構想と技術はほぼ同種。100年かかるところを10年で作り終えた。
そして、夏を解き放ったのである。
彼が抜けたことで、二発目の「冬」が作れなかったこともあろう。
「冬」は、10年天下の後に「夏」の燎原の瞋恚の炎(ほむら)を許し、宇宙の一部をあぶった。
愚かな決断をした宇宙船を破壊せず、わざと蒸して中にいる愚かな老人を干からびさせたのだ。
「これで……、良いだろう」
科学者は天才であったが、心が真っ黒に塗りつぶされたため、この星を破壊した。
復讐は終わった。
燃え盛る夏と凍てつく冬。
どちらも見える山の懐を死に場所に選んだ。人間らしい理由である。
自転するが、一回転。
倒れるように息を引き取る。
この世に、天国と、地獄が、あるなら……、俺はどちらに逝くのだろう……。
その時、龍は現れた。
背中に少女を乗せた、赤い龍が。
冬は一緒に
友よ
冬は一緒に鍋でもつつこうよ
ねえ お酒でも飲みながらさ
結婚したあの子の話を聞かせてよ
冬は一緒にストーブの前にいる。
そこだけカーペットが剥げて来て、歳月を感じた。
「なに、これ、懐かしい!」
「だろ。探したら見つけたんだよー。やる?」
「当たり前っしょ。やー懐かしいなぁ」
友人の優と実家のリビングで炬燵に入って、ゲームをTVに繋いだ。
マジで懐かしい。俺たちが中学時代にハマっていた格闘系のゲーム。およそ15年ぶり。
「うぉぉぉー!おりゃぁぁぁ!いけぇぇぇ!」
「優、うるさっ。久しぶりに五月蝿ぇ」
「だぁぁぁ、ちょっと待って、待って」
「待たねーよ」
カウンター攻撃はあっさり成功して、俺の得点になる。
優は悔しそうに2試合目の対戦のために前のめりで備えた。
平日の午後。
本来なら俺も優もバンド活動をしている時間帯に、2人で俺の実家で過ごしているのには理由がある。
---優の心が壊れてしまったから。
最近、練習に遅刻したり、そもそも来なかったりってことが続いて、おかしいとは思っていた。
メンバーやマネージャーと病院に連れて行かなきゃなぁと会話しつつ、アルバム作りを優先した。
その結果。
優は外出できなくなり、うつ病と診断された。
バンドは無期限の活動休止に入り、俺とボーカルの優は、バンドのバの字もなかった中学時代の思い出を辿っている。
夕飯はお袋特製のカレーライス。
お袋は昔から、来客があればカレーを振る舞う。優も当然、中学生の頃からお袋のカレーを食べていた。
俺の部屋に運んでもらってカレーを食べながら、俺は優に聞いてみた。
「今日は泊まっていくだろ?」
「うん。急で迷惑かけちゃうけど」
「らしくないなぁ。昔はよく突然言い出したじゃんか」
「大人になると色々気を使うんだよ。俺もお前も」
「そっか。そういうもんか」
「そういうもんだよ」
中学生の冬の青春のやり直しなんか簡単だと思っていた。
でも、実際は難しい。
ただ、バカやってたあの冬と同じ青春を過ごして、優に元気になってもらいたいだけなのに。
「明日さ、柊が来るんだってさ。何して遊ぶ?またウチで遊ぶ?ゲームなら他にも…」
中学のとき、俺たちはいつも一緒に遊ぶグループがあった。柊はその中の1人。
ゲームカセットを収納したボックスを引き出した、その時。
「悪い、俺、まだ…」
元気のない小声に振り返る。
優が自分の身体を抱きしめるように、自分の腕を掴んでいた。
「拓馬以外のヤツとはまだ、無理…かもしれない…」
「…そっか」
「ごめん」
「ごめんなんて、別に何も悪いことしてねーじゃん」
頭を上げて欲しくて、わざと軽い調子で言う。
優は顔を上げた。でもその表情はやるせなくて、かえってこの表情の方が哀しかった。
「悪いことだらけだろ。俺のせいで活動休止になって、新曲の発売は無期限の延期。収入だけみても激減だ」
「収入はさ、俺も優も印税が入ってくるじゃん。優が今まで歌ってくれてたおかげだよ。感謝してる」
「でも、新曲出さなきゃいつか飽きられて売れなくなる。俺のせいで…!」
大切な友人の心の叫びを、どうすれば良い?
優が悪いわけじゃないって、どう伝えれば良い?
優を抱きしめて、随分痩せてしまったことを知る。
食事もあんまり食べられなくなったと聞いた。
カレーライスは美味しいって食べてくれたけれど、サラダは残していた。
「俺たち、無期限の活動休止中だよ。
無期限ってのは、期限はないってこと。活動休止ってのは、活動を休憩するってこと。良いんだよ、今は人生の休憩中で、仕事のことなんか忘れてれば」
「忘れるなんてできるわけないよ」
「そうか?今日、優とゲームしてたら、俺は忘れてた。優は?」
「あの瞬間なら…」
「忘れられただろ?いったん音楽のことを忘れてさ、俺たちが楽しくて仕方なかった中学の頃に戻ろうぜ。人生の休憩中なんだから」
「でも…」
声に心細さが滲み出ている。
どうすればわかるのかな。
今は何も気にしなくて良いこと。
優はひとりじゃない。俺がそばにいることを。
「まださ、活動休止して1週間も経ってないじゃん。
優が不安ならさ、とりあえずの期限を決めてみる?」
「期限付き?」
「そう。いつが良いかなあ」
「……冬?」
「冬?良いじゃん。
じゃあ、冬の間は俺と優の、人生の休憩期間。延長OK、短縮もOKでどう?」
「…拓馬も一緒に…?」
「もちろん。俺も優と一緒に休憩だ」
「拓馬も一緒なら」
「よしっ!」
バシッと背中を叩くと「痛え」と優が小さく呻く。
脂肪がないもんなあ…休憩中に少しでも体型が戻ると良いんだけどな。
「一緒に人生の休憩をしようぜ。コーラとポテチ食べる?」
「少しもらう」
「うん」
喋って、ゲームして、うたた寝して。俺はバカみたいにバカみたいな話を喋り続ける。
冬は一緒に、人生の休憩を。
冬は一緒に