冬は一緒に、清廉な湖に飛び込む。
ダイブ……、モノの重力法則に従って、水深数メートル沈んだのちに、モノのなかに込めた冬は、一気にその力を発揮した。
生まれたばかりの赤子が元気な産声をあげるようだった。
1000万分の1に圧縮され、金属製の特別な殻の内側に凝縮された。
化学兵器だった。量産などできない。一発限りだ。
核の炎の冷気バージョンと言ったほうがよかった。
この世界において、最恐を誇る、唯一無二の、質の高い冷気。
広がる。瞬刻的に世界を、瞬く間に冬にしていく……
兵器は空から落とされたが、詳細な説明はされなかったであろう。
上層部に使い捨てられた一兵卒たちは、飛空艇ごと産声をあげたばかりの冬に飲み込まれた。
世界を包んでいた蒼穹の空は、色はさらに青くなり、濃くなる。円球に、拡散する。
怜悧たる鋭利な空気圧で、一部のオゾン層が破片のごとく、宇宙へと弾け飛んだ。
兵器が落とされた湖……。
かつてその湖は、龍が棲んでいたという。
一人の少女と凶暴な赤い龍。やがて少女は龍の怒りを鎮めたとし、後世に至るまでに神格化されていった。
歴史を紐解けば分かるが、その少女は湖を棲家とする龍の生贄だったという。その伝承すら軽く吹き飛ぶように、跡形もない氷にした。
「……ほ、本当に、これでよかったのですか?」
愚鈍な上層部は、宇宙船の窓から戦果を確認していた。
あまりの暴虐さの目撃者になって、絶句だ。
部下の一人が代表するように、確認の意を表してしまった。
上層部の権力者は、違う。
その言葉は通り過ぎた。
しかし、長すぎるが時間的にはあっという間の沈黙の末に「……素晴らしい」と小さく呟いた。
そして、まくし立てた。
「素晴らしい! 何という力だ! これが、これが神のチカラ……。最高だ!」
自軍の化学兵器の味に酔いしれたようである。
「これをあと二つ、いや三つだ! 三つ作れば……、クックックッ、この星は、わが国の掌の上……!」
一つ作るのに100年を要している。
何千万もの人間の寿命を生贄に捧げて、天候を操るほどの致死量の解き放つ。一体、どれくらいの生命を無下に扱っただろう。動物、植物、人間。文化、伝承……
着地点をその湖にしたのも、すでに述べた通りである。単なる験担ぎであるが、上層部の頂点にまで上り詰めた権力者にとっては重要だった。
権力者は人間である。
それも不死性を獲得した、愚かなる老人……。
ある種、人間らしいと言える。
宇宙船を作り、空を突き抜け宇宙へたどり着き浮遊する。すると神視点となって世界に限界があると知った。
視界一面に見える、すべてのものをすべて手に入れたい。手に入れようとする。
しかし、人間とは神のように「UNIQUE(ユニーク)」を作ることができない。万に一つとして、彼は愚かだったが復讐心で以てもう一人現れてしまう。
同じ場所、同じ時間、同じ種族。
自分の作りし科学兵器「冬」を目撃してしまった天才科学者である。
すぐさま軍を抜け、対抗するように科学兵器「夏」を作った。込める様態は真逆だが、構想と技術はほぼ同種。100年かかるところを10年で作り終えた。
そして、夏を解き放ったのである。
彼が抜けたことで、二発目の「冬」が作れなかったこともあろう。
「冬」は、10年天下の後に「夏」の燎原の瞋恚の炎(ほむら)を許し、宇宙の一部をあぶった。
愚かな決断をした宇宙船を破壊せず、わざと蒸して中にいる愚かな老人を干からびさせたのだ。
「これで……、良いだろう」
科学者は天才であったが、心が真っ黒に塗りつぶされたため、この星を破壊した。
復讐は終わった。
燃え盛る夏と凍てつく冬。
どちらも見える山の懐を死に場所に選んだ。人間らしい理由である。
自転するが、一回転。
倒れるように息を引き取る。
この世に、天国と、地獄が、あるなら……、俺はどちらに逝くのだろう……。
その時、龍は現れた。
背中に少女を乗せた、赤い龍が。
12/19/2024, 9:33:56 AM