『何もいらない』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
テーマ:何もいらない #159
望まぬお見合い結婚の相手は
「何もいらない」と心を閉ざす女性でした。
そんなお見合いの相談が来たのは、
今から一ヶ月前。
結婚しない僕に急かすように
親がお見合いについて話をし始めた。
嫌な予感がした。
いつもはそんな話持ちかけることもないのに。
僕の気を察したのか、
隠すことなくお見合い相手の話になった。
お金持ちの地主の末っ子の子らしい。
それも、その子と地主に血縁関係はないとのこと。
その地主に言われたことだから断れないといった。
息子の断りもなく、縁談話が進むなんて。
そんなことを思ったものの、
親にも断れない。
もう進んでしまった話は仕方がないからというと、
親は安堵したように言った。
「じゃあ、話を勧めておくわね。明日準備してね」
明日……?
僕はその言葉にフリーズした。
次の日。
親に連れてこられたのは立派な美術館だった。
ここも地主の土地らしい。
一人の女性が誰かを待っているようだった。
真っ白なきれいなワンピースと黒いブラウスを羽織った人だった。
「こんにちは」
小さく挨拶された。
「あ、はい。こんにちは」
それが僕たちの出会いだった。
何もいらない。それ以外は。ください。お願いです。長年夢見てきたものなのです。向こうにある白い顔。車が通るたびに窓から伸びる影がその顔をチカチカさせる。差し出された手のひらにまんじゅうのような塊。食べなさい、とその顔は言う。
「ふぅ…」
旅にでる準備が終わり、ため息をつく。そしてもう一回部屋をぐるりと見回す。今日でこの家とはさよならだ。別に寂しい訳ではない。これはいつもの事だ。
今までずっとこうしてきた。色々な所に転々としてきた。だから、寂しくはない。決して。
「…寂しくはない。俺は友人なんかいらない。家なんかいらない。愛なんていらない。何もいらない。」
そう自分に言い聞かせながら俺はドアを開けた。
「あ、居た」
「……あ。」
ドアを閉めようと思ったがもう遅い。少し背の高い緑色の目の彼が、目の前に居た。
「…なんすか。」
「だって引っ越すんでしょ?だから来たの。」
「…そうですか。それじゃあ」
彼の隙間を通り抜けて行こうとしたが、「だーめ」
と言いながら俺の手を掴んだ。
「あのさ、…最後にお願いなんだけど。」
「はぁ…なんですか?」
悪態をつきながら言うと、口角をあげて、
「俺も連れてってよ。」
と言った。……オレモツレテッテヨ?おれもつれてってよ?
「……はぁっ?!いやいや無理ですよ!」
「無理〜。先輩の言うことは絶対!」
「もう辞めたんでそれは通用しないですっ!」
「だーーめ!行く!」
俺達は数分間ごたごたと揉め合いをしていたが、ふと自分のしていた事に呆れ、笑ってしまった。
「あ、笑った!」
「っ…そうですね」
「ねぇーえー?初めて笑ったよね?」
「そうっすね」
「連れてって?」
「だからなんでそうなるんですか!!」
……はぁ…。もういいや、連れてこ。いつか飽きるだろ。
「分かりました…着いてきて下さい。」
「え!ほんと!?」
「足引っ張んないで下さい。」
「分かってるよ〜」
朝日が登る中、俺達は旅に出た。
…………やっぱり寂しかったのかも。
#何もいらない
この人達も誰かと会わせたいなぁ…。
主人公は、色々な所に旅をしている旅人。
先輩は、主人公がアルバイトをしていた店の先輩。
という感じです!
5 何もいらない
そこは一杯の、熱いポトフを出す洋食店だ。
店構えは四十五年前から変わっていない。指でなぞれば筋が残るびろうどのシートに、学生の頃はひそやかなメッセージを書いて遊んだ。
隣に座った恋人にだけ見えるように、love、なんて。携帯どころかポケベルもなかったような頃の話だ。ピンクの公衆電話やレコードプレイヤーは現役を退いて長く、片隅のボックスシートには、テレビデオと「アラジン」のテープが置いてある。こちらはまだ、たまにだけど常連客の孫やひ孫が観ている。しゃれたようでもありどこかの家の居間のようでもある、不思議な店だった。
店主は数十年変わっておらず、すでに八十歳を越えていると思う。いつ来ても愛想のない男性で、数年前には手元がおぼつかなくなって自慢のコーヒーをいれるのもやめてしまった。メニューもどんどん減らし、揚げ物などは完全に出さなくなった。それでもポトフは出し続けている。これだけは「どれだけ耄碌しても作れる」らしい。この店はポトフがあれば他に何もいらないよ、と褒めているようで失礼なことを言うお客さんも昔から多かった。
私は今日、四十三年務めた会社を定年退職した。拍手とともに手渡された花束は色鮮やかでみっしりと分厚い花弁をを持ったものばかりで、心遣いは嬉しかったけれど、一人暮らしの自分のマンションに飾るのには少し、大きくて強すぎる気がした。
そのせいかは分からない。学生のころから月に一度くらいふらりと訪れているこの店に、なんとなく足が向いた。
別に、持て余した花束を「店に飾ってちょうだいよ」と押し付けるような気はない。それはさすがに迷惑だ。
ただいつものポトフが食べたかった。あれがふいに恋しくなったのだ。私は家庭をつくったことはなく、両親もすでにない。料理は下手だからさほどしないし、いつも時間のかからないもので済ませてしまう。じっくりと煮込まれているのに美しく透き通った、塩気と野菜の甘味がぽたぽたと胃に落ちて広がるようなあのスープ。複雑なレシピではないのに、自分では絶対に出せない味。
「……ふぅ」
不愛想な店主が運んできたポトフはおいしかった。いつもの味だ。本当に、いつも通りの。
視界の片隅に、うっすらとほこりをかぶったテレビデオがあった。今日に限って、私以外にお客はいなかった。夕方は幼児連れの母親がいることもあれば、レトロ趣味の若い女性がいることも多いのに。それを少しだけ寂しく感じた。私が四十五年ぶんいろいろあったように、この店にだってお客にだっていろいろあったのだろう。普段はあまり考えないことを、ふと考えてしまう。こういう思い入れも不愛想な店主には迷惑なのだろうけど。でも今日くらいは。
よく煮込まれたジャガイモですっかりと腹はくちくなり、私は少しやすんでから、席を立った。
ポトフだけの洋食店を後にし、満腹の穏やかな気持ちで歩き出す。お腹いっぱいになると、人は些細なことはどうでもよくなるのだろう。花束の強すぎる香りも、もう気にならなかった。私は六十五歳のおばあさんで会社も定年してしまったけど、足腰はまったく衰えてなんかいない。会社からの最後の帰り道を、ゆったりと歩いた。
『何もいらない』
「欲望は果てしないよねぇ」
人をダメにするソファに寝そべりながらポテチを食べつつビールを飲むという、堕落という言葉を体現したような姿の彼女はそう言った。説得力がすごい。
「なんなの、次は何が欲しいの」
「んー、別に欲しいわけじゃなくてさー。いや欲しいんだけどね?」
ソファからよっこらせとばかりに起き上がった彼女は、私を手招きする。なんだ、そのソファに二人は流石に難しいぞ。
「ここ、座って」
自分の足の間を叩く彼女に、首をひねりながらも従って、私は彼女の両足の間に座る。
最初彼女の方を向いていたら向きを修正され、彼女に背を向ける形に。
「よいしょー」
「わっ!」
彼女に引き寄せられて、後ろから抱きしめられる。私は、彼女の立てた膝に両腕が引っかかってずり下がるのをしのいでいるような体勢である。
「最初はさあ。見てるだけでいいと思ったんだよね。でも、君が告白してくれて、恋人になれて」
なにそれ初耳。ダメ元で告っといてよかった。
「君と恋人ってだけで毎日幸せだったのに、離れてる時間が惜しくて一緒に住むようになって」
「待って、君、家賃もったいないから一緒に住もうって言ったよね?」
「毎日君の一番近くに居られて、もうこれ以上なんにもいらない、って思ってたんだけどさぁ」
お、無視か? 後で詳しいところ聞くからな??
詳細の尋問を決意していると、彼女は私の左手を取った。
「あたし、君のこれからの人生全部欲しくなっちゃったの」
その言葉と、左の薬指に感じる硬質な感触に息を飲む。
「あたしと、結婚してください」
身動き取れないくらいにぎゅうぎゅう私を抱きしめてくる彼女に、無理やり振り向けばその顔は真っ赤で、今にも泣きそうな不安顔。
思わず笑った私を、彼女が恨めしげに睨む。
「そんなの、喜んで、以外あると思う?」
抱きしめてキスすると、堰を切ったようにわんわんと泣き始める。
彼女が泣き止んだら、私が買った指輪も嵌めてもらおう。
2023.04.20
あなたさえいれば何もいらない。
浪漫に溢れた素晴らしい言葉だと思う。しかしそれは浪漫があるだけで、リアルかと言われると疑問が残る。仕事と私のどちらが大切なの、とこれまたよく聞く言葉と同じだ。恋人と恙無く幸せに生きるには仕事だって大切だし、その他の人間関係だって大切だ。
何がどう回ってそんな話になったかは思い出せないが、私がそう言うと彼女は可笑しそうに笑った。真面目ですね、堅すぎます、先輩らしいです。どう言われたのだったか。照明を反射して光って見える、彼女の少し明るい目の色が記憶に焼きついていた。
あなたさえいれば何もいらないとまでは思わないが、彼女がいなければ、少し困る。そんな思考がふと頭を掠めた気がした。
なにか欲しいものを聞かれた時にこそ、溢れ出て止まらなくなればいいのに。
お題 何もいらない
「何も要らないよ。強いて言うなら君が欲しいところだけど」
「ハイハイ、口説き文句はいいですから、早く治してくださいね、それ」
「うーん、努力するよ…それにしても、君には敵わないなぁ」
ふふ、と呆れたように笑うので、私はその顔をただ不思議そうに見る。この人はいつも笑う。なんとゆうか、笑顔を無理やり貼り付けているような感じ。
丁度私が大学に入学したタイミングで彼はやらかしたのだ。仕事のついでに、私の家へ寄ろうとしたところ、アクセルとブレーキを踏み間違えて事故ったらしい。
いや、高齢者じゃあるまいし。まだ20代なのに。
そして、どことなく今に至った。
終わらせるはずだった彼との関係も、結局はこれでぱぁだ。
まだまだ義兄は、私を好きらしい。LIKEかLOVEかは知らないが。
_これがイケナイ恋?
「結びがいれば、他にはなにもいらないよ」
こんな言葉を言ってくれるような恋人ができますように
何もいらない、ということはない
だいたいこの言葉の前か後にはこれ以外とか
そういった最低限人間として生きるための保険をつける。
生活水準を下げることは難しいと聞く。
何かを持っていた人間にとってどうあがいても捨てられないものが人間性である。
これを放すときには人間として死んでいる。
しかし考えなくして動けないためまだ、ヒトである。
何もいらないの果てには、いったいどうなっているのだろう。
お題:何もいらない
【何もいらない】
今日も、兄さんのために家事をする。
まずはセールで買ったものを使ってご飯作らないと!
あ!こんにちは!久しぶりだね!元気??
はじめましての人もいるのかな?
じゃあ、あらためてちょっとだけ自己紹介!
僕、家庭環境最悪過ぎて…大人だし思い切って家出しようって思って、橋の下生活をしてたの。
まあでも、すぐにバイトなんて見つからないし、金欠すぎて食べ物なくて倒れる手間になったの。
そんな時に、兄さん…血は繋がってないから……兄さん(仮)?に出会って、今は兄さんと生活中。
あきらさんっていうんだけどね。
それに、すごく優しいの。
そうこうしてる間に、もう19時。
そろそろ兄さんが帰ってくる。
『おい。帰ったぞ…また夕飯作ってくれたのか?めんどくさいだろ。』
「えっへん!どーぞ、食べて食べて!僕の自信作!それに…僕、居候だし。兄さんのために出来ることは、なんでもするよ!」
『りお、兄さん言うな。全く…はやく食べて寝るぞ。』
「はーい!」
兄さんは、ツンデレなんだよね。
言葉遣い悪いかもしれないし、表情分かりにくいけど、今日はいいことあったみたい。良かった〜。
ご飯とお風呂終わってのんびりして…その後は、兄さんが中古で買ってきた2段ベッドで寝る。
あ、ちなみに、僕は下の段で兄さんが上の段。
朝ごはん作りがあるから、上の段だとちょっと大変なんだよね…だから兄さんに無理言って上の段で寝てもらってるの。
兄さんは『飯なんていらねえから。ゆっくり休んでろ。』って言ってくれるの!
ツンデレ兄さん好き!
『何ニヤニヤしてんだよ。はやく寝るぞ。』
「はーい!おやすみ、兄さん。」
『ん。』
今日も、終わる。
この生活があれば、何もいらない。
部屋…くらいなあ……
元々の生活に、戻りたくない。
夢に、出てこないで。怖い。
お願い。
おねがい……
『なあ。起きてるか?』
「えっ…う、うん!どうしたの?」
『明日、魚、食べたい。無理ならいい』
「うん!兄さんからのリクエスト嬉しいなあ!頑張って作るね!」
『……おやすみ。』
「うん。兄さん、おやすみなさい。」
明日が楽しみになった。
さっき考えてたことも、全部忘れちゃった。
兄さんは、やっぱり、すごいな…
よし!
明日は、頑張って魚料理作ろう!
┈┈┈┈┈┈┈┈
『むにゃむにゃ……』
「むにゃむにゃってなんだよ。変なやつ。」
俺は、小声で文句言って、そっと起きて部屋を出る。
そして、小さな鍵を使って鍵付きの引き出しに隠していたタバコを持って、外に出る。
こいつは…りおは、タバコが嫌いみたいだから。コンビニに捨てに行く。
最初は、ベランダでタバコを吸ってたんだけど、吸い終わって部屋に戻ると、りおはタバコの匂いで何かを思い出したかのように、小刻みに震えてた。
…無理して、笑ってた。
短い期間だろうけど、同居人が嫌な思い出を思い出すなら、禁煙してタバコは捨てる。
「嫌な思い出は、そう簡単に消えない。」
そう言って、ゴミ箱に捨てて急いで帰る。起きてたら、めんどくさいからな。
この日常が、いつか終わることはわかってる。
けど、りおと生活した思い出は、忘れたくない。
この思い出があれば、何もいらない。
あなたが笑っていれば
あなたが楽しければ
あなたが幸せだったら
私は何もいらない
あなたが生きているだけで私は幸せだし
生きていられる
生きていてくれて本当にありがとう
〈何もいらない〉
俺は天才。
自惚れの類ではなく、事実周りより頭一つ抜けている。これは努力では届かない。
俺には何もいらない。
ヒントやアドバイスがなくても、自分で全てやるから。やれるから。『もしも一つだけ願いが叶うなら』なんて下らない質問がトークテーマになる世の中を少し心配する。才能が無ければ神に祈るしかないなんて、俺には遠い世界だ。
あいつには何も求めてない。
二人一組だから組んでいるだけなので、俺の指示通りに動けるのならそれでいい。事実あれの前に組んでいた奴は俺が引っ張ったお陰でそこそこ上までいけた。俺の言うことさえ聞けるなら、俺の手をしっかり掴んだなら、俺らは世界だって統一できる。王は俺だけど、右腕くらいならやらせてもいいかな。
…今日は居ないのか、って?
今日はたまたま体調不良で欠席なだけ。別にそわそわしてないし元気だし口数もいつも通りだけど?自分の体調管理もろくにできないなんて、かける言葉もないわけさ。隣が空いてるのが寂しいとか全然、全ッ然思ってないから。まじで。
#何もいらない
転がりこんで来た時には頭を抱えたものだけど、彼女との同居生活はそれほど悪いものではなかった。
生活の場を共にしながら、互いの生活に不用意に踏み込まないということを、私たちはごく自然に守っていた。相手の私物には触れない、必要がなければ言葉も交わさない。うるさいのは問題外だが、沈黙が苦にならない相手というのもなかなかに希少なものだ。それでいて存在感が薄いということもない。
雨の休日に私はソファで本を読み、彼女は絨毯に寝転がってゲームをしている、そんな時間は悪くなかった。楽しい、ではなく、嬉しい、でもなく、悪くはないとしか言いようのない感覚。
もしも私が同性を恋愛や性愛の対象にする人間だったら、あるいは彼女の存在に心を悩ませたかもしれない。実際のところ私は同性にも異性にも、恋愛にも性愛にも興味がないからそんなことは起こらなかった。
彼女の方はと言えば「これ、アタシのお姫様」と言って一度だけ見せてくれた写真には中性的な顔立ちの男性が写っていたので、多分異性愛者なのだろう。よく分からないが。
雨の日にふらりと転がりこんで来た彼女は、やはり雨の日にふらりと去って行った。何が変わるわけでもなく、何が困るわけでもない。それでも雨の音がいつもよりほんの少し大きく感じるのは、互いに何もいらない関係がほんの少し心地よかったせいかもしれない。
【何もいらない】
好きじゃない勉強も苦手な運動も頑張った
そしたら周りから認められるようになった
期待の目も黄色い声も先生からの信頼も何もいらない
僕はただ君が欲しい
君がいれば、もう何もいらない、なんて言葉があるけれども、あれは物の例えだとしても、飛躍しすぎではないか。
君がいたって、熱烈ラブラブ期間中ならば、恋は盲目でその時は確かに、君がいれば、他はいらなくなるかもしれない。
でも、その恋は永遠ですか? その魔法が解けることがあるってことは、視野に入ってますか?
もし恋人ではなく、我が子だとしても、いつまでも我が子は幼子のままだと思ってますか? いつか一人立ちすることを考えてますか?
ある特定の食べ物だけあれば、何もいらない、というのは、他の食べ物があってもそれに手が延びる、ということであって。
人の場合も同じように使ってみるけれど、人には気持ちが存在するもので、何もいらない、なんて固定はしないほうが身のためだと思うのだ。
【何もいらない】
何もいらない
これまでのループでの悔しさも、
忌まわしい否定能力の消失も、
神を殺すという大願でさえ。
掲げ祀ってきた理想を願いを玉ねぎのように少しずつ剥がしていけば、
芯のところに残るのはただひとつの願いでしかない。
ああ、君が死ねさえすれば。
他には別に、何もいらない。
(アンデッドアンラック 二次創作)
『何もいらない』
兄神と妹神シリーズ
「なあ部下よ。どうしてこんな書類仕事が必要なんだ?」
「それは間違いなくあなたの意思を下に伝えるためです」
それは俺にとって単純な疑問でもあった。対する部下の答えは単純明快で素っ気ない。伝言ゲームだといつどこで捻れ誤った意思が伝わるかわからないもので。…との、事だ。
せめて同僚同士だけでも意思統一は図りたいんですよ、俺たちは。もっと下になると本当に捻れるんで。そう、寡黙な部下にしては珍しく早口で捲し立てられる。先の大戦で反乱した一派のこととか覚えてます?あれ、伝言ゲームの弊害ですよ。まあ貴方が鎮圧しましたけど。出来上がった書類を捲りつつ、部下の視線はこちらの止まったペン先から外れない。
麗らかな午後。心地よい日差し。
窓の外からははしゃぐ妹の声が響いてくる。
今日は珍しく調子が良いと言うので。庭への散策を許可したのはついさっきのことだ。きっと彼女の訪れに喜んだ庭の花か、訪れた鳥がその美しさを讃えているのだろう。窓の外に顔を向ければ、眼前には広い庭。白い影。侍女達が見守る中、妹が散策する姿が見える。風に弄ばれる髪はそのままに、今日も俺の女神は春の化身のごとく美しい。…いや実際、春も司っていたような気がする。
微笑ましげに見守る侍女たちと同じ顔で目を細めていると、不意に彼女の視線が上がった。ばっちりと符合する視線。どういった表情を浮かべようか迷っているうちに、向こうの紫の瞳がにっこりと細められた。
「見よ、我が妹がこちらに気付いたぞ」
「そりゃ気付くでしょうよ」
あなたの目力えげつないんですよ。呆れたように窓の外に目をやって、部下はため息をついた。
「アレはこちらの意図を常に汲んでくれると言うのに」
「妹さんと俺たちを一緒にしないでください」
良く似た顔、良く似た瞳を持って俺たちは存在している、らしい。お互いの補色の色と性質を宿して。再び書類に目を落として、その言葉の意味を考える。妹は常にこちらの意図を汲んでくれる。逆もまた然り。結果はどうあれ、互いに互いの意図や希望を取り間違えた事はない。
「妹さえ居れば他は要らぬのになぁ」
「色々と崩壊します、諦めてください」
お互い揃えば十全に。この真円を描く関係は、他人には理解できぬ感覚らしい。もともとひとつ。互いの手を繋ぐために2つに分かれたようなもの。自分の手だけでは握手も難しいだろうと。…少し世界に忖度をしたのは昔のこと。
わざと割った存在は今日も世界を謳歌する。
言葉も互いに必要とせず、他人の介在も要らない。完全に満ち、欠けることのない、同じ蓮台の花。半座を分かつ唯一無二の関係性━━を、きっと世界は畏れたのだろう。人も神も世界さえも、おそれることは変わらない。この世で1番恐ろしいのは必要とされぬ事。すなわち無関心と忘却である。
わざと割った身の、僅かな隙間を逃さず世界は流れ込んだ。その美しさで目を奪い、彼女を彩る調和を以てして、その必要性を訴えかける。知ろうとすれば全て整う。『何も要らぬ』と嘯くこの口を、黙らせんとする世界のなんといじらしい努力か。
「他には何も要らぬのになぁ」
「まだ言いますか」
「言い続けるとも」
いつか世界が我々を必要としなくなった時、その時こそ再び俺たちはひとつになるのだろう。誰にも気づかれる事なくひっそりと。そうして、再びこの存在は十全へと戻るのだ。
「…ああ、何も要らないのになぁ」
いつかいらないと言われるまで。
それまでは、もうしばらく付き合おうか。
まだまだ手の掛かりそうな子らの差し出してきた願いに目を落として、兄神は小さく笑った。
世界には物が溢れかえっている
欲しいものも手に入りやすい時代
ひとつ満たされれば
また次も欲しくなる
次も
次も
次も
そして
溢れ返ったわたしの世界
欲しいもので満たされているはずなのに
なのに
何故か
虚しい気持ちが増えてくる
だんだんと
何が大切かも分からなくなる
溢れかえりすぎたこの世界
大切なひとつを見つけるため
わたしはもう
何もいらない
『何もいらない』より
「では、この老人が貰い受けよう」
見上げた傘の中は真っ暗だった。空には行灯のように月に霞がかかっていて、朧月夜すら眩しい変人がいるのだなァと妙に感心したのをよく覚えている。
わたしが手放したのを拾って、老人は大事に家に持って帰った。
家の中でも傘を差したままだったので、綺麗なハンカチのような布に包まれたわたしの命は、よっぽどの変人なのだなァともう一度感心を繰り返した。
老人はわたしが溺れないようにと風呂を見張っていても傘の下で「ぬくいか」と笑っていた。
わたしが飯を少しずつ口にする時も「美味いか」と笑っていた。
わたしが「何がそんなにおかしいのか」と問うた寝具の上でも「いつも笑ってしまうような、そういう顔をしている老人なのだ」と布団を被せながら笑っていた。傘の中は闇のままだった。
わたしはそれを聞くまで老いた人間という生き物は頬が落ちてたるんですべてが下を向くものだと思っていた。だから不思議に思って、よほどの好好爺たる顔を覗きに行ったことがある。
「よしなさい」
そのたった一言と大きな手のひらで押し留められて終いになった。
仕方なしに幾日か、幾年か、時間を置いてから別の切り口で探ることにする。
「何の理由で傘を差す」
それを聞いて、出会った頃よりずっと大きくなったわたしを上から下まで見た老人は、満足そうに頷いた。そういうふうに真っ黒い傘が動いていた。
わたしはというと、今朝方鏡で見た、飛び出た毛先が気になってきてちょいちょいと指で押さえていた。身だしなみに厳しい老人は「朝のうちに直しなさい」と小言をひとつ。それから先の返事をする。
「天を恐れて」
少し持ち上がった傘で『上』を示した老人に、今度こそなるほどと納得がいった。
「命を拾うような物好きは悪魔しかいないからか」
「聡く育って何より」
老人はそこでようやく、それでも口元だけを光に晒した。
そこに皺一つ見当たらないのを知って、つまりこの悪魔は重ねた年だけを見て老人を名乗るのだなと理解した。
「わたしが真に老人になったとき、美味いか?と尋ねよう」
「待ち遠しいな」
「熟すまで待つのが紳士の嗜みだ」
じり、と近づいていた一歩を踏んでやる。
皿の上に乗るにはまだまだ磨かなければならない。とりあえずは飛び出た毛先を戻しに行くことにする。
「拾ったからには最後まで面倒を見るものだぞ」
残された悪魔は困っているらしかった。そういうふうに、傘が動いていた。