秋埜

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 転がりこんで来た時には頭を抱えたものだけど、彼女との同居生活はそれほど悪いものではなかった。
 生活の場を共にしながら、互いの生活に不用意に踏み込まないということを、私たちはごく自然に守っていた。相手の私物には触れない、必要がなければ言葉も交わさない。うるさいのは問題外だが、沈黙が苦にならない相手というのもなかなかに希少なものだ。それでいて存在感が薄いということもない。
 雨の休日に私はソファで本を読み、彼女は絨毯に寝転がってゲームをしている、そんな時間は悪くなかった。楽しい、ではなく、嬉しい、でもなく、悪くはないとしか言いようのない感覚。
 もしも私が同性を恋愛や性愛の対象にする人間だったら、あるいは彼女の存在に心を悩ませたかもしれない。実際のところ私は同性にも異性にも、恋愛にも性愛にも興味がないからそんなことは起こらなかった。
 彼女の方はと言えば「これ、アタシのお姫様」と言って一度だけ見せてくれた写真には中性的な顔立ちの男性が写っていたので、多分異性愛者なのだろう。よく分からないが。
 雨の日にふらりと転がりこんで来た彼女は、やはり雨の日にふらりと去って行った。何が変わるわけでもなく、何が困るわけでもない。それでも雨の音がいつもよりほんの少し大きく感じるのは、互いに何もいらない関係がほんの少し心地よかったせいかもしれない。

4/20/2023, 11:40:01 AM