『何でもないフリ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
意味もなく傘をさして、夜の雨に打たれる。
何でもないフリ。何でもないフリ。
「もう一度、申してみよ。」
上司の静かな怒りが籠もった、低く声が響き渡る。
「申し訳、御座居ませんでした。」
両手を正面にハの字に置き、土下座をする。
必死に声の震えを抑えたが、やはり少し声が震えていた。
心臓を握られているような感覚がする。
「面を上げよ。」
主君の声が響く。
「はい。」
震えながら、面を上げる。
「そう怯えるでない。大丈夫だ。今は、吾が居る。
決して、刀を抜かせぬ故、安心するが良い。」
主君の明瞭な声が響く。
「いくら貴殿が部下に厳しかろうとも、吾の顔に泥を塗る行為は出来ぬ。」
主君は、諌めるように上司に釘を刺した。
「はい。主君の命ならば、致し方或りません。」
先ほどの感情は嘘のように、上司は平然と応えた。
「任務が達せられ無かったことは、致し方無い。
やはり、どれだけ経験を積もうとも一定数、対応出来ぬことは或る。
何故、任務を達せられなかったのか、
それを皆で内省し、分析し、共有し合い、次に活かすことが重要である。」
主君の、優しい声が響き渡った。
「寛大な御判断、心より感謝申し上げます。」
無意識に頭を下げた。
今にも、涙が溢れそうだった。
「良いか、よく聴け。
この度の件、確かに任務は達せられ無かった。
しかし、幸い、貴様ら任務に当たった者は少数だが帰還した。
其れは、正しく貴様の、率いる者としての功だ。
これからも、精進すると良い。」
主君の声が近くで聞こえ、一瞬だが私の肩に手を置かれたのだった。
私は、頭を上げた。
そして、主君の目を見た。
「以後、精進して参ります。」
私は深く頭を下げ、誓った。
生涯、この方に忠誠を誓おうと。
悪口を言われた
でも気にしない
殴られたし蹴られた
でも気にしない
虐められるようになった
でも気にしない
兄妹に見下された
でも気にしない
親に捨てられた
でも気にしない
大切な物を壊された
でも気にしない
誰も隣に居てくれなくなった
でも気にしない
全部全部気にしない
全て何でも無いふり
# 18
でもね....
本当は凄く傷ついたんだ
本当は凄く痛かったんだ
本当は助けてほしかったんだ
本当は仲良くしたかったんだ
本当は愛されたかったんだ
本当は迚も泣きたかったんだ
本当は誰か隣に居てほしかったんだ
本当は全部全部気にしてたんだ
僕は皆に認めてもらいたかったんだ
僕というありのままの人間を
何でもないフリ
気づかれないように何でもないフリをした。
だけどそれはバレバレで、しどろもどろで。
何でもないフリになってないんだよとつっこまれる。
※BL描写
肩に気安く触れてくる大きな手は、振り向かずとも誰のものか分かった。手はそのまま無遠慮に胸元まで降りてきて、がっしりとした胸板に抱き寄せられる。
背中に伝わる温もりに、心臓がどきりと跳ねた。それに目を背けながら、いやいやをするように小さく身を捩ってみせる。
「ハグ、嫌いっすか?」
振り向いてみると、尋ねる言葉とは裏腹に、幼げな顔立ちにはニコニコと嬉しそうに笑みが見られた。
肩に顎を載せてくるせいで、吐息が混じってしまいそうなほどに距離が近くなっている。唇が重なる状況を連想してしまい、頬が熱くなる。
「ね、こっち向いて」
一向に返事をしないこちらに焦れているのか、肩に額をぐりぐりと押し付けながら甘えた声を出す。滑らかな彼の頬が首筋に触れるけれど、その柔らかさにも気付かないふりをした。
「向かへん」
そう呟いて、胸元に回されている大きな手を両手で包み込んだ。彼はお願いを聞いてもらえなかったのに、筋の通った鼻を子犬のようにすり寄せて、なお一層こちらを抱きしめる腕の力を強めた。
大丈夫って言い切る君の左頬
それが本心であるということ?
「おっと、ごめんなさ...!」
「あの、どうかしましたか?」
「あっ!いえいえ。なんでもありません。ぶつかってしまいすみません。」
「いやこちらこそぶつかってしまいすみません。お怪我はありませんか?」
「いえ大丈夫です。ご心配してくださりありがとうございます。では」
と言って帰って行った。あの日見た彼はなにか強い縁を感じた。
何でもないフリは結果として良い事はない。
その場限りでは解決したように思われるかもしれない。しかし、何でもないフリしてしまったら、それは自分をもだましだまし、向き合うべき問題を解決するのを先延ばしただけ。
大きな問題点だと気付いたなら、すぐにでも周りに相談した方が良い。
ただ頭では分かっていても、うだうだうだと何でもないフリをしてしまう性なのではあるが、頑張って治そうとしている。
過去の自分と比べてみると、多少は変わったと思う。
周りを頼ろう、SNSであっても愚痴ろう、とにかく自分には溜め込まないというように。
何でもないフリは、自分の本当の率直な気持ちを蓋してしまうようなものだ。
『何でもないフリ』
本当は気付いてほしかった。
どうしたの?大丈夫?って、聞かれたいくせに平静を装った。何でもないフリをして、何も聞かれないことに勝手に傷付いた。
自分で弱音を吐けるほど素直じゃなかった。一人で生きていけるほど強くもなかった。一人で耐えることを選んだくせに、誰かに一緒に背負って欲しがった。中途半端に匂わせて、いざ聞かれると押し黙った。
面倒くさい人間だった。自分で自分をそう思うのだから、他人は私をどう見つめただろう。
本当は気付いてほしかった。何でもないフリなんてやめたかった。誰からも心配されないことが怖かった。助けを求めた手を、誰にも取ってもらえないことを恐れた。本当は、本当は。
やっぱり、何でもないや。
何でもないフリ
ー娘ー
「大丈夫!心配してくれて、ありがとう」
私は今日も、この言葉を使う。
本当は大丈夫ではないのに。
本当は、重めの生理痛が薬でも治らなくて、歩いているのも辛い。
「そう?ならいいんだけど…。あ、お母さん久しぶりにこっちに来たからこのお店に行きたいんだけど、いい?」
「いいよ!案内するね」
都合が合わずに、お盆も帰れなかった。
半年ぶりに合うお母さんは、また白髪が増えていた。
子どもの頃の私は、身体が弱くて、ただの熱でも長引いていたらしい。肺炎を起こして入院したこともあったらしい。
もともと心配症の母は、どれほど心を痛めただろう。
「この雑貨屋さん、おしゃれでかわいいよね」
他愛もない話をして、気を紛らわす。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
私のことを心配するお母さんに、何度この言葉を言ってきただろう。本当は大丈夫じゃないよ。気づいてよ。
そう思いながらも、何でもないフリをする。
だって、心配するでしょう?
心配したまま、実家へ戻ってほしくないんだよ。
合うたびに、痩せていき、白髪は増えていく。
時間は容赦無い。
私、お母さんには笑顔で居てほしいの。
離れているからと言って、興味が無いわけじゃない。
お母さんのことが、大好きだから。
だから私は今日も…。
ー母ー
「大丈夫!心配してくれて、ありがとう」
またこの子は、大丈夫じゃないときにも大丈夫という。
昔から強がる子だった。
私が、過剰に心配しすぎたのかも知れない。
身体が弱くて、ただの熱でも長引いていた。
肺炎を起こして救急車を呼んだときのこと、今でも覚えているわ。本当にもう…だめかと思ったのよ。
母親になる前は、こんなに私が心配症だなんて気づかなかったわ。我が子の入院を経験して以来、急にこの子を失うかも知れないと怖くなって、少しの体調不良でも大袈裟に看病していたこともあったわね。
あなたはそれを敏感に感じ取り、何でも大丈夫というようになった。
私は、それに甘えていたわ。
大丈夫という言葉を信じて、自分が心配でどうにかなりそうなプレッシャーから逃げていたの。
本当は大丈夫じゃないことも、きっとたくさんあったのに。
「買ってくるわ。外のベンチで休んでいて!」
「分かった!」
ベンチまで、のそのそ歩いていく娘を見ながら私は会計を済ませる。
今日は、久しぶりに会えたのだもの。
久しぶりに会えた娘に、無理をさせているなんて…
「買ってきたわ。はい、こっちはあなたへのプレゼントよ」
「え?私に??ありがとう!開けてもいい?」
私は頷き、娘は嬉しそうに包みを受け取ってくれる。
本当に優しい娘に育ってくれたのね。
「コレって…電気ホッカイロ?こっちは防寒用の巻きスカート!」
「寒くなってきたからね〜。特に女の子は、身体を冷やしてはだめなのよ。生理痛はお腹を温めるのが1番いいの。そんなに足出して寒そうな格好してたらだめよ~」
「お母さん…」
「また老けた考えって言うんでしょう。とりあえず、これをお腹に貼ってみて」
「貼るカイロだ、」
だから私も、何でもないフリをして…
【何でもないフリ】
「ねぇ、知ってたかい?目を向けなければそれは本当にならないんだよ」
酷く疲れた顔をして煙草をふかす彼は、大きな哀愁を背中に背負っているように見えた。
なんて言えば良いのかいくら考えても分からなくて、沈黙がその場に満ちていく。
その事に焦って、咄嗟に一番最初に思ったことを口に出す。
「自分の本当にはならないかも知れないですけど、他の人の本当にはなるんじゃないですかね」
口に出してから、少し後悔をする。
色々とごちゃごちゃ考えた末に何も考えずに言ってしまったので、何か失言が無かったか後になって思い返した。
ちらりと隣の顔を見ても、やっぱり何を考えているのかは分からない。
煙草の紫煙がちょっとずつ顔を隠していって、彼の存在が薄くなってしまったかのように感じてしまう。
「まぁー、そうかもしれないけど、それにすら目を向けなかったら良いことだしね」
はは、と作り笑いだとひと目見て分かる笑い声が聞こえて、思わず眉を寄せてしまう。
笑ったことによって、彼が持っていたひとつの感情が抜けていってしまったような感覚に陥る。
「あー、ごめんね、変なこと聞いちゃって。今のこと忘れてほしいな」
「え、嫌です」
すっと考える前に出てきた言葉に、自分で驚く。
彼も、間髪入れずに言った私の言葉に驚いたように目を少し開いていた。
その姿を見て、まだ彼は感情が抜け切っていないことに少し安堵する。
「忘れてほしいのであれば、少し休んで下さい。今から。働きすぎです」
休んでるよ、今も煙草休憩だし、と本気で口にする彼に、怒りを通り越して呆れが浮かぶ。
「いいですか、休むっていうのは心が大事なんですよ。心、休まってますか。休まってないですよね」
「えー、休まってると思うんだけどな」
「それは自分で自分が何でもないフリをしてるだけです」
きょとんとした顔をする彼に、人生で1、2を争う長さの溜息が出る。
「いいですか、もう一度言いますよ?
……いいから休んどいてください!!」
私だけの彼女でいてほしかった
でも、時代が、性別が、拭いきれない人間の本能が、赦してくれない
ぐちゃぐちゃした感情を
ぜんぶ ぜーんぶ
苦いカフェモカで呑み込んで
「結婚おめでとう!」
彼女に屈託のない笑顔を向ければ
彼女からも屈託のない笑顔が返ってくる
あぁ……
消えてしまえばいいのに
【何でもないふり】
『知らないフリ』
知らないフリをしよう 手品師のように上手くやり過ごそう 紫のマントが揺れている 僕の鼻が赤らむ時に 嘘は前のめりでこっちをみている トロールみたいなアイツの眼 私の小さな心臓は知ってることを話してしまう
「何でもない」は、いい口実になる。
その一言で、君は大体何でも許してくれるから。
「…何いきなり。どうしたの?」
だから今日も「何でもない」と言って、君の手を握る。
【何でもないフリ】
貴方に嫌われてるとわかっていても
何でもないふり
いつか私を
好きになってほしいから
"何でもないふり"
何でもないフリ
星は突然に落ちるのものだ。予期もしないいつも通り何ら変わらない景色を、たった一つの爆弾が今までの全てを一瞬にして変えてしまう。それを私は身に染みて実感することになる。
「俺、好きな人が、できた」
雷が落っこちたみたいな衝撃が私の頭を揺らした。驚きすぎて声も出なかった。それは、何でもないいつも通りの放課後だった。帰ろうかと口にしようとした途端彼のいつもよりちょっぴり大きく強い声が私の言葉を遮った。二人っきりの静かな教室が、よりしんと静まって、一気に空気が冷たく重くなったみたいに感じた。彼は私が黙り込んだ様子に分かりやすく慌てて、この話やっぱりなし!と大きな声で言った。
「ご、ごめん突然こんなこと言い出して…」
彼は茶色の瞳をうるうると溶けだしてしまう様に揺らしていた。恥ずかしくってどうしようもなくてどうしたらいいか分からなくて戸惑って泣きそうな顔だ、って彼の考えていることがすぐに分かった。
「ううん、ちょっとびっくりしただけ」
なんでもないように笑ってみせた。ほんとうにびっくりしただけだという様に。彼はホッと安心したみたいに顔を綻ばせた。さっきまで泣きそうだったくせに。糸が張り詰めたみたいな緊張と不安が混じりあっていた顔はもうすっかりゆるんでいた。彼は考えていることがすぐに顔に出る。あんまりに分かりやすくって、私は彼の考えることが自分の事のように分かる。だから、このことを私に伝えるのに相当の勇気を出したんだと分かって、そんな彼の気持ちを無下には出来なかった。
「…誰なの?」
それはちょっとした期待を含んだ一言だった。少女漫画のように、貴方のことです!と言われて、私もだよって返して、そうしてあっという間のハッピーエンドを迎えれたらいいのにな。そんなことないだろうか。そう柄にもなくロマンチックな思考をした後ですぐに無いなと思った。そんなこと出来るような人じゃないって知っているから、分かってしまった。
「三組のね、桜庭さんって人なんだけど…」
ほら、私のちいさな期待は呆気なく裏切られた。でも、私の頭は嫌に冷静で、こうなることをすんなり受け入れたみたいでムカついた。
「知ってる?」
知ってるよ。美人で優しいって評判の桜庭さん。誰に対しても平等で愛嬌があって、どんな話も楽しそうに聞くからみんな勘違いしちゃうって有名だよね。性格も良くって悪い噂もない。眉目秀麗で、すらりと持て余すくらいに長い手足は白くて全体のバランスが良い。柔らかな雰囲気を持つ彼女だが、堂々と歩く凛とした姿勢にギャップがあって、その様に身の程を知る、というか。彼女の美しさを改めて思い知らされる。艶のある長い黒髪が靡く様はほんのり色気まで感じる。私も近くに来たらドキドキしてしまう。高嶺の花という言葉がバチっと当てはまってしまうような人だ。知ってるよ。知ってる。
「知ってるよ」
この絶望を、痛いくらい知ってるよ。
「…俺、さ、この間の体育祭で怪我したじゃん」
ああ、そういえばリレーで派手に転んでいた。痛そうだったけどみんなに大丈夫だってへらりと笑ってて、みんなに茶化されてもごめんごめんってずっと笑ってた。私には、大丈夫そうじゃないのが分かってたから、終わってあと水道場に向かう彼に絆創膏をたっくさん渡したら、こんなに使わないよって困ったように笑ってて、要らないとは言わない優しさに私はまた心臓を掴まれた。
「その時、みんな俺を茶化して笑ってた。けど結構痛くて、顔が強ばってないか心配だった」
強ばってたよ。痛そうだった。私にはわかったよ。
「でも。でもね」
彼は顔を赤く染めた。じんわり内側から滲む赤に目を逸らしたくて仕方なかった。だってこれは、私に向けての感情じゃない。
「桜庭さんは、ずっと心配そうな顔して俺を見てたんだ」
もう、聞きたくなかった。聞きたくないのに耳にダイレクト入ってくる。もうやめてくれと頭の中ではずっとサイレンが鳴り響いていた。
「それで、終わってから水道場に洗いに行ったんだけど、その時桜庭さんが走ってきてくれて、大丈夫?って。大丈夫だよって返したんだけど、その後も僕よりも痛そうな顔してずっとそばに居てくれたんだ」
その時を思い出して嬉しそうに目を細める姿がまさに恋をしている顔、で私の心臓の温度がどんどん下がっていくのを感じる。私にだけは分かると思っていたことが彼女にも分かってしまった。
ああ、わかりやすい方が良かったんだね。私の無愛想で分かりにくい特別は、たった一度のわかりやすい優しさに全てを塗り替えられてしまった。不器用な私の精一杯の好意は、幼なじみだからというたった一言で片付けられてきた。私の気持ちはそんな一言で片付くものじゃないのに。貴方が風邪をひいた時に袋が破けるくらいにゼリーを買って笑われたことも、貴方が学校に行きたくないと小さな声で呟いた時一緒に学校をサボって親に怒られたことも、貴方が飼っていた文鳥が居なくなった時一日中探してようやく見つけて泣きながら抱き合ったことも、あれも、これも、全部。私は幼なじみだったからしてた訳じゃない。私は…。
「心の綺麗で優しい人だって思った。その時から気になってて、いつの間にかこれが好きってことなんだなって」
桜庭さんモテるよ。ライバルいっぱいいるよ。負ける確率の方が高いよ。ねえ、初恋は叶わないって言うじゃん。
「桜庭さん。モテるよね」
ハッと思った。堪えていた言葉が多すぎて私のキャパシティを超えたのか、つい口に出てしまった。
「そう、なんだよね…」
と小さな声で言う彼は今まで一度も見た事がない顔をしていた。切なそうな苦しそうな、でも強くて眩しかった。十何年ずっと一緒にいたのに、彼女のたった一つで私が知らない顔をさせたんだと思うと、感情がぐちゃぐちゃになる。自分が悲しいのか怒ってるのかも分からない。
諦めなよ、と悪魔が囁く。言ってしまいたいと思った自分は最低だ。よく漫画だとかドラマだとかで好きだから心から応援すると言う人がいるけど、そんなの綺麗事じゃないのか。失恋した哀れな自分を騙すための強がりじゃないのか。本当はみんな失敗すればいいのにとか思っていないのか。いや思ってるはずだ。分からないけど。でも、みんなもそう思うだろう、私は普通だろうと言い聞かせなければおかしくなりそうだった。
「…でも、がんばる」
強い眼差しでそう返されて、もう私の心はズタボロだった。簡単に諦めないだろうと分かっていても、好きな人に恋を諦めないと目の前で宣言されてしまえば、もう辛いという言葉に当てはまらないほどに辛い。痛い。私は、この行き場のない感情を消化できなくて、俯いてスクールバックのストラップを手持ち無沙汰に動かしていた。口数の少ない私を彼は心配したのか、俯いた顔を覗き込まれそうになってそっぽを向いた。分かりやすかっただろうが仕方なかった。今私は、酷い顔をしている。彼はそれ以上は詮索してこなかった。教室のカーテンを揺らす風の音だけが鳴っている。ドクドクと愚かな私の心臓の音が彼に聞こえてしまいそうで酷く焦るのに、何か言葉を喋ろうとすると喉がつっかえて何も言えなかった。彼の息を吸う音が聞こえる。もし、もし、上手くいってしまったら。彼の呼吸も鼓動も彼女のものになってしまうのだろう。もう私は、彼に関わることは出来ない。この先彼といたら、自分の嫌なところがどんどん出て自分のことを嫌いになるどころか彼まで嫌になってしまいそうで、それが酷く怖かった。
「俺さ」
彼が唐突に口を開いて、びっくりして肩が大きく跳ねた。この後に続く言葉を聞くのが怖い。聞きたくない。逃れることなんてできないのに怖くって目をぎゅっと瞑った。
「好きな人が出来たら、一番に言おうって思ってたんだ」
ああ、ほんとに残酷だ。
「だから…言えてよかった」
嬉しくて、悲しくて、一番酷い言葉だった。彼の中の私という存在を否が応でも実感させられた。今度こそ耐えれなくて、涙が一粒落ちて焦った。バレてないだろうか。いやバレていようがいまいが、もう、行かなきゃなんだ。
「じゃあ、行くね」
「あ、うん、帰ろうか」
違うよ。違うの。
「…好きな人がいるならさ、女の子と二人っきりで帰るとかやめたほうがいいよ。勘違いされちゃうよ」
「ぇ、でも……」
止めないで。私を止めないで。
「これからは別々、ね」
自分で振り切るのは辛い。こんな辛いことさせないで欲しかった、と思う。彼の顔は見ないでスクールバックを雑に背負って早歩きで進んだ。ドアの前で立ち止まる。もう話すのが最後になってしまうかもしれないと思ったら、これを伝えたくてしかたなかった。
「…私、あんたが良い奴だってこと、誰よりも知ってるから」
頑張って、という言葉は言えたのだろうか自分でも分からなかった。精一杯の強がりを放って走り出した。一人で帰るのは初めてで私の隣を通り過ぎる風が冷たくって、寂しくって、堪えていた涙がついにボロボロと流れ落ちた。アスファルトに大粒のしみを作っていく。誰かこの涙の跡を辿って追いかけてくれないだろうか。大丈夫?って涙を拭ってくれないだろうか。誰かと言いながら私の心の中はたった一人だった。その誰かは誰かじゃいやだよ、彼がいいの。今なら嘘だよって言われても許すよ。馬鹿だなって叱って笑ってちょっと泣いて、それでいつも通り寄り道でもしようよ。ねえ、だから早く…。そう思って少し立ち止まったけど冷たい空気が私を刺すだけで、悲しみが増すばかりだったから、小さな歩幅でいつもの何倍も遅く歩いた。
ずっとこのままではいけないと分かっていた。けれど、まだ彼の隣の生温さに浸っていたかった。どんな時だって私の隣に当たり前にいたから、これからもずっと当たり前にいるものだと信じて疑わなかった。ああ、これは完全にあれだ。失恋したんだ。たった今、失恋してしまった。頭で理解すると余計辛い。どこを歩いても彼との思い出が頭の中を埋め尽くす。私をこんなにしたのは彼なのに、彼を変えてしまったのは憎い彼女なんだ。これからは、通学路を変えなくちゃと思った。いつまでも悲しみに浸ってるだけじゃダメだって分かっていた。それでも、でも、今はまだ忘れたくない。彼との思い出を、彼への気持ちを。いつか忘れられる日が来たら、彼と彼女が上手くいったら、もし、おめでとうって心から言える時が来たら、その時は…。今は泣いてしまうだろうとしか考えられないけど、もしかしたら、私は彼の嬉しそうな顔を見て嬉しくなれて笑えるかもしれない。彼の柔らかい日向のような笑顔が容易に想像できて、心臓はギュッと軋んだ。私はその笑顔が大好きだ、と見れてよかった、と言えればいいなあと思った。
#何でもないフリ
君はいつも一言多い。
でも、僕には友達が君しか居ないから、君以外は僕を見てくれしないから、今日も傷付いた心を何でもないように振る舞う。
僕は君がそばに居てくれるなら、自分の心の傷ですら何でもないフリをして目を逸らす。
強い自分になりたかったなぁ。
『何もないフリ』
彼から告白されたのは、3回目のデートの帰りだったね。
告白されて初めて好意を持ってくれていたことを知ったの。
相談してた友達には
好意あるよ!
とか
好意がないのにそれやる人いないでしょ!
って言われたっけ(笑)
その場では、すぐ答えられなくて、資格試験が終わるまで待ってくれたよね。
優しさに甘えて、何もないフリをして仕事して、試験勉強をした。
彼も、私と同じように、何もないフリをして仕事をしてた。
本当は、めちゃくちゃ意識しちゃって、目を見るのも話すのも緊張してた。
でもそれは、心にしまって、今日も何もないフリをして彼と一緒に仕事をする。
何でもないフリをするのは難しい。
それは、鋭いあの先端を赤く染めたこと。
震えながら柄の部分にあった指紋を拭き取ったこと。
身分証や現金を持ち出して、物盗りに見せかけること。部屋の中もぐちゃぐちゃにして。
何もかも始めてやったことだ。
まだあの感触を思い出してしまう。
先端から滴っていたあの赤が、僕の全身を巡らせていたようにそう錯覚する。手から足にいき渡ってまた上って頭の先までどっぷりと、全てが赤黒く染められていていくように。
何もかも終わったあとに、僕は自分のした事を思い出した。
ああ、やってしまった。
と同時に、僕は人ではなくなったと感じた。
これからどう振る舞えばいいのだろう。
何でもないフリすることが果たして出来るのだろうか。
出来るとするならば、それは
悪魔に魂を売ったことに他ならない。
何でもないフリをして君は傷を隠した。
絆創膏も貼らず、消毒もせずに。
そのままだと痛いでしょ?こっちおいで。