『二人ぼっち』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
手を繋いで、二つの影が夕暮れの道を歩いていく。
「もう少し遊びたかったな」
「明日になればもっとたくさん遊ぼうよ」
「うん!早く明日にならないかなぁ」
今日の終わりを惜しみ、明日への期待に胸を膨らませている。囁く声はとても楽しげで、足取りはとても軽やかだ。
二人以外に誰かの気配は感じられない。周囲の異様な静寂に、けれども二人は少しも気にかける様子はなかった。
「晩ご飯は何にしようか。ハンバーグ?それともカレーライス?」
二人だけの世界が当たり前だと言わんばかりに、指折り好きなメニューを上げていく。二人で同じように首を傾げて悩み、しばらくして顔を見合わせ笑う。
「「とろとろ卵のオムライス!」」
声を合わせ、はしゃぐ。飛び跳ねて喜び、どちらからともなく駆け出した。
世界に取り残されて、二人ぼっち。けれど完成された二人だけの世界に、どちらも幸せそうに表情を輝かせていた。
「――それでね。夕暮れになると、その坂で手を繋いだ二人の影が見えることがあるんだって。でもって、その影を見てしまったら、その世界に取り込まれてしまうんだって!」
きゃあ、と上がるいくつもの悲鳴に、微睡みかけていた意識が浮上する。
先程から一ページも進んでいない本を閉じ、ちらりと賑やかなクラスメイトたちを一瞥する。夏はまだ当分先だというのに、怪談話に興じる彼女たちは怖がりながらもとても楽しげだ。
「取り込まれた人はね、二度と戻ってこられなくなっちゃうの。それで行方不明になった人は、しばらくすると存在がなかったことになるんだって。クラスで誰も使っていない席があったら、その取り込まれて戻れなくなった子の席かもしれないよ」
どこかで聞いたことのある締めくくりに、ならば何故話が広まっているのかと心の中だけで突っ込みを入れる。誰一人戻らないのならその二人ぼっちの世界が外に広まるのは不自然であるし、存在がなくなった誰かがいたなど矛盾していることに誰一人気づかない。
創作話などそんなものか。そう納得して、もう一度彼女たちに視線を向けた。
楽しげに談笑するクラスメイトたちから少し離れて、手を繋いだ二つの影が彼女たちを見つめている。クラスの誰も、その影に気づく様子はない。
怖い話をすると寄ってくる。昔聞いた話を思い出しながら、視線を逸らして机に伏せる。
周囲の賑やかさから逃げるように、眉を寄せて目を閉じた。
楽しげに笑う声がした。
振り返れば、両親に囲まれ無邪気に駆け回っている弟たちの姿。穏やかに微笑む両親に、これは夢だと理解する。
両親が離婚し、弟たちと離れ離れになってしまったのは、もう随分と前のことだった。
母に引き取られた弟たちに何度も手紙を出したが、一度も返事が返ってくることはなかった。それが悲しくて、いつの間にか出せなくなってしまった手紙が今も机の中に溜まっている。
夢の中の幸せだった頃の弟たちを見つめながら、二人の今を思う。
元気にしているだろうか。新しく友達はできたのか。
他者を拒み、二人きりの世界にこもりがちな弟だ。新しい環境に馴染めているのかが心配で堪らなかった。
「お姉ちゃん!」
こちらに気づいた弟たちが、大きく手を振り駆け寄ってくる。
その姿に懐かしさを感じて切なさが込み上げた。もう一度会えたとして、こうして昔のように懐いてくれるだろうか。
そんなことを思いながら、腕を広げる。飛び込んでくる二人分の衝撃を受け止め、弟たちのように笑みを浮かべて小さな体を抱き締めた。
「お姉ちゃん」
揺さぶられて、目が覚めた。
体を起こそうとして、けれど聞こえた声に硬直する。ここにいるはずのない、懐かしい二人分の声が揺さぶる手と共に響く。
「お姉ちゃん、起きて」
「帰ろうよ、お姉ちゃん」
記憶のままの声。小さな手。離れてからもう何年も経つのに、変わらないのはありえない。
今、自分を起こそうとしているのは誰なのだろうか。脳裏に、クラスメイトたちを見ていた影を思い出す。
あれは違う。感覚的に違うのだと分かる。だが、そうだとしたらここにいるのは誰なのか、見当もつかない。
「起きないね」
「今回も、お姉ちゃんじゃないのかな」
「今回こそは、本当のお姉ちゃんだよ。起きないけど、壊れてないもん」
「そうだよね。二人ぼっちの世界に入れるのは、お姉ちゃんだけだもんね」
どこか不穏な会話に、背筋が薄ら寒くなる。震えそうになる体に必死で力を入れ、耳を澄ませながら寝たふりを続けた。
起きていることを気づかれたのなら、きっともう戻れない。そんな不安が、正体を確かめようとする行為を留めていた。
「疲れてるのかな。お勉強も、お家のことも、全部頑張っているんだもんね」
「そっか。じゃあ、もう少し寝かせておこうか」
「そうしようか……でも早く起きてほしいな。ずっと会いたかったから」
沈んだ声に、思わず肩が震えてしまった。
これ以上誤魔化すことはできない。突き刺さる二つの視線を感じながら、ゆっくりと体を起こした。
「やっと起きてくれた!おはよう、お姉ちゃん」
「お姉ちゃん、お寝坊さんだよ」
きゃあ、と声を上げて抱き着かれる。嬉しそうに笑うその姿は、確かに弟たちのものだった。
「早く帰ろう?帰りながら、いっぱいお話しようね」
「ずっとね、お姉ちゃんを探してたんだよ。二人ぼっちの世界でもよかったけど、お姉ちゃんも一緒の方がもっと幸せだもん」
「お姉ちゃんは特別だからね!二人ぼっちの中に入れてあげる」
「そう!特別だよ」
それぞれに手を繋がれ、立ち上がる。
何か言わなければいけないと思っているのに、何も言葉がでてこない。体は弟たちに従って、ゆっくりと教室を出て歩いていく。
どこにいくのだろう。どこに帰るというのか。
いくつもの疑問を浮かべながら、誰もいない夕暮れの道を歩いていく。
とても静かだった。弟たちの話にただ頷きながら、自分たち以外の存在を感じない周囲に視線を巡らす。時折道の端に見かける、まるで倒れ伏しているような黒く揺らぐ影に、頭の中で警鐘が響く。
「お姉ちゃん。ずっとお手紙くれてたのに、お返事できなくてごめんね」
「お手紙、捨てられちゃってたんだ。でも二人ぼっちになってからは、お手紙全部読んだからね。お姉ちゃんの机の中に入ってたのも全部!」
繋ぐ手の感覚は、確かに弟たちだと伝えている。けれど以前は感じていた温もりも、愛おしさも分からない。
自分が知る弟たちではないのだろう。そう理解した所で、どうすることもできないけれど。
「今日はごちそうにしようね。お姉ちゃんは何食べたい?」
「何でも好きなもの言ってね」
「――二人の好きなものでいいよ」
自分の意思では動かせない口が、優しく弟たちに答える。
目を伏せた。もうそれしか自由にできることはなかった。
きゃあ、と歓声を上げる二人に手を引かれ、夕暮れに伸びた影がひとつに溶けていく。
ここがどこなのか分からない。二人に何があったのか、何一つ察することができない。
ただ唯一理解できる。
きっともう、この二人ぼっちの世界からは戻れない。
20260321 『二人ぼっち』
※書きかけ
二人でいることの何が悪いんだよ。二人「だけ」とか、二人「しか」とか、まるで二人じゃ足りないみたいじゃないか。俺はそんな風に思ってない。俺はあの人がいればそれで十分、二人一緒にいられるなら、他のことは全部どうだっていいから。
だからそんなの、余計なお世話だから黙ってて。貴方がどう思ってようと、悪意なんて微塵もなくとも、「二人ぼっち」だなんて言われる筋合いはこれっぽっちも無い。
「二人ぼっち」じゃ寂しいなんて、
お題:二人ぼっち
書く習慣:本日のお題「二人ぼっち」
実家で犬と留守番するとき、「今日は二人ぼっちだねえ」と話しかけている。茶色いダックスフントは小首を傾げ、垂れ耳がぱたりとかすかな音を立てる。
留守番と言いつつも、特に宅配や来客の予定がなければ、犬と出掛けてしまうこともある。玄関の上がり框から庭までの段差は、犬を抱き上げて移動させている。段差を飛び降りるのは、ダックスフントの腰に悪いからだ。
「お散歩いく?」と言って抱っこしようとすると、素早いステップで後ずさり、ソファの裏に逃げていく。リビングで追いかけっこした末、ようやく犬を確保する。
天邪鬼な犬はこの追いかけっこイベントが好きなようで、「行きたくないならいいよ」と家族が取り合わなかった時は、拗ねた犬が腹いせしていた。
基本的に抱っこが嫌いな犬だが、お出かけに伴う抱っこは比較的おとなしくしてくれる。報酬があるなら人間の言うことを聞く、実にお利口さんな犬である。
庭に下ろされると、犬はあちこち匂いを嗅いで回る。最近の言い方だと「クン活」というやつだ。
母が手入れをしている庭では、季節ごとに花が咲く。「薔薇の木に薔薇の花咲く なにごとの不思議なけれど」という詩があるけれど、小学校の朝顔レベルから植物の世話が苦手な私には、植物が毎日つつがなく生きていることさえ「なにごとの不思議」状態である。
犬にとって、外でさまざまな匂いを嗅ぐことは、人間がスマホを触るのと同じかそれ以上の楽しみらしい。
我が愛犬の場合は、特に地植えの植物に長い鼻面をつっこんでフンフンやるのが好きなようだ。「お鼻に虫が入るよ」とたしなめても夢中で嗅いで、案の定ちっちゃい虫が鼻にくっついてしまう。短い前足で一生懸命に鼻を掻こうとしても全然届いてなくて、口元のあたりをこすっている姿はとても可愛い。虫を取ってやると、犬ドリルで茶色い残像になってから尻尾を振る。
庭のクン活を終えても家に戻りたがらない時は、追加で公園まで連れていく。庭で満足したら自ら玄関ポーチの真下まで歩くし、そうでなくとも「おうち入る?」と聞くと家に向かって歩き出す。
しかし、うながしても動かない場合がある。「庭のクン活は終わったけど、もう少し外にいたい」という気分だと解釈し、数kgの犬を抱き上げて数百m先の公園まで連れていく。帰省して最初のうちは途中で犬を下ろして休憩を挟むが、慣れてくるとノンストップで公園にたどり着けるようになる。
公園まで連れていく方法は、人間の個性があらわれるポイントだ。親はサクッと車を出すが、完全ペーパー免許の私は犬を抱いて徒歩である。同じく運転しない派の妹は、肉体労働で解決する私と異なり、犬用の台車みたいなやつを導入して賢く犬を運んでいた。
公園のいちばん奥にある日陰棚のベンチまで犬を運び、犬を地面に下ろしてひと休み。犬も人も水分補給して、スマホで記念撮影し、家族にLINEで「公園に到着」と共有するのがお決まりの流れだ。
犬が「私帰る!」と言わんばかりにすたすた歩いて家に向かうので、犬のペースに合わせて歩いて帰る。人間は往復1km弱、犬は片道分の運動になる。
家に到着したら犬の足を洗い、お散歩の報酬にヤギミルクを足した水を飲ませて「お出かけ」は完了だ。
犬を観察するのは面白いし、犬の言いたいことや感じていることがわかると楽しい。特に「トイレに行きたいが、ソファから降りるのはめんどくさいので下ろしてほしい」という要求吠えを突き止めた時は脳汁が出るほど達成感があった。
犬も私との「二人ぼっち」を楽しんでくれていたらいいなと願っている。
二人ぼっち……
とある調査によると
ひとりで行動する人は全体の10%前後
そのうちひとりをエンジョイしている人は8割という。
で、思うんだ。
ここの場所に書いている。
ここの場所を読んでいる。
ひとりとひとり
私たちは ふたりのぼっち。
【二人ぼっち】
「ねぇ、君」
いつも通りお弁当を食べていると、綺麗な声が聞こえた。
「一人?」
「……はい」
「一緒に食べていい?」
制服の名札を見ると、一つ上の学年。
僕がうなずくのを待たずに隣に座る。
「いつもここで食べてるの?」
「……文句ありますか」
人目につかない階段の踊り場。
彼のようにきらきらした人には分からないだろう。
イラついて、つい突っかかる。
「ないない。これからも、来ていい?」
「え?」
「二人ぼっち、ってことで」
fin.
『ふたりぼっち』
歳を重ねていくにつれ、ひとりが増えた。
あんなに誰かと一緒に居ないと不安でどうしようもなかった学校生活も、早く職場に馴染めるようにとコミュニティーに参加することも、なくなった。
それは必要、不必要なことだったとかではなく
自分で選択していくことを自分自身が覚えたのだ。
無理な付き合いをなくし、ひとりが増えると
自分の声がよく聞こえる。
あれがしたい、これはしたくない。
これが食べたい、これは嫌いだ。
じゃあ、なにがしたい?
なにが食べたい?
まるで小さな子供の頃の自分がわがままを言っていて
大人になった自分が寄り添って慰めているような。
本当の自分は、優しくも愛想が良いわけでもない。
もっと自己的で、甘いお菓子だけを食べたい。
汚いものは触りたくないし、嫌な話も聞きたくない。
大人になるにつれ、選択肢も増え自己責任でやってきたような気でいたけれど、本当は小さな不安がる子供を守る為に無理矢理大人ぶっていただけみたいだ。
ひとり時間が増えようと、その中には
本当に言いたい言葉を秘めた、もうひとりの自分が
確かに存在している。
友達といる方が建前がある分、楽なんじゃないかなと思うほどに自分自身と向き合うのは面倒だ。
だけど、どんな場所でどんな生き方をしようと
ふたりで歩いていくんだと思う。
時に手を繋いで、引っ張ったり引っ張られたりしながら
ふたりで最善な幸福を拾いながら歩いていこう。
背の伸びた自分と、背の低いままの自分ふたりぼっちで。
『二人ぼっち』
ひとりぼっちとひとりぼっちが出会った
言葉を交わすわけではない
触れ合うわけではない
スマホを覗き込んだまま
同じ空間にいるから
「ふたり」ではなく「ふたりぼっち」
ふたりぼっちが
恋に落ちるとか
密室に閉じ込められるとかで
互いを知って
ふたりにならない限り
物語は動き出さない
今日もまた
物語の神様は
首を長くして
始まりを告げるのを待っている
『二人ぼっち』
このお題を見て最初に頭に浮かんだのは、サイボーグ009のラストシーンだ。
宇宙空間に一人取り残された009を
、002が助けに行くが燃料が尽きてしまい、二人は地球の成層圏に突入する。
流星のように燃え尽きてしまうふたり。
この時002のジェットが009ジョーに言うのだ。
「ジョー、きみはどこにおちたい?」
あれは、何度も思い出す名シーンだ。
『巡る地獄』
「その組織を抜けろ。お前はそこにいていい人間じゃない」
目の前にいる少年は俯いている。
何度、この光景を見ただろうか。この後この言葉を否定され戦いになり、そして俺は……。
そう今までの軌跡を頭の中で辿っていると、少年が頭を上げた。
「いいですよ」
「……は?」
思わず目を見開く。
否定しない……?なんでだ?こんなパターン初めてだ。
そう考え込んでいると、いつの間にか目の前に来てた少年に手を握られた。
「その代わり、先生が一緒にいてくれるんですよね?」
可愛く首を傾げ、さも当然のように言う少年。意味がわからずに何も言えないでいる俺と対象に少年は楽しそうに話しだした。
「いやぁ、良かった!"今回"はなかなか先生来ないからヒヤヒヤしちゃったよー!まぁ、オレが迎えに行っても良かったんだけど」
"今回"…?まさか……
「お前、まさか俺と同じ……?」
俺の問いに、目を細めた少年は「That's Right」と言った。
「あれ?先生、まさかループしてるのは自分だけかと思った?」
嫌な気配を感じ手を引き抜こうとしても、力が強くて抜け出さなかった。
「俺も先生と同じになったんだよ」
そう目の前で笑う"守りたかったはず"の少年は悪魔のように見えた。
「俺と一緒に、この地獄を生きましょうね」
【二人ぼっち】
忘れものを取りに誰もいないと思っていた教室のドアを勢いよく開けると、そこにはこのクラスの静かな優等生の姿があった。
眼鏡越しのきれいな瞳がこちらを向いた。
「あーごめん。忘れものして…邪魔した?」
がっちり目が合って咄嗟に謝る。
「別に、ちょっと驚いただけで」
そう言って手元のノートに視線を戻す。
「すぐ出てくからさ。そっちは日誌?」
さらさらと整った字を綴っていく彼の側を通り過ぎて自分の席へと移動して話し掛ける。
「日直だから」
ガサゴソと机を探っていると、少し間が空いて目線は下に落としたまま答えが返って来た。
後ろの席からこっそりと彼の背中を盗み見る。
思い返せばこんなにちゃんと話すのは初めてかもしれない。
きちんと切り揃えられた黒髪。
俯く伸びたその首筋のきれいなうなじに目が行く。
知らぬ間に無遠慮に見つめていたのがばれたのか
「なに?」
と振り返らぬまま声を掛けられた。
慌てて目を逸らす。
ばれてないと思うけど後ろめたい。
「何ってなに?」
「…別に」
素っ気なくぽつりと呟かれた。
「あんたはまだ帰らないの?」
「おれはもう少し掛かるから」
聞けば返事は返ってくる。
それはちょっと気分がよかった。
自分でも知らないうちに笑みが浮かんでくる。
目の前の彼に集中している側で水の滴る音がした。
窓の方に目をやるとさっきまで今にも降りそうだった灰色の雲から雨粒が落ちて来ていた。
「うわ…最悪。雨降り出した」
その声に下ばかり向いていたその顔がふと窓に向いた。
その横顔をじっと見つめて話し掛ける。
「なぁ…傘持ってる?」
「持って来てるよ」
「何で持ってんの!?」
「今日は雨の予報って出てたよ」
素っ気なく答えて、またその目は手元へ戻って行った。
話している間にも雨足はますます強くなっていく。
静かな教室に雨の音が響く。
「ねぇ…傘に入れてくんない?」
「まだ掛かるよ」
「待ってるから」
そう言って返事も待たないまま椅子をひいて自分の席に座って腕を枕に寝の体制に入る。
ちらりとこちらを見た気配がしたけど、あえて顔を上げなかった。
それから小さなため息が聞こえて、いいとも駄目とも返事はなかったから自分のいいように解釈した。
ザァザァと窓に雨が打ちつける。
静かな教室のなか、ふたりきり。
そっと腕のなかから顔を上げてその後ろ姿を見た。
手元を見たままこちらを見ない彼の後ろ姿を眺めながら、振り返ってこっちを見てくれたらいいのにと強く願った。
(二人ぼっち)
「二人ぼっち」
その日はお客さんが多く、厨房内はかなり厳しい状況だった。
ラストオーダーの時間を迎え、溜まっていたオーダーも次第に減っていく。
10分程して全て捌き終わった。
ただ、この時間で上がる人もいるため、厨房内は自分ともう一人だけになってしまった。
…何も締め作業が進んでいないのに。
お互い会話をすることなく、黙々と作業を進める。
そこからどれだけの時間がかかったのかはあまり覚えていないが、普段は厨房よりも締めに時間がかかるホールが、こちらより早く締め終わったらしい。
…そう、ついに私たちは二人ぼっちになった。
定時から1時間遅れでようやく締め終わり、二人でその日の労働を労った。
その人は自分よりも2年程先輩で、自分が業務関連以外では無言を貫いてきた新人時代に、心を開くきっかけになった人である。
正直この方がいなかったら、自分はここを既に辞めていただろう。
二人で他愛もない話をする時間。
他者と関わるのが苦手な自分でも、楽しいと思える。
色々話をしている途中で突然、その方が
「連絡先交換しません?」
という趣旨のことを言ってきた。
驚いた。
けど嬉しかった。
仕事ではあまりお役に立てていない自分でも、受け入れてくれた感じがした。
連絡先を交換してその日は帰宅した。
これだけでも個人的には満足だった。
―しかし、それだけでは終わらなかった。
帰宅して約30分後だろうか、その方から連絡が来た。
驚きと、こんなに自分に構ってくれているという事実とで、よく分からない感情になった。
なぜだろう。
その時、止まっていた人生の歯車が、また動き出したような気がした。
漠然と、"何か"が起こる気がする。
仕事は大変になるが、二人ぼっちも悪くないな。
…ありがとう。
二人ぼっち
雨音が響く校舎。
ここには、貴方とわたし。
…たった二人だけ。
「…雨、止まないね」
ただ窓の外を眺める貴方の横顔が、とても綺麗で。
二人ぼっち
好きな人と、二人ぼっちの世界に行けたら良いのにな
二人ぼっち
真っ白な私と
真っ黒な私
二人ぼっちで私として生きている
時々グレーで曖昧で
私も周りも世界も
2色の比率がバラバラでできている
二人ぼっち/これから
息子が独り立ちし
夫とうちの二人になったのに
夫はまだオカンと呼ぶので
名前を言うと、
今更という顔をするけど、
うちはあんたのオカンやないわ
と言ってみる
私もあんた、と呼ばずに
名前で呼ぼうとしたけど
背中がこそばゆいので
諦めた
やっぱりそのままになるかあ
二人ぼっちなの忘れてる
すごく独りだと思ってた
いつの間にかいる
煙草吸ってるあなたの横顔
忘れたことはなかったのに
❧
2人ぼっちでいい
3人なんて、つらいだけだ
『私たちなら大丈夫』
そんなこと思っていても、いつかは必ず苦しむ
それなら、もう
2人ぼっちがいい
二人ぼっち
あぶね、また忘れるとこだったぜ…
しばし休業中
日曜日の夕方、二人で賑やかな場所を抜けて、ビルの一角に迷い込んだ。さっきまでの喧騒が嘘のようだ。しんと静まり返って、高い天井と、広い通路、無機質な壁が続いている。
まるで、その壁に人々がすーっと吸い込まれたのではないかというくらい、人の気配がない。しーんとした空間がずっとある。もしかしたら、外に出ると、誰もいなくなっているのではないか、という気がしてくる。
二人で交わす言葉だけが、壁に当たって落ちてくる。この空間に、二人ぼっちだ。
「二人ぼっち」
『二人ぼっち』
彼女と同棲を始めるために、彼女は長年住んでいたマンションを引き渡した。
がらんどうになった彼女のマンションの部屋。
5年間、彼女が過ごした形跡を消し去った。
「……なんにもなくなっちゃった」
彼女の小さなつぶやきは、遮るものがなくなった空っぽになった部屋に強く響く。
リビングだった場所で足を止めた彼女の肩を抱き寄せた。
「寂しくなっちゃいました?」
彼女の言葉を受けて返した俺の声も、無駄によく通った。
ふたりぼっちになった部屋で、彼女は気丈にも首を横に振る。
「んーん。大丈夫」
「そうですか」
彼女は状況と心境に時差が生じるタイプだ。
長年連れ添った場所を離れてしまった切なさを、あとになって感じるかもしれない。
必要に迫られたとき、俺に寄りかかれるようにしておこうと密かに誓った。
リビングを見回したあと、彼女は背筋を伸ばして部屋を出る。
玄関の鍵を閉めて、小さく頭を下げた。
「長い間、お世話になりました」
5年間、彼女を支えてくれてありがとうございました。
口にするのは小っ恥ずかしく、彼女に倣って会釈するだけに留める。
顔を上げたあと、俺たちはマンションの敷地から出た。
今日は日差しが暖かい。
青銀の彼女の髪の毛を、穏やかな風がさらった。
キラキラと細い髪の毛に光が乱反射して思わず目を細める。
「今日からよろしくね?」
後ろを歩く俺に向き直った彼女は、春先の門出に相応しく、期待に満ちたきらめいた眼差しを向けた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。いたらないことがあったら遠慮なく言ってくださいね?」
「いたらないこと……」
そんな、無理やり見つけてこなくてもいいんだけどな。
とはいえ、うーん、と顔に指を当てて考え込む姿が今日もかわいい。
「あっ」
そんな彼女に見とれていれば、なにか思い出したのか閃いたか、勢いよくパチンと手を叩いた。
「私、来月は忙しいから、荷物はさっさと片づけておいてよねっ!?」
ひと足先に社会人となった彼女は、既に来月の予定が立っている。
同棲生活が落ち着く間もなく、海外遠征の予定も入っていた。
「特にグッズ! あれは早急に自分の部屋に押し込めてっ!」
先ほどのセンチメンタルなか細い声とは打って変わった弾んだ声に、俺の気も緩んでしまう。
「ふっ、はぁーい」
「ねえ。それ、ホントにわかってる?」
「わかってますよ。推しのグッズを捨てられたりでもしたら困りますから、家具の配置を終えたら早速整理します」
普段より少し浮かれた会話を弾ませながら、俺たちはともに生活する新居へと向かうのだった。