フタリシズカの花を見たことがあるだろうか。
私は数年前まで名前も知らなかった。
センリョウ科の多年草で、マットな質感のミントグリーンの葉と、二本の花穂に米粒みたいな白い花をいっぱいつけるのが特徴。花といいつつ花びらはなく、三本の雄しべがくるんと丸まって雌しべを包んでいるのがお米みたいに見える。
同じ仲間にヒトリシズカという花もあるが、あちらは油を塗ったような光沢のある葉で、花穂は一本だけ。使い込んで毛先がボサボサになった歯ブラシみたいな、ちょっと面白い花を咲かせる。
ヒトリシズカの名前は義経の愛妾静御前の舞い姿から、フタリシズカは静御前とその亡霊になぞらえているんだとか。
このフタリシズカと出会ったのは亡くなった祖母が残した庭だった。
車で二時間はかかる祖母の家は、植生が違うのか、道端の雑草さえうちの辺りと違っている。
そして祖母が元気だった頃は特に気にも留めなかった庭には、私が名前も知らないような植物が溢れていた。それまで人並みに花の名前は知っているつもりだったのに、本当にわからなかった。ショックだった。
ゆくゆくは取り壊すことになる祖母の家とともに打ち捨てられるのが忍びなくて、少しずつ、移動できそうな草花を持ち帰った。
祖母の庭は畑の土を入れていたせいかなんでもよく育つ。タンポポもスミレも水仙もうちのよりかなり大きい。ついでに言うと虫もでかい。
そこを無理にわが家の痩せた土に植え替えて、本当のところかなり不安はあった。常緑のものを除けば冬に地上部がいったん枯れる。春にまた芽吹いてくれるかは賭けのようなものだった。
ちいさな芽が顔を出したときは心底ほっとした。
アマドコロ、竜の髭、ヤブランに、桜草、シラン、イヌサフラン。タイワンホトトギス、ホタルブクロ、狐の孫、ギボウシ。おまけでくっついてきたスズメノエンドウとカスマグサ。私も少しは詳しくなった。どれもしっかり根付いてくれたようで嬉しい。
ときに、梨木香歩さんの本には植物がよく登場する。『家守綺譚』やエッセイ『不思議な羅針盤』その他もろもろ、読めば花の名前に詳しいというのがよくわかる。その表記は、ひらがなだったりカタカナだったり漢字だったり一定はしていない。無頓着、もしくは生真面目なひとならどれかに統一しそうなものを、あえて使い分ける感性の豊かさ。手が届かない。
そうそう、フタリシズカのこと。
ヒトリシズカに対して二本の花穂が出るからこの名前なんだけど、必ずしも二本とは限らず、一本だったり三本だったりもするらしい。
栄養豊富な祖母の庭のフタリシズカはどうだったかというと。もちろん一番多いのはフタリだが、ゴニンシズカもかなりあった。
あとの三人、誰?
(二人ぼっち)
嘘かほんとか、十二本まで確認した例もあるとか。
3/22/2024, 12:50:58 PM