ゆかぽんたす

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「今日からここがあなたの部屋よ」
お母さんがそう言いながら僕を案内した。新しい家の新しい部屋。お母さんも新しい人。全てが今までのものとまるっきり違うから、僕だけが古い人間のような気がした。
案内された部屋はベッドと机と椅子以外は何もなかった。窓が1つ。カーテンもまだない。殺風景な部屋の隅に座り込む。真ん中に座らなかったのは、どうにも隅っこじゃないと落ち着かないからだ。
じっと、膝を抱えて俯いていた。何分何十分そうしていたか分からない。膝小僧に水がぽたぽた落ちてきて服の袖で拭った。僕の涙だった。
その時突然ドアのノックの音がする。この部屋のドアを外から叩いている誰かがいる。こんな時に誰だ。さっきの、新しいお母さんかな。できるなら今日はもう1人にしてほしかった。だけど僕は“聞き分けのいい子”を演じないとお父さんに叱られるから。深呼吸を軽くしたあと扉を開けた。立っていたのは1人の女の子だった。僕よりずっと歳下に見える。ひと回り以上違うかもしれない。誰だろうと思っていたら、
「だぁれ?」
向こうから質問をされた。僕は名前と歳を教えて、今日からここでお世話になる旨を伝えた。こんな小さな子に親の再婚の話をしても果たして通じるかどうか分からなかったからやめておいた。ついでに、“きみのお兄ちゃんになるんだよ”ということもひとまずは伝えなかった。だっていきなり現れた僕が兄になるだなんて、そんな重要なことを簡単に言っていいわけがない。こういうのは親が一緒にいる時じゃないと駄目だと思ったから。
「ふぅん」
その子は適当な返事をしてそのまま僕の部屋に入り込んできた。僕の存在をあんまり深くは考えていないらしい。かと思ったらワンピースのポケットをまさぐり、取り出した何かを僕に見せる。
「きれいでしょ」
「……これは、何?」
「なんかのホウセキのカケラだよ」
あげる、と言って僕に向かって差し出してくる。綺麗なエメラルド色の小石みたいなものが、その子の手の中できらきら光っていた。だがどうみても紛い物である。
「どうして僕に?大切なものなんじゃないの?」
「タイセツだけど、おにいちゃんにあげたら、きっとタイセツにしてくれるきがするから」
今彼女が言った“お兄ちゃん”は、そういう意味は持ち合わせていないのに、呼ばれた瞬間なんだか心がふわっとした。嬉しさなのか恥ずかしさなのか分からない不思議な感覚。くすぐったい、が1番近いかもしれない。
「あたしずっとひとりだったの。ヒトリボッチあきちゃった」
「そうなんだ」
「でもきょうからはフタリボッチだからうれしいな」
笑った顔がとても可愛らしかった。守ってあげたいと思った。親の都合で嫌々に受け入れた再婚だったけど、ずっと潜んでいたその呪いの気持ちのような感情が、この子の笑顔を見たらどこかへ消えてしまった。今日から僕は、この子の兄になるんだ。
「これからよろしくね」
「うん。どういたしまして」
「それを言うなら、“こちらこそ”だよ」
新たな生活は絶望ばかりじゃないかもしれない。根拠もないのにそう思えた。手のひらのエメラルドの石がきらりと光った気がした。

3/22/2024, 9:47:18 AM