いろ

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「先輩、お久しぶりです!僕の事、覚えてますか?」

知らん。誰だお前。
とは言えず、放課後の校舎で突然俺に声を掛けてきたちんちくりんの豆柴みたいな奴を見下ろす。
この棟では見かけたことがないし、おそらく隣の棟の1年のガキなんだろう。
しかし、やっぱり知らん。誰だお前。
眉根を寄せてしばし考える。

「先輩…まさか僕の事覚えてないですか?」

俺が覚えていないことを察したのか、悲しそうな顔で豆柴が見上げてくる。
はい、覚えてないです。

「僕と先輩、二人ぼっちの仲なのに?」
「二人ぼっちィ?!」

思わずでかい声で叫んでしまった。
なんなんだ、その野郎同士の仲にあるまじき気色悪いワードは。
俺は自分のケツの心配をした方が良いのだろうか。
この修羅場をどう乗り切ろうか考えた時、ふと、先の言葉の響きを頭の中で反芻する。
何か思い出せそうな予感があった。

二人ぼっち。
おそらく一人ぼっちの二人バージョンということだろう。
二人ぼっち。
ふたりぼっち。

「あーーーーーっ!!!!!!」

思わず豆柴を指差す俺。

「思い出してくれました?!」

無邪気に目を輝かせる豆柴。

思い出したのは、遠い記憶。


──なんだよおまえ、こんなとこにすわってなにしてんの?
──お家のカギ、わすれた。
──母ちゃんは?
──ママ、夜おそくにならないと帰ってこないんだ。パパもしゅっちょうだって。ぼくは今日、ひとりぼっちの日なんだ。
──ふーん。
──なのにお家に入れない。どうしよう……
──じゃあ、ふたりぼっちになる?
──ふたりぼっち?
──そう!おれも毎日、母ちゃんも父ちゃんもしごとでいねえし、ひとりぼっちなんだ!
──お兄ちゃんも?
──おう!だからひとりぼっちとひとりぼっちで、ふたりぼっち!!ふたりぼっちなら、さみしくねえだろ?


「お前……もしかしてあの時のガキ……?!」
「そうです。と言っても先輩と2つしか変わらないので、先輩もガキだったわけですが」

そうだ、全て思い出した。
それから少年二人は、二人ぼっちを掲げ親交を深め遊ぶようになり、お互いの家を行き来するまでになった。
二人ぼっちを先にふっかけたのは俺の方だったんだ。なんてこった。絶望だ。
それにしても、なんかすげえ生意気に成長してやがる。

「確かお前、転校してったんじゃなかったか」
「はい、小2の夏に。僕の事忘れてたってことは…あの約束も覚えてないですよね……?」

待て、どの約束だ、何を交わしやがった俺。
落ち着け、まずい雰囲気になったらシラを切ればいい。
恥ずかしいやつだったら俺は自害する。
覚悟を決めて息を飲む。

「転校が決まって、寂しくて泣いてる僕に先輩が言ってくれたんです。『ふたりぼっちは永遠だ、お互いに思い続けてたらいつかまた会えるぜ。また会えたら、ふたりぼっち再結成しよう!』って」
「さっっっっぶ!!!!」
「僕もそう思います」
「いや、お前は思っちゃだめだろ?!」

豆柴がケラケラと声を上げて笑った。
その顔を見て、思い出した。
あの頃も俺らは、なんでもない事で声を上げてケラケラ笑っていた。
寂しさを二人で埋めるように。

「だから、会いに来ました。中2の夏にこっちに戻ってきたんです。先輩がこの高校に居るって知って、僕も受験しました」
「なにそれこわい」
「変な風に思わないでください。先輩は僕の憧れだったんですよ。優しくてかっこよくて、本当のお兄ちゃんみたいだった。嬉しかったんです、あの日、僕に声を掛けてくれたこと…先輩とふたりぼっちになれたこと…こうして再会できて嬉しいです」

目を細めて笑う姿が、本当に豆柴みたいだな、と思った。
けどな、あの頃、俺もお前が居てくれて心強かったんだぜ。
というのはなんだか癪だし、これからも先輩風を吹かせておきたいのでやめておこう。

「とりあえず、お手」
「はい?」

首を傾げながらも従順に手を差し出す豆柴に、思わず笑ってしまった。

「あ、二人ぼっち、再結成ですか?」
「その約束は破棄させていただきます」


2024.3.22
「二人ぼっち」

3/22/2024, 11:08:39 AM