幼馴染みが同じクラスの女子と付き合っていると噂になった。
あいつとは家が近所で、幼稚園の頃からずっと一緒だ。
物心ついた時から、俺の記憶にはいつもあいつがいるように思う。
これまで隠し事などされたことがなかったし、俺もあいつに隠し事はしたことが無い。
それが当たり前だと思っていた。
けど俺は何も聞いていなかった。
あいつに好きな子が出来たことも、その子と付き合う事になったことも。
「お前さ、彼女できたんだって?」
いつもと同じ帰り道、俺はあいつに問いかける。
「は?何それ」
「とぼけんなよ。もうかなり噂になってる。好きなんだろ?」
「彼女のこと?別に好きじゃないよ」
「付き合ってるんじゃないの?」
「まあ、仕方なくね。俺は別に好きじゃないのに、彼女が付き合ってって言うからさ」
そう言うあいつの顔が赤く染って綻んでいた。
ここまで来て頑なにシラを切ろうとする幼馴染みに腹が立つ。
お前がそういう態度を取るなら、俺だって強気で出てやる。
「じゃあ、俺がもらっていい?」
幼馴染みの目が見開いた。
何が好きじゃないだよ、嘘つきやがって。
好きじゃないのに、付き合うかよ。
苛立つ気持ちを押さえて、いつもと変わらない声音を意識して話す。
「俺、実は彼女の事好きなんだよね。お前が彼女の事好きじゃなくて仕方なく付き合ってるなら、彼女の幸せのためにも俺がもらうわ」
あいつの顔が、ゆっくり歪んでいく。
なぜだか分からないけど、清々した。
そこで俺ははっとする。
俺は一体何にこんなに苛立っているのだろう。
何でも話せる仲だと思っていた幼馴染みに隠し事をされていたことだろうか。
俺の好きな彼女が、知らない間にあいつと付き合っていたからだろうか。
違う。全部違う。
本当はわかっていた。
認めてしまいたくなかっただけだ。
出来れば、気付きたくなかった。
気付かないふりをして、これまで通り過ごしたかった。
だって俺は、あいつの彼女のことなんてこれっぽっちも好きじゃない。
好きじゃないのに。
2024.3.26
「好きじゃないのに」
『続いて関東地方の天気です。午前、午後共に晴れ、ところにより雨が降るでしょう。』
朝のニュースのお天気キャスターがそう告げた。
私は朝食のトーストを齧りながら眉を顰める。
窓の外は青空が広がっている。
雨など降りそうにない。
ところにより、の"ところ"とは一体どこのことを指すのだろう。
そこの"ところ"はっきりしてもらわねば困る。
「嫌だな、この曖昧な感じ。いつも傘持ってくか迷うんだよね」
そう愚痴をこぼす私を横目に、彼がコーヒーの入ったマグカップを片手に窓辺に近づき窓を開けた。
まだ少し冷たい朝の風が吹き込んでカーテンが揺れる。
「今日は雨降るよ。君は今日、傘を持っていくべきだね」
窓から少し顔を出して外を覗いた彼が言う。
「こんなに晴れてるのに?」
「気配がするんだよ」
「気配?」
「雨の気配。匂いとか、風とか、気温とか、そういうの」
彼はそう言って悪戯に笑うとコーヒーを啜った。
そして彼の言う通り、その日は本当に雨が降った。
天気だけではない。
桜の開花宣言、野良猫が現れるタイミング。
彼の日常の何気ない予報は当たることが多かった。
彼の五感と直感で感じ取る繊細で丁寧な生き方に惹かれていた。
彼の見るもの触れるもの全てが愛しく思えた。
彼のことがとても、好きだった。
私もそんな風になりたいと憧れていた。
────
『続いて関東地方の天気です。午前、午後共に晴れ、ところより雨が降るでしょう。』
朝のニュースのお天気キャスターがそう告げた。
私は朝食のトーストを齧りながら眉を顰める。
窓の外は青空が広がっている。
雨など降りそうにない。
そっと窓を開ける。
まだ少し冷たい朝の風が吹き込んでカーテンが揺れた。
彼の居ない部屋で、彼が居た時のことを思い出してみる。
ところにより、の"ところ"とは一体どこのことを指すのだろう。
私と彼の"ところ"に降った雨は、止むことを知らなかった。
今日は傘を持っていこう。
もちろん、私には雨の気配を感じ取ることなんて出来ないけど。
きっと彼ならそうするだろうと思っただけだ。
冷めかけのコーヒーを一気に飲み干して、窓の外に目を向ける。
私の天気、晴れ。
未だに、ところにより雨。
遠くで雷が鳴った気がした。
「君は今日、傘を持っていくべきだね」と幻の彼が微笑んだ。
2024.3.25
「ところにより雨」
君が苦しい時にそっと支えられるような
がんばりたい時にそっと見守れるような
好敵手のようで、親友でもあるような
きづいたらそばに居て、背中を押せるような
だから何が言いたいのかって言うとね、
ようするに、君の特別な存在になりたいんだ。
ねえ、ちゃんと届いた?
2024.3.24
「特別な存在」
よォ、久しぶり。
誕生日おめでとう。
ん、これいつもの酒と煙草な。
花はない。
え?毎年来る時期が間違ってるって?
いいんだよ、俺はこれで。
嫌だよ俺、盆は。
あちぃし、お化け嫌いなんだよ。
いや……今のは忘れろ。
そういえばさ、ジミーいたろ。
軽音サークルの後輩。二個下の。
あいつ、先月死んだよ。ガンだってさ。
久しぶりにリッケンから連絡きてさ、
何かと思ったらそんな話だよ。
はええよなぁ。なんでかねぇ。
いや、俺らがもうそんな歳に
なっちまったって事か。
煙草、一本貰うわ。悪ぃね。
んーで、何の話だっけ。
おー、そうだ、ジミーが死んで
昔の事、思い出してたんだよ。
あの頃俺らバカみたいに騒いでたよな。
毎日女の子捕まえて酒飲んでライブして、
俺とお前、生意気だって対バン相手に
喧嘩ふっかけられること多かったよな。
けどお前喧嘩強くてさ、ありゃ
見てるこっちがヒヤヒヤしたね。
ジミーが叫んで、リッケンが煽って、
お前が相手をボコボコにして、
俺はその隙に女の子に手出したりして、
あのバカみたいでしょうもない時間、
俺は結構好きだったな。
まー、なんかそんな事をさ、
思い出したりした訳よ。
たまにはいいわな。
……じゃあ、そろそろ行くわ。
ジミーに会えたらよろしく言っといて。
俺とリッケンもそのうちそっち行くから、
したらまた皆でバンドやろうや。な。
また来るわ、来年、お前の誕生日に。
「今でも戻れるならあの頃に戻りてえ
なんて思ってる……バカみたいだよな」
2024.3.23
「バカみたい」
「先輩、お久しぶりです!僕の事、覚えてますか?」
知らん。誰だお前。
とは言えず、放課後の校舎で突然俺に声を掛けてきたちんちくりんの豆柴みたいな奴を見下ろす。
この棟では見かけたことがないし、おそらく隣の棟の1年のガキなんだろう。
しかし、やっぱり知らん。誰だお前。
眉根を寄せてしばし考える。
「先輩…まさか僕の事覚えてないですか?」
俺が覚えていないことを察したのか、悲しそうな顔で豆柴が見上げてくる。
はい、覚えてないです。
「僕と先輩、二人ぼっちの仲なのに?」
「二人ぼっちィ?!」
思わずでかい声で叫んでしまった。
なんなんだ、その野郎同士の仲にあるまじき気色悪いワードは。
俺は自分のケツの心配をした方が良いのだろうか。
この修羅場をどう乗り切ろうか考えた時、ふと、先の言葉の響きを頭の中で反芻する。
何か思い出せそうな予感があった。
二人ぼっち。
おそらく一人ぼっちの二人バージョンということだろう。
二人ぼっち。
ふたりぼっち。
「あーーーーーっ!!!!!!」
思わず豆柴を指差す俺。
「思い出してくれました?!」
無邪気に目を輝かせる豆柴。
思い出したのは、遠い記憶。
──なんだよおまえ、こんなとこにすわってなにしてんの?
──お家のカギ、わすれた。
──母ちゃんは?
──ママ、夜おそくにならないと帰ってこないんだ。パパもしゅっちょうだって。ぼくは今日、ひとりぼっちの日なんだ。
──ふーん。
──なのにお家に入れない。どうしよう……
──じゃあ、ふたりぼっちになる?
──ふたりぼっち?
──そう!おれも毎日、母ちゃんも父ちゃんもしごとでいねえし、ひとりぼっちなんだ!
──お兄ちゃんも?
──おう!だからひとりぼっちとひとりぼっちで、ふたりぼっち!!ふたりぼっちなら、さみしくねえだろ?
「お前……もしかしてあの時のガキ……?!」
「そうです。と言っても先輩と2つしか変わらないので、先輩もガキだったわけですが」
そうだ、全て思い出した。
それから少年二人は、二人ぼっちを掲げ親交を深め遊ぶようになり、お互いの家を行き来するまでになった。
二人ぼっちを先にふっかけたのは俺の方だったんだ。なんてこった。絶望だ。
それにしても、なんかすげえ生意気に成長してやがる。
「確かお前、転校してったんじゃなかったか」
「はい、小2の夏に。僕の事忘れてたってことは…あの約束も覚えてないですよね……?」
待て、どの約束だ、何を交わしやがった俺。
落ち着け、まずい雰囲気になったらシラを切ればいい。
恥ずかしいやつだったら俺は自害する。
覚悟を決めて息を飲む。
「転校が決まって、寂しくて泣いてる僕に先輩が言ってくれたんです。『ふたりぼっちは永遠だ、お互いに思い続けてたらいつかまた会えるぜ。また会えたら、ふたりぼっち再結成しよう!』って」
「さっっっっぶ!!!!」
「僕もそう思います」
「いや、お前は思っちゃだめだろ?!」
豆柴がケラケラと声を上げて笑った。
その顔を見て、思い出した。
あの頃も俺らは、なんでもない事で声を上げてケラケラ笑っていた。
寂しさを二人で埋めるように。
「だから、会いに来ました。中2の夏にこっちに戻ってきたんです。先輩がこの高校に居るって知って、僕も受験しました」
「なにそれこわい」
「変な風に思わないでください。先輩は僕の憧れだったんですよ。優しくてかっこよくて、本当のお兄ちゃんみたいだった。嬉しかったんです、あの日、僕に声を掛けてくれたこと…先輩とふたりぼっちになれたこと…こうして再会できて嬉しいです」
目を細めて笑う姿が、本当に豆柴みたいだな、と思った。
けどな、あの頃、俺もお前が居てくれて心強かったんだぜ。
というのはなんだか癪だし、これからも先輩風を吹かせておきたいのでやめておこう。
「とりあえず、お手」
「はい?」
首を傾げながらも従順に手を差し出す豆柴に、思わず笑ってしまった。
「あ、二人ぼっち、再結成ですか?」
「その約束は破棄させていただきます」
2024.3.22
「二人ぼっち」