『続いて関東地方の天気です。午前、午後共に晴れ、ところにより雨が降るでしょう。』
朝のニュースのお天気キャスターがそう告げた。
私は朝食のトーストを齧りながら眉を顰める。
窓の外は青空が広がっている。
雨など降りそうにない。
ところにより、の"ところ"とは一体どこのことを指すのだろう。
そこの"ところ"はっきりしてもらわねば困る。
「嫌だな、この曖昧な感じ。いつも傘持ってくか迷うんだよね」
そう愚痴をこぼす私を横目に、彼がコーヒーの入ったマグカップを片手に窓辺に近づき窓を開けた。
まだ少し冷たい朝の風が吹き込んでカーテンが揺れる。
「今日は雨降るよ。君は今日、傘を持っていくべきだね」
窓から少し顔を出して外を覗いた彼が言う。
「こんなに晴れてるのに?」
「気配がするんだよ」
「気配?」
「雨の気配。匂いとか、風とか、気温とか、そういうの」
彼はそう言って悪戯に笑うとコーヒーを啜った。
そして彼の言う通り、その日は本当に雨が降った。
天気だけではない。
桜の開花宣言、野良猫が現れるタイミング。
彼の日常の何気ない予報は当たることが多かった。
彼の五感と直感で感じ取る繊細で丁寧な生き方に惹かれていた。
彼の見るもの触れるもの全てが愛しく思えた。
彼のことがとても、好きだった。
私もそんな風になりたいと憧れていた。
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『続いて関東地方の天気です。午前、午後共に晴れ、ところより雨が降るでしょう。』
朝のニュースのお天気キャスターがそう告げた。
私は朝食のトーストを齧りながら眉を顰める。
窓の外は青空が広がっている。
雨など降りそうにない。
そっと窓を開ける。
まだ少し冷たい朝の風が吹き込んでカーテンが揺れた。
彼の居ない部屋で、彼が居た時のことを思い出してみる。
ところにより、の"ところ"とは一体どこのことを指すのだろう。
私と彼の"ところ"に降った雨は、止むことを知らなかった。
今日は傘を持っていこう。
もちろん、私には雨の気配を感じ取ることなんて出来ないけど。
きっと彼ならそうするだろうと思っただけだ。
冷めかけのコーヒーを一気に飲み干して、窓の外に目を向ける。
私の天気、晴れ。
未だに、ところにより雨。
遠くで雷が鳴った気がした。
「君は今日、傘を持っていくべきだね」と幻の彼が微笑んだ。
2024.3.25
「ところにより雨」
3/25/2024, 12:36:08 PM