いろ

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3/21/2024, 2:26:17 PM

ピンク色の空の下で目が覚めた。
頭がぼんやりしていて、ピンク色の空の正体が満開の桜だと気付くまでにしばらくかかった。
ゆっくりと起き上がって周囲を確認する。
ここが見覚えのある校庭の隅で、自分が中学の制服を着ているから、あぁ、これは夢の中なのだと思った。
私が中学生の頃の夢だ。

ふと気がついたら、隣に彼女が立っていた。
中学生時代に最も仲の良かった親友。
肩より少し長めに伸ばした髪と、膝より少し上の短めのスカートが風で揺れている。
見た目もあの頃のままだ。
当たり前か、私は卒業してからの彼女を知らない。

「久しぶり。変わらないね」
「そりゃあ、あんたの夢の中だからね」

どうやら夢の中の彼女もここが私の夢の中だと気付いているようだった。

「最近どう?大人って楽しい?」
「全然楽しくない。社会人つらい」

昔の親友を前に、思わず本音がこぼれてしまった。
自分の見た目と会話のアンマッチさになんだがおかしくなってしまう。

「えー、そうなの?働くのって楽しそうだけど。だって働いたお金全部自分のもんでしょ?」
「全然楽しくないよ。毎日毎日同じことの繰り返しでつまんないし…お金はあるけど時間がない。なんでかわかんないけどとにかくつらい」
「あ、わかった!五月病ってやつ?」
「まだ三月だけどね」
「んー、そっか…大人ってそんなつらいのか……私にはよくわかんないけどさ……けどまあ、あんたならきっと大丈夫だよ」

笑顔でそう言った彼女の手はピースサイン。
思わずはっと息を飲む。
たった今思い出した。
あの頃の私たちのいつもの挨拶。
廊下ですれ違う時も、先生に怒られてムカついたときも、彼氏と別れて悲しかったときも、いつもピースサインを作って翳し合っていた。
それだけでなんだかおかしくて、元気になれた。
私たちの親友の印、仲間の合図。

「なんで私に会いに来てくれたの?」

私は少し嬉しくなって、悪戯に聞いてみる。

「何言ってんの、あんたが私を呼んだんでしょ?」
「え?私が?」
「夢が醒める前に、私に何か言いたかった事があるんじゃないの?」

そう言われてはっとする。
そうだ、彼女を見た瞬間に思ったことがある。

「ほら、早く。もうあまり時間が無いんだよ」

うっすらと霞んでいく景色に、夢が醒めてしまうと予感する。

「あ、あのっ」

慌てて私は言葉を探す。
ずっと心の奥に引っかかっていたこと。
大人になってからも時々思い出して、自己嫌悪していたこと。

「あの時はごめんなさい!」
「どの時?」
「最後に喧嘩して…意地張って謝れないまま卒業しちゃったから……ずっとずっと後悔してたの!…ごめんね!!」

大きく風が吹いて、桜が舞う。
急激に彼女が遠くなる。
桜吹雪の中で彼女が笑いながらピースサインを突き出したのが見えた。


彼女が姿を消して、目が覚めた。
私の部屋。いつものベッド。
赦されたわけではないのに、都合のいい夢に自嘲する。
カーテンを開けて、昇り始めた朝日に目を細めた。
ベランダに出て、深呼吸をする。
柵から少し身を乗り出して、街を見下ろす。
濁った景色、何も変わらない街。
いつもと同じ、つまらない朝だ。

朝日に向かってピースサインを作ってみる。
夢の中で思い出した、彼女と私の仲間の合図。
彼女のことを思い出してみよう。
彼女が好きだったバンド、彼女が好きだった漫画、彼女のお気に入りだったブランド、彼女が照れた時の前髪を弄ぶ癖、彼女が付き合ってた2つ上の先輩。
今まで忘れていたのに、はっきりと思い出せる。

彼女も今頃この世界のどこかで目覚めて、同じように朝を迎えているのだろうか。
彼女の夢の中に、私も出てきたりするのだろうか。
その夢の中で私は、彼女の夢が醒める前に何を伝えるのだろう。
目が覚めた彼女は私のことを思い出してくれるだろうか。
私が好きだったアイドル、私が好きだったお菓子、私のお気に入りだったリップクリーム、私の給食の食べ進め方の癖、私が好きだった国語の先生。
もし思い出してくれるとしたら、私はとても嬉しい。
とてもとても、嬉しい。

春の風が頬を撫でて我に返る。

「さて、今日も適当に頑張ろ」

ピースサイン越しの朝日に、あえて声に出して一人呟いてみる。
遠くに、電車の走る音が聞こえる。
いつもと同じ、朝が動き出す。


2024.3.21
「夢が醒める前に」

3/20/2024, 7:35:22 AM

貴方がギターを掻き鳴らす姿を見れば
胸が高鳴った。
貴方の喉を震わせた嗄れた歌声を聴けば
こんな私でも無敵になれる気がした。

私のロックスターで天使は貴方だった。
ステージから放たれる彼らの音楽が
私に力強く手を差し伸べてくれた。

彼らの音を聴きながら ふと青空を見上げて
あぁ、やっぱり会いたいと思ってしまった。

貴方の掻き鳴らすギターは
あの嗄れた唯一無二のかっこいい歌声は
もうステレオからしか聴こえてこないけど
貴方の残した沢山の音は、歌声は
これからも私を救ってくれる。
支えてくれる。
そっと背中を押してくれる。
今度は青空から
手を差し伸べてくれている気がする。

──ありがとう、またね。

貴方の、声が聞こえる。


2024.3.20
「胸が高鳴る」