「こんにちは、佐々木誠人くん。少しいいかしら?」
昼休憩、弁当を持って人気のない廊下を歩いていると、突然呼び止められる。
自分の名前を呼ばれたので条件反射で振り返るが、そこで僕は声を失った。
そこには不審者が立っていたからだ。
顔には漫画でしか見ないような仮面をかぶり、黒いタキシードを着て、その上に黒いマントで身を包んでいる。
マントで体形が分からないが、声から女子だということが分かる。
だからどうしたという感じであるが。
まさに不審者の中の不審者。
僕のこれまでの人生、そしてこれからの人生で遭遇しないであろう不審者。
間違いなく面倒ごとの匂いがする。
ここはスルーが吉。
「違います。人違いです。それじゃ、ぼく」
もちろん、佐々木誠人は僕の名前だ。
だが不審者に正直に答える義理は無い。
あくまで何でもないようを取り繕い、黒マントの横を通り過ぎようとする。
だが、彼女は僕の前に立ちふさがる。
「どこへ行く」
「はい、一人で静かにお弁当を食べられる場所に……」
「ほう、一人ぼっちで弁当を、ねえ」
黒マントはニヤリと笑った――気がした。
「ああ、自己紹介がまだだったな。私は『一人ぼっち撲滅委員会』のものだ」
「『一人ぼっち撲滅委員会』だって!?」
一人ぼっち撲滅委員会。
それは現生徒会が、少子高齢化の解決という壮大な目的を掲げ、作られた組織だ。
『子供が増えないのは、結婚しない人が増えたから。
結婚しない人が増えたのはカップルが減ったから。
カップルが減ったのは出会いが少ないから。
ならば、作ろうじゃないか!
男女の出会いを!
我々の手で!』
という控えめに言って、頭がおかしい理念によって作られた。
そして、交際相手のいないものに、無理矢理相手を宛がうという常軌を逸した活動している。
そしてこれに対する全校生徒の共通の認識は『出会ったら逃げろ』。
僕は即座に後ろを振り返り、来た道を全速力で走る。
もちろん廊下は走ってはいけないが、緊急事態なので許してもらうことにする。
そして僕は陸上部だ。
足の速さには自信がある。
「無駄だ」
にもかかわらず、僕は捕まってしまった。
後ろから引っ張られ、組み伏せられる。
陸上部の僕より速いだと!?
そんな人間居るわけ……
まさか!
「お前、釘宮か!」
釘宮鈴穂、同じ陸上部で僕より速い人間だ。
男子より速い女子として、ちょっとした有名人だ。
信じたくない事実だが、男子はともかく、女子で僕より早い奴はコイツしかいない。
「ご名答」
勝ち誇りながら、黒マントは仮面を取る。
予想とたがわず、釘宮の顔が現れた。
こいつ、委員会の手先だったのか。
全く知らなかった。
「くそ、何が目的だ」
「委員会の目的はご存じでしょう?『一人ぼっちより二人ぼっち。愛を求める人間に恋人を!』。あなたに恋人を用意しました」
「そんな事が許されると思っているのか!お互いの気持ちを無視したカップルが長続きするとでも!?」
「ご安心を。そこは配慮しています」
釘宮は不敵に笑う。
「ふん、僕の事が好きな人間がいるとでも」
言ってて少し悲しくなる。
「ええ、いますよ」
だが釘宮は衝撃の事実を告げる。
僕の事が好きな女の子がいる?
少し期待しつつ、僕は思わず周囲を見渡す。
だが悲しいかな、ここにいるのは僕と釘宮だけだった。
「どこにもいないじゃないか。男の純情をもてあそびやがって!重罪だぞ!」
だが僕の文句にも、釘宮は動じた様子はいなかった。
「佐々木君。安心してください。ちゃんといます」
「ふん、どこにもいないじゃないか。ここにいるのは僕と釘――はっ」
まさか!
「ふふ、やっと気づきましたか」
釘宮は無表情だった顔を崩し、獰猛な笑みを浮かべる。
「はい、佐々木君が好きなのは私です」
突然なされた愛の告白に頭が真っ白になる。
「え、いや、でも。こういうのはお互いを知ってから……」
我ながら何を言っているのか分からないが、言い訳をする。
だが――
「名案ですね。じっくり話し合うとしましょうか?」
「え?」
「私、そこの空き教室のカギを、たまたま持っているので、そこに行きましょう。
ああ、お弁当を貴方のために作ってきています。
それを食べながら、ゆっくりと話しましょう」
「ちょ、ま」
「ゆっくり、じっくり、話しましょう。空き教室で、二人きりで、ね」
3/22/2024, 9:53:34 AM