『上手くいかなくたっていい』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
クラリネット吹きだったあの頃。
プレッシャーから逃げたくて、
いつも小さな家庭科準備室に篭って練習していた。
ある日、何を思ったのか、ふとベランダに出て、
だだっ広いグラウンドに向かって練習をした。
入道雲の見下ろす夏空の下、
ちっぽけな私が
懸命に旋律を張り上げていた。
誰か、誰か私の音を聴いてくれ。
殻に籠って自己完結してた私の叫びは、
その時だけ誰かに向けて奏でる、演奏になっていた。
結局私は大した功績も残さず、
クラリネットを続けることはなかったけれど。
あの弱々しい、不安げな、けれど必死な音が
誰かの心に留まっていたならと
今でも想像したりする。
『上手くいかなくたっていい。』
上手くいかなくたっていい(重圧をリセットする)
母親になると強くなると、最初に言ったのは誰だったのか。
真夜中にわあわあ泣き止まない我が子を見ると、こちらまで泣きたくなる。
やれミルクは駄目だ、母乳がいいだの
抱っこは癖がつくといけないから、すぐに抱くのは良くないだの
そうかもしれないしそうじゃないかもしれない、新米の母親には判断の難しい状況が、産まれてこのかたずっと続いていた。
………自分の母は小さい頃に急逝し、性に関する情報は全てネットの知識のみ。
妊娠するまではそれで何とか繋いでいたが、お腹に子を宿した途端不安からのストレスに加えて、わたしは不確かな情報に踊らされてばかりの日々を送っていた。
自身の食べるもの、飲むもの、
子供に使うもの、触れるもの、
全てに気を使う生活が毎日続く。
それにつけて育児はストレスが一番の大敵、などと触れ込むのだからたまったものではない。
―――わたしの疲労は日に日に嵩み、睡眠不足と食欲の無さで衰弱の一途を辿っていった。
「………あれ?」
いつ眠ってしまったんだろう。
気づけばベッドの上で布団を被っていて―――わたしはそこで暫く呆けていたが、我に返るとがばりとそこから起き上がった。
赤ちゃんは!?
わたしまだ母乳あげてない!
オムツも木浴も、まだ―――。
―――顔面蒼白でわたしは慌ててベッドから降りる。
するとその瞬間、かちゃりと部屋のドアが開かれた。
目にしたのは、赤ちゃんを抱いたお義母さんの姿。
「やだ、起こしちゃった? ごめんなさいね」
「え、お義母さん………何でここに………」
「最近連絡がなくて心配して来ちゃったの。そしたらあなたが白い顔で倒れていて、びっくりしてしまって」
勝手なことしてごめんなさいね、と再度謝る義母に彼女は堪えきらず涙を溢れさす。
「ありがとう、ございます………!」
気にかけてくれていた。
わたしがいっぱいいっぱいなのをわかってくれていた。もうそれだけで、―――嬉しい。
泣くのを止められないわたしの背を、義母の優しい掌が撫でさする。
「無理しないのよ。失敗したって構いやしない。死なせないっていう気概だけで、子供なんてちゃんと育つんだから」
優しい声。
優しい温もり。
固く閉ざされていたわたしの心を溶かす義母の存在に心底安堵しながら―――わたしは夢中で子供ごと、彼女を抱き締めていた。
END.
【上手くいかなくたっていい】
なんてキレイゴト
上手くいく方がいい
当たり前じゃないか
誰だって
幸せになりたくて
誰だって
幸せにしたいんだから
『上手くいかなくたっていい』
朝日さんとピアノを弾き始めてから1時間ほど経っただろうか。
「じゃあ、合わせてみよ。連弾。」
[はい。]
「あとさ誠、敬語。やめてよ。気使うから。」
[はい、あ。あーっと、うん。]
そう言って朝日さんの方を見ると目が合った。そして互いに笑いあった。また、鍵盤と目を合わせる。黒色と白色の鍵盤は、夕空を反射して輝きを見せていた。
鍵盤を叩き始めるとこの部屋の空気は一変する。
滑らかで、しなやかで、暖かいピアノの音と私の指が、重なる。
[あっ、ん?]
「あーここ、こっちだね。」
間違えてしまった、ここはここだって分かってたのに。
[あぁ。ごめんなさい。演奏止めちゃって、]
「うぅん。いいんだよ、上手くいかなくたって。」
[え。]
「失敗したっていいんだよ。ほい、もっかい。」
[え、あ、うん。]
私の人生、失敗は許されなかった。
失敗したら、母は私を許さない。その事実に脅えて、私は成功し続けた。どれだけの苦労をしても、努力を重ねてでも、成功するためにはそれを厭わなかった。
しかし、朝日さんはそれを受け入れてくれた。
欲しい言葉をくれた気がした。私は、なんとも言えない満足感に胸がいっぱいになった。
「今日はここまでにしよ。」
[うん。ま、また来るね。]「うん。」
[あ、あの。この曲の曲名。教えて欲しい。]
「うーん。じゃあさ、またこんど。この前の仕返し。」
悪戯気味に笑った朝日さんに私は笑うことしか出来なかった。
「じゃ、また。」[また。]
上手くいかなくてもいい。その事実を知れただけで私はこの夕空を飛べるような気がした。
《朝日からの使者》EP.4翼、夕空、悪戯
上手くいかなくたっていい
上手くいかなくたっていい。自分に保険をかけておきたい。きっと上手くいかなかった時凄く落ち込むから。自分自身にも周りにも、難しいかったしとか勉強してなかったしとか言い聞かせる。だから、自信を持って上手くいったと言える人が羨ましいし、きっとそういう人は凄く頑張ったから後悔がないんだと思う。そうなりたい。
そもそも上手くいった試しがないんだよね。
ペットボトルは毎回凹んで中身こぼすし。
説明書通りに組み立てても歪んで使えないし。
いっぱい練習しても日常会話が支離滅裂で噛むし。
清書は誤字脱字だらけだし。
塗ればはみ出て切れば曲がって貼れば歪むし。
掴んだ物は大抵一度は滑り落ちるし。
スロープは滑って転ぶし階段は躓くし。
くるりんぱはトゲトゲするし。
眉毛は左右対称に描けないし。
ムラだらけだから崩れやすいし綺麗に直せないし。
やっぱり世の中は器用な人向けに作られすぎ。
不器用な人間の不器用加減、舐めんじゃねえぞ。
『上手くいかなくたっていい』
「むむ……」
「先生、どうかしましたか?」
背後で唸った私を気にして、問題を解く手を止めて振り返る我が生徒。
私の大学もこの子の小学校も、夏季休暇に入った。
昨年度よりも良い成績を取れたとニコニコで帰ってきた生徒。私に通知表を見せて可愛らしくドヤった後、「先生のおかげ!」と笑ってくれた。
大学のほうも今期の成績が発表されたが、この子と違って思わしくない結果だった。
家庭教師の仕事が楽しくて、つい指導準備に時間を割いてしまい、夜ふかしする日が多かったのが原因だろう。
大学生の本分を疎かにしてしまった私は、このままこの子の先生でいて良いのか迷ってしまう。
「う〜ん、大学の成績がちょっとね」
「良くないんですか? 先生でもそんなことあるんだ」
「はは、私も人間だからね」
「完璧超人かと思ってた。もしくは妖怪」
「あ、そんなこと言ってると先生辞めちゃうぞ〜」
「ウソウソ!! ごめんなさいやめないで!!」
明るく冗談を交わしているように見えても、きっとこれがこの子の本音。私だって辞めたくはない。
「たまにはいいじゃん、悪くたって。あ、先生の親が厳しいんですか?」
「いや、両親は」
ガチャ
「おやつた〜いむ♪」
突然開いたドアに目線を向けると、ロールケーキの乗ったお盆を持った家主が現れた。
「宿題は捗ってるかい?」
「うん、や……まぁまぁかな」
「ほう? じゃあエネルギーチャージして頑張りなされ!」
「はぁい」
ロールケーキを食べ終えた生徒は、素直に机に向かった。
私は再び自分の成績表とにらめっこする。
両親は私に興味がない。海外で仕事をしており、もう何年も会っていない。最低限の生活費と授業料は振り込んでくれるが、その他に必要なお金は自分で稼いでいる。
卒業したら、その最低限の支援すらなくなる。恐らく親子の縁も切れるだろう。
私が良い成績を目指すのは将来のため。親に頼らず生きていけるよう準備しておく必要があるからだ。
将来、か……
私は何を目指しているのだろう。
何者になれるだろう。
「ねぇ、先生ってば!」
我に返った私は、いつの間にか目の前に立って私を見下ろしていた生徒と目が合った。
「ん? どうしました?」
「今日の分の宿題と先生の課題、終わりました」
「おお、はやいね」
ふふん、と嬉しそうに目を閉じる生徒。私は課題を回収し採点を始める。
「先生、まだ悩んでたんですか?」
「いや、悩んでもしょうがないし、来期で取り返すよ。君への指導時間を減らしてもらうかもしれないが、その分クオリティは上げるし、自分の勉強もちゃんとやる」
「……」
そう、次こそは。
バイトと勉強、上手く両立しなくては。
「大丈夫、きっと上手くいきます。私、妖怪ですから」
暗くなった生徒を元気づけたくて、わざと明るい調子で言う。指導時間が減るのは私も寂しい。でも上手く立ち回るには仕方のないことだ。
「先生、私のこと教えてるせいで大変なんですよね」
私は手を止めて生徒の顔を見た。
「先生は、家庭教師やるの、つらい?」
「……いいや。君みたいな生徒を教えられて、この上なく幸せだよ」
優しい生徒の質問に、微笑んで答える。本心だ。
「よかった。なら遠慮なく言えます」
「ん? 何を?」
軽く目を閉じ、すぅっと息を吸って。
「『上手くいかなくたっていい』」
その言葉を聞いて、私は自然と赤ペンを置いていた。
「『下手くそなやり方だとしても、楽しんで続けることのほうが大切だ。かっこ悪くてもいい。そうやって生き残っていれば、評価してくれる人と必ず出会える』」
「……誰の言葉?」
「私の恩師です」
我が生徒はニカッと笑って、ベッドに寝転んだ。両腕で顔を覆っている。照れ隠しだろう。
算数の文章問題を教えていた時、たしかそんな話をした。アプローチさえ正しければ、正解に届かずとも部分点がもらえる。そんな意味で発した言葉だったが、この子はそれ以上の意味を見出してくれた。
「良い言葉だね」
「良い先生ですから」
君は良い生徒だ。
ありがとう、煌時くん。
テーマ「上手くいかなくたっていい」
「上手くいかなくたっていい」
そんな言葉を掛けられるたび、
「お前には何も期待していない」
「最初から上手くいくとは思っていない」
「成功するな」
そういった思いがあるのではないか? と勘繰ってしまう。
優しさに見せかけた、黒い思惑を感じ取ってしまうのは、俺の気のせいなんかじゃないはずだ。
XXXX年X月10日
再び鐘の音を聞いた。警察署からの帰還途中のことだ。背後から聞こえた音に振り返ったものの、行きがけに比べ霧は濃くなっており時計塔の影は見えなかった。
自動で鳴動するよう設定されているにしては頻度は疎らで前回と時刻も異なる。正体は機械の劣化か、はたまた誰かが手動で鳴らしているか。……ここが無人の廃都と分かっているのに、後者のようにしか思えないのは第六感というものなのだろうか。
後ろ髪を引かれつつも資料の持ち帰りが最優先だと自制し拠点へ戻ってきたが、これを書いている最中もどうにもあの鐘の音が気になって仕方がない。
近く一度、時計塔を探索してみようと思う。
病院や警察署と違い資料は乏しいだろう。無駄足になるかもしれないが……上手くいかなくたっていい。
一度この目で確かめてみるべきだ。
失敗した。
友達は前に、「上手くいかないときもあるさ。上手くいかなくたっていい。」
と言ってくれた。
その言葉に、僕は救われた。
だからその言葉に、また甘えた。またちょっとだけ、適当にやるようになった。
自分を、責めなくなった。
そしてまた、
何でもかんでも上手くいかなくたっていい。
そう教えてくれたのはキミだった。
そういうキミが一番、カンペキに見えたのは
なぜなんだろうか?
上手くいかなくたっていい、ただ生きていれば
なんとかなるよ。私がいる。そう言った彼女が
先週一足先に天国へ行った。
大好きだったよ。
2024 8/11 上手くいかなくたっていい
思い切り、踏み込んだ。
距離が縮まる瞬間、ヒュッと息を飲む音がどこかから聞こえた気がした。
早なる鐘の音、足から指の先まで全身に血が巡る感覚。
無謀なのか、無茶なのか。
#上手くいかなくたっていい
上手くいかなくたっていい。挑戦することが大切。
謙虚な気持ちで挑戦することがいつか成功に繋がるから。
そんな心持ちのままミッフィー狙いのガチャガチャを回すと4回連続でオレンジの豚が出てきてブチギレたことがある。
いや上手くいけよ。
〖上手くいかなくたっていい〗
毎日仲良く笑顔で過ごしたい。
だけど、仲良く居ないといけないわけじゃない。
たまには、喧嘩してぶつかったっていい。
どれだけぶつかっても、ごめんねって、好きだよって伝えれたらそれでいいと思う。
ただ、自分の気持ちは伝えなければいけない。
しっかりと自分の気持ちは伝えてぶつかるのが、私たちがこれからも仲良くいるために必要だって最近感じた。
彼が大好きだから。
上手くいかなくっていい
最初は上手くいくものでもない。
だから、上手くいかなくっていい。
徐々に進めばいい。
むしろ上手くいくことの方が少ない
不幸なことの方が心に残るし
実際下手をこくことの方が多い人がほとんどだろう
私がそうだというだけで他者がそうとは言いきれまいが
きっとそうであることを望む訳でもない必然だ
最近気づいたのだが
それでも上を向いて歩ける人は
きっと"成功"を"幸せ"を大切にしている人
"自分"を労わって、大事にしている人だろうと
【上手くいかなくたっていい】
「はぁ…」
最近何もかにも上手くいかない。勉強も部活も、
全部。もう全てがイヤになる。
「まぁ、いいじゃん!」
そんなふうに楽観的な君は言う。その明るさに
つられるように、僕の身体が軽くなる。
君のおかげで上手くいかなくたっていいと思える。
君がすごいのか、僕が単純なのかは分からない。
『上手くいかなくたっていい』
気に食わない女がいる。
品行方正、文武両道。誰にでも親切で、いつもクラスの中心にいる学級委員長様。…まるで漫画かアニメのキャラクターかよっていうほど、“完璧”な女。
そんなヤツと俺は家が隣同士の、いわゆる幼なじみというやつだった。ありがた迷惑なことに、ちょうど同い年だったもんだから幼い頃はよく一緒に遊ばされたものだ。
…幼い記憶の中にいるアイツは、“完璧”とはほど遠い。
春に両家で花見に行くと、アイツは桜なんて目もくれず公園で走り回ってすっころび、
夏になると、暑さに辟易している俺の腕を無理やり引っ掴んで、虫取り網と虫かご片手に近所の野原を連れ回され、
秋には大量に集めたひっつき虫を、きゃらきゃらと笑いながらぽーんっとこっちに投げて俺の服へとひっつけてきた。
冬ともなれば、雪が積もった途端に外へと駆け出し、俺と一緒に真っ白な雪へダイブするのがアイツの定番だった。
幼い頃の記憶には、今でもそんなアイツの姿が焼き付いている。
…アイツが変わったのは、小学校四年生の冬頃。病気でアイツの母親が入院し、それを補う為に父親も夜遅くまで働くようになってからだ。
うちの両親はそんなお隣さんを見て、父親が帰ってくるまでアイツをうちで預かると申し出たのだ。アイツの親父さんは申し訳なさそうに何度も頭を下げてお礼を言っていた。そんな中、アイツは親父さんの袖口をぎゅっと握ったかと思うとすぐに離して、
「私はいい子で待ってるから、パパもお仕事頑張ってね!」
と、にっこり笑っていたのをよく覚えている。
そこからだ。アイツがいかにも優等生になっていったのは。まず、俺を無理やり引っ張って連れ回すことがなくなった。無闇矢鱈に外を駆けずり回ることはしないで、放課後は大人しく俺の部屋で一緒にノートを広げるようになった。
そんなアイツがどうにも俺には気持ち悪くて、一度だけアイツに聞いてみたことがある。
「急にどうしたんだ、何かヘンなものでも食べたのか?」
怒って欲しかった。いつもみたいに、バカにしないでよ!なんて言って俺に向かってきて欲しかった。
でもアイツは、俯いてカリカリとノートに鉛筆を走らせたまま、ただ一言、
「ママとパパを心配させたくないの。二人が安心出来るように私、いい子になる。」
なんて、今まで聞いたこともないようなか細い声で答えただけだった。
俺は、そんなアイツの姿に何も言えなかった。ただ黙って、アイツと同じように宿題の続きをするしかなかった。
あれから何年か立ち、俺もアイツももう高校生になった。今でもアイツは、“完璧”な優等生だ。うちに来て一緒にノートを広げることは、もうないけれど。
俺はあの“完璧”な優等生が気に食わない。アイツが優等生になる為に死ぬほど努力したのはよく知っている。その努力も、アイツの想いも、否定するつもりはない。でも、それでも。俺はアイツに一言言ってやりたいのだ。
「上手くいかなくたっていいんだ。たまには愚痴のひとつくらい零してみせろ。」
今度こそ、俺はアイツに伝えたいんだ。
『上手くいかなくたっていい』
淹れたての紅茶を執事長が口に運ぶのをじっと見つめて評価を待つ。
「うん、美味しくないね」
「ど、どこがダメだったでしょうか……」
「うーん」
紅茶をもうひとくち口に運んだ執事長はカップをソーサーに置くと、全部かな、と執事見習いの僕にニコリと微笑んだ。
練習用の茶器を洗いながら溜息を吐く僕に食器を拭く執事長は笑いかけてくれる。
「まぁ、君は新人だからね。最初は上手くいかなくたっていいんだよ」
「はい……」
でもね、と執事長は続ける。
「上手くいかないままで放っておくのは良くない。人間、向上心が大事だよ」
拭きあがった練習用の茶器を手にした執事長はおもむろにお湯を沸かし、紅茶を淹れる準備をし始めた。僕のやっていた手順と違うところがいくつもあり、僕の知らない細かな技術が散りばめられている。そうして淹れられた紅茶は先ほど自分が淹れたものとは色も香りもずいぶんと違っていた。促されて口にすると味までも違う。
「すごく……美味しいです……」
「それは良かった」
満足気に微笑んだ執事長は誇らしげだ。
「執事長の向上心はどこから来たのですか?」
すると執事長は幾分遠い目をして言葉を探し、奥様のためだと言った。
執事長は現当主である奥様がまだ少女の頃にこの屋敷に雇われたのだという。そういえば奥様が執事長に対しては気安く接しているのを見たことがある。
「かつてのお嬢様に喜んでもらいたい一心が、今の私を形作っているんだ」
それを聞いて思い浮かんだのは今のお嬢様のこと。執事の中では一番の年下であるためにお嬢様との遊び相手になることは度々あり、ときにはお茶会に相伴することもあった。紅茶を美味しく淹れることができれば、お嬢様のお茶会の時間はきっともっと楽しくなることだろう。
「君にも、向上心の出どころがありそうだね」
「……はい」
見透かされているような言葉に照れながらも頷いた。