『一年後』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
友人からもらったクレマチスに水をやりながら、この一年で増えた花たちに視線を向ける。
植物を育てることを苦手としていたが、友人の花はまだ一つも枯れてはいない。それは自分が成長したからではなく、手助けをしてくれる存在が側にいるからなのだろう。
家の中。ソファでくつろぐ、白地に黒の斑点模様の入った猫へと視線を向ける。短い鍵尾を揺らし毛づくろいをしながらも、視線に気づいてこちらを一瞥する。
「――なにか?」
「えっと……何でもない、です」
そっと視線を逸らす。再び毛づくろいをし始める猫を視界の端で捉えながら、何故この猫はここにいるのだろうかとぼんやり考える。
元は友人の庭に住む猫だった。何度か庭を訪れるうち、気づけばこうして自分の家の中に住むようになってしまった。
如雨露を片付けて、室内に戻る。毛づくろいを終えて丸くなって眠る猫は、もうこちらを気にする様子はない。
それは嫌だとは感じなかった。猫と暮らし始め、確かに変化に慣れるのには少し時間が必要だった。けれど慣れてしまえば、嫌だと思うことは多くない。
それに猫と過ごす空間は息苦しさを感じなかった。
人とは違う。だからだろうかと、内心で首を傾げながら猫を見つめていた。
「また、どうでもいいことを考えていますね」
「え?」
呆れたような声。寝てしまったと思っていたが、どうやらまだ起きていたらしい。
「えっと……ごめんなさい?」
「謝罪の意味が理解できません。何故、謝る必要があるのですか」
何故だろうか。それを考えて、誰かに何かを言われた時に、いつも謝っていたことに気づく。
言われたことを理解するまでの間を、人は待ってくれない。聞いているのかと責め立てられることが多くて、段々と何かを言われた時にまず謝ることが癖になっていたようだ。
「癖……かな?」
「改善なさい。ここはあなたの縄張りなのだから、堂々としていればいいのです」
「縄張り……」
確かに、自分の家は縄張りと言えるのかもしれない。室内を見回して、小さく頷いた。
「それで、今度は何を考えていたのですか」
問われて、どう言えばいいかと考える。
その間、猫は答えを急かしたりしない。だから考えが逸れることなく、しっかりと言葉を返すことができる。
「一緒に過ごしていても、息苦しくならないのは何故なんだろうって考えてた。人ではないからかな、とか思ったりしたけど、それが正解かは分からなかった」
猫ならば分かるだろうか。
自分のことを自分でも分からないというのに、猫に分かるはずがない。そう思いながら、けれど猫ならば知っているかもしれないとも感じている。
「どうしてか、分かる?」
問いかければ猫は鍵尾を揺らして、ふんと鼻を鳴らした。
「簡単なことです。あなたの中に流れる時間が、猫に似ているからそう感じるのでしょう」
「猫の、時間?」
首を傾げて問えば、猫は大きく伸びをして起き上がった。
「そうです。一年、あなたを見てきて感じました。様々なことに興味を引かれ、気になることを考える。時にじっとしていることに苦痛を感じ、けれど別の時にはぼんやりと過ごすことを好んでいる……それは猫の時間です」
猫の時間。
心の中で繰り返す。なんとなくしっくりくる気がした。
「普通の人間と比べると、劣っているように見えるのかもしれません。様々に興味を引かれるからこそ、忘れるものも多い。今すべきこと、話すべきことから逸脱すれば、不興を買うこともある……人間は群れて忙しく動く生き物ですから、猫のように自由にとはいかず、結果それを劣っていると判断されることも多いのでしょう」
「――そっか」
何となく、今までの生きにくさが理解できたような気がした。
ふらふらとソファに近づき、猫の隣に座る。途端に膝の上に乗り喉を鳴らす猫に苦笑を漏らしながら、そっとその頭を撫でた。
「そっか」
「そうです。猫が人間の世界で生きるというのはとても大変なことなのです。なのでもっと自信を持ちなさい。そしてあなたの縄張りの中では、好きなだけ猫のように生きればいいのです」
自信を持つ。そんなこと考えたこともない。
今までは誰かの真似をして生きてきた。その方が自分で考えて行動するより、ずっと早くて簡単で、楽だった。けれどそれが原因で、怒られることもまた多かった。
猫の背を撫でながら、できるだろうかと少しだけ不安になる。でも猫が言うのだからと大丈夫だと、思ったよりも素直に受け入れられている。
「あなたは花を育てることは難しいのだと言った。ですが一年、花が散っても枯れることなく、また花を咲かせることができた」
「でもそれは、どうすればいいのか教えてくれたからだ」
「教えただけです。水の与え方。剪定の仕方。肥料の与え方や温度管理の方法……それを全て行ったのは、あなたなのです」
視線を外に向ける。青いクレマチスの花が、風に吹かれてゆらゆらと揺れている。
冬の間、白の花を咲かせていたクリスマスローズ。蕾をつけ始めたルドベキアやアネモネ。サルビアやキキョウもとても元気そうだ。
「来年も、花が咲くかな?」
「あなたが諦めない限りは、一年後も、十年後も咲くでしょうね」
「――来年も、一緒にいてくれる?」
ぽつりと呟けば、猫は顔を上げてこちらを見た。どこか呆れたように目を細め、鍵尾を揺らす。
「あなたが手放さない限りは……逆に、増えるかもしれません」
とても嫌そうだ。けれど増えたのなら、友人の庭のように賑やかになるだろうか。
たくさんの猫で賑わう友人の庭を思い出すと、自然と笑みが浮かぶ。きっと楽しくなるのだろう。
けれど、するりと膝から下りて窓際へと移動してしまった猫を見た。
自分には賑やかな毎日よりも、一人と一匹のゆっくりとした空間の方があっている。
そんなことを思いながら、いつものようにおやつにしようと猫を呼んだ。
20260513 『一年後』
✧一年後。
「ああ!桜庭、5ラウンドKO負け!!王者シルヴァの牙城は崩せず、日本初のウェルター級世界チャンピオン誕生とはなりませんでした!!」
TVアナウンサーが残念そうに実況した。
プロボクサー桜庭道也の世界初挑戦は失敗した。
数日後、桜庭は知人の紹介で渡トレーナーとジムで面会した。
「渡さん、お願いします!!俺を日本人初のウェルター級の世界チャンピオンにして下さい!!」
桜庭は懇願した。
「お前は若いし才能がある。いいだろう引き受けよう」
渡は快諾した。
「ありがとうございます」
「ただし、報酬は高いぜ!」
「構いません!」
翌日、桜庭は解体作業や引っ越しのバイトを始めた。
体幹を鍛えてパンチ力をつける為だ。
その後、ジムでハ−ドトレ−ニング。
渡トレ−ナ−の練習メニューは想像以上にきつかった。
数カ月後、バイトで稼いだお金で渡米した。
日本人でウェルター級の練習相手は少ないので、アメリカのジムで武者修行の為だ。
「よし、桜庭、今日から1ラウンド4分でスパーリングた!!」
渡トレ−ナ−は命令した。
「ええ!?3分でいいじゃないですか」
桜庭は反論した。
「馬鹿野郎!!そんなんで世界チャンピオンになれんのかよ!!これはスタミナをつける練習なんだよ!シルヴァよりもきつい練習しなくて勝てるわけねえだろ!!俺のメニューにはすべて意味があるんだ!!」
「なるほど、分かりました」
桜庭は死に物狂いでアメリカ人ボクサーとスパーリングした。
一年後、桜庭は世界ランカーとの試合、世界王座挑戦者決定戦を勝利し、ラスベガスで、ついにシルヴァとのWBC世界ウェルター級王座決定戦の日を迎えた。
桜庭とシルヴァはリング上で対峙した。
「シルヴァ、お前にリベンジする為にこの一年間ボクシングに捧げてきた。ベルトはもらうぞ!!」
桜庭は挑発した。
「軟弱なお前が俺様に勝てるわけないだろ!!ブチのめしてやるよ!!日本人にまた絶望を味わせてやる!!」
二人は激しく睨み合った。
「俺はシルヴァをKOで倒す!!」
桜庭は観客に予告した。
大観衆が沸いた。
「あの野郎!!調子に乗りやがって!!」
赤コ−ナ−に戻ったシルヴァは激怒した。
「落ち着け、何か策があるのかもしれん。気をつけろ!」
トレ−ナ−は諭した。
「ぶっ潰す!!」
カ−ン!
ゴングが鳴った。
シルヴァは我を忘れて猛突進した。
桜庭はガードして迎え打つ。
「お前なんか1ラウンドKOだ!」
シルヴァはパンチの猛ラッシュ。
右ストレート、左ボディブロー、右アッパー、左フック、雨のようにパンチを繰り出すが、桜庭は巧みに猛攻をすべて防いだ。
シルヴァは右ストレートを打ち終わり、戻した瞬間、右のガードが下がった。
「今だ!打て!!」
セカンドの渡が叫んだ!!
桜庭の強烈な左フックがシルヴァの顎を捉えた。
その瞬間、シルヴァはゆっくりと倒れた。
そのまま、10カウントを聞いた。
ついに、日本人初のWBCウェルター級世界チャンピオンが誕生した。
1年後
僕は不老だ。
中学3年生をずっと繰り返している。
不死なのかはわからない。死にかけたことは、
有難いことに何十年と生きてきて1度もない。
「かあっアツいね、あの2人」
今年の同級生の中では一番の友達であろう中田が、
学年1の美男美女カップルを軽く冷やかしている。
学校の設備はここ最近新しくなった。
去年のような暑苦しさはなく、とても快適だ。
あそこで何か話している2人の名前は覚えていない。
去年の5月、付き合い始めたという噂を耳にした記憶がある。もうだいたい1年か。というか他学年のなかでも有名な人なのか、あの2人。
そして、その2人が今は同級生。未だにこの感覚は慣れない。実に奇妙だ。
「あの人らの名前なんだっけ……」
「勇斗、そんなことも知らないのかよ、紬(つむぎ)と朝陽(あさひ)。」
「高校にいっても、付き合ってるのかな、あの2人。」
「付き合ってそうじゃない?割と相思相愛」
僕らの学校は中高一貫のため、中3はゆるゆると気楽にやっている。今いる殆どの仲間が、本当なら同じ高校に行く。羨ましさはもう失くなっている。
「もし高校まで付き合ってたらさ、付き合ってるよーって、僕に報告してよ」
「なんで??」
「えー、他人の恋愛事は人から聞くのが一番だと思ってるからさ」
中田には僕のことを、高校に行っても覚えていてほしい。
そんな淡い願望を込めてそういった。
「わあったよ笑」
「」
べりーべりー途中
「」
※『一年前』の続きです。
幸せそうな笑顔を浮かべながら、ケーキを食べる恋人を見つめる。普段よりさらに緩んだ表情も、見つめられていることに気がついて恥ずかしそうにする、その様子も。全部愛おしくて、俺もつられて笑顔になる。
今日は、付き合ってから初めての、恋人の誕生日だった。サプライズでお祝いをしたら、想像以上に喜ばれて。さほど豪華でもないお祝いに、「こんな誕生日初めて」って泣きながら言うから。
「一年後も、二年後も、その先もずっと、俺がお祝いするから」
思わず言った言葉に、もっと泣いてしまった恋人を抱きしめながら、この人が自分の恋人として今ここに居るという幸福を、そっと噛み締めた。
お題『一年後』
今日でさえ
振り返れば
一年後
10年日記をつけて15年の
実感
"一年後"
棚にさす発券済みのチケットは
日付を数回リマインドする
一年後
一年後のことなんて想像つかないけど、
その一年後も一年後のことなんて想像つかないって思うと面白いね
まだ1年経っても俺はまだ学生でアイツにはまだまだ追いつかない。
学生なんてがむしゃらに無鉄砲に突き進めるのが強みだけど年齢なんてものは自分じゃどうにも出来ない。
どんなに頑張って背伸びしてみてもアイツにとっては俺はまだまだその辺の子供で、本気で告っても全然本気に取ってもらえなくて。
アイツとの埋まらない年齢差が恨めしい。
せめて成人しなくては。
まともにこっちを見てもらえない。
縮まらないこの距離がもどかしい。
「なんでまだ俺は子供なんだよ…」
早く大人になりたい。
(一年後)
: 一年後
一年後って、もしかして今日じゃないの?
忙しさのあまり、すっかり忘れていた
今日、ヤツが帰ってくる
またあの地獄の日々が始まるのだ…
今のうちに、何処かへ逃げようか
いや、私に逃げる場所なんかない…
じゃあまたヤツの言いなりになるしか…
腰から力が抜けてへたり込んだ時
あの音が鳴った
ピンポ〜ン!
ただいま!
お帰りなさい お腹空いてるでしょ?
用意してあるから手を洗ってらっしゃい
見つかる前にそ〜っと立ち上がった途端
名前を呼ばれ、反射的に振り向いてしまう
恐ろしいほど目があった瞬間
あぁ~、また始まった…
私を勢いよく抱きしめ
頬ずりを首がもげそうなほど繰り返し
そして、キスの嵐…
だから、私はスキンシップがあまり
好きじゃないっていつも言ってるのに…
レナ、ただいま 寂しかったかい?
分かるよ、寂しかったんだね〜
いや、一言も寂しいなんて言ってないし
おみやげ、ちゃんと買ってきてあるから
レナの大好きな、猫じゃらし!
後でいっぱい遊ぼうね
ほら、どれがいい? どれが好きかな?
またされるがままの日々が、始まる…
桜月夜
一年後
一年後。
12ヶ月後。
365日後。
8,760時間後。
525,600分後。
31,536,000秒後。
どれも同じ。
でも、印象は違う。長く感じるものもあれば、短く感じるものもある。
同じなのに、違う。
見方によって、受ける印象は違う。
同じ意味の言葉でも、別の意味に思われてしまうかもしれない。
【後で書きます…!】
2026/5/13 「一年後」
一年前から話していて違和感。やっぱりアナタは私の言葉を聞いてない。ずっと気づかないふりしてきたけど、さっき話していたことでさえ、「そうだっけ?それよりさ!」と自分の話しに切り替えて、言葉のキャッチボールさえできてない…言葉のサンドバッグ状態。
なんとなく会話泥棒と調べてみると、承認欲求が強くて、自分自身に自信がないと出てきた。それを見て可哀想な人と上から目線になってしまい、相手は認められたいだけなのに、可哀想って思う自分自身が気持ち悪くて、自己嫌悪。その感情は、忘れられない、いつまでも。
相手も私も、タロットカードで言う「愚者」のようだと思った。目の前に崖があるのに、目の前の綺麗な白いモンシロチョウや鳥しか見えてなくて、不安定で危うい奴。
どちらもお互いを見てないまま、
お互いにこっちを見てと愛を叫ぶ。
子供のままで無邪気と捉えるか、大人になれない愚か者か…
このまま大人になり黙認して、一年後に私の心が先に壊れるの先か、相手の事など気にせず、子供の様に素直にはっりきと言葉を伝えるか、お互いが傷つかない答えなんてあるのか?
一年前(5/9)忘れられない、いつまでも。(5/10)モンシロチョウ(5/11)愛を叫ぶ。(5/12)子供のままで(5/13)一年後(5/14)
自分を大切にできています。
合うと思う環境に身を置いています。
やりたいと思うことに取り組めています。
楽しみながら、できています。
生きることは、素晴らしいと
心から思っています。
「一年後」
〖一年後〗
今よりも忙しい日々を送るはず
貴方に乗り越えられるでしょうか
正直、今の私には自信なんて無く
また気を病みそうだなあと
思うこともしばしばありまして。
少しばかり寂しいように
聞こえるかもしれないけれど
人生で1番苦しかった時期を
ほとんど1人で乗り越えてきたから
だから「私は全然大丈夫」と
強がって思い続けてしまいます
いっぱい泣くけど強がって
笑い話にするけどずっと痛くて。
そんないかにも人間らしい
心と行動で今を生きています
僕の友達は変なやつだ。
格好良く言うなら、刹那主義かつ享楽的。
悪く言うなら、無鉄砲で計画性が無い。
後先のことを考えずに行動するせいで、口癖はいつも「お金ない」。
そんな子だ。
あまりに無鉄砲なのでたまに疲れることもあるが、それでも彼のいる毎日は楽しい。
それに、普段はちゃらんぽらんだけれど、たまに深いことを言うのでなんだかんだ飽きないのだ。
僕は彼と違って、後先を考えすぎて何もできないタイプの人間だ。
だから、少し羨ましいのかもしれない。
僕たちを足して二で割ったら、たぶん丁度いい。
タイプも真逆で、どうして交わったか分からないレベルの僕ら。こんな毎日も、あと一年で終わりだ。
あと一年すれば、僕らは学校を卒業して、それぞれの道を歩むことになる。
僕は県内のそれなりに頭がいい大学へ進学する予定だが、彼はまだあまり進路を考えていないようだ。
つくづく計画性の無い人だ、なんて少し笑ってしまう。
三年生に上がって、僕は本格的に受験勉強に打ち込むようになった。
彼はようやく進路を決めたようで、私立文系に推薦で入るらしい。
なんともまぁ彼らしい進路だが、受験期で気が立っていた僕には何故だか彼の笑顔が腹立たしくて、少し距離を置くようになっていた。
推薦の枠を見事勝ち取った彼は、年内に入試を終えて着々と準備を進めていた。
アレだけ無鉄砲だった彼に置いていかれることに、果てしない焦燥と切迫感を感じた僕は、何もかもがうまくいかない。
受験のプレッシャーに負けた僕は、何もできなくなった。
楽しかったはずの趣味も全部楽しくなくなって、机に向かってもペンが動かせない。
未来のことだけを考えて決めた進路は、今の僕に合わなかった。
もう引っ越し準備も終わっているはずの彼が、わざわざ一度戻ってきてまで遊ぼうと言うくらいには、僕はやつれていたらしい。
けれど、それも突っぱねてしまった。
一年前の僕はきっと、こんなことになるなんて思っていなかっただろう。
一年後の僕が、こんなダメな人間になっていることなんて。
あの時、ほんの少しでも彼に感化されておけば良かった。
そうすれば、一年前の僕にも、きちんとした未来があって、今とは全然違う、自分なりの一年後を過ごせていたはずなのに。
僕はもう、未来が嫌になってしまった
不透明な一年後が怖くて、初めて、無鉄砲な彼のように、後先を考えずに線路に飛び出した。
その時だけは、未来も、きっと数日以内に家族にかかる迷惑も、何も考えずにいられた。
テーマ:一年後
行動に
うつしてしまう
その日まで
貴女はそこに
居てくれますか
一年後
雷が落ちた。
数日前から雨が続き、本格的な梅雨を感じさせる一週間だった。大雨に降られるという、営業職である俺にとっては気落ちする毎日だったが、ようやく、今日は華の金曜日である。
いつも通りの満員電車に揺られ、やっとの思いで家に着き、腹を空かせた愛猫を抱きかかえた時だった。
とても大きな音だった。
カーテンは閉めていたから光までは見ていないが、この音ならかなり近くに落ちたのではないだろうか。ああ、マイ…我が愛しの猫は驚いてはいないだろうか。
驚き丸くしていた目を手元に向ける。
杞憂だったようだ。腕の中でリラックスし、手に擦り寄りながら、飯はまだかと大声で催促してくる。とりあえず、マイに飯を与えてから考えようか。
マイがカリカリと飯を食べる音を聞きながら、自分の食事を用意する。
今日は少し肌寒い日だったから、久しぶりに鍋でも食べようか。それはそれで少し暑くなるかも。まあ、準備も面倒だし、鍋くらいが丁度いいかな。
そう思い、好物のキムチ鍋を作る。
作ると言っても、具材を入れて鍋の素を入れるだけのお手軽レシピ。野菜も沢山入れる。働き始めてからは肉よりも野菜が食べたくなったのだ。これも年のせいなのだろうか。少し悲しいが、成長したということで納得しよう。
テレビをつけながら夕飯を食べる。
アルコールがあまり好きではないから、晩酌ではないけれど、冷たい麦茶を飲みながら鍋をつつく。
やっぱり、食事のときは麦茶に限るな。鍋で熱くなった体に染み渡る。一人きりなのも良い。好きなタイミングで、直接鍋に箸を入れて、そのまま食べる。子供の頃のように親に小言を言われることもない、のんびりとした食事だ。
ゆったりとした空気の中で、少しばかり感慨に浸る。
こういった時間が好きでたまらないのだと、誰に言うでもなく思いを馳せた。
ふと気になってテレビを見ると、「1年後の自分や周りの環境などはどうなっていると思う?」というテーマの番組が流れていた。
この時間のテレビ番組は、ニュースでもなく決まった流れでもなく、日によって気儘に見ることが出来るから、意外と気に入っているのだ。
芸能人達の話や街頭インタビューの結果では、もっと有名になるだとか、何かを成し遂げるだとか、大きな変化を望んでいる人が多かった。
声に出しはしないが、少し自分でも考えてみる。
まず……たった1年で自分自身は変わらないだろうな…ああでも、猫にとっての1年は長いから、それはどうだろう。マイは元気で居てくれるだろうか……新しく家族を迎え入れるのもいいな。マイに寂しい思いをさせている自覚はあるからなぁ…………仕事も、今よりは忙しくないといいけど。これに関しては慣れもあるし、適度に頑張りたいな。
昇進とかはしたくないし、…ああ、親には結婚とかも促されてるんだっけ、余裕ないんだけどなぁ。彼女欲しいとも思わないし…それこそ、マイが居てくれたら十分過ぎるんだもんなぁ〜。
考えてみてびっくりした。
自分にはここまで上に行きたいという欲がないのか。決して控えめすぎるような性格ではないと自負しているが、ここまで承認欲求もないような人間だっただろうか。あまりにも猫が第一優先すぎる。
まあ、それで楽しい人生だからいいよな……
そう思いつつ、最後にこう締めくくることにした。
「1年後も、こうやってのんびりご飯食べながら、マイをナデナデ出来てれば、十二分だね」
『一年後』
彼女と結婚式を挙げたのは去年の6月のことだ。
結婚式のドタバタはとうに落ち着いているのだが、俺たちにはまだ残されたタスクがある。
そう、新婚旅行だ。
俺的には是が非でもハワイやグアムで国内での喧騒を逃れ、心ゆくまで彼女のかわいいを堪能したい。
だが、まとまった休みを取るとなると、彼女のスケジュールがなかなか押さえられないでいた。
携帯電話に入れているスケジュールアプリをスライドしていきながらため息をつく。
「新婚旅行は来年に持ち越しになりそうだな」
「えっ?」
マグカップをふたつ手にしてリビングに戻ってきた彼女が、驚いた声をあげた。
げ。
声に出てたか。
これまで、彼女と新婚旅行について込み入った話はしたことがない。
「……行く気でいるの?」
手にしていたマグカップのうちのひとつを、彼女は俺に手渡す。
味噌汁の出汁がふんわりと鼻腔をくすぐった。
「どうして、行かない、なんて選択肢があるんですか?」
「式関連で盛大にお金使い込みやがったからてっきり満足したんだとばかり」
「いや、あれは……」
挙式にかかる費用はほとんど彼女が負担してしまったため、俺はその浮いた資金でグッズやフォトアルバムを作っただけだ。
新婚旅行費用とは別口になっているに決まっている。
とはいえ、ガッツリ怒られてまだ日が浅かった。
やぶ蛇を突く気はないため、俺は話を新婚旅行へとシフトさせる。
「……そもそも、あなたと外泊なんてしたことないですし、少なくとも俺はこんな理由でもない限り海外なんて縁はありません。とにもかくにも、あなたと非日常を満喫したいんです。海外ならふたりの時間を邪魔されないでしょうし、ハワイとかどうですか? 俺的にはホテルのプールでも貸し切ってあなたの水着姿を心ゆくまで堪能しようと思っているのですけど」
「マジか。水泳とか高校の授業以来だな」
プールという言葉に彼女は眉を寄せるが、俺は彼女の「水泳」というワードに反応した。
「!?」
あれ?
ガッツリ泳ぐつもりでいるのか?
正気か?
プールデートといえば浮き輪膨らませて流れるプールに身を任せてキャッキャウフフするのが定石だろうが。
彼女の口ぶりだと、50mプールを体力の限界までクロールで往復しかねない。
いや、例え競泳だろうがなんだろうが、彼女の水着姿を拝めるなら本望だ。
彼女がそのつもりなら、俺は全力で計測につき合おう。
「まあ、そういうことですので。来年はきちんとスケジュールを空けておいてくだいね?」
マグカップに入った味噌汁を啜った。
「それはいいけど、私、水着持ってないから。水着はれーじくんが選んでよ?」
「はぁ!?」
「さすがに高校生の頃に使ってた水着はサイズが合わないもん」
水着のトレンドなんて興味もないからわかんないと、言い捨てる彼女に頭を抱えた。
いくらなんでも無防備がすぎる。
「……黒いフリフリのビキニがいいって言ったら着てくれるんです?」
「え? まあ。いいんじゃない?」
恥ずかしげもなく体のラインを晒してしまうことになるというのに、彼女はやはりあっさりとうなずいた。
「もうちょっと警戒したらどうですか?」
「れーじくん相手に? 今さら?」
顔を熱くする俺の反応に、彼女は楽しげに唇を緩める。
「水着よりも、むしろラッシュガード、日焼け止め、帽子、サングラス、その他諸々の日焼け対策のほうに力が入るでしょ」
「確かに……」
彼女の言葉通りになりそうで、なんも言えねえ。
彼女の手のひらの上で弄ばれて心臓がもたない。
「一年後の楽しみができてよかったね」
テーブルの上に突っ伏した俺の耳元で、彼女が楽しそうに囁いた。
「………………そうですね」
「声ちっさ」
力なくうなずく俺に、彼女はコロコロと笑うのであった。
1年後の自分を考えれるほどの余裕がない。
日々を生きるので精一杯です。
AIとか技術の進化で楽になってるはずなのに、毎日忙しい。なぜだろうか。
やりたい事は沢山あるので、少しずつ消化してきます。
青年は何が起こっているのか理解が追いつかなかった。
寝ている自分の上を跨った少女が、一枚上着を脱ぎ捨て、さらに襟元をほどこうとしているのだ。
「待っ…何しているの」
「わかんない」
彼女の瞳はゆれていて、とても正気な状態じゃなかった。
いつも底抜けに明るくてこちらまで元気にさせてくれる彼女が、どうして1人で男の部屋に忍び込んで服を脱いているのか…
良く鍛えられた脚はとっくの前に素足を晒していて。
「ふうっ」
と、呼吸を漏らして、また一枚彼女は服を脱ぎ捨てる。
青年は慌てた。
生まれてこの方見たこともない女性の裸体を、自分の手のひらを顔に押し当てて必死に視線を遮った。見ていないという意思表示でもある。
「服っ着て!!な、なんで?!」
「だって…」
細い幼い声がまるで直ぐ側で聞こえてくるようだ。2人の吐息が続く。この部屋の空気は凍りついて止まってしまった。
「私、あなたにたくさん酷い事を言ってしまったわ。お坊ちゃまはいいわねって。それに、助けて貰ったお礼も…私じゃ何もできないから」
いつもはハキハキと小気味よく喋る彼女が、必死に言葉を探していた。
「お礼って…」
お礼を言われるようなことは何もしてない。いや、むしろ彼女の倫理観が分からない。
育ちの違い?環境の違い?そんなわけがない。
とりあえず手近にあった自分の上着を叩きつけるようにして彼女に被らせた。
「お礼なんて、ただのありがとうでいいじゃないか。第一そんな、そんな男って思われてるなら、正直不愉快だし、正気を疑う!」
よそを向きながら手探りで彼女に服を着せる。
職業柄か生まれ持った体格のせいか、ずっと友人たちと比べて小柄だとバカにされる人生だったが、流石に彼女が男のものの服を着ると布地が余った。
「く、臭かったらごめん」
「くさく、ないよ」
彼女の呼吸は震えている。ようやく視界は自由を得た。大きすぎる服の中で、彼女は床をぼんやりと見ていた。もう一度問わなければいけないか。
「なんでこんなこと、したの」
「だって、私には何も、ないから。どうしたら貴方がどこにも行かないでくれるか、考えたらもう…本当に私何もなくて」
「自分を…大切にしなよ…」
確かに自分は明日朝一番で故郷へ帰らなければいけないが。
彼女の頬に涙が一筋落ちた。ぽろぽろと、透明な水滴が男物の服に溢れていく。
青年は、なんて短絡的な…と思ったけれど、ちょうどいい言葉が見つからない。
「私、ずっと姉さんたちが身体を売ったお金で食べてきた。いっぱい働いて病気になって動けなくなるまで…私にはもっと何もないの、どうしたらいいか分からなくて気付いたら…」
青年は、少女の手を取った。冷え切った、小さな手だった。よく見ればあかぎれや切り傷だらけの肌で、普段の安っぽい薄布を巻き付け化粧を施した肌とは雲泥の差だった。
始めて彼女を見た時、可愛いなと思った。
でも同時に、住む世界が違うなとも。
戦時下でなければ絶対に会うことはなかった……。
太陽の下でも酒場の中でも、彼女は、ひたむきに前を向いて皆に笑顔を振りまく花のような少女。
今、嗚咽を抑えている子とは全くの別人のよう。
「僕を、思ってくれたんだね」
それだけは確かだった。混乱しているけど、ゆっくりと状況を理解していく。
「行かないで」
潤んだ瞳が夜の僅かなランプの光をともして揺らめく。
「お願い、お願いよ行かないで一人にしないで」
少女はしくしくと小さな子供のように泣き出した。
取った手は震えている。
まるで幼い頃の自分のようだなと少し思った。大勢に囲まれているのに孤独で、誰にも気に留めてもらえなかった子供時代。
1年後