『さよならを言う前に』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
さよならを言う前に
君と最後に愛し合いたい
愛し合って何十年後に
そうゆう事もあった
と笑い話になる
ような
愛し合える仲
だったら
僕の視界には真っ赤に染った君と
ずっと流れ続ける血液が写る
「死なないで」
君は僕に言うけど
僕は君にその言葉を言いたかった。
「こっちのセリフ、死なないで」
その言葉を聞くと
僕に柔らかい笑顔を見せた。
「好きだよ」
その一言で彼女は動かなくなった。
さよならを言う前に
君はいなくなってしまった。
冷たくなる君の手を取って僕は涙を流していた。
「僕だって君が好きだ...」
君をずっと忘れないよ
─────『さよならを言う前に』
世界にサヨナラする前に
僕に会いに来て
僕と話しをしよう
それでもさよなら、と言うなら
僕にはさよなら言わないで
「またね」って言ってほしい
そっちで再会するかもだし
来世でも会ってバカ騒ぎしたいからさ
だから、サヨナラを言う前に
僕に「またね」をちょうだい
私は貴方のことが好きだったのかもしれません。こんなことをいま言うのは少し卑怯かもしれませんが、言わずにはおけなかったもので。
ごめんなさい。ありがとう。
どうかお幸せに。
そう最後に告げて去って行く彼女の笑顔は、何かを吹っ切ったように澄んでいて、不覚にも綺麗だと思ってしまったことは、婚約者には秘密にしておこうと思う。
【さよならを言う前に】
「ねえ、泣かないで。私はまだここにいるよ」
君は白いベッドに横たわる私の手を握りながら、泣きじゃくっている。
ベッド横の心電図はほぼ直線になっており、心停止を告げるブザーが鳴っている。
私は君の肩に手を置こうとするが、するりと通り抜けてしまった。
これが向こうに行く前の最後の時間なのか。
それなら、話くらいさせてくれてもいいのに。
さよならを言う前に、先に伝えたいことがあったんだよ。
「今は無理でも、君は立ち上がって先に進んでね」
どうやら私は長くないらしい。
100歳まで生きたいなんて思っていなかったが、30代で死ぬ想定もしていなかったから、何だか困惑する。
日に日に少しずつ身体の自由がなくなっていくことに、私はあと数年耐えられるだろうか。ああ、きっと無理だ。私はひどい怖がりだから。
自然災害に、疫病、戦争。世界を不幸が飲み込もうとしている。そんな世の中を、この脆弱な肉体では生きていける気がしない。いつも父が言っていた。これからは「弱い人間は生きていけない」世界になるのだと。つまり私は、死ぬべき人間であるのだと。少しでも生きたい人間に有限資源を譲ることくらいしか、死にゆく私が他人に出来る親切は、もうないだろう。
いざ眼の前に死が迫れば、私は多くの未練を浮かべると思ったのに、実際は何も浮かばなかった。私は、家族や友人に対して、諦めしか持っていなかったのだ。誰かを強く想うことが出来なかった。強いて言うなら、それが未練だろうか。そういう強い気持ちがあったなら、己の命をもっと丁寧に扱えた気がする。
身の回りの整理をしていると、学生時代の写真と手紙を見つけた。それは、少し変わった水瓶座の友人からのものだった。私とはまるで真逆のひどく活動的で、独断専行の目立つ人間だったが、何故か私は彼女のことがわりと好きだった。クラスで浮いている者同士だったからか、私たちはよくつるむようになって、お互いの足りない部分をフォローし合った。そこには、本来簡単に生まれるであろう恋愛感情も依存もなく、私が思うに、彼女ほど純粋に“友人”だった人間はいない。
しかし、私は不調が現れてから連絡をとらなくなった。誰かと関わろうという気持ちを一切なくしてしまったのだ。それからもう長い年月が経つ。彼女はもう、私のことを覚えていないだろう。高校の3年間だけの付き合いだったのだから、当然だ。
片付けの手を止めてはいけない。私はその後もテキパキと私物を捨て続けた。そうして最後に残ったのは、彼女との写真と手紙だけだった。私を忘れてしまった人間から、過去にもらった言葉を、私はお守りのように扱った。
「私は君がどうあろうと、君の味方だし、親友だよ」
誰でも使う言葉なのかもしれない。上辺だけのものかもしれない。実際そういう人間を多く見てきたから、私は人の言葉を簡単には信じられないのだけれど、彼女の言葉は信じても良いと思えた。忘れられた言葉だとしても。信じるとは、裏切られても良いと思えることなのだから。
準備が整った。あとは、己の臆病を宥めるだけだ。深呼吸をした後、震える足で椅子に上る。垂れ下がる輪っかになった縄に両手をかける。いざそこに首を通そうとした瞬間、聞き慣れないけたたましい音が私の鼓膜を揺らした。
無音の世界に唐突に鳴り響いた爆音に、私の心臓が飛び上がる。振り向けば、遺書と共に並べておいたスマホが震えていた。私はそれが着信であると気付くのに少し時間がかかった。何せ私はスマホを買ってから、誰とも通話していない。自分のスマホの着信音も音量も知らずにいた。
画面を見ると、見知らぬ番号だった。死ぬ間際に迷惑電話なんて、つくづく格好がつかない。無視することは容易だったはずなのに、何を思ったのか、私は椅子を降りてスマホをとっていた。人生最期で初めての、通話ボタンをスワイプした。
「もしもし…」
電話口から聞こえてきたのは、弱者を食い物にする邪な詐欺師の声でもなく、これから私を迎えに来るであろう死神のそれでもなかった。何年経とうと忘れもしない彼女の声が、電子機器を通して私に届く。
私は、スマホを何度も買い換えたが、番号を変えることはなかった。それは面倒だったからとも言えるが、本当に他人との関わりが絶ちたい人間のすることでは、多分ない。私は私の奥底にある気持ちを、あえて見ないようにしていたのだと、認めざるを得なかった。
どうして、このタイミングで。死にたいという真っ黒な感情に満たされていた胸の内に、微かに残っていた生きたいという光が、弱々しくも鼓動しているのを感じてしまった。それが彼女の声を聞いて、大きくなってしまったことも。
此岸にさよならを言う前に、一目君に会いたいだなんて、ああ、私はそう強く思ってしまった。
寂れた青いとたん屋根の下に
1人取り残された麦藁帽子
その一面は雑草に覆われている。
寂れた自転車のサドルが幾年もの
風雨の厳しさを教えてくれた。
と、その時、突風によろめき、砂のように
根本から折れてしまった。
私は、思わず目を覆った黒い8月の
雲の下。
どこかから、陽の隙間がないかと、
天に助けを求めた。
そこには、
電信柱の数羽のカラスが
しゃがれたヒソヒソ声で、何かを
話しているだけだった。
さよならを言う前に、
もう一度あなたのステキな笑顔を見たい。
本当はずっと眺めていたいけど、
いつか別れは来てしまうから。
だから、まだ見られるうちに、
この瞳に焼き付けておきたいの。
〜さよならを言う前に〜
【さよならを言う前に】
白檀の香りが仄かに漂う室内。美しい調度品の数々は、歴代の『神子』たちをもてなすために長い年月をかけて集められたものなのだろう。豪奢な和室の様相の中で、無機質な鉄格子だけが明らかに浮いていた。
七年に一度の崇高なる儀式、なんて村では言われているけれど。ようはそれだけの頻度で、いるのかどうかもわからない神様相手に生贄を捧げているということだ。神子に選ばれたものは一年間をこの座敷牢に閉じ込められ、そうして神へと捧げられる。
ふと、君の姿を思い出す。さようならと告げたけれど、返事はもらえなかった。村人たちに連れて行かれる僕の姿を、ただ下唇を噛み締めて睨みつけているばかりだった。
(ちょっと、もったいないなぁ)
最後に見るのは笑顔の君が良かったのに。そんな詮無いことを考えていれば、押し殺したような足音が僕の鼓膜を震わせた。
黙って目を瞑る。此処に訪れるということは、村の上層部か世話役の連中かだろう。話すことなんて何もない。
「――迎えにきた」
反射的に顔を上げた。毎日のように聞いていた声。鉄格子の向こう、見慣れた幼馴染が真剣な表情で僕を見下ろしていた。
「さよならなんて言わないからな。それを言う前に、俺たちにはできることがまだあるだろ」
カシャンと乾いた音を立てて、鉄格子の錠前が外される。開いた格子から、君は手を差し出した。
「逃げるぞ、一緒に」
目頭が熱くなる。何で。何で君はいつだって、僕の手を引いてくれるのだろう。震える自分の手を、君の無骨な手へと重ねる。ニッと快活に笑った君は、僕の手を力強く握り返してくれた。
『さよならを言う前に』
私は明日ここを旅立つ
振り返ってしまうとずっとここに居たくなってしまうから手紙だけ残してゆくよ。
素敵な時間をありがとう。ありがとう。
愛してる。
そんな言葉をペンと添えて置いてあった。
行き先ぐらい聞きたかった。
私も愛してるわ。
~サヨナラを言う前に~
これは私が小学生の時に本当に体験した話
私は1人だけすごい仲の良かった女の子がいた。
放課後は必ず遊んだし、いじめられそうだった時も助けに来てくれた。
今まで友達が出来無かったし、助けてくれる人なんていなかったから本当に嬉しかった
でもある時友達が病気になってしまった。
突然の話だった
迷惑かけたくなかったから言うのが遅くなったらしい
学校を休んでいるのは知っていたけど、風邪としか私に伝えられていなかった。
命ももう残り少ないらしい。
そんな彼女の顔は酷くやつれていて、髪も抜けて、やせ細っていた。
涙が止まらなかった。
でも彼女は、「大丈夫。生まれ変わっても友達だよ」と言ってくれた。
それを後に彼女は息を引き取った。
サヨナラを言う前にあの世へ言ってしまった。
『さようならを知っている』
栗の木の下で さようなら またどこかで会いましょう 寂しさが千代紙になってとんでいく とんでいく
ベンチに残ると体温 さめていく さめていく
帰り道の急な坂道を ジェットコースターのように駆けていく
もし君がさよならを言うなら
君に感謝を伝える時間だけ欲しい
出会ってくれてありがとう
受け止めてくれてありがとう
愛してくれてありがとう
「さよなら」を告げるまで
君に何ができたのかな
そばにすらいられなかった
言葉すら文字だった
なにもできなかった。
あー、そうだ
まだ、言えてなかった。
ちゃんとあっためてあげよう
「さよなら」は言わなくていいか。
空で待っている君に、会いに行こうか
出会いがある
別れがある
そして
たくさんの人と出逢っていく
どれだけの人と出逢ったんだろう
どれだけの人と笑いあったんだろう
どれだけの人と語り尽くしたんだろう
どれだけの人と励ましあったんだろう
その時々に
出逢った人たち
さようならを言う前に
いつの間にか
遠くの人になってしまった人たちもいる
それでも
たくさんの人と出逢ったから
今の私がここにいる
日曜日の午前10時。
今日も彼はいる。
市民図書館のワークスペース。
窓際に面した長机に仕切りがしてあるゾーンの奥から3番目。
そこが彼の定位置だ。
駐輪場から玄関入口に移動する際に見える、そのスペースの彼の姿を認めるのが最近のブームだった。
教室ではしていないのに、ここで勉強する時はかけている細いフレームのメガネ。
切れ長な瞳の彼の横顔を引き立てる、その姿を見るのが私は好きだ。
なんとはなしに集まっていた日曜日の午前10時。
ワークスペースの長机、奥から2番目の席が私の定位置だった。
いつからか、一緒に勉強するようになっていた。
きっかけは、たまたま私が早起きして図書館に来た日だった気がする。
その日、いつもの席の隣に見覚えのある姿があったのだ。
移動すればよかったものを、私は自分の定位置をずらしたくなくて、隣りに座った。
私も彼も、互いに存在には気付いていた。
だが言葉を交わすこともなく、その日はお互いにどこかもぞもぞと得体のしれないもどかしさを感じながら勉強を終えた。
次は彼の番だった。
昼過ぎに彼が私の隣にやってきた。その日ももぞもぞを感じながら過ごした。
それを何回か繰り返してわかった。
彼も私も、自分の定位置を変える気はないらしい。
ある時に私から声をかけてみた。
「おはよう。いつもこの席だね」
「おはよう。お前こそ」
そこから、二人の勉強会は始まった。
日曜日の午前10時。いつもの席にて。
待ち合わせをしているわけではなかったが、いつの間にかその時間になった。
挨拶だけして、それぞれの勉強に向かう。たまに教え合う。
ただのクラスメイト。特別仲がいいわけでもない。
でも、私はこの図書館の時間が好きだった。
特別でもないけれど、ガラスケースに入れたくなるような大切な時間だった。
だけど明後日。
私は引っ越しをする。父の急な転勤が決まってしまったのだ。
もうすぐ夏休みも明け、この夏の思い出話をしながら徐々に修学旅行や文化祭などのイベントの決め事に盛り上がるホームルームを、私は迎えられない。
ホームルームで、各イベントが彼と同じ班になれば、ここで話してたみたいに教室でも話せるようになったかもしれないのに、私はその頃には教室にいない。
彼のことは、そういう意味で好きではなかった。
ただ、同じ時間を過ごすのがとても心地よかった。
寂しさと運命に抗えない自分の虚しさが心を掻く。
彼とここで過ごすのも、今日が最後だ。
だから、別れの言葉の前に最後のあいさつを――。
「おはよう」
/『さよならを言う前に』8/20
くだらない思い出
もやもやする思考
甘いだけの優しさ
理性で止めた怒り
言い返せなかった言葉たち
流したいのに堰(せ)き止めてしまった涙
ぜんぶぜんぶ捨てたいのに。
それも私だからと、崖っぷちにしがみつく手指のように
それらは私から離れてくれない
/8/17『いつまでも捨てられないもの』
ああ 今日はどんな指揮者が奏でているのかな?
優雅に かと思ったら烈しく
可憐に かと思ったら怒涛に
音の大小だってお手のものだね
えーと、なんだったっけな?
クレッシェンドとデクレッシェンドだっけ?
昔音楽の授業で習ったよね
ああ 今はアンダンテかな?
う〜ん なかなかいい具合だけど そうだね
出来ればえーと そう カルマートで!
カルマートで頼むよ
決してモレンドにはならないようにね
……付け焼き刃だけど、意味合ってるのかな?
教育番組で見た単語を並べてみたが
ちっとも気を紛らわせられなかったな
枕で頭を覆い 耳を塞ぐが
指揮者はタクトを置いてくれない
お願いだ
彼の中の指揮者よ
彼のいびきを止めておくれ
わたしを眠らせておくれ
/8/12『君の奏でる音楽』
「さよならを言う前に」
子どもたちが帰った放課後に、大切な連絡や通知の配付を忘れたことを思い出すことがありますね。
日直の号令でみんなでさよならを言う前に
「先生、大切な連絡はありますか」と日直に言わせることにしている。決め打ちのセリフにすれば忘れないよ全国の先生!!
#ちょこっとスキル
#忘れん坊先生
『さようなら』の語源は
『それならば、これにて御免』だそうだ
─さよならを言う前に─
伝えたかったこと。
君が居なくなってしまう前に。
君を抱き締めていたこの手が冷えてしまう前に。
君に伝えた愛が薄れてしまう前に。
君が笑って、
『ごめんね』って、
『大好きだよ』って、
『さよなら』って言う前に。
もう一度君が居ることを理解したくて。
抱き締めて、涙を流して、何でって悔やんで。
病気を恨んで、行き場のない怒りを押し殺して。
忘れないでって、無力な自分が哀れで。
でもそんな感情が渦巻く中、必ず忘れないで居たのが愛情だった。
君が泣くことを我慢して、無理して笑って、
謝って、愛を伝えて、別れを言う前に。
これだけは伝えたい。
『ずっと愛してる。』
さよならを言う前に。ありがとうと言って
微笑んで欲しい。
さよならを言う前に。幸せでいて欲しい。
さよならを言う前に。名残り惜しくなって
ボクの事で苦しまないで欲しい。
_______何時かきっとまた逢えるから
その日、真穂は初めて幼馴染の見舞いに訪れた。真穂に気づいた橄欖は、慌てて体を起こそうとして、どこか痛むのか苦しげに呻いた。しかし、それも一瞬のことで、橄欖はすぐにいつもの、風宮に毎日のように足を運んでいた頃のような澄ました表情に戻り、人払いを命じた。
ーーどういう風の吹き回し?一度だって来たことなかったじゃないか。
橄欖は本を読んでいるふりをして、真穂を見ようとしない。喋ることも苦痛だとバレたくないのだろう。
「こっちまで訪ねたら勘繰られるだろ。私は、後ろ盾も周囲を黙らせる能力も持ち合わせてないんだぞ」
特定の妃の元に頻繁に訪れるのは勢力図が乱れるから止めろと諌めたにも関わらず、橄欖は足繁く風宮に通った。おかげで、他妃の実家からはやっかみを受け、生家からはあまり目立たないようにと釘を刺された。
「別に、好き好んで入内したわけじゃない」
ーーマーヤのお父上を説得するのは大変だったよ。
時には毎晩通うほど足を踏み入れていたにも関わらず、病に罹ったとわかると、まもなく橄欖はぱったり姿を見せなくなった。……今になって守らなくていいのに。
ーー後のことは、天河がやってくれるから。
「おい、神術ができるだけの木偶の坊だと評価していただろ。そんな奴に一任するな」
ーー天河なら問題ないよ、菫青……久弥が付いているし。
久弥。橄欖が信頼している太政官だ。いかにも切れ者といった風貌で、実弟(木偶の坊)のいかにも坊ちゃんとは似ても似つかない。
そうか、天河皇子か。真穂は眉をしかめ、腹をさすった。
ーー六宮はそのまま引き継ぐそうだよ。どうする?
「さあ、歳が離れすぎているからな。なにせ小雪妃よりも年下だろ。向こうからお役御免の烙印を押されるかも」
元々、橄欖が強引に進めた入内話だ。橄欖が退くなら、真穂がこれ以上宮に残る義理もない。
ーー私は、残ってほしいんだけどねえ。他のお嬢さんじゃ……。
ゲボゲホッと咳き込んだ。病人特有の、嫌な咳だ。真穂は呆れたように肩をすくめた。
「わかったわかった。……の他ならない頼みなら聞くよ」
咳き込む橄欖の耳に届くか届かない程度の声で、真穂は名前を口にした。誰も知らないはずの、本人でさえ知ることができないはずの本名は、昔二人だけの秘密だと橄欖から教わった。
橄欖はそういう少年だった。柔和な面立ちや温厚な立ち居振る舞いから優等生のように称されてきたが、太子にと熱望される以前、大人の目がないところでは好奇心を隠さずそれなりに好き勝手していた。戸籍管理を司る役人の目を掻い潜り、自分の本名を調べに行ったって不思議ではない。
隠し事がバレた子供のように気まずそうな橄欖は、場の雰囲気を誤魔化すように酒と呟いた。
ーー地酒飲みたかったねえ。
「……ああ、地方公務の時の話か」
老後にしたいことだったか、訪れることのない未来に想いを巡らせ、二人で話し込んだ。長生きしたって、人の目を気にせず、地方の地酒屋でのびのび飲酒する未来はやって来ない。
「酒なら持ってきた。ご所望の地酒だ」
目を丸くする橄欖の前に、服の中に隠していた酒の瓶を取り出した。
ーーこれ、まさか渦の里?
「わざわざ入れ替えてやったんだ、医者の目がないうちに飲むか?」
ーーマーヤ、飲まないの?
「私はいいよ。もう充分堪能したからな」
「はいはい、もう二度と訪れないよ」
妃の所作に見合わず、ひらひらと手を振り返した真穂は、橄欖の部屋から出た瞬間、腹を抱えて壁にもたれ掛かった。
真穂様!と焦る女官を前に、真穂は唇に手を当てて、橄欖の部屋を指差した。
「すぐに主治医を……」
「問題ない……ったく、どすどす蹴りつけやがって」
真穂は、長いため息をついた。あまり腹が目立たない方らしい。
「あのう、主上には打ち明けなかったんですか」
「あー、いいんだよ。未だ地酒屋に拘る方は自分の体だけ考えていればいいんだ」
女官は地酒屋?と首を傾げたが、真穂の体に異変がないことを確認し、安堵した。