一生懸命恋をしました。
抱えきれないほどの愛をもらい、彼女に等身大の愛を捧げました。
でももうそれをあげる相手も、もらうこともできません。
いろんな事がありました。
彼女は少々無茶をするから。
僕は何度も肝が冷え、時に突然といなくなってしまうのではないかと、怯えて夜1人で涙したこともありました。
それは、彼女もどうやら同じだったようで。
その時、貴女は言いましたね。
私がキャンドルの蝋で、貴方はキャンドルに灯る火だと。
蝋を失った灯火は、一体どこに行けばいいのでしょうか。
正解はね、消えてしまうのですよ。
でもきっと貴女は、僕はしぶとく灯火のみとなっても漂えると思っているのでしょうね。
えぇ、もちろん知っていますよ。貴女の遺言通り、この先も生きていきますよ。
長い長い時を。貴女と共に安らかな眠りにつけるのは、いつになるでしょうか。
あぁ、眠れないほどに焦がれてる。
はやく、貴女に会えますように。
貴女に託されたこと、しかと任されました。
少し、待っていてくださいね。
輝きに満ちた世界で、私はずっと遠くにいる彼を見ていた。泣いて泣いて、笑顔なんてものとは程遠い程の様子。
「泣かないで。貴方が泣いてたら、私も泣いちゃう」
会いたい。でもそれは、もう2度と叶わぬものとなってしまった。
キュポン
コルク瓶を開ける小気味良い音が、夜空の下で響き渡った。
ここは魔法の世界。2人の男女が二ヶ月に一回の星の採集に来ていた。もっとも、星の一部というものか。
「見て、今日の星光はすごく純度が高いよ。そっちはどう?」
きらきら。まさに振るとそんな音が瓶から聞こえてくる。閉じ込められた光はとても輝いていた。
男はふとそんな彼女の瞳をチラリと盗み見て息を呑んだ。星の光が瞳にうつり、彼女自身の瞳が輝いていることに。
「えぇ。えぇ。とても綺麗です。こちらも何故だか今夜は純度が高いようです」
彼は月光の粒子を摘んでいた。ピンセットのようなもので月の光を地道に取り瓶に入れていく。
彼女は先の彼と同じことを思った。細かい粒子の光が彼の目に反射して、まるで宝石箱の様だった。
「……そうだね。貴方もその、とても綺麗よ」
彼女の珍しい姿に彼は面食らった。いつも好意や礼は率直に、照れの一つもなく告げてくるのに今日は違った。
あぁ、この一瞬が終わらなければいいのに。
夜空の元、2人はそんな事を思っていた。
「この採集した月光の粒子、今使ってもいいですか?」
「いいよ〜」
彼は礼を告げると、小瓶の中からピンセットで一粒粒子を取り出す。すると彼は、それを手で握り込み更に細かく砕く。それを彼女の頭からぱらぱらと振りかけ、自らにも振り掛ける。すると2人の身体が宙に浮かびだす。
そして彼は彼女の手を引いて、雲の上へと誘導する。
上へ上へ。さらに上へ。
「月光の粒子は空飛ぶ粉の材料って、覚えていたのね」
「えぇ。ほら、上を見てください。星が綺麗です」
「本当ね」と彼女は星の如く目を輝かせて空を見つめている。彼は彼女の手を引っ張り、ワルツを踊り始めた。
「ねぇ、この時間が一生続けばいいと思いませんか」
「ううん。夜が明けないと、日光を浴びれなくなっちゃうし」
「そうですか……」
彼女の言葉に、彼はやはりか。と少々落ち込んだ。
「夜が明けても、貴方が隣にいる事に変わりがないし。そういう貴方は?」
「ふふ、私も同じです。貴女がいるならば」
この時が終わらないでほしいと、そう思うのだった。
✴︎✴︎✴︎
「さぁ、そろそろ地上に戻りましょうか」
彼がそろそろ身体を冷やすといけないと声をかけた頃、彼女がポケットから先ほどの月光の粉を取り出し振りかけた。
「あ、あの。どうしましたか」
「まだ、終わらせないでよ」
「え?でも、」
「一生は続けられないけど、まだ続けられるでしょう?」
-この素晴らしいワルツを-
「あらあら、これは不幸な……」
ここは魔法の世界。男は家に帰ってきた女を玄関へ迎えに行った時、全身ずぶ濡れ。顔にかすり傷を作り、白い服は泥が付いている様だった。そんな彼女はムスッとした顔でつったてっている。
「道歩いてたお婆さんが、傘の取っ手を下にして持ってて」
「はい」
男はなんとなく察しがついた。だが下を向いている彼女は相当腹が立っているようなので、黙って彼女の話を聞く。
「歩き出そうとしたんだろうね。踏み込んだ時に傘を後ろに振り上げた瞬間私の顔に当たった」
「それはそれは……災難でしたね」
「今日はついてない日」
彼女が足をパンパンと叩くと、靴が勝手に脱げて靴は歩いて自分の定位置にひとりでに歩いてゆく。
「その泥だらけのお洋服はどうなさったのですか?」
スリッパに履き替えた彼女は、彼の手をちょんっとつかみ歩き出す。この方向は恐らく浴室。
「転んだ」
「それは痛かったですね。ほら、浴室。着きましたよ。扉の前で待ってますから。早く着替えていらっしゃい」
そういって彼女を送り出した彼は、湯冷めすると困ると思い、今朝作ったスープを温め直そうとキッチンに向かう。
そして指一振りすると、コンロと暖炉の薪に火がつきコトコトと鍋が歌い出す。他にも、彼女のためにひざ掛けを用意していた頃。
「そういえば---さん、タオルと着替えを準備していなかったような」
男はそういって指をひゅひゅひゅと横に動かす。すると彼女の部屋からは彼女のお気に入りのルームウェアが、タンスからはふわふわのタオルが、空を泳ぐように浴室へ向かい出す。そして彼はコップに氷と水を注いで今頃湯船に浸かっているだろう彼女へ、こっぷを台に置き煽るように手をかざすとそれは消えて彼女の元へ旅たった。災難な1日を、ほんの少しでも良くなりますようにと願いながら。
それもあるが元々彼は彼女に甘い。
もう至れり尽くせりだ。
「お昼は食べたのでしょうか」
そう呟くと彼は昼ごはんの彼女の好物であるピザを焼き始めた。彼の周りには様々な調理器具や材料がふわりふわりと浮かんでいる。
***
しばらくたった頃、彼女が彼の名前を呼ぶ。
彼はハッとする。彼女は泣いていたのだろう。目が真っ赤に腫れていた。
「お風呂、温めてくれたの、ありがとう」
彼女は言葉を続ける。
「他にも、タオルとかお水も。……料理まで」
彼はそんな彼女を見ていて、元々あった愛おしさがもっと強くなる。
「いいんですよ。きちんと温まれましたか?」
彼は入口にいる彼女に近づいていき、彼女の手を取ってダイニングへ連れていく。そこに用意されていた料理を見て、彼女は鼻をずびっと一鳴らしした。愛おしそうにその様子を見ている彼は、彼女の後ろに回りこみハグをした。すると彼女は彼の腕に顔を埋めて顔を拭う。別に涙がつこうが関係ない。むしろどんどんつけて欲しい。
「本当にありがとう。……今日がいい日になった気がする」
「さ、ピザを食べましょう。カリカリでチーズが物凄い伸びる特製ピザです」
***
昼ご飯を食べたあと、2人は出窓のベッドで横になっていた。彼女はすよすよと寝ているが、彼はそんな彼女を愛おしそうに肩を抱き、本を読んでいる。キッチンではカタカタと魔法で食器を洗っいる音がする。すぐ横の窓に彼が目を向けると、外には虹がかかっていた。彼は彼女の額に指を当て、優しいまじないをかけてやる。
「どうか、これからも2人で幸せに生きていけますように」
と。
そして彼は目を閉じ、安らかに寝息をたてはじめた。2人で一つのブランケットが、2人の幸せを体現していた。
***
「私はもう幸せよ。沢山の愛をありがとう」
彼女は眠っている彼に頬を擦り寄せる。温たかなまじないを受け、今日はいつも以上に至れり尽くせりで。最悪な1日がとても幸せな1日になってしまった。
彼女は彼の頬にキスを送り、再び眠りにつく。
「彼の人生に幸在らんことを」
「貴女がいなくなって、僕は」
大きな魔法の書庫に1人。悲しみや虚無感に満ちている男がいた。
大切な、大事な宝物。2人の経験は、とうとううつくしい思い出に昇華してしまった。
「私達のキャンドルは、火だけを残して去っていってしまった。キャンドルを失った火は、ただ1人。ふらふらと漂うだけ」
「ねぇ、聞いていますか?」
名前を呼び、彼女がいつも座っていた椅子の背もたれに手をついて、語りかける。
何時間も、何時間も。
やがて、語りかけた後、彼は地面に膝をつき、椅子に額をつけて涙をこぼしなが、大きな声で泣き叫ぶ。
「私を独りで置いていって。どうしろというんですか。貴方のいない、この広い世界で独りで生きろというのですか」
あぁ、涙が止まらない。止まっても、またすぐにほろほろと流れてくる。
料理を作る気にもならない。彼女がいた時は、あんなにも料理を作る時間が楽しいものだったのに。食卓を囲む人も、たった独りで食べる料理など、味もしない。
あぁ、何をやってもつまらない。
あの時に戻れないと知った今、自分はどうやって生きていければいいのだろうか。