「貴女がいなくなって、僕は」
大きな魔法の書庫に1人。悲しみや虚無感に満ちている男がいた。
大切な、大事な宝物。2人の経験は、とうとううつくしい思い出に昇華してしまった。
「私達のキャンドルは、火だけを残して去っていってしまった。キャンドルを失った火は、ただ1人。ふらふらと漂うだけ」
「ねぇ、聞いていますか?」
名前を呼び、彼女がいつも座っていた椅子の背もたれに手をついて、語りかける。
何時間も、何時間も。
やがて、語りかけた後、彼は地面に膝をつき、椅子に額をつけて涙をこぼしなが、大きな声で泣き叫ぶ。
「私を独りで置いていって。どうしろというんですか。貴方のいない、この広い世界で独りで生きろというのですか」
あぁ、涙が止まらない。止まっても、またすぐにほろほろと流れてくる。
料理を作る気にもならない。彼女がいた時は、あんなにも料理を作る時間が楽しいものだったのに。食卓を囲む人も、たった独りで食べる料理など、味もしない。
あぁ、何をやってもつまらない。
あの時に戻れないと知った今、自分はどうやって生きていければいいのだろうか。
「ねぇ、貴方の宝物はなに?」
ある日、空を飛んでいる2人の男女。
女が男にそう問いかけた。
「そんなの、貴女といる瞬きの間に決まっているではないですか」
そう言う貴女は?と彼は言う。
それを聞いた彼女は徐に箒から身を乗り出し、宙に身体を預けて落下した。
「---!!!」
男は彼女の名前を呼び、自分も箒から飛び降り、彼女を抱きとめ、箒を召喚してなんとか元のポジションに戻る。
先程と違う点は、彼女を抱き止めているくらいだが。
「私の宝物はね、無茶な事をしだす私を全力でたすけてくれる貴方とね。貴方も言っていたように、思い出かなぁ」
「驚かせないでくださいよ。まだ動悸がする気がします」
「スパイシーな思い出が出来て、よかったじゃない」
そうして箒に腰掛けている2人は、身を寄せ合い、空という宝石箱の中の宝石のように、輝いているのだった。
丸テーブルで能天気にゆらりゆらりと火の揺れるキャンドルを2人の男女挟んで向き合っていた。
「ねぇ、私達ってこの揺れるキャンドルみたいじゃない?」
「急にどうしたんですか?」
突如女がそんなことを言い出す。前に落ちてきた長い三つ編みを背中に投げながらそんな事を言った。驚いた男は目を見開いて彼女を見つめる。すると徐に、女が蝋燭の火を軽々と吹き消した。
「こんなふうに。吹き消したら簡単に吹き飛んでしまうような。そんな関係なんじゃないかと、偶に考えるの」
彼女の言葉を聞いた彼は、はたと考え込む。そして手を1つ叩くと、キャンドルに再び火が灯る。
そう、ここは魔法と共存する世界なのである。
「確かに、脆い関係かもしれませんね。でも。こうやってまた火を灯せばいいではないですか」
女は片眉をひそめ、彼を怪訝そうに再び見つめる。
「じゃあ。あなたがまた火を灯してくれるの?」
「はい、勿論。……でも、燃え尽きた場合はどうしましょう」
今度は女が問われる番だ。
「簡単よ。新しいキャンドルを作ればいいじゃない」
そう言った彼女は、すでに燃え尽き、下に溜まっている溶けた蝋に指を突っ込む。静止する男の声を気にもせず、溶けた蝋のついた指を優しく一振りすれば、蝋が意思を持ったように動き出し、元ある形に戻っていく。
「溶けた蝋さえ残っていれば、また火を灯せるでしょう」
男は心底むず痒そうにクビの後ろを掻く。
なんて自己犠牲をするんだと。
「まぁ、そもそも溶け切るなんてことはないでしょうね。人生って長いんだし……それに、燃え尽きる前に、貴方は新しいキャンドルに変えてくれるじゃないの」
-だから火は消えないのね-
「……あれ、元々なんの話してたんだっけ」
済ませた顔でそんな事を言う女に、男はブランケットを女の肩にかけながら、微笑んで返した。
「私達の固い縁のお話ですよ。もっとも、少しドギマギはしましたが」
さぁ、そろそろ寝ましょう。そういって蝋燭を持って女を寝室に送り届けたあと、諸々の片付けをする彼は、ふとキャンドルを見つめる。
「私は火をつける事しかできません。溶けたキャンドルを戻す事は、貴女にしかできない」
つまり、互いがいればあとはどうにでもなると言う事だ。彼女にあんな事を言われてどうしたものかと思ったが、丸く治ったようで。
「さ、片付けも済んだ事ですし。私も夢の世界に向かいましょうか」