いつか寂しくなったら開けてね
「リア、今日はどこ行くんです?」
魔法が飛び交う街の片隅、オルウェスは妻にそう尋ねた。普段は2人で雑貨店を営んでいるが、今日は店も定休日。久しぶりの2人揃っての休日ということになる。
オルウェスは今日を大層楽しみにしていたのだ。
何年もかけて、ようやく愛を伝えられるようになって、さらにはこうして住居を共にし、朝にこうして1日の予定も尋ねられる。
「今日はお部屋でやりたいことがあるの。だから、オルウェスは好きなことしてていいよ」
「……えっ?!」
そんなまさか、そんなことがあってもいいのだろうか。てっきり、今日は街角の小さなパン屋で朝食を買い、そこでのんびり話をしながら…… なんて一日を想像していたのに。
いや、確かに彼女はふわふわした見た目に反して、意外と他人とベタベタするのが苦手な傾向がある。
「ご、ごめんね。オルウェス。でもお昼までには終わらせるから、それまでお散歩でもしていてくれたら嬉しいな」
眉を下げながら、些か申し訳なさそうに言う彼女を見れば、もうこちらから言えることはない。
仕方ない。こうなったらリアの「やりたいこと」が終わるまで辛抱しよう。それが終わったらたくさん彼女としたいことがあるのだから。
「はぁい。わかりましたよぉ。早く終わらせてくださいね。俺、待ってますから」
「うん、頑張る。それじゃあオルウェス、また後で」
そう言って自室の扉をパタンと閉じてしまった。
やっぱり、ほんの少しだけ落胆してしまう。小さなため息をつきながら肩をさげると、閉じた扉が再び開いた。
「あ、愛してるよオルウェス。あなたが世界で1番大切。……ちょっとだけ、まっててね」
そう言って指を一振りすると、普段彼女が包まっているふわふわの毛布がオルウェスの肩を包み込んだ。
普段、彼女から告白というか、愛を囁いてくれることは稀だ。今みた景色その事実がもう、落胆したオルウェスを喜ばせるのには、充分だった。
「あ、あの、リア……」
恥ずかしそうに頬を染めながら、彼女は扉の向こうに消えて行った。
✴︎ ✴︎ ✴︎
そんな幸せな出来事は、もう来ない。
どうやら、彼女は自分が死ぬ事をわかっていて、あの日はこの手紙を書いていたんだと気がついた。
手紙には、いつも愛してるを言えなくてごめんとか、オルウェスの作るご飯が大好きだとか。色んなことが色んな順番で記されていた。
「わかってたんなら、言ってくださいよ。俺が1人で生きていけないことなんて、知ってるくせに」
12/5/2025, 6:39:00 AM