〝鏡〟
最近、友達がよそよそしい気がする。あたし何か気にさわること言っちゃったのかな。でも言って何でもなかったら、ウザいって思われたりしない?
「はぁ……あっ?!」
トイレに行きたくなって入ってみたら、同じクラスの男子が1人。
「何してんの。女子トイレだよ?」
「まだ入ってはないでしょ。手洗い場とも言えるスペースだ。こういった部分は男子トイレにもある」
足元はすのこで、左右に鏡……合わせ鏡みたくなってて、それに関する怖い話があるらしい。
それらを通過したら、扉があって、個室のトイレに繋がっている。だからまぁ、悪さするにも人の視線があるわけで、心理的なハードルがあるからか、小学六年間ずっと困ることはなかった。
扉が、男子と女子とで色分けされているから、手を洗うだけにしても自然と男女分かれて使用するのが日常茶飯事だったりする。
「泣いてたの?」
「どうして?」
「目、赤いから」
「別に。あたしがトイレから出てくるまでには、どっか行っといてよね」
けど、向こうはまだ居た。
「何で居るの」
「女子トイレのは、合わせ鏡なんだなぁと思って」
「男子トイレも同じだって、言ってなかった?」
「こっちのは鏡はあっても合わせにはならないんだよ。身だしなみを整えたりもするから、そういった意味で差別化してるのかな」
ていうか、調べてる風なのは何で?
「誰もいなくても、鏡を見たら人は良い表情をしようとする。何でだろうね」
「そうかな。家だったら見るけど、あたしは外では見ないかな」
「へぇ〜。じゃあその距離感を、人にもしてるってわけだ」
「何を言いたいの?」
「友達と喧嘩ではないよね。聞く限りでは、自然消滅?」
何も言ってないはずなのに、当たってるのはどうして。
「あー……図星だった? ごめん」
「クラス離れて、同じアプリも入れて遊んでたけど、段々と飽きてきて話題がなくなったんだよね。気にさわることを言った覚えはないから、喧嘩じゃないとは思うんだけど……接点が急に無くなったから、なんかつまらないなぁって」
そう言い出したら、涙が溢れてきて、流れそうになる。
「別にいいんじゃない? 誰かに良い顔をしたくなるものだし、気を遣いすぎるなんて面倒だし、疎遠だと気づいて急に寂しくもなる」
「なんか、大人だね。あたしが知らないだけか」
泣き笑いにみせて、涙を拭う。
「似てる部分があったから、言ってみた。ほんとうに図星なんだな、なんかごめん」
同じクラスだったのに、本ばっか読んでて変な人の扱いをされていた男子と過ごした放課後。
中学、高校と同じ学校になって、一応スマホで連絡も取れる。周囲がみたら仲が良いんだと思う。友達かと聞かれたら悩む。でもね、気を遣いすぎる相手じゃないんだ。
〝麦わら帽子〟
予告無しに送られてきた、段ボール。後日、母からメールが届く。
ちゃんとバランスよく食ってるよ。でもまぁ、値段高くて、同じ金額払うなら惣菜のでもいいやって感じではあったから。いろいろ気にして送られてくることに甘えと感じながらも、めちゃくちゃ助かる。
食材だけかと思ったら、写真が入っていた。撮影したらその場で現像されるカメラのやつだな。
白いワンピースを着た女の子。頭には麦わら帽子。周囲が田んぼ。どこで誰が撮ったんだよ。
スマホが鳴る。お盆だから会わないか? そういった内容が友人からきた。
駅で待ち合わせをして、そこからなぜか、自然豊かな方面へと行くことになった。
「何を思ってこんな炎天下を歩くはめに……」
「お前さ、中学のときに、かわいい女の子の写真、学校に持ってきたことあっただろ?」
「かわいい女の子?」
「ワンピース着てて、麦わら帽子の」
母が送ってきた段ボール。そこに入っていた写真を思い出す。
「夏休みの宿題だったやつか……よく覚えてるな」
「その女の子に会わせてくれる約束は、忘れた?」
「はぁ? そんな約束したか?」
友人はゲラゲラと笑う。
「ごめんごめん、マジにならないで。その時流行ってたネットの掲示板があるんだ。麦わら帽子を被った女の子が現れるって」
「都市伝説みたいな?」
「つーか、お前が持ってきた写真を見て、夏休み中に行ったんじゃないかって、俺は考えたわけよ」
ネットで噂されていた事柄に当てはまりすぎて、友人は僕が検証したんだとそう考えたわけか。
「お前はその女の子に、変な感じはしなかった?」
「普通に遊んでた記憶しかないかな。あとは宿題を手伝ってくれた事とか」
ひとつ違和感をあげるなら、「夏だけ、限定……みたいなことを言ってたかな」
「それはどういう……?」
「僕の解釈は、この場所に居られるのは夏までで、引っ越しするんだと思ってたから」
「あー、そういうこと」
いろいろ話しているうちに、目的地へとついた。お店兼自宅といった感じだろうか。一番に目についたのはシャッターがついてる建物、それからガラスの引き戸がついてる瓦の建物。
「勝手に入ったら不法侵入だよなー」
「自然崩壊しかかってるから、住んでないのは確実だけど、不法侵入だな」
友人と同じことを言い、開いてる部分から少し中を覗き込んだ。
「あれ、畳のところにあるやつ、麦わら帽子?」
友人が指差すところ、比較的きれいめに思えるのは……どうして。
すると隣からカシャッと音がした。友人は麦わら帽子を撮ったようだ。
「後日、なんか変化あったらヤバいな」
今日って心霊撮るために来てたの?
お盆休みが残り二日、友人から写真付きでメールがきていた。
麦わら帽子の近くに、白いモヤ……あの時一緒に過ごした女の子は……。
〝お祭り〟
久しぶりに帰ってきた。車がないから居ないのかと思いながらも、玄関の引き戸へ手を掛けて開くことに、「田舎ヤバいな」と男は顔が引きつった。
小さい集落。どこへ行っても知ってる顔と、知られてしまってる歳。密な人間関係が嫌になり、就職をきっかけに都会へ行った。家に鍵をかけないなんてあり得ない。
車の音がして玄関へ行ってみると、祖母だった。と後ろから福祉の職員だと思われる男性。
「こんにちは」
少し怪しまれながら挨拶される。
「祖母がいつもお世話になってます」
「あー、お孫さん! 家族の方がいらっしゃるなら安心です。それじゃ、僕は帰りますね」
それを聞いた祖母は、不安な声を出す。が、慣れているのか福祉の職員は穏やかな口調で仕事をしていた。
不安な声を出したことに、孫なのになぁと虚しくなる。それから、これまで見てきた祖母との思い出とは離れているんだと現実を突きつけられる。
「おかえり。ずいぶんと久しぶりね」
「ばあちゃんも、おかえり」
それぞれ部屋にいたが、帰って来ない母に少し焦ってくる。腹が鳴る。
手軽に食べられるものを探すが、お菓子すら見当たらない。コンビニへ行くにしても、祖母を留守番させて? 近所に少し言っておいたら、気にかけてもらえるだろうか。
外に出てみて、太鼓の音に足を止める。
「今日って、なんかあるの?」
「お祭りだね」
隣に祖母が来ていた。お祭りであれば、何か売られている。ここから遠い距離でもない。
「久しぶりに行ってみる? お祭り」
「あんたが小さい時、ばあちゃんが連れて行ったもんだね。今は、あんたが連れて行ってくれる」
そう言って、祖母はわらった。元々ゆったり話していたように思う。けれどもっと、ゆったり話すようになっていた祖母。気が向いたから帰ってきた。でも帰ってきてよかったと、男は思った。
〝神様が舞い降りてきて、こう言った〟
少年は今日から夏休みだ。午前中は宿題を少しでも進め、午後からは思う存分漫画を描く予定にしている。
お年玉を貯めて、貯めて買ったタブレット。シャープペンシルから、タッチペンに握り変える。
人気作に寄りすぎている作品だが、ネットに投稿するのは高校生になってから、そう両親との約束だから似過ぎていても構わないのだ。
少年は今、描けることが楽しい。
「神様が舞い降りてきて、こう言う!」
「わたくし達の世界を救ってほしいのです!」
「へ?」
突然の声に、少年は顔だけ振り返った。肩と胸元が少し覗く、目のやり場に困る格好をした女性が居た。
「ですから、わたくし達の世界を」
「お姉さん、誰」
変わらず顔だけ向けたまま、少年は聞く。
「これは失礼いたしました」
次に続く女性の台詞は、カタカナが多く読みづらいので割愛される。
「よくわかんないけど、神様ってことでいい?」
「はい! 自己紹介が済みましたので、本題です。わたくし達の世界を」
「それは嫌」
椅子をくるっと回転、少年はまっすぐに神様を見る。
「なぜですか? あなた様は英雄になれるのですよ? ここにわたくしが居るのも、選ばれたからで」
「だって大変そうだし」
「それは……苦労もあるかと思います。しかしですね、魔法や剣を扱えるんですよ! 一度はやってみたいと思いませんか?」
少年はしばし考え、「それは楽しそうではあるよ?」と結論づけた。
「それでは……!」
「けど僕、こことは違う世界へ行きたいほど、疲れてないし」
「疲れてないし……?」
「よくお父さんが読んでるのを見るよ。でも僕は、魔法や剣がいいなぁって思ってるだけで世界を救うとかは無理かな」
「そう、ですか……」
少年は神様を、玄関まで見送った。
「あなた様が成長したら、また来ても……?」
「来ることは別にいいよ。だけどさ、その頃には、神様が救ってほしい世界が終わってそうな気がするけど」
「世界は広いのです。いつでも、あなた様が必要なんですから」
そうして、神様は玄関から元の世界へ帰っていった。
〝私の名前〟
「ねぇ、お母さん。私の名前って」
そう言い出した娘、かりんの声が遠くなっていく感じがした。
それはきっと、自分が幼少期に名前で嫌な思いをして、それを母に言っても聞くどころか笑って流された嫌な記憶になっているから。
かりんもそうなのかと思ったら、最後の辺りを聞き逃した。
「お母さんってば、ねぇ〜」
「ごめん。もう一回言って?」
「私の名前って、どうして、かりんなの?」
洗い終えた食器をすすぎながら、どう答えたものかと頭をひねる。
まずはっきりしないといけないのは、娘が名前で嫌な思いをしたかどうか。
名前でからかわれたなら、泣きながら言うかな。今の時点でかりんからは、純粋な好奇心にも思える。
学校の宿題で聞いてきなさいとか? そうなら、宿題という言葉があってもいいよね。これは違うな。
もう素直に聞くか。「名前で嫌な事とかあった?」
するとかりんは、「どうして? なにもないよ。友達とキラキラネームの話になって、かりんのは普通だねって言われたけど。嫌じゃなかったよ」
もうっ……全て解決したわ!
「かりんが生まれたのは夏で、涼しい名前にしたかったのよ」
心が軽くなって思わず早口で言ってしまい、娘はキョトンとする。深い意味も何もない、さらっとした名付け方。
「友達からね、かりんって響きが可愛いって言われたから、この名前大好き〜」
にこーっと笑い、腰にぎゅうっと抱き着いてくる娘。
私の名前。大人になった今なら、笑い話ができる。けれど当時は泣きながら母に言った。
母と似た状況になった今、泣きながら名前について言われても、ごめんなさいしか言えない気がする。
よっぽどの事がないと、名前を変えるのは難しいと、ネットで見た覚えがある。
笑って流すのも、ひとつの答えかぁ〜。
私の名前は未だ嫌いですけど、抱き着いてくれる娘を見ると、その時の嫌な思いがあったから先手を打てた気もするから、感謝なのかしら。