糸花

Open App

〝神様が舞い降りてきて、こう言った〟

少年は今日から夏休みだ。午前中は宿題を少しでも進め、午後からは思う存分漫画を描く予定にしている。

お年玉を貯めて、貯めて買ったタブレット。シャープペンシルから、タッチペンに握り変える。

人気作に寄りすぎている作品だが、ネットに投稿するのは高校生になってから、そう両親との約束だから似過ぎていても構わないのだ。

少年は今、描けることが楽しい。

「神様が舞い降りてきて、こう言う!」
「わたくし達の世界を救ってほしいのです!」
「へ?」

突然の声に、少年は顔だけ振り返った。肩と胸元が少し覗く、目のやり場に困る格好をした女性が居た。

「ですから、わたくし達の世界を」
「お姉さん、誰」

変わらず顔だけ向けたまま、少年は聞く。

「これは失礼いたしました」

次に続く女性の台詞は、カタカナが多く読みづらいので割愛される。

「よくわかんないけど、神様ってことでいい?」
「はい! 自己紹介が済みましたので、本題です。わたくし達の世界を」
「それは嫌」

椅子をくるっと回転、少年はまっすぐに神様を見る。

「なぜですか? あなた様は英雄になれるのですよ? ここにわたくしが居るのも、選ばれたからで」
「だって大変そうだし」
「それは……苦労もあるかと思います。しかしですね、魔法や剣を扱えるんですよ! 一度はやってみたいと思いませんか?」

少年はしばし考え、「それは楽しそうではあるよ?」と結論づけた。

「それでは……!」
「けど僕、こことは違う世界へ行きたいほど、疲れてないし」
「疲れてないし……?」
「よくお父さんが読んでるのを見るよ。でも僕は、魔法や剣がいいなぁって思ってるだけで世界を救うとかは無理かな」
「そう、ですか……」

少年は神様を、玄関まで見送った。

「あなた様が成長したら、また来ても……?」
「来ることは別にいいよ。だけどさ、その頃には、神様が救ってほしい世界が終わってそうな気がするけど」
「世界は広いのです。いつでも、あなた様が必要なんですから」

そうして、神様は玄関から元の世界へ帰っていった。

7/27/2024, 12:57:10 PM