糸花

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〝私の名前〟

「ねぇ、お母さん。私の名前って」

そう言い出した娘、かりんの声が遠くなっていく感じがした。
それはきっと、自分が幼少期に名前で嫌な思いをして、それを母に言っても聞くどころか笑って流された嫌な記憶になっているから。

かりんもそうなのかと思ったら、最後の辺りを聞き逃した。

「お母さんってば、ねぇ〜」
「ごめん。もう一回言って?」
「私の名前って、どうして、かりんなの?」

洗い終えた食器をすすぎながら、どう答えたものかと頭をひねる。
まずはっきりしないといけないのは、娘が名前で嫌な思いをしたかどうか。
名前でからかわれたなら、泣きながら言うかな。今の時点でかりんからは、純粋な好奇心にも思える。

学校の宿題で聞いてきなさいとか? そうなら、宿題という言葉があってもいいよね。これは違うな。

もう素直に聞くか。「名前で嫌な事とかあった?」

するとかりんは、「どうして? なにもないよ。友達とキラキラネームの話になって、かりんのは普通だねって言われたけど。嫌じゃなかったよ」

もうっ……全て解決したわ!

「かりんが生まれたのは夏で、涼しい名前にしたかったのよ」

心が軽くなって思わず早口で言ってしまい、娘はキョトンとする。深い意味も何もない、さらっとした名付け方。

「友達からね、かりんって響きが可愛いって言われたから、この名前大好き〜」

にこーっと笑い、腰にぎゅうっと抱き着いてくる娘。
私の名前。大人になった今なら、笑い話ができる。けれど当時は泣きながら母に言った。
母と似た状況になった今、泣きながら名前について言われても、ごめんなさいしか言えない気がする。
よっぽどの事がないと、名前を変えるのは難しいと、ネットで見た覚えがある。
笑って流すのも、ひとつの答えかぁ〜。

私の名前は未だ嫌いですけど、抱き着いてくれる娘を見ると、その時の嫌な思いがあったから先手を打てた気もするから、感謝なのかしら。

7/20/2024, 11:45:29 AM