『視線の先には』
俺には幼馴染がいる。同じ進路にしようだとか、そういうのを口にしたことはないのに、同じ高校を受験していた。
「同じ学校だねー」
そう言って笑いかけてくれる、あずさ。
いつもと変わらないやり取りにホッとするのと、肩が重たくなってきて見てみたら中学から一緒のクラスメイトが、あずさを見てる。
「オレも同じなんだよねー! あずさちゃん制服似合いすぎ」
「え、ほんと? うれしいなぁ」
そういやあずさって、異性に対して明らかな反応がないんだよね。好きなタイプ、ないはずは無いよね。女子でもそういう会話、あるだろうし?
時間ぴったりにHRが始まっていたのに、今日はなぜか遅い。
担任が休みなら事前に言うとか、他の先生来るとか何かないのかな。
教室内がダラっとなりかけた時、ドアが開く。
「遅れてごめんな。以前から先生同士での話は進んでいたんだけど、今日は転校生が来てるんだ」
教室内が一瞬ざわっとした。リアクションをしていたのは主に女子。転校生のやつ、かっこいいもんな。
「みんなに一言、どうかな」
そう担任が言ってみても、転校生は黙ってる。前列に座っていた女子が、なんか、「挨拶がんばって」好きオーラ全開で言っていた。
転校生は口を開いたけど、また閉じる。口を覆う形で右手が動く。息するのにそんな肩動く? これ……ヤバいんじゃ。
「一回廊下に出ようか。言ったこと、一生懸命考えてくれたんだな。ありがとう」
大丈夫かあいつ。
「転校生、だいじょうぶかな?」
「めちゃくちゃ緊張してたな」
コソコソ話するように、あずさは言ってきた。体調不良を気遣わないのは最低よな。本当は見てほしくない。
あずさに返事をして見えた、空席。
「ここ空いてるんだよね。座るのかな」
そう言った表情は、期待してるようで、次は優しい目をした。
転校初日はそのまま帰ったという。でも次の日からは毎日学校に来た。
席はあずさの隣だ。俺からも様子は見えた。
ずっと緊張してるのか、内気な性格か。用事以外はクラスメイトと話してるのを見ない。クラスのやつも初日の印象から抵抗があるように思えた。
「あっ、わたしも同じプリント持ってるよー。職員室行くし、預かろうか?」
「行かなきゃ覚えないし、いい」
気遣ってくれてるんだから、お礼くらい言えよ。
「だったら一緒に行こうよ。本音を言うと、わたし職員室苦手なんだ。この学校、男の先生の割合多くてさ」
口元に手を持っていき、コソコソ話をする仕草。この時あずさは相手の耳まで近づいては無い。
だからコソコソ話の意味は無いって思ってた。けど転校生とのやり取りで、聞こえにくいからこそ、相手があずさに近づかないといけなくて。
今までなんとなく見てた光景だったのに、いろいろ分かってきたら嫌になる。
職員室にプリントを持っていっただけ。どうしても気になって、あずさに嘘をついた。
「教科書忘れたかも。悪い、見せて」
「珍しいねー。机もつける?」
「だな、教科書安定するし」
ぶつかる転校生の視線。なんでこんなにイラついてるんだ俺は。
初日の印象から、ガンガン話しかけに行くやつはいない。用事があるようなら聞くし、話もする。それは男だけで女子は違った。
弱そうなやつの、何がいいんだよ。
「うそー、消しゴムない」
自分の筆箱で見つけるより早く、あいつの声がきた。
「使って。持って帰っても大丈夫だから」
「ありがとう。でも借りとくだけにする」
視線の先には……。
『私だけ』
転職して、仕事の工程を教えてくれる人が、私より年下になった。
食堂と言われている場所は、折りたたみテーブルに、パイプ椅子。自動販売機に、段ボールいっぱいにペットボトルのお茶。
ホワイトボードに張り出されている予約という紙には、お弁当が要るかどうかを書くみたい。
「さとみさん、持ってきてるんですね。かっこいいなぁ」
「かっこいいかなー……?」
「弁当作るのに、逆算しなきゃいけない。早く起きたり、ある程度は下ごしらえしたり、大変じゃないですか? 出来るの、かっこいいです」
あー、なるほど。まぁ、そうね。スマートにできればかっこいい。
わたしの手元を絶賛してくれる彼のほうはというと、予約しておいた弁当があった。
お腹はいっぱいになるだろう。ただ野菜が少ないから偏っちゃうね。
「彩りにどう? なんて言ったらうるさいか」
母親ともいえる年齢差。瓶の蓋を開けて、彼の手元へ差し出す。
「この瓶って、ジャムが入ってたやつだったりしますか?」
「小さいタッパーを買うのも考えたけどね。使わないなら、邪魔になるだけだし」
スティックにしたきゅうり、真っ赤なミニトマト。彼はひとつずつ食べた。
昼の時間が合えば、世話焼きをして、彼もそれを受け入れてくれる。楽しい時間になっていった。
「さとみさん、作ってみました。どうですか?」
彼の手元にはタッパーがあった。中身はおにぎり、それから卵焼き。
「お弁当じゃないんだね。お腹いっぱいになる?」
いつもの量に比べたら絶対に少ない。
「さとみさんと一緒に昼を過ごしてたら、作りたくなって。バランスよくは出来ませんでした」
いさぎよいな。
「さとみさんに、卵焼き、食べてほしくて」
彼にとって初めての料理かは知らないけれど、私に食べてほしいと言ってきた。
焼き加減が丁度よくて、私だったら塩をもう少し入れるかな。
「丁寧な味、美味しい」
「マジですか、やった」
私、野菜しか出してこなかったのに。いいのかな。ていうか、このやり取りって、私だけだったりする?
『遠い日の記憶』
「あの頃はさ〜……」と語りだす、先輩の遠い日の記憶。
やりがいを感じたのは、入社してからいつまでですか。
『終わりにしよう』
テレビの音量は18にしてあり、他に聴こえる音は、子どもがままごと遊びをしているおもちゃが当たる音だけだったはずなんだ。
「終わりにしよう」
ままごと遊び、飽きたのかな。姉ちゃんとその友達の子どもを、美容院へ行ってくる間見ててほしいと頼まれて、今は俺を含め家には3人。
長い間付き合ってきたのに、突然の別れ。そんな声が聴こえたように感じて思わず子ども2人の様子をチラ見してしまった。
2人の手は動き続ける。
飽きてはいないらしい。
「どうして? 好きな人ができた?」
いや、やっぱりカップルの別れ話!
「好きな人ができたのは、そっちじゃないの?」
「なんでそんなこと言うの?」
「オレといても楽しくなさそう」
「仕事で忙しいのかもって思って、いろいろ話すのがまんしてるんだから」
「ほんとにそれだけ?」
「それだけよ。あたしユウくんのこと好きよ」
「オレも、カナちゃんが好き」
ままごと遊びの設定とはいえ、本名で呼び合うのって恥ずかしくない? リアル過ぎて見てられない。
『優越感、劣等感』
小学生の頃は、興味で話しかけていた。というより、わたしより話せない子がいることに、興味がわいていた。
何十年越しだろうね。流すように見ていたネットで気になる記事に目が止まった。
緊張で上手く話せないし、笑うことも難しい? もしかしたらって、記憶の中の女の子と、症状が重なっていった。
だけど、記憶の中の女の子は顔を真っ赤にしながらも、笑っていた。大人しい、控えめであったけど、リアクションは悪くなかった。イジられキャラとして成り立っていたのが救いだろうと、今なら思う。
大人しい、控えめ。そういうのは、わたしにもあったから、本当は話せるんじゃないの? そう思ってたから、興味がなくなったら話しかけるのを、やめた。
他者から見て、はっきりとした嫌がらせにはいかないものの、周囲の目が気になって話すのをやめたこと。
中途半端なこと、したな。