『目が覚めると』
無理に起きることなく、自然に目が覚めた。たぶん、アラームも鳴ってない。
スマホ、画面に表示されたロックを解除して、まだまだ早い時間帯に少し驚いた。
暑くなってきて寝苦しいのもあるかもしれないけど、仕事の疲れだ、そうすぐに思った。
一時期、ひきこもった。
感情のコントロールが難しくなった。
自分はどうしてこんなにも出来ないのかと責め続けた。
自分が壊れたことによる、日々が来る中で感じる、ちょっとした変化。
でもそれは、長期で見ると、充分すぎる変化だ。
疲れ、ストレスによる、浅い眠り。憶えてはないけど夢を見た。
仕事が一段落すると、夢は見なくなるから不思議だ。
壊れないほうがいいに決まってる。だけど、限界というか、脆いんだと。無理をしないようにそう考える瞬間が増えていく。
これ以上は壊れる、自分のなかで警告があったりもする。
どんなに自分を大切にと思っていても、少しの無理は要るんだよね〜。
再度目が覚めて、時間はアラームが鳴った頃。これ以上は遅刻する、気合いを入れて起きた次は、今日の最高気温と服装の熟考。
『日常』
これまでも食料品、日用品を買うのに来てるスーパーですが、あなたと来るのは初めてになりますね。
どちらがカゴを持つかで、一瞬、間ができた。
今晩は何にしますか? 頭に浮かんだそれは、台詞みたいだった。
ぎこちないまま、買い物は終わった。
そのまま、三件ほど過ぎたところにあるケーキ屋へ立ち寄る。扉を開けて、続けて入って来ないあなたに、ハッとしました。
「すみません……買い物の帰り道にあるんで、妻と食後のデザートねって買って帰ってたんです」
「謝らないでください。奥様の好きなケーキはどれですか?」
バケツをひっくり返した雨、もう少し迎えに行くのが早かったら、事故を避けられたかもしれないのに。
雨が降ると、あの時の場所へ行き、手を合わせた。
ずぶ濡れの、おかしな私に、傘をさしてくれたのは今隣にいるあなたでした。
「奥様から託されたんですかね? 夫を支えてほしいって」
「慣れるまで、相当かかそうです。すみません……」
「あたしと二人の生活って考えなくて大丈夫ですから〜」
妻は物静かな人でした。なんにでも笑っていましたが、あなた自身が嬉しいことを私はしたかった。
ケーキを買うなんて子どもみたいな扱いだろうか、そう思いながらも買って帰った。
どこのケーキ屋さんか、そこから静かではありましたが、会話は続き、いつからか日常になった。
あなたも、妻と同じでなんにでも笑う。
ひとつ違うなら、よく喋る人だ。
あなた自身が嬉しいことはなんでしょうか。
いつか日常になればと考えてますので、今後もよろしくお願い致します。
『好きな色』
通信環境が整い、友達のアバターがゲーム画面に現れる。
「おぉ〜、今回は水色だ。なぁなぁ、好きな色ってある?」
あまり自分を語らない友達に、思いきって質問したことが好きな色についてって小学生かよ。
「……考えたことない」
聞かれたことに対しての驚きか、目が合った。少し考えたっぽい? それから、ぽつっと言った。
「俺はさ、赤! このシューズとか、赤のラインがかっけぇって思って買った」
「……へぇ」
「逆にさ、嫌いな色は?」
「目立つ色?」
答えんの早っ! 思いつきで言っていた会話は、ゲーム用語を交えた会話へと移る。制限時間があるから余計なこと、無駄なことはできない。
「ごめん! 体力尽きた」
「いいよ。装備ミスったから変更してくる」
装備の選択ミスなんて珍しい。改めて合流すると、目立つ色の装備になっていた。
俺の好きな赤色だけど、「目立つ色、嫌いって言ってたよな?」
「……剣のデザイン、かっこいいから。それと一式揃えないと効果が発動しなくて。色に濃さとか、淡さがあればよかったのに、それが無いからただ々目立つんだよね」
急によく喋る。自分を語ってくれたかも?
『相合傘』
しとしと、降り続く雨。それと、傘。その二つの事柄はいつも、あいつとの思い出に繋がる。
幼稚園のとき、あいつはいつも傘を忘れる。親は持たせようと必死だったのを覚えてる。どんなに濡れても風邪をひかないんだから、すごいよねってなぜか盛り上がった。
小学生のとき、小雨のときは傘を持ってこないあいつ。よく走って帰ってるのを見た。
中学と高校は自転車だったから、傘を必要としなくなった。
ちいさい頃は、小さい傘に二人で入って帰ってたね。
小学生になると、黒板に相合傘を描くのが流行ってて、注目されるのを避けるためにお互い何も言わなかったね。
中学では話すのにきっかけを探してたんだよねー。あいつはどう考えてたのか知らないけどさ。
降り続く雨、空を見て立ち尽くす人がいた。傘を忘れたのかもしれないね。
「あれ、ここで何してんの」
「おー、久しぶり。傘、車にあってさ。急に降ってきたじゃん?」
「梅雨なのに。折りたたみ傘くらい持っときなよ。走って車まで行けば?」
「この年齢になって、それはアホすぎるだろ」
あたしの手から傘を取ったと思ったら、「近くまで入れて。どこのコインパーキングに停めた?」
「この建物の裏」
「まじか、同じだわ」
いつ振りだろう。相合傘っていうのを気にしてるのは、あたしだけか。
『初恋の日』
無口な子と付き合うことになってしまった。
ここだけの話、クラスのやつと遊んでて、その罰ゲーム。ノリで告って来いよってやつ。
成功してしまったら、真剣に付き合うよ。クラスのやつにもはっきり言う。
展開的には、フラれるほうがよかったけど。
好きです、付き合ってくださいと言ったあとは、頷いたんだ。OKってこと? そう聞いたら、また頷いた。
付き合えてしまったから、一緒に帰る? 一応聞いた。相手の教室前まで行って、出てくるのを待つ。
なかなか出て来ないから、驚かさないように近づいた。
手帳、スケジュール帳か。かわいい字が見えた。初恋の日なんていう可愛すぎる日があった。
付き合ったらいろんな記念日があると思う。それについて俺は、めんどうだと思ってた。たくさんあると覚えられないし。
つーか、初恋ってことはさ、俺がはじめての彼氏という……?
俺に気づいたきみは、スケジュール帳を隠す。
「み、みた……?」
「かわいい記念日。なにする?」
「で、デート?」
「よし、行こうか」
絶対、幸せにする。