桜のように、儚くなれたらと思う。
「なんで?」
「そうすれば、みんな、大切にしてくれるから」
貴方の目も見ずに、私は桜を見上げながら言った。
1年の短いうちしか咲かない桜は、咲いている姿も、散っていく姿も美しい、と思う。
でもそれは、この桜の人生は短いものだと、儚いものだと知っているから。
「貴方の言う皆が、貴方を大切にしなくても、私が貴方を大切にする」
私は貴方の顔を、見つめた。
貴方の顔は、声は、言葉は、こんなにも、頼もしくて、凛々しいのに。
桜のように、美しいのに。
「それじゃ、駄目かな?」
なんで私は、こんなに弱いんだろう。
桜のように、儚くなりたかったのに、桜は私の想像以上に強くて、頼もしくて。
「駄目なわけ、ない」
私の顔は、声は、言葉は、頼りなくて、臆病で。
そんな私の目から流れ出る涙を、私の口から溢れ落ちる言葉を、今まで何度も、貴方は優しく拾い上げてくれた。
「貴方みたいな、桜になりたい」
咲いている姿も、散っていく姿も美しい。
そんな桜に、なりたい。
空に向かって、呟いてみる。
「空の向こうには、どんな世界が広がってるのかな」
まだ、自分のいる世界すらまともに知らなかったあの頃の私は、たくさんの妄想を描いていた。
空の上には、ユニコーンやドラゴンみたいな珍獣がいて、争い事は一切なく、みんなで楽しく鬼ごっこをしたり、昼寝をしたり、歌を歌ったり……
そんな世界を、想像していた。
今の私は、どうだろうか。
「こんな世界よりも、幸せな場所だったらいいな」
争い事がない、優しい世界。
具体的にどんな世界かなんて分からない。
もう、考えられない。
行ってみれば、分かるでしょう。
記憶は時に、栄養となり、毒となる。
「寝る前に嫌なことがフラッシュバックするのは、なんなんだろうね」
「多分、その時傷ついた部分が、後になって痛みとしてやってきてるんじゃない?」
「時差が発生してるのね」
「ただの憶測だけれどね」
「もう、嫌な事なんか忘れて、嬉しかったことだけ覚えていたいな」
「多分、嫌な記憶も、量を間違えなければ栄養になるんだと思うの。致死量を摂取してしまったら、体中に毒が回ってしまうけれど」
「その一つ一つが、猛毒性が高かったら?」
「その人の耐性によるけれど、ほとんどの人は、毒にやられてしまうかもね」
記憶という毒は、表に現れず、ゆっくりと体を蝕んでいく。
「いた」
大きな町の真ん中にあるのに、知ってる人はほぼ居ないこの公園に、貴方はただ1人、ベンチの上で蹲っていた。
私はゆっくり、貴方の横に座った。もう3月とはいえ、まだ肌寒くベンチはひんやりと冷たい。
「……ずっと探していたの?」
まだ目に涙を貯めている貴方は、掠れた声でそう言った。
「ううん、ここだって、すぐ分かった」
「嘘つき。めっちゃ息荒れてる」
不機嫌そうに貴方は言う。
「私、体力ないし」
「嘘つき。クラスの誰よりも体力ある癖に」
「貴方のことを考えたら、心配だった」
「……嘘つき」
少し、笑った。
これだけは、嘘じゃないことも、きっと貴方なら分かってくれている。
いつも隠してしまう、貴方の弱い所を、私は探し出してしまった。
でも、弱い貴方も、私には美しく見えた。
貴方を探して、良かった。
「あ、お邪魔してるよ」
学校の裏山にある、大きな木の中で、貴方は色んなお菓子を頬張っていた。
小さい頃、貴方と面白半分で作った秘密基地。下にひいてある毛布もボロボロで、色んなところに貼っつけてある折り紙は、もうほとんどどこかへ消えてしまっていた。
それなのに、私たちはこうやって定期的にここにくる。
親に怒られた時、部活で思い通りにいかない時、勉強のストレスでどうにかなっちゃいそうな時。
「どうしたの?この時間に来るなんて、珍しいね」
「貴方もね」
「私は勉強が嫌で逃げ出してきただけ〜。もう、毎日毎日、結果も出ないのに頑張ってるのが馬鹿らしくなってさ」
「この前、模試だったもんね。結果は?」
「むしろ下がる一方でさ。先生も親も、もう期待してないみたい」
寂しそうにそういう貴方を横目に、私は床に広がってるお菓子に手をつけた。
「で、貴方は?」
私は、お菓子を取る手を止めた。
「うーん、色々」
「色々か。部活も勉強も忙しいもんね」
「それもあるんだけど、多分、違う」
「えぇー?じゃあなに?」
「今更になって、昔の傷が痛くなってきた」
「あら、まぁ手当の仕方なんて昔の頃は分からないもの。しょうがないよ」
「そうなのかな」
「そんな時は、しっかり栄養とるのが一番!ほらほら、まだまだお菓子は沢山あるよ!」
明るくそういう貴方には、到底悩みがあるとは思えなかった。けれど、きっと、貴方の背中には沢山の矢が刺さっているのかもしれない。
この秘密の場所は、少しだけ痛さを忘れられる、大切な場所なんです。