化粧に興味がなかった私を、外に引っ張りだしたのは貴方だった。
「ねぇ、この口紅似合うんじゃない?」
「こんな色が濃いの、私に似合うかな」
「そんなに濃くないよ。これ、結構色控えめなんだよ。試しにつけてみようよ」
「えー、でも」
「定員さーん!試し塗りしたいんですけど!」
私の意見などお構い無しに、貴方は私の似合う色を沢山勧めてきた。
私は戸惑って、結局最初に勧められた口紅だけを買った。
今は社会人になって、最低限の化粧だけはするようになったけれど、貴方が選んでくれた口紅だけは、私の記憶にこびり付いて、離れなかった。
結局、今日新しいものを買おうと思って手にしたのは、貴方があの時選んでくれた口紅だった。
記憶のランタン……記憶を残せるランタンなのかな?
そういうランタンがあったら、どんな記憶を残そうかな。
初めて雪に触れた、あの日。
私の書いた物語が同級生に面白いと言われた、あの日。
初めて音楽を聞いて泣いた、あの日。
どれもこれも、私が生きた証。
私がこの現代に生きた証を、ランタンの中に閉じ込めておけるなら、どんなに嬉しいだろう。
こんなちっぽけな人間が死んだって、誰も悲しまないし、喜びもしない。
でも、ランタンを通して、私という人間を、生き方を知って貰えるなら、そんな寂しさもきっと無くなると思うから。
まぁきっと、そんなランタンはこの世にないだろうから、私は小説を書いて、生きた証を残していく。
身の丈に合わない、ピカピカなティーカップ。
まるで、おとぎ話で出てくるお姫様が使うような、高級そうな、ティーカップ。
心がくすんでしまった私だって、幼少期の頃はこういう純粋なものに憧れていた。
私だって、お姫様になれると、可愛いあ女の子になれるって、密かに思ってた。
それでいて、かっこいい男の人に一目惚れされて、そのままハッピーエンドに……。
そう、可愛くて綺麗なお姫様は、ハッピーエンドがお似合い。
くすんで小汚い私には、そんなものは似合わない。
そっと、ティーカップを食器棚の中にしまった。
まだ、引っ張り出すには早かったみたい。
親に叱られて、渋々部屋の掃除をしていた時、長い間開けていなかった机の引き出しに、1冊の本のようなものがしまわれていた。
題名は「秘密の標本」
開いてみると、長年会っていなかった友達の写真が沢山保存されていた。
一つ一つの写真の下には、一言文章が書かれてある。
雪だるまを作っている姿の写真には「貴方は冬が好き」
勉強している姿の写真には「貴方は数学が好き」
本を読んでいる姿の写真には「最近読書にハマってる」
私は写真を撮るのが好きだった。そんな私に、貴方はいつか私をモデルにしてと毎日のように頼まれていた日々を思い出した。
隠れて写真を撮るのは悪趣味だったかもしれないけれど、それでも貴方のことを何があっても忘れたくなくて、標本を作って机の奥底にしまっておいたのだ。
今見ても、貴方は愛おしいと、心から思う。
どうしても疲れてしまって、何に対してやる気が起きない時。
心が動かない時。
人の優しさが、たまに蛆がわいた心を癒してくれるときがあります。
優しさって、どんな些細なものでもいいんです。
コンビニの定員さんに「ありがとうございました」と言われたり
友人が「最近どう?」と声をかけてくれたり
何気ない一言でも、その言葉が誰かを救ってるのかもしれません。
案外、ちょっと気にしてみると、優しさに気づくこともあります。
気にすることも、ままならないときもありますが。
そんな時に、自分で自分に「おもてなし」をするんです。
これも些細なものでいいんです。
毎日頑張っていたことを、ちょっとだけ手を抜いてみたり
自分の好きな食べ物を買ってみたり
それだけで、心は自然と温かくなります。
温かくなったからと言って、また動けるかは別ですが、少しでも安心して眠れるように、明日を迎えるために、体と心を温めるのは自分にとって「おもてなし」になったりします。