木陰の下、蝉たちが奏でる耳障りな歌に耳を傾けていた、あの日。
「ほんと、暑いね」
「暑いし、うるさいし、夏っていい事ない」
「夏は、アイスが美味しくなるよ」
「うーん、一理ある」
暑さでお互い頭がやられてて、会話も成立しているか分かってない。でも、こんな平和ボケな会話ができるのは、お互い今年の山を超えた小休憩の時期だったから。
「ね、アイスでも食べようよ」
「ここら辺、コンビニあったかな?」
「ちょっと歩くけど、大した距離じゃないよ。いいでしょ?」
この時断っておけば、貴方は今でも私の隣にいるのだろうか。
「いいよ」
私の返事に貴方は、まるで夏休みに旅行に行くことが決まった子供のように喜んだ。
あなたは一目散に木陰から出て、太陽に照らされながら私に手招きをした。
私も木陰から出ようとした時、木陰が優しく揺れた。
揺れる木陰の下、私はなんの根拠のない不安感に襲われた。
でも、アイスの誘惑と、貴方の笑顔で手招きをする姿に一目散に飛びつきたくて、私は揺れる木陰から身を離してしまった。
真昼、やけに重だるい体を起こす気になれなくて、また目を閉じていたら、いつの間にか夢の世界に入り込んでいた。
でも、その世界が夢だとすぐに分かったのは、貴方がいたから。
「お昼ご飯食べたあと、すぐ横になったら、牛になっちゃうんだよ」
「なるわけないでしょ。それに、人間を辞めれるなら本望」
「もう、貴方はいつだってそういう人なんだから」
冗談が通じない、ひねくれてる性格だって、言いたいのだろうか。実際、貴方からも周りからも、ずっとそう言われ続けてきたから。
「ねぇ、外で遊ぼうよ。外の世界は楽しいよ」
もう社会人にもなった大人が、そういうだなんて。でも貴方ならきっと、大人になってもこんな子供っぽい発言をするのだろう。
外の世界なんて、貴方の居ない世界なんて、楽しくないのに。
そこで、夢は途切れてしまった。貴方の声が、まだ耳の近くで聞こえてくる気がするのに、実際に聞こえてくるのはエアコンの音と、外でなってる風鈴の音だけ。
そうだ、あの日も、こんな風に風鈴がなっていた。
貴方が別の世界へ旅立ったあの瞬間、私は真昼の夢へ旅立っていた。
それを知った日から、真昼の夢を見るのが、私の日課になった。
今日は七夕、らしい。
「そんなこと、すっかり忘れてた」
スーパーのお絵描きコーナーには、色とりどりの短冊やペンが用意されていて、大きな笹も立派に立ててある。
「願い事書かないの?」
「思いつかないから、いい」
そう言った後、自分の発言が少し冷たくなってしまったことを後悔した。
「じゃあ、貴方に願い事が沢山舞い込んできますように、って書こうかな私は」
「そんなの、いいよ別に。自分の願い事でも書いとけばいいのに」
「だって、願い事がないと、世界が無彩色に見えてしまうでしょ。そんなのきっと、つまらないわ」
「貴方がいるから、毎日楽しいのに」
「なにそれ、ちょっと嬉しいかも。じゃあ私が居なくても楽しめるように、貴方の幸せを願っとかないとね」
私はその発言に少し、ムッとした。
貴方がいない世界なんていらない。
貴方が短冊に願いを書き終わったあとに、トイレに行ったのを見計らって、私は短冊に願いごとを書いて、いちばん見えにくいところに願い事を吊るした。
『貴方のいない世界がつまらない世界でありますように』
私は、雨が嫌い。
「今まさに降ってるけど」
「だから今日は、外出るの諦めたの」
「言い訳ばかりして」
「違うよ。雨の独特な匂いとか、傘をささないといけないところとか、ジメジメするところとか、ほんと、嫌い」
今日は貴方と久しぶりに、ショッピングをしようと思っていたのに、運悪く雨が降ってしまって、仕方なく私の家で何もせずぼーっとしていたのだ。パラパラと無慈悲に降る雨は、私の沈みきった心をさらに叩きつけるようだった。
雨の日は、なんとなく体もだるいし、いいことなんてひとつも無い。
「雨なんて、無くなればいいのに」
「そう?雨があるから、こうやってゆっくりできる日があるんじゃない」
「そんなの、天気がいい日でもできるし。天気がいい方が、日向ぼっこもできて、穏やかに過ごせるし」
「でも、雨上がりの空は、とても綺麗よ。運が良ければ、虹がかかってる事もあるし」
でも……と何か言いかけた時、窓から聞こえてきた雨の降る音が、止んでいることに気がついた。
カーテンを開けると、雨が止んで、代わりに日差しが降り注いでいた。住宅地が綺麗な黄色に染められて、その真上には、アーチ状の虹がかかっていた。
「ほら、今はまだ午後の2時。ね、いいこと沢山でしょ」
といいながら、貴方は楽しそうに荷物をまとめて、私にほほ笑みかけた。
「そうだね」
雨の日も、案外悪くないかも。と思いながら、私も出かける準備を始めた。
今日の私は、昨日の私と違う。
昨日より、早く起きれたり。
昨日より、体重が増えてたり。
昨日より、歩く速度が速かったり。
どんなに些細なことでも、昨日と同じ自分、なんてことはありえない。
日々、体と心が変化して、知らない間に自分自身を傷つけていたことに気づける。
自分の些細な変化に気づいて、優しくしてあげれば、きっと他人の些細な傷にも、気付けることが出来る。