「いた」
大きな町の真ん中にあるのに、知ってる人はほぼ居ないこの公園に、貴方はただ1人、ベンチの上で蹲っていた。
私はゆっくり、貴方の横に座った。もう3月とはいえ、まだ肌寒くベンチはひんやりと冷たい。
「……ずっと探していたの?」
まだ目に涙を貯めている貴方は、掠れた声でそう言った。
「ううん、ここだって、すぐ分かった」
「嘘つき。めっちゃ息荒れてる」
不機嫌そうに貴方は言う。
「私、体力ないし」
「嘘つき。クラスの誰よりも体力ある癖に」
「貴方のことを考えたら、心配だった」
「……嘘つき」
少し、笑った。
これだけは、嘘じゃないことも、きっと貴方なら分かってくれている。
いつも隠してしまう、貴方の弱い所を、私は探し出してしまった。
でも、弱い貴方も、私には美しく見えた。
貴方を探して、良かった。
「あ、お邪魔してるよ」
学校の裏山にある、大きな木の中で、貴方は色んなお菓子を頬張っていた。
小さい頃、貴方と面白半分で作った秘密基地。下にひいてある毛布もボロボロで、色んなところに貼っつけてある折り紙は、もうほとんどどこかへ消えてしまっていた。
それなのに、私たちはこうやって定期的にここにくる。
親に怒られた時、部活で思い通りにいかない時、勉強のストレスでどうにかなっちゃいそうな時。
「どうしたの?この時間に来るなんて、珍しいね」
「貴方もね」
「私は勉強が嫌で逃げ出してきただけ〜。もう、毎日毎日、結果も出ないのに頑張ってるのが馬鹿らしくなってさ」
「この前、模試だったもんね。結果は?」
「むしろ下がる一方でさ。先生も親も、もう期待してないみたい」
寂しそうにそういう貴方を横目に、私は床に広がってるお菓子に手をつけた。
「で、貴方は?」
私は、お菓子を取る手を止めた。
「うーん、色々」
「色々か。部活も勉強も忙しいもんね」
「それもあるんだけど、多分、違う」
「えぇー?じゃあなに?」
「今更になって、昔の傷が痛くなってきた」
「あら、まぁ手当の仕方なんて昔の頃は分からないもの。しょうがないよ」
「そうなのかな」
「そんな時は、しっかり栄養とるのが一番!ほらほら、まだまだお菓子は沢山あるよ!」
明るくそういう貴方には、到底悩みがあるとは思えなかった。けれど、きっと、貴方の背中には沢山の矢が刺さっているのかもしれない。
この秘密の場所は、少しだけ痛さを忘れられる、大切な場所なんです。
何の変哲もない、貴方とただ過ごす放課後。
教室で一緒に勉強をしていると、どこからか変に美しすぎるような、そんな歌声が聞こえてきた。
「そういえば、合唱部ね、コンクール結構いい結果出したみたいだよ」
「へぇ」
だからか、どこか張り切りすぎているようにも聞こえる歌声は、それでも青春を過ごすためのBGMにするにはちょうどよかった。
「私も、あんな風に歌ってみたいな」
「いいじゃない。歌ったら?」
「いいの?じゃあ、遠慮なく」
ラララ……と貴方は優しく歌い出す。
なんて言う歌なのか聞きたかったけれど、歌っている貴方の顔を見たら、邪魔をしちゃいけないと思って、勉強を再開させた。
知らない歌なのに、さりげなくハモってみる。
貴方の美しい歌声と、私の自分勝手な歌声。
あぁそうか、貴方がクラリネットで、私はサックス。
辞めてしまっても鮮明に、あの時の音色が思い出される。
ラララ……どこか、クラリネットの音がした。
風は、色んなものを運んでくれる。
枯葉も、木の枝も、運命的な出会いも、ちょっとした幸せも。
だから、私たちにとって、嵐のような強い風が吹き荒れる時期は、不安で、怖いものかもしれない。
でも、そんな時期を乗り越えた時、ふと周りを見渡すと、私たちには到底動かせなかった重いものが、気がつけば遠くへとばされているかもしれない。
身も心も軽くなった私たちはまた、どこへでも飛ぶことが出来る。
今度は、穏やかな風に乗って、私たちが運ばれる。
雨上がり。2人で初めて学校をサボって、塾も休んで、ただ時間を忘れて遊ぼうと思ってた今日。
生憎の雨だったから、行きつけの図書館で本を読んで過ごしていたら、雨がいつの間にかやんでいた。
そして外に出ると、貴方はあっと声をあげた。
「ねぇ見て、虹」
「ほんとだ」
優等生を辞めた私たちに似合わない、七色の虹。
今まで見た虹の中で、いちばん綺麗に見えた。
「これは、神様からのプレゼントだ」
「こんな、出来損ないに?」
「神様は優しいから、こんな私たちにも幸せをくれるんだよ。だから、自分を封じこめて優等生を演じるよりも、自分の好きなことをやった方が、こういう神様からの些細なプレゼントに気づいたりするの」
だから、と貴方は私の方を見た。
夕暮れと被って、より眩しく感じる笑顔だった。
「これは、優等生を辞めた私たちへのプレゼントなんだよ!」