「なんだか、貴方が遠くの空へ行ってしまったみたい」
「別の県に移っただけだよ」
「だって、しばらくまた連絡取れないんでしょ?」
警察学校に入学した貴方。寮生活で、しばらく連絡が取れないらしい。
高校三年生の頃から、貴方が警察を目指していたことは知っていた。でも、いざこうやってバラバラになってしまった時、どうしようもない寂しさに襲われた。
「貴方は貴方で、大学生活楽しんでよ」
「ん、楽しめるかな」
「楽しめるでしょ。羨ましいよ、少し」
「大学、行きたかったの?」
「本当はね。でもこんな頭じゃあ、ね」
私からしたら、夢に一直線な貴方なら、大学だってきっと行けただろうと思う。私みたいな中途半端で優柔不断な人間には、もったいない場所だと思う。
「ごめん、そろそろ切るね」
「うん。頑張ってね」
「貴方こそ」
電話が切れた。虚しさで胸がいっぱいになって、ベッドに横たわる。
窓を見る。綺麗な夜空が広がっていた。遠くの空へ行ったとしても、きっと貴方も、同じ空を見上げているのだろう。
「それなら怖くないかも」
不安になったら、貴方と一緒にこの夜空をまた、見上げようと思った。
友達、という言葉が嫌いだった。
親友、恋人、という言葉も。
そう名前をつけられた関係性の人達はみな、離れていったから。結局は、傷つけ合って終わった、そんな関係性だったから。
じゃあ、貴方は?
「周りから見れば、友達、だよね」
貴方は、レモンサワーを1口飲みながら呟いた。
「うん。でも、違う」
「えぇ、友達じゃ、ないの?」
「そうじゃないよ。名前をつけられないくらい、特別な関係性なの 」
「物は言いようね」
そんな言い方をされて、私はムッとした。そんな感情を抱く権利なんて、私には無いのだけれど。貴方とは友達じゃない、だなんて言って貴方を傷つけたかもしれないのに、私が被害者ぶったって仕方がないでしょ。
「いい言葉が、出てこないの」
「じゃあいい言葉が出たら教えてよ」
「それまでは、側にいてよ」
「うん」
短い返事。でも、貴方なら、大丈夫な気がした。
「お花見って初めて?」
「うん。そうかも」
「じゃあ私が手取り足取り教えてしんぜよう」
「教わるようなものだっけ、お花見って」
普段のみなれない日本酒を飲んでいるから、貴方はきっと早くも酔ってしまったのだろう。頬の色は、桜、というより梅の花に近いピンクに染まっている。
「まずはね、お花派かお団子派に分かれるんだよ」
「はぁ」
「お花派の人は、桜を眺める。お団子派は今日持ってきたお弁当とかをただ無心に食べる」
「色々初聞きだな……ちなみに貴方はどっち派?」
「断然、桜餅派だね」
「あぁそう。じゃあこのお弁当は私が頂くね」
「ダメだよ!私の好きな卵焼きが入ってるんだから!」
「桜餅派なんだから黙って桜餅でも食べてればいいのに」
私は貴方に、小綺麗な箱に入った桜餅を差し出す。貴方にお花見をすると急に誘われた時、なにか持っていった方がいいだろうと思って近場のスーパーで買ってきた少し高めの桜餅だ。
私は桜餅なんて食べたこと無かったから、味なんて知らないけれど、貴方は喜んで桜餅を頬張った。
「貴方も食べてみたら?桜餅。あ、もしかしてお花派だった?」
「ん、いいや。私はお団子派」
「そこは桜餅派でしょ〜」
「そもそもお餅とか、お団子とか、好きじゃないし」
「全く。じゃあ全部私が食べちゃお〜」
貴方が桜餅を食べている間に、私はお弁当の中身を口に放り込む。桜色のかまぼこ。いつもより、美味しく思えた。
春爛漫の空の下で、私たちはそれぞれお団子を頬張った。
「貴方の書く小説って、恋愛小説みたいだね」
「嬉しくないなぁ」
「どうして?」
「だって、恋愛小説嫌いだし」
「それは、失礼しました」
貴方は少し申し訳なさそうな顔をして、ねぎ塩が乗ったタンを美味しそうに頬張った。
貴方のカバンからはみ出してる、貴方と私がモデルの短編小説集がちらりと見えた。
ようやく、渾身の1冊が完成して、それがテレビでも紹介されるような受賞作にもなった。
出版してくれる会社も見つかって、少しづつ活動が忙しくなってきた時、唯一私の活動をずっと応援してくれていた貴方が、お祝いになにか奢ると言って焼肉に連れていってくれたのだ。
「それにしても、テレビで君の名前が出た時はびっくりしたなぁ。私、最近本屋とか行かないから気づかなかったけど、もう見た瞬間すぐ本屋に駆け込んだもん」
「それは、嬉しいね」
「でしょ」
「貴方って、本そんなに読まないのに、ずっと私の活動応援してくれてたよね」
「別に本は読まないけど、好きではあるからね〜。それに、貴方は絶対成功するって思ってたし」
「小説を投稿するアプリに登録したら、すぐ貴方に特定された時は私もびっくりしたよ」
「ふふん、私、君の作品は全部読んだからね。作風で分かっちゃうの!」
貴方はどこか、誇らしげだった。作品が受賞したとはいえ、まだまだ出版された作品はひとつだけ。貴方に自慢できるほどの何かを、まだ成し遂げた自覚はない。
それでも、これだけは、私も自信を持って言える。
「貴方は、誰よりも、ずっと私を応援してくれてる」
「なぁにを当たり前のことを言ってるのよ」
あっけらかんとしている貴方の顔。これだから、私は自分の夢を諦めきれないのだ。
久しぶりに貴方と遊びに行った時、とあるチェーン店でお昼ご飯を食べようとしていた。
そこは洋食がメインのレストランで、パスタかハンバーグか……何を食べようか胸を踊らせながら選んでいた時だった。
「じゃあ、一旦これ頼もうかな」
と、貴方が指さしたのは、ほうれん草のソテーだった。
いつもの事だったけれど、あまりに貴方と食事をするのが久しぶりだったから、この恒例行事があることをすっかり忘れていた。
「いつもそれ、頼むよね」
「うん。だって美味しいし」
「いつまで食べ続けるつもり?」
「これからも、ずーっと!」
貴方があまりにも無邪気に言うもんだから、私は思わず笑ってしまった。
その後、私も食べたくなって貴方に内緒で2つ頼んだのは、直ぐにバレることになるのだけれど。
メモ : 作者はほうれん草が大好きです。