子供の頃は、一年がもっと長かった気がする。
僕のそんな呟きに、「相対性理論だよ」なんて返すようになった君がつまらない。前までは何でだろうと膝を交えて議論していたのに。
人は少しずつ変わっていくものだし、僕だって変化しているけれど、やっぱり寂しい。
君から見れば、僕も昔の僕とは違っているのだろうか。
爪や髪が伸びるのも変化だけど、それは切りそろえてしまえば元通りになる。考え方はどうしても、前と同じにはならない。
変化を喜べないのは子供だから、とか、何も変化がないのは生物として退化だ、とか。
自分が塗り替えられていく感覚を喜べだなんて、無茶振りだ。
一年前の僕と今の僕と比べて、何か変わっていないか探してしまう。そうして、前の僕の未熟さに気付いて頭を抱える。
無駄なことだ。嫌な気分になるのなら尚更、やめておけばいい。
けれど、どんどん短くなる一年を、自分の変化に気付く為と銘打って振り返らなければ、忘れてしまいそうなのだ。
薄れる記憶を呼び起こして、変化に気付かなければ、また自分が変わっていく気がする。今この瞬間にも、手指の先からじわじわと変わっている錯覚に陥る。
生まれた頃とは細胞も感受性も、何もかもが違うのなら、それは果たして自分と言えるのだろうか?
哲学的な分野になると専門外だ。もう、やめにしよう。
お題『一年後』
私は惚れっぽい方だ。
クラスでかっこいいと言われている子はそれだけで気になるし、プールの監視員のお兄さんにも一目惚れしてしまうくらい。
でも、それが恋かと聞かれると首を傾げる。
付き合えるなら付き合いたいが、どうしても、というわけではない。それに、その人が誰かを好きという噂を聞けば諦める。
その感情はお菓子みたいに目移りするもので、数ヶ月すると別の人を好きになっているのだ。
相手を見初めて、体を貫くような衝撃を、未だ受けたことがない。
相手のことを考えて頭を悩ませる夜を経験したことがない。
思わず吐いてしまうような胸を掻き毟るほどの愛を感じたことがない。
何だか辛そうだなんて楽観的に考えている。
あれは恋の一つ前、どちらかと言うときっと憧れに近いものだと思う。そうすると、私は初恋すらまだと言うことになる。
このままだと、恋をしないで死ぬ可能性も出てきた。
人は恋のみによって生きるわけでも無いが、どうせなら体験してみたい。こういう話を書く時、リアリティも出るだろうし。
どこかに邪悪なくらいの重い愛の持ち主はいないだろうか。私と対局にある存在だ、きっと面白い文が書ける気がする。
お題『初恋の日』
明日世界が終わるなら。
何だか、あのゲームを思い出して笑ってしまった。
でも、きっと何も出来ないんだろうと思う。
絶対に成し遂げたいこともないし、最後もこうやってスマホを見ながら終わるんだろう
どうせ死ぬのに変わりはないし、死ぬための準備もしなくて良くなったし、むしろ感謝するかもしれない。
でも、嫌いなあいつと一緒に死ぬのは何だか嫌だから、少し前に死んでしまおうか。
どうせみんな死ぬのだからと、犯罪も横行するのかもな。警察はそれを止めるだろうか。被害者も、それを止めるだろうか。
どうせ、みんな死んでしまうのに
その日は誰か、働くだろうか
給料も払われないだろうけど、誰も困らない
だって明日にはいないから。
バスも電車も遊園地のアトラクションも
何も動かないのだとしたら、何をして過ごすのだろうか。
車で海へ行く?
最後まで働く人もいるだろうし、そこで何か買って食べるのも良い。
そもそも、世界が終わるなんてどんな状況だろう。
日本という国が終わる、ならまだ考えようもあるが、世界が終わるとなるとちょっと考えようがない
粉々に砕けてしまうのか
ばっかり二つに割れるのか
隕石やら何やらがぶつかってしまうのか
そんなの、中々に貴重な経験になる
太古の人間には考えもつかなかった…ああ、ノストラダムスの予言で身構えていた人もいるかもしれない
そうなると、ノストラダムスは世界滅亡を少し早く言ってしまっただけになるのか
たった一言だけで、こんなにも書いてしまう
私はもしかすると、世界が滅亡するのを待ち望んでいるようだ。
お題『明日世界が終わるなら』
愛は何より綺麗な物で、恋はキラキラしている物。
とにかく、僕のイメージはそんなものだった。今までの彼女だって、話しているだけで心が暖かくなったし、泣いていたら大慌てで慰めた。家族に向けるのとは少し違うけど、やっぱり綺麗なものだった。
君と出逢って初めて、執着に似た愛を感じた。腸がぐつぐつ煮える音を聞いた。
何で僕以外を見て笑ってるんだ
どうして僕は貶されても彼から目が離せないんだろう
その癖、君は僕を見ると嬉しそうに笑うんだ
僕を詰っている時の顔が一番輝いていることに気付いているんだろうか
僕の方が背も高くて力も強いのに、
押さえ付けられたらひとたまりもないのに、
何で彼はこうも高慢そうに振る舞えるんだろう?
そこまで考えてハッとする。
駄目だ、こんな事を考えてはいけない
これが愛と言うつもりはないけれど
それなら一体、
愛じゃないなら何なのだろう
愛は古くなると執着になると言う。
こんな感情、手遅れになる前に捨てておけば良かった。
君に言ったら、「出来ない癖に」と笑われた。
本当に何でもお見通しだ
しかもそれさえ嫌では無いと思っている
ああ本当に、君と出逢ったそのせいで!
お題『君と出逢って』
瞳を閉じる。
何も考えず、ただ聴覚だけを研ぎ澄ます。
そうすると、より鋭敏に、より小さな音まで耳に入れることができる。
だと言うのに、私の部屋は味気ない。
時計の秒針が進む音と、耳を突くような静寂。私が立てる衣擦れも、何の温もりも与えてくれない。
あの人の部屋は賑やかだった。
安い扇風機がバラバラ鳴って、椅子が軋んで音を立てる。窓から入ってくる風で、観葉植物の葉がざわめく。生きている音に溢れている部屋。
うるさいくらいなその部屋が心地よくて、よく入り浸っていた。
けれど、もうあの部屋に入ることはできない。
薄いマットレスも、背表紙が日差しで色褪せた本も、ところどころに染みを作ったカーペットも、全て無くなってしまった。
部屋の主である自分よりも長い間いる私に、苦笑しながらも鍵を掛けないでいたあの人も、もう見ることはできない。
あの部屋だった場所を、私の部屋にした。それなのに、ちっとも温かくはない。
当初は煙草の匂いが染み付いていたのに、今では何の香りもしなくなり、大の大人にはちょっと似合わなかったクリーム色の壁も、塗り替えられて真っ白になっている。
閉じていた瞳を開いて、部屋を見渡した。
必要最低限の家具しかない、殺風景な部屋。耳だか記憶だか、あの人の声が聞こえる。
きっと、温かかったのは音だけではない。けれど、それに気付くには遅すぎた。
ひとまず、植物でも買ってみようか。
あの人の声を、まだ忘れないうちに。
お題『耳を澄ますと』