さく、さく。
雪は音を吸収すると言うのは、どうやら本当らしい。聞こえるのは、靴が雪を踏む音と、前を歩く彼の吐息だけ。どうせまた積もると分かっていても、新雪を踏み汚すのは何だか気が引けて、彼の足跡に重ねるようにして山を登った。
互いを敵と思い憎み合っているわけでは無いが、決して仲が良いとは言えない彼と僕。何なら、彼は僕を見下してさえいる。そんな彼が、ある日僕に助けを求めたのだ。
彼は、物置から大きな袋を引っ張ってきて、「俺が殺した」と一言だけ言った。袋の中身を、僕は確かめようとしなかった。
「じゃあ、隠さなきゃね」
そう言った僕に、彼は酷く驚いていた。
初めは焼却炉に投げ込んでしまおうかと思っていたけど、人間を焼くのにどれ程の時間がかかるのかも分からなかったし、だいいち家庭にある物ではそう高火力は出ないだろうと考えて辞めた。
幼い浅知恵で、それでも、子供の中では優秀な頭脳を散々使って考え付いたのがこれだった。古典的な方法が、一番見付かりにくいだろうと彼も賛同した。
そして、冒頭に戻る。
春になって、雪が溶けても見えないように深く穴を掘った。いくら相手が抵抗しないからと言って、僕たちは子供だ。埋めるのには苦労した。
外に出た際は鼻が赤くなっていた彼は、顔を扇いでマフラーも外している。暑そうだからと、地面の真っ白い雪を掬って彼の頬に当てると、流石に冷たかったようで怒られてしまった。
袋に土を掛けて、雪がかき消してくれるように祈って山を下りた。こんな吹雪の中、わざわざ山に登るような物好きもいないだろう。
降りながら、今度は後ろにいる彼が僕を呼び止める。
「今回のこと、誰にも言うんじゃあないぜ」
弱味を握られている方だとは思えないほど傲慢な仕草で鼻を鳴らした。
もちろん言うつもりなんてこれっぽっちも無かった。僕はそこまで口が軽くないし、そもそも僕も共犯なのだ。警察に言ったところで、一緒に捕まってしまう。
僕が困ったように笑うと、より疑るような目線を寄越した。
でも、僕は嬉しかった。
彼が都合の悪い時に、真っ先に僕を呼んでくれたこと。誰にも言えないと零した話を、僕には話してくれたこと。
「誰にも言うな」って言われた時、少し心臓が跳ねた。二人で秘密を共有してるみたいで、──いや、その通りだけど──彼の特別な存在になれたような気がしたんだ。
二人で一つになるのは御免だけど、君が堕ちるところに、僕も行けるように。
家に帰ると、父さんがおかえりと言って微笑んだ。
人が一人消えても、何事も無く世界は進んでいた。
お題『二人だけの秘密』
恋をすると世界が色付く、なんて嘘だ。
実際には、色を失って、その人以外は全部灰色に見える。
ホコリを被ったように重苦しい視界の中、彼だけが色彩を放つ。
きっと、神様が世界に色を付ける時、彼を初めに塗ってしまったのだ。だから、その絵の具が乾くまで、周りに色を付けることが出来ない。
ああしかし、絵の具の乾きの遅い事!
どれほど経ってもその人は、鮮やかにてらてら輝いている。不気味なほどに、美しく。
いくら神様だからって、ちょっと悠長すぎだ。コンクールの期限はそんなに長いのだろうか。
この絵の具が乾かないうちは、僕は彼を見続けるだろう。だって、白の中に朱があれば、思わずそちらに目が行くだろう?僕の場合は極彩色が、灰の中に異彩を放っているんだ。
どうしてそれを、見過ごせようか?
早くパレットに絵の具を出して。
油彩だろうが水彩だろうが、この際クレヨンだって良い。早くキャンバスに描きこんで。
もう僕の目はチカチカしてめくらになりそうなんだ
日常はどんな色だったろう
僕は彼の色しか分からなくなってしまったんだもの!湖はどんな色だったか、家の外壁は何の色だったか、今まで見えていたもの全て。
彼が奪って身に纏ってしまった!
しかも僕はそれに馴染んでさえいる。
もし彼が恋に落ちれば、彼にも同じように見えるのかしら?
少なくとも、僕の極彩色はまだ消えてくれそうにない。
お題『カラフル』
ここにいるのは二人だけ
一人と一人
他は何にもいらない
お腹がすいたら、木の実を食べる
眠たくなったら、二人身を寄せ瞳を閉じる
暑さも寒さも飢えも乾きも
何も知らない
二人は何も知らない
それが幸せかも知らない
与えられた分だけで、満足するのは幸せか?
知らない
知らない
知らなくて良いと仰ったから
ある時誰かがこう評した
「まるでそれでは家畜のよう」
それでも二人は気にしない
家畜がなにか知らないから
互いがいればそれだけで
ある時誰かがこう聞いた
「お前たちは互いを知っているのか。対はお前をお前は対を、何か知っていることがあるのか。何も知らないのであれば、いつか対やお前が別人になろうと、気付かぬのではないのか」
そこで初めて疑問を持った。
『いやいや真逆、そのようなこと。しかし…さもありなん』
すると相手が恐ろしくなり
一人が一人を絞め殺した
一人はそれを隠したけれど
ある時それにお気付きになられて
一人は追放、二度と戻れぬ夢の国
これにて二人の話は終わり
楽園さえも一時の夢想──
言葉が飛んでいる。
気持ちが飛んでいる。
風に乗って、足下をすり抜ける。
舞い上がって、宇宙の果てに飛ぶ。
見えるのは僕だけ。少し、優越感。
あっちでそっぽを向いてるあいつは、あの子の桃色に気付いてやしない。
そっちで縮こまってるあの人は、近くにある色とりどりのパステルカラーを見られない。
目の前で笑うこの親友は、背中から藍色が出ているのを隠せない。
言葉や気持ちは風に乗って、空を飛んで誰かのもとへ。
誰のところにも行かないまま、宇宙に行っちゃう気持ちもあるけど…
大抵は、自分のもとへ戻ってくる。
因果応報、天に唾する。
必ずしもそうとは限らないけれど、少なくとも言葉はそうだ。悪口だって、嫌な感情だって、持ってる方が損をする。
だから、嫌な気持ちは別の感情に変えて、空に飛ばすのに限る。
誰かに飛ばすんじゃなくって、宙に浮かべる。宇宙は広いから、感情の千や二千、どこかの星へぶつかって消えてしまう。
あなたが送りたい言葉は決まった?
お題『風に乗って』
め。
何とはなしに眺めてた視線が、合っただけ。
動かすのも億劫で、その場に置いていた目の先に相手がいて、その相手をぼーっと眺めていて、
それで、相手がふと顔を上げただけ。
一瞬のこと。
それで好きになったのか
前々から好きだったのに今気付いたのか、
分からないけど。
好き、かも。知れない。
そこで言い切れないから、駄目なのかも
でも、好きかって聞かれると、分からないし。
今好きになったんなら、ちょっとチョロすぎやしないか。
顔に出てたりしないかな。
相手に気付かれてやしないだろうか。
あ、また。
今度は一瞬のことじゃなく、見つめ合った。
逸らさなきゃ、いけないんだろうけど。
耐えられないんだろうけど。
でも、すぐ逸らすのも、意識してるみたいで。
いや、してるんだけど。
相手が逸らしてくれないかな。
ていうか、何で逸らしてくれないんだろう。
期待はしてないけど、好意的には思ってくれてるんだろうか
あ。
やっぱり、ただの気まぐれか。
長い命で考えれば、これも一瞬。
でも、この気持ちは、一瞬の出来事で終わらせたくないなあ。
お題『刹那』