背の高いキャンドルの炎の向こう
ちらちらと、あなたはそこにいた
私はあなたを見ていたはずなのに
あなたから目を離しなんかしなかったのに
あなたは揺れる炎と共に
くゆる煙と共に
ゆらゆらと、ゆらゆらと
その体を空気に溶かした
あなたはあの時、確かに発狂していた
静かな
誰にも聞こえぬ
犬さえも 蝙蝠さえも
誰も 誰にも知られぬ
静かな発狂
私には到底理解できないそれは、ひどく美しく
いつまでも胸を刺し
私を慰めることをしない
夕日に照らされた横顔と
あの日砂になって消えた
あなたの優しい微笑みは、誰への手向け?
差し出された花とは、私への報復?
また私の前に現れてくれたなら、あなたの足首を噛ませてください
私の首を噛んでください
あなたがどこにも行かないように
私があなたから離れられないように
あのキャンドルの溶けた蝋を
そのまま私の舌に垂らしてください
真っ赤な炎で、私の爪を焦がしてください
あの日風に攫わせてしまった
あなたの砂を飲めなかった
私に罰をください
そうして全ての罪が赦されたとき、私は盲目の魚になって、ひとり海の底で死んでいくのです
お題『キャンドル』
私の彼氏は、背が高くて優しくて、とても強い自慢の彼氏。男運が無いと思っていたけれど、彼に会うための試練だったと考えれば辛くもない。
秋晴れの空が美しい日だった。
久しぶりに休みが被ったので、カラオケでも行こうかと2人で大通りを歩いていた。お昼ご飯はカラオケで買おうか、いや高いから持ち込みにしよう、そんなことを話している時だった。後方から大声が聞こえた。振り返ると、自動車がこちらに向かってくるのが見える。
幸い、私のいる所とは数メートル離れているので、真っ直ぐ進めば怪我人も出ないだろう。彼以外には。
咄嗟に、彼を逃がさなきゃ、と思った。全体重をかけて、彼を車道に押し出した。こういう時は、あなたの体が憎いわ。私にもっと力があれば、もしかしたら私も一緒に逃げられていたのかも知れない。もしかしたら、なんて話は嫌いだから言わないけど。
運転手と目が合う。どうにかしてくれと、懇願しているような表情だった。ごめんね、私にはこれが精一杯なの。
最期に見るのが彼じゃなくて知らないおじさんなんて、ちょっと失敗したかもね。
でも、嬉しいことに最期ではなかった。もちろん、無傷で生還ってわけにはいかなかったけど。
医師によると、右腕の神経が切れてしまったらしい。自分の意思で動かなくなったそれは、プラプラと思ってもみない所へぶつかるので、扱いに苦労した。切れた神経は二度と治らないと聞いた時、私よりも彼の方がショックを受けていた。
その日から私は、彼の好物のビーフストロガノフを作るどころか、食べる事さえままならなくなってしまった。それでも、なるべく明るく振る舞うようにした。空回りして見えたかも知れないけど、本当に楽しいことだって沢山あった。でも、彼は心から楽しめてはいなかった。
彼が「俺のせい」と言うようなことを口にすれば、即座に否定した。あなたのせいじゃない、私がしたことなの。子供に言い聞かせるように宥めた。
それでも歪な感情は、いつかは露呈してしまう。それまで、私と彼には運命の糸が繋がっているのだと本気で思っていた。けれど、私が隻腕になってから首の皮一枚で繋がっていたそれは、些細な事で決壊する。
彼の帰宅が遅いことで、少し喧嘩をしてしまった翌朝だった。ベッドで目覚めると、彼が私の首を絞めていた。彼は私の瞳が開いていることに気付くと、ぼろぼろと大粒の涙をこぼした。顔に触れる温かい液体は、シーツに落ちる頃にはすっかり冷たくなっている。
聞き取れないほど小声で何か発しているので耳をすませば、「ごめん、おれのせい、でも、おれもつらい」と言っているのが聞こえた。だから、あなたのせいじゃないって何度も言ってるのに。そう言って、涙を拭いたかった。けれど、苦しくて掠れた声しか出ない。
ずっと前から、彼の私を見る目が愛憎へと変わっていることに気付いていた。私の首に回る大きな手にそっと触れて、「いいよ」と笑った。
それを聞くと彼の手がきつく締まって、私の視界が白んでいく。何も見えない中で、彼の「愛してる」だけが耳に入った。
お題『愛言葉』
「昔、貝の中から波の音が聞こえるって言うの、あったよね」
「あれは外からの音の中で、潮騒の音と同じような周波数以外が遮られちゃって聞こえなくなるだけなんだって」
「二人で海の音が聞こえる、って、言ってたのにね」
「ねえ、知ってる?貝殻以外にもあるんだよ、そういうの」
「霜ってね、虫の声がするの」
「何言ってるか分からない?ふふ、教えてあげる」
「霜がどうやって降りるか、知ってる?急激に冷やされた物体が、周りの水蒸気まで凍らせちゃって、物体の表面に付いちゃうの。」
「秋の終わりには、結構起こりやすいんだって。その時にね、虫の声も一緒に閉じ込めちゃうんだよ。すっごく綺麗でね、霜が溶けないように聴くのが大変なの」
「聴いたことない?だろうね。霜が溶けるのなんてすぐだもん、ほとんどの人が聴けないよ。」
「ねえ、今からさ、聴きに行こうよ」
「どう、聴こえた?…そっか」
「…あのね、虫の声って、告白なんだよ」
「秋に泣いてる虫のほとんどはね、冬になる前に死んじゃうの。だからその前にメスに求愛して、自分の子供を産んでもらおうとするんだよ」
「…君は、冬まで生きられないって分かったら、告白するのかな」
「私は、しないかも」
「一人で気持ちを抱えて生きるよ、ずっとね」
「何、その顔。想像と違った?馬鹿みたい」
「君ってさ、ずっとそんなんだよね。欲しい言葉を投げかけてもらえるって思ってる。初めて会った時からそうなの。自分がそうできるから、私もそうするべきだって思ってる。多分、無意識でしょ」
「何でそれが私を余計に苦しめてるって分かんないかな」
「君はいつも欲しい言葉をくれるね。でも、今度は間違えちゃったみたい」
「じゃあね、君は、元気でね」
お題『秋恋』
彼は駆けていた
とても美しかった
その姿は溶けた人々の心を固め、明日への勇気を授けた
彼は歌っていた
とても美しかった
その歌は耐える人々の耳を清め、綺麗な涙を流させた
彼は踊っていた
とても醜かった
その足の運びが不快であり、その口の上がり方が気分を害した
美しい歌とのアンバランスさが、より彼を不気味にさせた
ただそれだけで人々の期待は打ち砕かれ、彼を必要としなくなった
彼は踊り続けた
足の皮が擦り切れようと
唇を噛み締め痛みに耐えた
その行為は人々に滑稽に映った
彼は踊るのを辞めた
ついでに、生きることも放棄した
彼の骨は盗まれ、
ひとつの杖となった
その杖は、いつも揺れている
ゆらゆらと
全ての者を惹き付ける
ふらふらと
リズムを取って
まるで、
お題『踊るように』
時を告げるオウムが
東の空を舞っている
綺麗な円を描いて
力尽きることなく
西の下水の中の出来事
汚いねずみがたくさん
家族を引き連れ
どこかへ行った
片耳のないうさぎに
南を向けと囁いた
そちらには耳も無いのに
そちらには何も無いのに
北の国に住む老人は
ひと言も話さない
ちっとも動かない
老人を皮切りに
そして世界は静かになった
お題『時を告げる』