到着したのは夜中だった。
ようやく空いているところを見つけたビジネスホテルにチェックインを済ませ、なんとかスーツを脱ぐと、ベッドに倒れ込んだ。
今日は取引先を3件巡ったあと、別のクレーム処理にと回って、全て終わらせてから、今に至る。
それなのに、明日は朝10時からの会議がある。
この支店の店長は遅刻に厳しいことで有名だ。何度が来たことがあるから分かる。
間に合うように起きなければ……。
頭の隅に置いておきながら、俺はそのまま目を閉じようとして思い出した。
あ、そうだ。時計3分進んでたんだった。
俺は時計の針を逆方向に動かし、調整してから目を閉じた。
「んぅ……」
俺はベッドの上で目を覚ました。まだはっきり目が覚めていないまま、俺は腕時計を見る。ちなみに、俺は自分の腕時計をつけたままいつも寝ている。
その時計は2時半を指していた。閉め忘れたカーテンの外は、まだ夜だった。日が昇るには早い。
「まだ早いな……」
俺はそのまま二度寝を決め込んだ。
カーテン越しに、朝の日差しが入ってくる。
朝日とはいえ、夏のものだ。やはり俺の顔にあたると、とてもまぶしい。
朝日の日差しと温もりで、俺は目を覚ました。再び腕時計を見る。
「なんだ、まだ5時半かよ」
俺はうとうと三度寝を決め込んだ。
ぱちりと目が覚めた俺は、もう一度時計を見た。
「あー7時半か。そろそろ起きて、朝食食べよっと」
そして一階の食堂で朝から美味しいものを食べる。
このホテルは会社から近いので、タクシーで10分もあれば十分間に合う。だから時間に余裕をもって過ごせる。
そうしてご飯を堪能してから、腕時計を見て8時半にチェックアウトするため受付へ。
手続きを済ませて、ふとカウンターにおいてあるデジタル時計を見た。
デジタル時計は9時40分を指していた。
俺は腕時計を見た。8時40分である。
何があってこうなったのか分からずひとしきり混乱していたが、ようやく思い出した。
3分だけちょっと針を戻すのではなく、くるりと針を左回しで調整したことを。
そして俺のスマホに支店長から電話がかかってくるまであとわずか……
お題:朝日の温もり
アナログ時計ならではのミスなんですが、今はスマホ時計の方が多いと思いますからわからないかも……
俺が今重大な岐路に立たされている。
どちらかを選ぶことで、もう一つの道は潰える。
そして、もう二度と選択をやり直すことは出来ないのだ。
「……好きです。付き合ってください」
俺の目の前には、黒髪のストレートロングの、眼鏡をかけた図書委員会の女子がいる。顔立ちはキツめだが、性格はとても可愛らしい部分があることを、普段の付き合いで知っている。
俺と彼女は図書室で知り合った。色々な本を読んでその感想を話し合っているうちに親しくなったのだ。
そして今日、彼女は俺に告白してきた。
俺は、どうすればいいのか頭が真っ白になった。
胸がドキドキする。
顔が赤くなっていくのがわかる。
しかし、俺は返事をためらっていた。
なぜなら。
その後に、元気な天パが似合う茶髪の幼馴染から大事な話を公園で聞くことになっているし、ピンク髪のツインテールの部活の後輩からは、部室で言いたいことがあると今朝言ってきた。また、背の高くてワガママボディの音楽の先生は進路相談室で待っていると言われているし、内気で人見知りのクラスメイトは、じっと俺を見つめながら「放課後……教室で」とポツリと呟いたのだ。
俺は考えた。ここで答えを出すということは……うーむ。考えたが俺はやっぱり、彼女の告白にこう答えた。
「はい」
******
今回も全員同時攻略できなかったな。
俺は大きなため息を付いて、机の上にコントローラーを置く。ついつい、彼女との親密度をまずMAXにしてしまう。
俺は画面の向こうで、本命の黒髪ストレートの眼鏡の子と付き合うエンディングを見ながら、やっぱりあの子は可愛いなとニヤけた。
お題:岐路
「例えば、隕石がぶつかることがわかったりとかで、世界の終わりが来たらどうする?」
なんてことが、先日僕たちの間で話題になった。
「そうだなぁ……目いっぱい彼女といちゃつくかな」
アイスコーヒーに刺さるストローをかみながら、常に無表情の友人は言った。
「ずいぶん素直だな〜これがツンデレってやつか?」
僕は友人をからかった。
何分この友人、いつも無表情。恋人の前でも一切表情を崩さない。恋人を紹介してきたときには、本当に付きあってる相手がいることに驚いたもんだ。もっとも、彼女も無表情だったが。それなのに、二人が明らかにラブラブであることが伝わっていた。ふたりともこんな感じなのに、一体どうやってここまでに至ったのか。
「そうなったら僕とコーヒー飲まずに彼女の側にいてやれよ」
僕は紅茶を蒸らしながら、のんびりと友人を見る。
はぁ~僕も彼女ほしいな〜。
世界の終わりを一緒に迎えられるような、素敵な人が。
*****
「キミと出会えてよかったよ」
「うん、本当にね」
「愛してくれてありがとう」
「こちらこそ、出会ってくれて、愛してくれてありがとう」
僕と彼女は、抱き合いながら世界が終わるその時を待っていた。
あともう少し、早く出会いたかった。
僕とキミが付き合ってから、一週間後の出来事だった。
お題:世界の終わりに君と
ざあざあと雨が降り続けるこんな天気の日には、たいていろくなことが起こらない。
ただでさえ雨でゆううつだし。
コンビニでちょっと買い物しようと傘を入り口に置いたら、出るときには傘が消えている。
仕方がないのでビニール傘を買ったら、はみ出した肩が濡れる。
トドメには路肩を歩いてたら車に水ぶっかけられてびしょびしょになった。
救いはカバンの中身が無事だったということか。
早く家帰って風呂入ろう。
そんで温かいご飯食べよう。
「ただいま〜」
俺は、今日の食事当番の兄貴が作ってくれているだろう温かいご飯を期待して玄関を開けたが、そこは真っ暗だった。
「あれ?」
リモートワークの兄貴は、大概この時間には家にいるはずだけど。
部屋の明かりをつけて、台所に入る。テーブルの上には、慌てて作っただろう歪なおにぎりが2個と、兄貴の几帳面な字で書かれている書き置きがあった。
「メッセージ送ったが既読がつかなかったので仕方なく家を出た。
今晩は飲み会でご飯が作れない」
――マジかよ
確かに、大学のサークルで友達と遊んでいて、スマホチェックしてなかった。サークル仲間と一緒に食べに行けばよかったな、と後悔してももう遅い。
俺は仕方なく空腹のままシャワーを浴びようと、風呂に入り、ただでさえ冷えた体に、間違えて冷たいシャワーを浴びる。
慌ててお湯にしたけれど。
さすがにシャワー派の俺でも、あまりの寒さに今日は湯を張って暖まる。
その後おにぎりを食べて、なんとか落ち着いた俺は、ソファに横になってスマホをいじったまま寝落ちした。
翌朝。
俺は熱を出し、昨日の夜遅くに帰ってきた兄貴に看病されることになる。
俺は兄貴が作ってくれたおかゆで温まりながら、ため息を付いた。
昨日は最悪だった。
まあでも、看病されるのは悪くないか。
お題:最悪
6月2日に書いた兄弟がシリーズ化するかもしれません……
「ここにいたのか」
背後からかけられるいとしい人の声が、背後からしました。
「ええ、今宵は月が大地に近づく夜ですので」
私は見ていた天上の月から目を離さないまま、いとしい人の声に応えました。
「ストールをかけているが、風邪をひく。早く中に入るといい」
あなたの普段の物言いとは違う、とても柔らかい声が響きます。
「もう少し、このまま月を見たいのです」
気遣うあなたの声が、隣に立つあなたの気配が、私の心をざわつかせました。
「ならば私もともに眺めよう」
あなたが隣に立ち、私とともに月を見上げました。私はこっそりあなたの顔を盗み見ます。
男らしい、私が想ってやまない、あの人の顔。
すると、目が合いました。
私はその眼差しに吸い込まれそうになりながら、それでも目を伏せます。それでもあの人の視線は私から外れないことが、分かりました。
その眼差しを感じますと、想いがこぼれそうになります。
「お慕いしています」
私はこの言葉を飲み込み、あなたとともに並んで立っていましたが、あなたから離れがたい想いをこらえてベランダから中に入ることにします。
あなたの姿が名残惜しく、今一度振り返りました。
もう一度、あなたと目が合いました。
あなたは何も言いませんでしたが、それ以上に眼差しが私への想いを雄弁に語っていました。
私は目を見開くと、首を横に振って今度こそベランダから部屋に戻りました。
「あなたを、あなたをお慕い申し上げます」
こらえきれない涙とともに、私は自分の部屋の隅にうずくまってひっそりと涙を流しました。
あなたの想いが分かるからこそ、私の想いは決して伝わってはいけないのです。
いとしいあの人にも、ましてや誰にも言えない秘密を抱えたまま、私はこれからも生きていきます。
お題:誰にも言えない秘密