「ここにいたのか」
背後からかけられるいとしい人の声が、背後からしました。
「ええ、今宵は月が大地に近づく夜ですので」
私は見ていた天上の月から目を離さないまま、いとしい人の声に応えました。
「ストールをかけているが、風邪をひく。早く中に入るといい」
あなたの普段の物言いとは違う、とても柔らかい声が響きます。
「もう少し、このまま月を見たいのです」
気遣うあなたの声が、隣に立つあなたの気配が、私の心をざわつかせました。
「ならば私もともに眺めよう」
あなたが隣に立ち、私とともに月を見上げました。私はこっそりあなたの顔を盗み見ます。
男らしい、私が想ってやまない、あの人の顔。
すると、目が合いました。
私はその眼差しに吸い込まれそうになりながら、それでも目を伏せます。それでもあの人の視線は私から外れないことが、分かりました。
その眼差しを感じますと、想いがこぼれそうになります。
「お慕いしています」
私はこの言葉を飲み込み、あなたとともに並んで立っていましたが、あなたから離れがたい想いをこらえてベランダから中に入ることにします。
あなたの姿が名残惜しく、今一度振り返りました。
もう一度、あなたと目が合いました。
あなたは何も言いませんでしたが、それ以上に眼差しが私への想いを雄弁に語っていました。
私は目を見開くと、首を横に振って今度こそベランダから部屋に戻りました。
「あなたを、あなたをお慕い申し上げます」
こらえきれない涙とともに、私は自分の部屋の隅にうずくまってひっそりと涙を流しました。
あなたの想いが分かるからこそ、私の想いは決して伝わってはいけないのです。
いとしいあの人にも、ましてや誰にも言えない秘密を抱えたまま、私はこれからも生きていきます。
お題:誰にも言えない秘密
6/5/2023, 12:19:32 PM