ざあざあと雨が降り続けるこんな天気の日には、たいていろくなことが起こらない。
ただでさえ雨でゆううつだし。
コンビニでちょっと買い物しようと傘を入り口に置いたら、出るときには傘が消えている。
仕方がないのでビニール傘を買ったら、はみ出した肩が濡れる。
トドメには路肩を歩いてたら車に水ぶっかけられてびしょびしょになった。
救いはカバンの中身が無事だったということか。
早く家帰って風呂入ろう。
そんで温かいご飯食べよう。
「ただいま〜」
俺は、今日の食事当番の兄貴が作ってくれているだろう温かいご飯を期待して玄関を開けたが、そこは真っ暗だった。
「あれ?」
リモートワークの兄貴は、大概この時間には家にいるはずだけど。
部屋の明かりをつけて、台所に入る。テーブルの上には、慌てて作っただろう歪なおにぎりが2個と、兄貴の几帳面な字で書かれている書き置きがあった。
「メッセージ送ったが既読がつかなかったので仕方なく家を出た。
今晩は飲み会でご飯が作れない」
――マジかよ
確かに、大学のサークルで友達と遊んでいて、スマホチェックしてなかった。サークル仲間と一緒に食べに行けばよかったな、と後悔してももう遅い。
俺は仕方なく空腹のままシャワーを浴びようと、風呂に入り、ただでさえ冷えた体に、間違えて冷たいシャワーを浴びる。
慌ててお湯にしたけれど。
さすがにシャワー派の俺でも、あまりの寒さに今日は湯を張って暖まる。
その後おにぎりを食べて、なんとか落ち着いた俺は、ソファに横になってスマホをいじったまま寝落ちした。
翌朝。
俺は熱を出し、昨日の夜遅くに帰ってきた兄貴に看病されることになる。
俺は兄貴が作ってくれたおかゆで温まりながら、ため息を付いた。
昨日は最悪だった。
まあでも、看病されるのは悪くないか。
お題:最悪
6月2日に書いた兄弟がシリーズ化するかもしれません……
「ここにいたのか」
背後からかけられるいとしい人の声が、背後からしました。
「ええ、今宵は月が大地に近づく夜ですので」
私は見ていた天上の月から目を離さないまま、いとしい人の声に応えました。
「ストールをかけているが、風邪をひく。早く中に入るといい」
あなたの普段の物言いとは違う、とても柔らかい声が響きます。
「もう少し、このまま月を見たいのです」
気遣うあなたの声が、隣に立つあなたの気配が、私の心をざわつかせました。
「ならば私もともに眺めよう」
あなたが隣に立ち、私とともに月を見上げました。私はこっそりあなたの顔を盗み見ます。
男らしい、私が想ってやまない、あの人の顔。
すると、目が合いました。
私はその眼差しに吸い込まれそうになりながら、それでも目を伏せます。それでもあの人の視線は私から外れないことが、分かりました。
その眼差しを感じますと、想いがこぼれそうになります。
「お慕いしています」
私はこの言葉を飲み込み、あなたとともに並んで立っていましたが、あなたから離れがたい想いをこらえてベランダから中に入ることにします。
あなたの姿が名残惜しく、今一度振り返りました。
もう一度、あなたと目が合いました。
あなたは何も言いませんでしたが、それ以上に眼差しが私への想いを雄弁に語っていました。
私は目を見開くと、首を横に振って今度こそベランダから部屋に戻りました。
「あなたを、あなたをお慕い申し上げます」
こらえきれない涙とともに、私は自分の部屋の隅にうずくまってひっそりと涙を流しました。
あなたの想いが分かるからこそ、私の想いは決して伝わってはいけないのです。
いとしいあの人にも、ましてや誰にも言えない秘密を抱えたまま、私はこれからも生きていきます。
お題:誰にも言えない秘密
擬人化注意。
6月2日の『お題:正直』の兄弟の話の前日譚。
暗く、寒く、窓一つない狭い部屋。そこは冷たく、身を凍らせる風が吹き荒れている。
私はあの人によって、この暗く狭い部屋に入れられた。
そこにいたのは私だけではなかったが、誰一人声を発するものは居なかった。私を含めて。
私の体はあの人のものだ。
あの人の手によって、あの人の名前をこの体に記された。
それを望んでいたかどうかもわからないけれど、私はそれを黙って受け入れた。
それから、長いような短いような時を、この暗く寒い部屋の中で過ごすことになる。
そこにいる私以外のものと言葉をかわすことはなかったし、私も言葉を発することはなかった。
相変わらず、この部屋は暗く狭く、冷たい風が吹き荒れている。
私も、他に一緒にいるものもただじっとしていた。
ときには扉が開かれて、他のものが外に出ることもあったけれど、連れて行かれるときも抵抗していなかったし、私たちはそういうものだと受け入れて見送った。
扉はその都度閉ざされて、変わらないときが過ぎる。
誰もがこの部屋から、いつか外に出るときがあるのだろうと、そう思っている。私もあの人の手に取られるその日まで、じっとしている。
そうしてある時、扉が開かれ、何者かが私を手に取った。
もしかして、あの人?
私は抵抗することなく、その手に身を委ねる。
しかし、私はその手の主を知った。
――あの人ではなかった。
あの人ではない手に掴まれて、真っ暗で狭い部屋から引きずり出され、真っ白い外の世界を知る。
あの人以外の手によって、狭い部屋から出された私は、固いところに置かれた。
あの暗く寒い、狭い部屋のほうが、私にとってふさわしい場所だったのだと、ここに来て思い知らされた。この世界に出された私の体は灼熱で溶けそうだった。いや、すでに溶け出している。
その人はどこかへ行くと、再び戻ってきた。細長く先が丸い物を持って。
それを見てわかった。
私はあの人の口には、入らないのだろうと――
お題:狭い部屋
弟「高級カップアイスのバニラ味サイコー」
タキシードに身を包んだあなたが、白のドレスの女性の手を取るのをみた。愛おしい眼差しを交わし合う。
私は目を背けようとしたが、それは許されなかった。
白いドレスに身を包んだ女性が、何も知らずに私に微笑みかけてきた。
これからも、よろしくね。
はい。
私はこわばった顔で答える。上手く笑えていないのがわかる。
こちらこそ、よろしくお願いします。
それだけいうとさっとその場を離れる。もう、二人を見ることに耐えられなかったから。
私はずっとあなたが好きだった。
それこそ、物心がついたころから。
名前を呼んでは、後ろをついて歩いた。
大きくなっても、たくさんのひとと出会っても、あの人しか、見えなかった。理由なんてない。
あなたが全てだった。
けれどもあなたにとって私は、最後の最後までただの妹のようなものだった。
――知ってた。だけど、いつか振り向いてもらえたら。
でもそれも、今日で終わり。
あなたは本当に、私を見ることはなくなった。
そして会場から逃げられないまま、ライスシャワー。
私はその中に混じったけれど、参加することなど出来なかった。
そしてブーケトス。
ブーケは私の胸に当たった。反射的に落とさないよう手に取る。
白いドレスの女性が屈託のない笑顔を向ける。その笑顔を見つめるあなたの姿。
みんなの歓声が私を取り巻く。
私はブーケを手に持ったまま、一生の恋を永久に失った。
*****
他の誰にも受け取ってもらえなかったブーケとともに、涙と嗚咽をこらえて二人の退場を見守る、ピンクのドレスに身を包んだあなた。
あなたがずっと、あの男しか見ていなかったのを知っていたからこそ、僕は彼女に掛ける言葉が浮かばない。
あなたにとって僕はずっと、弟のようなものだった。
今も、これからもそれは変わることはない。
あなたをずっと見つめていたからこそ、わかってしまったんだ。
これからも一生、あなたはあの男を想い続けるのだと。
お題:失恋
「正直に吐いたらラクになるぞ」
俺の目の前にはカツ丼がある。向かいには兄貴が頼んだトンカツ定食がある。
兄貴はじっと俺を見つめる。俺の目の奥にある、深い思いを見抜こうとするかのように。もし、兄貴に俺の思いがバレたら、大変なことになる。
「いつまでも黙秘を続けるつもりか」
だが、兄貴は声を潜めながらもはっきりとした口調で、俺に目をそらすことを許さないという、強い意志を込めてくる。俺は目をそらし、テーブルの冷めかけたカツ丼を見つめた。もったいない。
――早く食べようぜ。冷めちまうじゃないか。
俺はそう言いかけたが、
「いつまでも、黙っていたらつらいだろう」
ここで兄貴は柔らかい笑みを見せた。俺はどきりとする。もう、ごまかしきれない。
「さあ、言うんだ。言わなければいつまでもこのままだぞ」
打って変わって、穏やかな口調に変わる。だが、俺は顔を上げないまま、黙っていた。
立場は不利だ。
結局、俺は兄貴には勝てないことは分かっていた。しかしそれでも俺は顔を上げて兄貴の視線を受け止める。
しばらく、無言の時間が続く。
俺は、最後まで隠し通すと決めていたのに、沈黙に耐えられず、ついに言ってしまった。
「兄貴の名前が書いてあるカップアイス食べたのは俺です本当にごめんなさい」
俺は、テーブルに額を擦り付ける勢いで謝り倒した。
もちろん、ここのお金を俺が払ったのは言うまでもない。
お題:正直
正直難しいですよね。