エリィ

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6/1/2023, 12:16:52 PM

 隣の家のあじさいの木が、今年も紫の花をつける頃になった。

 ああ、もうこんな季節になったんだなぁ、早いな。

 僕はため息を付いて、窓越しに雨が滴る無数のあじさいの花を眺めた。
 あまり手入れされないその木は、僕の住んでいるアパートの二階の窓まで届いている。
 わりと大きな葉っぱとあじさいの花に遮られて、日当たりの良いはずの南側の部屋は陰ってしまった。引っ越してくる前は大好きな花だったのに。以前はわざわざ見に行くほどだったのに。

 おととしまでのスマホには、あちこちの名所のあじさいの花の画像が大量に入っている。いろんな色の手入れされたあじさいたちが、雨を受けながら遊歩道に沿って植えられている、お気に入りの画像たち。でも、もうしばらくは見返すことはないだろう。
 
 あれから2年。
 二階の窓の前で茂るあじさいの木と、この時期に咲く大量のあじさいの花を、雨とかたつむりと共に今年も梅雨を迎える。



お題:梅雨

あじさいは木だそうですよ

5/31/2023, 11:08:29 AM

「おはようございます」
「おはようございます」
「もう梅雨に入ったそうですよ」
「はい」
「これからしばらくは雨が続くと、天気予報で言ってましたね」
「ええ」

今日は梅雨の合間の、雲ひとつない晴天である。


――全然話が続かない!
天気全然違うし!
違うんだ、もっとこう、話が続くように……!
明日こそは、上手く話そう!


翌日。

「おはようございます」
「おはようございます」
「今日は本当に暑いですね」
「ええ、そうですね」
「今日は一日、晴れのようですね」
「そうですね」
「今日は傘がいりませんね」
「はい。そうですね。今日はいらないと思いまして」

朝は晴れでも、帰る頃には土砂降りである。


――全然話が違うじゃないか!
天気もこんなはずじゃなかったし。
でも今日は、昨日より少しだけ長く話せたな。
明日はもう少し頑張ろう。


……
…………

十年後。
「おはよう」
「おはよう」
「今日も朝から暑いね」
「うん、そうだね」
「今日は梅雨半ばの、晴れみたいだよ」
「そうだね。でも夕方から降るっていってたよ」
「じゃあ傘がいるから持っていかなくちゃ」
「そうだね、ぬれたら風邪引くから」
「きみは持っていかないの?」
「いや。持っていくよ。天気予報外れたら嫌だし」
「……」
「……」
「今日は、一緒に家を出ようか」
「うん」


――あの頃と全然違う!
今日は天気予報もきちんと見たし。
今はあの時よりも、ずっと長く話せてる。
これからも、ずっといられるよう頑張ろう。



お題:天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、

5/30/2023, 2:57:45 PM

電車もめったに止まることもない、人がいない真新しい駅ビル。その中を、ひとり駆け抜ける。
人気のないそこで響く、私だけの靴音。
あちこち迷いながら、走って、走って。
エレベーター探して回って。
ようやく見つけたエレベーターの前で足踏みをする。

誰にも見つからないように。
早く、早く。
来るまでが待ち遠しくて、もどかしくて
何度も上るボタンを押す。

ようやくやってきたエレベーターに乗り込んで、屋上を目指す。

早く行かなきゃ

追いつかれる

急がなきゃ

早く



そうして私はビルの屋上の塀を乗り越えて







誰かに助けられた




お題:ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。

5/29/2023, 2:27:07 PM

死ネタです。
嫌いな方はスルーお願いします。





『君とは付き合えない。ごめんね』
幼馴染の君から私へ渡された最期の手紙には、たった一言こう書かれていた。
とても歪な字で、鉛筆を握るのがやっとの字で。
私は君の、一番にはなれなかった。
その晩、私は布団の中で泣き続けた。

そして訪れたあの日。
たくさんの黒い服の人に囲まれた私は、白い箱の中、花に包まれた君の顔を見た。とても穏やかな顔をしていた。その後のことは覚えていない。
気がついたら、私はいつの間にか自宅に戻っていた。黒いワンピースに黒いパンプス。
なぜ私はこんな格好をしているのか、分からなかった。

三日後、ようやく私は自分がなぜこの服を着ているのかがわかった。そして、君のいない空っぽの世界があることを認めなくてはいけなかった。

その日から、勤務先の上司や同僚が心配をしてくれていたらしいけど、私はただ、大丈夫。と言っていたらしい。
その時のことは、後で聞いて初めて知った。

あれから無我夢中になって仕事に打ち込んで、数ヶ月後。
君のお母さんから、私の手元に手紙がやってきた。

「あなた宛に息子が書いていた手紙を見つけました。中は開けていませんが、きっとあなたに読んで欲しかったのだと思います」
一筆箋に書かれ、涙の跡もある手紙を読みながら、私は同封されていた白い封筒を、震える手で開いた。何度も書き直したのか、ぼろぼろになった便せんに鉛筆で、まだきれいな字の頃に書かれていただろう手紙だった。



大好きな君へ

最期に手紙を書きたくなりました。

君の手を取ることができなかった僕を許してください。

僕はあと少しで君と、必ずお別れすることを知っているから。
そして、この手紙を読む頃には、僕はもうここにはいないでしょう。

僕を好きと言ってくれてありがとう。

それだけで、辛くて苦しい日々も穏やかな気持ちでを過ごすことができました。
君が訪ねてくれたときは、本当に嬉しかったです。
君の顔を見るだけで、僕は元気になれました。

本当は、君と一緒にいたかった。
出来れば、君と一緒に歳を重ねたかった。

いつも嬉しそうに笑っているあなたが大好きです。
だからどうか、僕がいなくても

わらっていてください。

だいすきです。



最後の方はやっと書き上げたような、君の最後の手紙を読んで、私は涙が止めることができなかった。



お題「ごめんね」

5/28/2023, 8:18:15 PM

 分厚いカーテンを引いて、電気代の節約のため、30度だけどまだまだ扇風機に頑張ってもらってる私の部屋。多少はましだけど、じっとりと汗がにじむ。
「暑いな」なんてあのひとが言いながら、私を背後から抱きしめる。
「暑いんじゃなかったの?」
暑いだけじゃない体温が上がってドキドキする。これからのことを期待して、緊張して手が震えたりなんかする。
「それとこれとは、話が別」
あのひとはそう言いながら、半袖から伸びるプニプニの私の腕を優しくつまんでいる。
「やめてよ〜」
そう言いながらも、あのひとの手の感触がいとおしい。
「君の腕、気持ちいい」
 なんて、あのひとはしばらくむにむにしてたけど、再び私の背中をぎゅっと抱きしめて顔を首筋に埋めてきた。
 そのまましばらく黙ってたけど、あのひとの震える声が首筋にかかる。
「好きになってごめん。でも、離せない」
 しかし、私はあのひとの言葉に返事をしなかった。しばらく経って、ようやく声にできた。
「……私も、あなたにそばにいてほしい」そういうのがやっとだった。
 
 言うまでもなく私達は、誰にも理解されていない想いで結ばれていた。どのようにしてこうなったのか。
 お互いに意識しあって、触れ合って、そして、さらに。
 その関係は、私達だけが知っていれば良いことだと分かっていた。実際、誰にもまだ、明らかになっていない。でもいつか、この関係も皆の知るところになるのだろう。
 だから隠しておかなくてはという気持ちと、それでも皆に、私とあのひとは結ばれていると叫びたい気持ちが、私の心でせめぎ合っている。
 
半袖

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