しぎい

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4/28/2025, 3:00:04 AM

ふとした瞬間、死にたくなる。

それは朝も昼も関係なく襲い来る。何をしていても、どこにいても。
死にたくなる頻度があまりにも多いものだから、今では「はいはい」と受け流せる程度にはもう慣れている。

でもふとした瞬間、死にたくないとも思う。

それはごくまれに訪れる感傷で、そういうときはだいたい一人で泣いている。
自分でも気がつかないうちに涙を流しているから、対策を立てようにも対処できない。

そんなだから、死にたいと生きたいの板挟みというのが、実は一番たちが悪い。

4/25/2025, 8:29:22 AM

胎児のときの記憶がある。

父親は私のかたちがはっきりしだしたときから母親の前から姿を消した。母親もそれを追わなかった。
その母親も私の誕生を快く思っていないことは何となく分かっていた。
望まれない誕生を望む赤ん坊がどこにいる?

生まれたくないな、と思いながらも、私はこの世に生まれてきた。

母親の胎内から出て一番初め目に入ったのは、目を焼き尽くさんばかりの光だった。聞こえるのは自分の産声ばかり。周囲の大人が何かしているけど何か分からない。

私は産まれたての身体に付着した血をすすがれて、母親の手に委ねられた。この頃には目も慣れて、人の顔をなんとなく判別できる程度にはなっていた。

なんの感慨もなく私を受け取った母親は、出産直後だというのに息も切らしておらず、相変わらずうるさく産声を上げ続ける私をじっと見つめていた。異様に黒々とした瞳が赤子ながらに恐怖心を煽り、私はさらに泣いた。

すると今まで黙って私を抱いていた母親が、急に私の鼻をつまんできた。不格好な形で呼吸を遮られた赤子の肺が限界を迎えるのは早い。

苦しい。泣きたい。泣けない。ああ、こんな仕打ちをされるのも私が望まれない子供からなのか。そうなのか。

すぐさま周りの大人が母親の奇行を止めに入った。母親はすんなり私を解放したが、その直後、私はさらに火がついたように泣いた。
そんな私をもはや見下すように、母親は聖母マリアからはかけはなれた冷たい顔をして眺めていた。

「男だったら縊り殺してたわ」

4/21/2025, 7:16:07 AM

死んだ人は星になるんだってね。

生前、煙草の煙をくゆらせながらそう嘯いていた彼女を信じて夜空を見上げてみた。が、星なんて一つも出ちゃいない。

やっぱり君は嘘つきだ。その場に唾を吐こうとして、夜の海岸沿いの道路にあまりに不似合いなものを見つけた。

くたびれた黒い煙草の空き箱を拾い上げる。彼女が愛飲していた銘柄だった。捨てられたのか、この辺りをよく飛び回っている鳥の落とし物か。
砂を払い、中身を確認すると一本だけ残っていた。海の潮風のせいでだいぶしけっている。もう火もろくに点かないだろう。

その傷んだ煙草を咥えてみた。潮の味に侵食された奥に本来の苦味と、鼻の奥から突き上げてくるようなしょっぱい味がする。

4/12/2025, 12:26:05 AM

「――子宮がないくらいなにさ。つくればいい話だけのだろ」

「無理だ」

「無理じゃない。たかが身体の中に袋一つ増やすだけだ。女にできて僕にできないことはない」

「できない。少なくとも可能と不可能の区別もつかないような馬鹿には無理だ」

「僕には不可能なことなんてない。だから期待して待っててね。君と僕の赤ちゃん」

4/11/2025, 2:09:27 AM

電子化された小説を読み漁って、ただひたすら辛い現実から逃げている。

好きな作家でも、ノンフィクションやエッセイは嫌い。現実逃避するために読んでいるのに、なぜ現実を見せつけられなければならないのか。

年齢=現実から目を背けてきた年数。
生まれてきたときはみんな平等に祝福されるはずなのに、おかしいね。

けれど今日は、一週間ぶりに外出することになっている。高校のときの友達に会うために。

BGMがおしゃれなカフェで、マグカップからたつ湯気と手触りを頼りに柄を探りながら、友達に近況を話した。

「――でも仕方ないんだ。私は生まれつき目が見えないから」

私が話し終わると、しばらく彼女は黙り込んでいた。曲名は知らないが、有名な洋楽のピアノジャズアレンジが店内に流れ出す。
わずかに色めきたった私の心に、彼女の静かな怒りをたたえた声が水を浴びせかけた。

「私、障害を理由に何もしない人が一番嫌い」

彼女が発する冷たい声音は、間違いなく私を軽蔑していた。
私にはそれにショックを受ける心も、もはやなかった。かわりに喉から出てきたのは卑屈なほど乾燥した声色。

「……現役のパラリンピック選手に、私の気持ちなんて」

左利きでもなかった彼女が左手で器用にミニトングを使いカフェラテに砂糖をぼちゃんとつまんで入れ、ティースプーンでかちゃかちゃかき混ぜる。難なく溶けたのだろう砂糖が丁度良く調和したカフェラテをすすり、彼女はほっと息を吐いた。
嫌でも鋭敏に研ぎ澄まされた私の耳は、聞きたくない彼女の吐息まで拾ってしまう。

彼女は今も昔も、突然の事故で右手と右足をなくしたハンデを何でもないことかのように振る舞っていた。

「分からないよ。分かりたくもない。でも、あんたが今みたいに塞ぎ込んでるのは嫌なの」

私と同じところまで落ちてきた彼女のことが、私は大好きだった。それは彼女も同じだったと思う。私たちは仲間だったから。

でも今は、彼女が考えていることが分からない。見えなくてもわずかな空気の振動で人の気持ちはある程度伝わるものだけど、唐突に泣き出す彼女の気持ちだけは理解できなかった。

「そっちのほうが意味が分からない。なんで泣いてるの? 映り悪いからやめてよ」
「見えないくせに周りなんか気にしてんなよ」

涙が垂れて服にしみる音は判別できる。でも彼女の微細な動きから彼女自身の気持ちまでは、「こうなんだろうな、ああなんだろうな」というあくまでも私の想像の範囲を出ない。
目線すら合わない、合わせられない愛は歪んでいる。私は彼女が泣いている理由すらわからないのだから。

――あの子の顔も分からないのに好きとか愛してるとか、正気なの?

周囲に言われるたびに、確かに、とよく自問自答したものだ。
すっきりと辺りに通る声からして美人だと思うけど、それも定かではない。そもそも私は自分の顔すら分からないのに、彼女のことをとやかく言える立場ではない。

でも今、私のためにぽとぽと涙を流してくれている彼女は、間違いなく私を再び現実の世界へ引き戻してくれる大切な存在だと思った。

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