しぎい

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電子化された小説を読み漁って、ただひたすら辛い現実から逃げている。

好きな作家でも、ノンフィクションやエッセイは嫌い。現実逃避するために読んでいるのに、なぜ現実を見せつけられなければならないのか。

年齢=現実から目を背けてきた年数。
生まれてきたときはみんな平等に祝福されるはずなのに、おかしいね。

けれど今日は、一週間ぶりに外出することになっている。高校のときの友達に会うために。

BGMがおしゃれなカフェで、マグカップからたつ湯気と手触りを頼りに柄を探りながら、友達に近況を話した。

「――でも仕方ないんだ。私は生まれつき目が見えないから」

私が話し終わると、しばらく彼女は黙り込んでいた。曲名は知らないが、有名な洋楽のピアノジャズアレンジが店内に流れ出す。
わずかに色めきたった私の心に、彼女の静かな怒りをたたえた声が水を浴びせかけた。

「私、障害を理由に何もしない人が一番嫌い」

彼女が発する冷たい声音は、間違いなく私を軽蔑していた。
私にはそれにショックを受ける心も、もはやなかった。かわりに喉から出てきたのは卑屈なほど乾燥した声色。

「……現役のパラリンピック選手に、私の気持ちなんて」

左利きでもなかった彼女が左手で器用にミニトングを使いカフェラテに砂糖をぼちゃんとつまんで入れ、ティースプーンでかちゃかちゃかき混ぜる。難なく溶けたのだろう砂糖が丁度良く調和したカフェラテをすすり、彼女はほっと息を吐いた。
嫌でも鋭敏に研ぎ澄まされた私の耳は、聞きたくない彼女の吐息まで拾ってしまう。

彼女は今も昔も、突然の事故で右手と右足をなくしたハンデを何でもないことかのように振る舞っていた。

「分からないよ。分かりたくもない。でも、あんたが今みたいに塞ぎ込んでるのは嫌なの」

私と同じところまで落ちてきた彼女のことが、私は大好きだった。それは彼女も同じだったと思う。私たちは仲間だったから。

でも今は、彼女が考えていることが分からない。見えなくてもわずかな空気の振動で人の気持ちはある程度伝わるものだけど、唐突に泣き出す彼女の気持ちだけは理解できなかった。

「そっちのほうが意味が分からない。なんで泣いてるの? 映り悪いからやめてよ」
「あんたのせいでしょ」

涙が垂れて服にしみる音は判別できる。でも彼女の微細な動きから彼女自身の気持ちまでは、「こうなんだろうな、ああなんだろうな」というあくまでも私の想像の範囲を出ない。
目線すら合わない、合わせられない愛は歪んでいる。私は彼女が泣いている理由すらわからないのだから。

――あの子の顔も分からないのに好きとか愛してるとか、正気なの?

周囲に言われるたびに、確かに、とよく自問自答したものだ。
すっきりと辺りに通る声からして美人だと思うけど、それも定かではない。そもそも私は自分の顔すら分からないのに、彼女のことをとやかく言える立場ではない。

でも今、私のためにぽとぽと涙を流してくれている彼女は、間違いなく私を再び現実の世界へ引き戻してくれる大切な存在だと思った。

4/11/2025, 2:09:27 AM