しぎい

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2/3/2025, 2:44:27 PM

僕は妹に恋をした――。

だなんて、フィクションの出来事だと思っていた。美しい役者たちが、自分たちの血の繋がりゆえに葛藤する役柄を演じるからこそ、より映えるのだと。

自分は十人並の容姿だと自覚している。
不細工でもないが、美男子でもない。その自分の身に映画や漫画の中の話が降りかかってくると、苦笑いしか出てこなかった。

「兄妹でそんなことしちゃいけないのよ」

分かってる。分かってるよ。分かってるけどさ。
俺よりも激情的な妹がテーブルを叩いて、感情をあらわにした。

事情を知ってしまった両親の生温い目が何よりも痛い。俺たちは両親の目を揃って見ないようにした。

お兄ちゃんから何かないの、と母親が穏やかな顔で急かしてきた。
でも俺からは何も言えない。俺は妹と関係を持ったことを、後悔はしてないからだ。

(……マジでどこから話が漏れたんだろ)

あいつ? それともあいつ?
自分たちの落ち度を棚に上げて友達に責任転嫁する俺は、最低の自覚を持っていなかった。

2/2/2025, 4:08:29 PM

銀の灰皿から煙がくすぶっていた。

同棲している男が喫煙者なので、何の不思議もない。
それにしても様子がおかしい。男の愛飲している煙草の匂いとは違うのだ。まったくの無臭。

近づいて灰皿の中身を覗いてみる。

(消し炭……?)

よく見ると燃え残りの部分に、手書きの文字が見て取れる。
まだ熱を残している燃えかすを拾うと、それは見覚えのある筆跡だった。差出人の彼の文字は、丸みを帯びた線が女の子みたい。

そのとき、ふと煙草の匂いが配後から香ってきた。私にとっては少し辛いそれは、同居人が愛飲する銘柄の匂いで間違いない。

振り向くと、想像通り同居人の男がいた。
白い壁にもたれかかってこちらを見ていた。いつになく空虚な目をしている。
部屋が汚れるのを嫌い、いつもベランダで煙草を吸う男にしては珍しく、室内で吸っている。

「何かお探しかい」

男は挑発とも無関心とも取れる調子で言った。
灰皿に近づいてきた男は、消し炭の上からさらに、煙草の先をぎゅっと押し付ける。焼け残りの部分が完全に焼けた。

「わりいな。てっきりいらねえもんかと思って、燃やしちまったぜ」

てか、いまどき文通って。
私の私物を灰にした男は、無邪気にそう言ってのけた。

約五畳の空間の扉が閉められた。
部屋には未だくすぶる煙と、立ち上る煙を眺める私だけが取り残される。煙を吸い込んで派手に咳き込んだ。

「……ごめんなさい。一文字も読めなくって」

か細い謝罪も、くゆる煙と共に天井に向かって消えた。

2/1/2025, 4:37:49 PM

「僕にはゲイの弟がいるんですけど」

わたしは口に含んでいたトマトジュースラテあんこ添えを吹いた。

その変わり種のメニュー内容のせいか、客の衰退が顕著な喫茶店の一角。
突然のカミングアウトと思えば、他人の話題である。頭がついていかない。

「だからって勘違いしないでくださいね。兄の僕まで、弟に毒されているってわけじゃないですから」

にこにこ。
貼り付けたような笑みを浮かべた彼の目が、わたしはとても苦手だった。有無を言わさない圧迫感で持って押してくる。
わたしは慌てて彼から目線を逸らす。
彼は一瞬息をするのを忘れたわたしに、気を良くしたようだった。

「そりゃ、一時期はそう思ったでもないですけど。男が寄ってくるたびに、いくらきれいな顔をしててもこいつ、ついてるんだよな、とか考えたら、やっぱり女の身体が恋しくなりました」

自分はのうのうと普通のコーヒーのカップを傾ける彼に、胸のあたりがほのかに熱くなった。この場合、この温かみは怒りだ。
わたしはグラスを置き、平静を努めながら彼の名前を呼んだ。応えるように彼もわたしを見返す。

「あなたがゲイでも何でも、どうでもいいです」
「冷たいんですね」
「だってわたしには関係ないですもん、マジで」

トマトジュースラテをずぞぞと吸い込む。決しておいしくないそれを飲み干そうとするのは、お金をドブに捨てたくない精神からだ。

「そこまで興味を示してくれないと、落ち込みます」

めんどくさいな。
わたしは接客業で培った鉄壁の表情筋で、頭によぎったことを顔に出ないようにこらえた。代わりに諦め半分の声が、力なく喉を通り抜ける。

「じゃあ別れますか?」

多少わざとらしく手をふると、彼は過剰に反応を示した。

「とんでもない。そんな悲しいこと、軽々しく言わないでください。僕、男女問わずモテますけど、愛してるのはあなただけだから」

まあ女のあなたよりモテてるかな、と付け加えられた一言で、もともと地を這っていたこの男への好感度が、底を貫いた。

1/31/2025, 4:50:10 PM

毎日同じ内容の夢を見る。化物が私を追いかけてくる夢だ。

……いや、化物という言い方は語弊がある。私の過去のトラウマが、異形の形を取って現れているだけだ。
私は自分の過去と向き合えるほど勇敢ではない。だから夢につけ入る隙を簡単に見せてしまう。

でも昨日の夢はひと味違った。
病気で亡くなった祖母を、夢の中の私は屋上から突き落とした。今まで過去の影に怯えるだけだった私が、昨日は死んだ祖母の退路を塞いで追いつめていたのだ。

人を追い詰める側になるのは、思いのほか楽しかった。
弱気ですぐ泣いてしまう私はいったいどこへやら。夢の中では攻撃的な性格になり、救急車を呼ぶために電話をかけるにも快感を見出していた。

仮にも身内を、っていう罪悪感はなかった。
だって、これは夢の中の話だ。コントロールを失ってる最中で、正気に戻れという方が無理な話である。
できることなら終わらない連鎖を断ち切りたい。だけどいまさら頭は変えられない。

こうなると今日の夢にも期待してしまう。
登場人物はできれば父以外がいいな。でも夢の中なら、父も罪悪感なく殺せるのだろうか。

おやすみなさい。

1/30/2025, 3:27:25 PM

「明日、週刊誌に不倫報道が出る」

帰ってくるなり、うつろな目で告知された。

特撮出身の正統派イケメンで通っている彼だから、事務所に相当揉まれたのだろう。今朝までしゃんとしていた顔が、玄関に突っ立って、なんだか衰えている。

「あのね」

私は革靴を脱ごうとしていた彼を短い一言で遮った。彼が緩慢な動きで脚を止める。

「私、あなたが不倫してること、とっくの昔に知ってた。まだ売り出し中のグラビアの子だよね。清楚系で巨乳の」

中途半端に片足立ちになっている彼の心臓の音は、無音の中、こちらまで聞こえてくる。

「何も知らないと思ってるのは、パパだけだよ」
「……そう」

つい聞き逃しそうな声で、ごめんね、と謝ってきた。いまさら謝られても遅いっていうのに。

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