しぎい

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「僕にはゲイの弟がいるんですけど」

わたしは口に含んでいたトマトジュースラテあんこ添えを吹いた。

その変わり種のメニュー内容のせいか、客の衰退が顕著な喫茶店の一角。
突然のカミングアウトと思えば、他人の話題である。頭がついていかない。

「だからって勘違いしないでくださいね。兄の僕まで、弟に毒されているってわけじゃないですから」

にこにこ。
貼り付けたような笑みを浮かべた彼の目が、わたしはとても苦手だった。有無を言わさない圧迫感で持って押してくる。
わたしは慌てて彼から目線を逸らす。
彼は一瞬息をするのを忘れたわたしに、気を良くしたようだった。

「そりゃ、一時期はそう思ったでもないですけど。男が寄ってくるたびに、いくらきれいな顔をしててもこいつ、ついてるんだよな、とか考えたら、やっぱり女の身体が恋しくなりました」

自分はのうのうと普通のコーヒーのカップを傾ける彼に、胸のあたりがほのかに熱くなった。この場合、この温かみは怒りだ。
わたしはグラスを置き、平静を努めながら彼の名前を呼んだ。応えるように彼もわたしを見返す。

「あなたがゲイでも何でも、どうでもいいです」
「冷たいんですね」
「だってわたしには関係ないですもん、マジで」

トマトジュースラテをずぞぞと吸い込む。決しておいしくないそれを飲み干そうとするのは、お金をドブに捨てたくない精神からだ。

「そこまで興味を示してくれないと、落ち込みます」

めんどくさいな。
わたしは接客業で培った鉄壁の表情筋で、頭によぎったことを顔に出ないようにこらえた。代わりに諦め半分の声が、力なく喉を通り抜ける。

「じゃあ別れますか?」

多少わざとらしく手をふると、彼は過剰に反応を示した。

「とんでもない。そんな悲しいこと、軽々しく言わないでください。僕、男女問わずモテますけど、愛してるのはあなただけだから」

まあ女のあなたよりモテてるかな、と付け加えられた一言で、もともと地を這っていたこの男への好感度が、底を貫いた。

2/1/2025, 4:37:49 PM