しぎい

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銀の灰皿から煙がくすぶっていた。

同棲している男が喫煙者なので、何の不思議もない。
それにしても様子がおかしい。男の愛飲している煙草の匂いとは違うのだ。まったくの無臭。

近づいて灰皿の中身を覗いてみる。

(消し炭……?)

よく見ると燃え残りの部分に、手書きの文字が見て取れる。
まだ熱を残している燃えかすを拾うと、それは見覚えのある筆跡だった。差出人の彼の文字は、丸みを帯びた線が女の子みたい。

そのとき、ふと煙草の匂いが配後から香ってきた。私にとっては少し辛いそれは、同居人が愛飲する銘柄の匂いで間違いない。

振り向くと、想像通り同居人の男がいた。
白い壁にもたれかかってこちらを見ていた。いつになく空虚な目をしている。
部屋が汚れるのを嫌い、いつもベランダで煙草を吸う男にしては珍しく、室内で吸っている。

「何かお探しかい」

男は挑発とも無関心とも取れる調子で言った。
灰皿に近づいてきた男は、消し炭の上からさらに、煙草の先をぎゅっと押し付ける。焼け残りの部分が完全に焼けた。

「わりいな。てっきりいらねえもんかと思って、燃やしちまったぜ」

てか、いまどき文通って。
私の私物を灰にした男は、無邪気にそう言ってのけた。

約五畳の空間の扉が閉められた。
部屋には未だくすぶる煙と、立ち上る煙を眺める私だけが取り残される。煙を吸い込んで派手に咳き込んだ。

「……ごめんなさい。一文字も読めなくって」

か細い謝罪も、くゆる煙と共に天井に向かって消えた。

2/2/2025, 4:08:29 PM