『カラフル』
1週間分の作り置きを切らした俺たちは、最近できた大きめのスーパーまで車を回した。
オープンセールをしていることに加えて今日は週末である。
スーパーは、多くの人で賑わっていた。
カートを押している俺の横に並び、彼女は好き勝手に食材を入れていく。
「ちょっと、勝手にアレコレ入れないでくださいよ」
「え、なんで?」
なんでって……。
料理嫌いの彼女に代わって調理をするのが俺だからだ。
常備野菜ならまだしも、彼女は俺にとって耳馴染みの薄い、変な名前の野菜ばかりをボンボンと入れている。
「だって、見てください。さっき、あなたが入れたオシャレな名前のついた葉っぱ。こんなの渡されても食べ方わかんないです」
「ん? それはスープにして煮込むとか、オリーブオイルとパスタで絡めれば大丈夫」
……ホントかな?
食に対して、意外と保守的な彼女の言葉とはいえ、俺にとっては知らない食材を前に、自然と警戒心が上がってしまう。
「マリネにしてもおいしいよ?」
「マリネなら、……まあ」
作り方も簡単だし、最悪、彼女に押しつければいいか。
好きっぽいし。
抜かりなく常備野菜もカゴに入れていく彼女を見つめながら、俺はひとりごちる。
「それより、夕飯、どうしようかな」
どうせ今日食べるのであれば、作り置きに向かないメシにしようか。
「久しぶりに、キラキラスペシャルピラフが食べたい」
刺身でもメインにしようかと思考を回していたとき、彼女がポツリと呟いた。
「は?」
「あっ」
とんでもなくかわいい言葉が耳に突き刺さった気がして、かわいく慌てて口を噤んだ彼女に目を向けた。
携帯電話のカメラアプリを起動した俺は深呼吸をする。
「もう一度、お願いします」
「なんでもない」
自分の発言を無かったことにしたいらしい彼女は、ごまかすようにダイコンに手を伸ばした。
「なんでもないわけないでしょう。ほら、もう一度お願いします。今日の夕飯、なにを食いたいんでしたっけ?」
「ピラフっ!」
「もっとかわいい感じで言ってたじゃないですか。早くしてください。このままだと俺、スーパーで動画撮影してる不審者になりかねません」
「不審者としては十分すぎる行動だろうがっ! こんなところでやめてよねっ!!」
「そうですね♡ 俺たちの愛の巣(自宅)でいっぱいかわいいかわいいしてあげます♡」
「なんだコイツ。本当に警察に突き出したくなってきた」
ため息をついた彼女に、携帯電話を没収される。
「……私、昔は偏食ひどくてさ」
「え、マジすか?」
予想し得なかった彼女の過去に、俺は食い気味に反応した。
彼女の「キラキラスペシャルピラフ」の音源の代わりに、貴重な幼少期の出来事を拝聴できるらしい。
俺の知る限り、彼女が露骨に嫌がる食べ物といえばピーマンとマンゴーである。
だが、その程度では到底、偏食とは言えないはずだ。
「野菜もキノコも貝とか苦手だったし、牛肉は匂いが好きじゃなくて、牛乳も生卵もヤダだった」
「……」
想像していたよりもはるかに好き嫌いが激しかった。
ここまでくると、彼女はなにを食って生きてきたんだろうと心配になる。
それに、彼女のそんな話はお義父様からもお義兄様からも伺ったことがない。
彼らと対面する度に「彼女のかわいいところ選手権」を開催しているというのに、だ。
まさかこんなところにも彼女のかわいい一面が隠れていたとは。
恥ずかしがる彼女の頭部の位置を確認したあと、俺はひとつの仮説を口にする。
「そんなんだから、大きくなり損ねたんじゃないですか?」
「うっさいな!!」
彼女の地雷である身長にウッカリ触れてしまって、キツく睨まれる。
だが、すぐにその視線は照れくさそうに泳いでいった。
「…………だから、そのっ。見た目とか味つけでごまかして作ってもらって食べてたの」
恥ずかしそうに頬を染め、どんどんと彼女は声を萎ませていく。
「パプリカとかにんじんをちっちゃい星型にして、ウィンナーさんもお花にして……。あ、あとは……」
ニマニマと緩んでいく口元を隠していたが、バレていたようで、彼女がヤケクソになって捲し立てる。
「ピラフに旗を立ててもらって、キラキラーって、かわいくしてもらってたのっ!」
こんなことでいちいち恥ずかしがって。
かっっわいーな、本当に。
「そのキラキラスペシャルピラフが食べたいと?」
「違うっ! ピラフッ!」
くっ……。
なかなか手強いな?
「フラッグなら弁当用に使えないかなって買っておいたハムがありますし、今日はキラキラスペシャルピラフにしてみましょうか」
「ねえ!? ホンッットにしつこい!」
しつこくもなるだろう。
これを舌っ足らずな幼少期の彼女が声に出していると想像するだけで、愛おしくて胸が苦しい。
そのまま俺の本音を伝えると、きっと火に油を注ぐようなものだろうから、あえて彼女の主張を受け流した。
「あ、俺、不器用なんで野菜のカットはお願いしますね」
「カットって、大げさ。レンチンしたあと星の型抜きでくり抜いただけだよ。お弁当コーナーに野菜用の型抜き置いてるんじゃない? ちなみに、型抜きしたあとの野菜の破片はコンソメスープにドボン」
「なんだ。よかった。あなたもノリノリじゃないですか」
「どうせ拒否ったって聞かないクセにっ! スーパーで駄々こねられて悪目立ちされても困るのっ!」
「えっ!? 俺ってそんなに節操ないですか?」
「ないねっ!」
「……ひどい」
即答されてさすがに心に傷を負った。
躊躇いなく言葉の刃を突き立てる彼女もすてきである。
カードを握りしめる手を強め、傷つけられてもときめいてしまう心臓を落ち着かせようと身悶える。
「パプリカは赤と黄色、両方」
「ん?」
ハッとして顔を上げれば、唇を尖らせた彼女はモソモソとぼやく。
「ピーマンとニンジンは、絶対、ちゃんとガッツリしっかり熱を通して」
「あ、ええ。はい」
「でもウインナーさんは、れーじくんがお弁当でやってくれたカニさんがいい」
「……」
カートから手を離して、両手で顔を覆った。
はぁあぁぁ。
ここにきて、このデレである。
彼女の言うカニさんウィンナーは、不器用な俺が見よう見まねで一度だけチャレンジしたものだった。
お世辞にもよく出来たとは言いがたいクオリティだったが、彼女はそれを求める。
恋の矢で胸を滅多刺しにされつつも、俺は彼女のリクエストにうなずいた。
「……なにがなんでも、カラフルでかわいいキラキラスペシャルピラフにしてみせます」
「言いたいだけでしょ」
いい加減、面倒になったのか。
彼女は雑に俺をあしらって、俺の代わりにカートを押し始めた。
「バレました?」
スタスタと先を歩いてしまう彼女を追いかけて隣に並び直せば、肘で小突かれる。
「恥ずかしいからやめて」
「家に帰ったらもっと言ってあげますね♡」
「ダルウザいからやめて」
鬱陶しそうに静かに吐き捨てたあと、彼女は色鮮やかなパプリカを手にする。
キラキラスペシャルピラフを作るための材料の入った買い物カゴは、カラフルにきらめいて見えた。
『楽園』
お行儀よくリビングのソファに座り、彼女が真剣な表情でタブレットを睨んでいた。
見ているのはおそらく、バドミントンの試合映像だろう。
そんな彼女の隣でタブレットを覗き込む俺は、今、猛烈にかまってほしい気分だった。
大変申しわけないとは思いつつ、ソファに彼女を押し倒す。
「お、わっ!?」
ことん、とタブレットが床に落ちたことにかまうことなく、俺は奥ゆかしく膨らんでいる双丘に顔を埋めた。
はぁぁぁ。至福。
ここが、まさに楽園である。
「ぐえぇ」
苦しそう、というには、彼女はどこかわざとらしい声を漏らした。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫くない。重いからどいて」
ペシペシと俺の頬を軽く叩きながら抵抗を見せるが、このふくよかな感触を手放すのは惜しい。
「このおっぱいランドの居住権は俺にあるので無理ですね」
「人のおっぱいを不当に占拠するな」
「手にピッタリ収まるサイズ感がたまらないですよね。まさにシンデレラフィットです」
「あのさ、会話をしてくれる?」
彼女の手のひらがグーに握り込まれ、こめかみをグリグリされた。
……ちゃんと痛い。
「てゆーか、なにがシンデレラフィットだよ。ふざけんな。そのデカい手のひらじゃスッカスカでスペース持て余してるだろうが」
「そんなことないです。いい感じに揉み込めます」
「揉むなっ!」
「なんでですか!?」
「私のおっぱいだからだろうがっ!」
「だからいいんじゃないですか! 最高です!」
「図々しくタダ乗りしやがって……」
あきれ果ててため息をつく彼女だが、さすがにその言い分はあんまりである。
「失礼な。ちゃんと愛情は払っているじゃないですか」
「あん?」
不服に歪むかわいい桜色の唇に、ちゅむちゅむと自分の唇を押しつける。
ちゅっちゅ、ちゅっちゅと彼女が反論しようとするたびにキスを重ねていった。
そんなことをしているうちに、さすがにお怒りゲージが頂点に達したのか、彼女が大声をあげる。
「やかましいな!? さっさと立ち退けっ!」
『風に乗って』
「うああああああああああっ!!」
「おひょーーーーーーーーっ!?」
俺とは異なり、隣で絶叫をあげる彼女はひどく楽しそうだ。
彼女いわく、ジェットコースターには初めて乗るらしいのだが、わざわざ1番前の席に駆け寄る行為は初心者の所業とは思えない。
眼鏡を外して弱くなった視力では、彼女にピントをうまく合わせられなかった。
裸眼でもわかるほどの開けた景色と、高所からの地平線に身震いしかできない。
重力によって急降下するジェットコースターの轟音、防御力の心許ない安全バーで視覚以外からも恐怖は存分に刺激された。
そんな状況のなか、生身に突き刺さる爆風を浴びている俺に、隣に座る彼女を伺う余力なんてあるはずがない。
本当にこれ、子ども向けかよっ!?
対象年齢5歳以上とは思えないほど、本格的なスピードと高低差に気絶しそうである。
風に乗って、なんてどこかの詩人がうたいそうな美しいシチュエーションを期待した俺が浅はかだった。
体の内側から風に掻っ攫われる浮遊感は恐怖以外のなにものでもない。
長い長いジェットコースターのレールを1周し終えたあとは、膝が震えて、彼女の手を借りないと立ち上がることもままならないという醜態を晒してしまった。
俺とは対照的に、彼女は軽やかな足取りでジェットコースター前に置かれている、スタンプラリーの設置台の前に立つ。
彼女は入念にスタンプラリーの台紙とスタンプの向きを確認して、慎重にスタンプを台紙に押しつけた。
「できたっ」
ひょこひょこと上機嫌に揺れる小さなポニーテールと、弾けた声音から、ようやく満足にスタンプを押せたのだろう。
「見て見てっ」
用紙を広げてきれいに押されたスタンプを、アピールする彼女がかわいい。
ぐちゃぐちゃになった三半規管が癒やされていった。
「おお。今回はうまくいきましたね」
「んっ」
最初のひとつ目は、インクが掠れてしまってしょげていた。
ふたつ目は力を入れすぎて滲んでしまい、3つ目は力を抜きすぎてキャラクターの頭部が押印されていない。
満を持して4度目でようやくきれいに押すことができたようだ。
意外と不器用な一面が本当に愛おしくてたまらない。
ちなみに、スタンプラリーガチ勢である俺の出来栄えは、今のところ完ぺきだ。
スタンプは赤、黒、青、緑の基本の4色は、あらかじめ持参してインクの掠れ対策をする。
インクを乗せる前に印面の埃やゴミがついていないか確認して、枠内のバランスを入念に調整した。
ジェットコースターのせいで手元がわずかに震えたが、誤差にもならずきれいに仕上がり、自画自賛する。
今回のコラボには正直、微塵も興味はないが、彼女のハマっている女児向けアニメのコラボだ。
できれば彼女の指紋でペタペタになった不器用な台紙と、俺の台紙を交換してもらえないか交渉するため、丁寧に仕上げているところだ。
ラリー完走で得られるブラインドの巨大缶バッジで彼女の推しが出たらワンチャン、交渉の余地があるかもしれない。
「……」
「なんですか?」
彼女にしては珍しい粘着質な視線に、思わず目を向けた。
「なんでそんなにスタンプ、押し慣れてんのかなって」
なんだ、そんなことか。
不服そうに俺との出来栄えを比べる彼女に、俺は口元を緩める。
「去年はあなたに代わって鉄道イベントのスタンプラリーをしたじゃないですか」
「確かに……」
今日訪れている遊園地の女児向けアニメのスタンプラリーと同じく、去年は鉄道イベントのスタンプラリーが行われていた。
寂しさを紛らわすため、彼女が不在の合間を縫って全国津々浦々、飛び回ったのは記憶にまだ新しい。
どさくさで観光名所にも立ち寄りながら、計35ヶ所のスタンプをコンプリートしてやったのだ。
「ほかの鉄道イベントよりも若干数が多いせいか、スタンプ台紙も豪華でしたし、イベントそのものにも力が入っていて楽しかったです」
「ぐぅ」
俺の言葉に、彼女はガックリと項垂れている。
彼女は彼女で、鉄道イベントのときは景品交換ができる個数は近場ですませていた。
それでも、コンプリートされた俺のスタンプ用紙を見ると、いまだに悔しがっている。
「お願いしたのは私だけど、……悔しい……」
競っているつもりは微塵もないが、彼女の負けず嫌いが発揮されてしまった。
俺としては、ひとりきりで日帰り観光するなら、ぜひあなたも持っていきたかったですけどね。
「ハハハッ」
しばらくぐちゃぐちゃに歪んだ彼女の表情でしか得られない栄養素を取り込むことにした俺は、笑ってごまかすことにした。
「次はコーヒーカップの近くでしたっけ? ついでに乗ります?」
「スタンプだけでいーや。そろそろれーじくんの三半規管やばそうだし」
「えっ。優しい」
トゥンク♡
キュンとかわいい音を立てるが、容赦なく締めつけられる心臓を押さえた。
「いや、ふざけてなくてガチでさ。顔がゆるゆるゾンビになってる」
「どんな顔っすか、それ」
「いいから。コーヒーカップの近くに休めそな場所あるから、行こ」
有無を言わさずぐいぐいと俺の手を引く彼女に、俺はおとなしく従った。
『刹那』
いつもありがとうございます。
私用のためスペースのみ残させていただきます😄
『生きる意味』
俺の腕の中で眠る彼女のつむじを見つめる。
はぁぁ。
至福である。
このかわいいしかないつむじを見るために生きていると言っても過言ではない。
彼女と出会ったあの夏に、俺の人生は激変した。
彼女と交際を始めてからは、俺の生き方も意味を持つ。
彼女とともに一生を添い遂げ、絶対に一緒のお墓に入ってやると誓った。
ずっと触れられなかった彼女の左手の薬指。
その細い指元にきらめくプラチナを撫でた。
人生の目標達成に、また一歩、近づいたことを実感する。
「愛しています」
愛しさが溢れて、小さなつむじにキスをした。