『君に会いたくて』
彼女に「会いたい」なんて言わせたくなくて、俺は許す限りの時間を彼女に押しつけてきた。
彼女は常に、俺の想いを顔色ひとつ変えずに受け入れてくれる。
今日も、当たり前のように応えてくれるものだと自惚れていた。
「これから会いに行ってもいいですか?」
通話を繋ぎ、建前でしかない断りを入れる。
『しばらくは無理』
「え」
既に彼女の自宅へと足を運ばせていた俺にとって、彼女の返事は寝耳に水だった。
しかも、今日だけではない「しばらく」という曖昧な期間を設けられてしまい、心が掻き乱される。
「しばらくってどのくらいですか?」
『えーっ、と。多分、1週間くらい、……かな?』
歯切れ悪く応えた彼女に、俺は愕然とした。
1週間!?
会えなくなった1週間を跨いだあと、彼女は海外遠征が控えていた。
今月はもう実質会えないことを示唆されて発狂する。
本気で言ってるのかっ!?
俺は彼女に会いたくて会いたくてたまらないのにっ!?
「あの、1週間も会えないほどの用事って、なにがあったんですか?」
冠婚葬祭、合宿、練習、メンタルケア、彼女が俺よりも優先しなければならないことをリストアップしていたらキリがない。
少しでも溜飲を下げるためにせめて原因を教えてほしくて、つい、深追いしてしまった。
『大事な用事、って、いう……かっ』
しどろもどろだった彼女が、さらに歯切れを悪くする。
『そ、そのっ、…………ニ、ニキビ、が、で、できちゃって』
ニキビ?
徹底された食生活と生活リズム、上質な寝具を使っている彼女に?
にわかには信じがたい彼女の言葉に耳を疑った。
「今から行きますね」
『え、はっ!? ちょっ』
動揺して上ずった愛らしい声を惜しみながら、俺は通話を終える。
携帯電話をポケットに入れて、彼女の自宅まで全力でダッシュした。
*
彼女のニキビなんてウルトラレアすぎるし、かわいいに決まっている。
できたでほやほやのニキビを見逃すなんてしてたまるものか。
絶対に見たいがっ!!??
彼女の自宅のエントランスでインターフォンを鳴らしまくった。
なかなか扉を開けてくれないから、着信もいっぱい残してやる。
『しつこい! 無理だって言った!』
12回目の着信で、我慢できなくなった彼女が癇癪を起こした。
「俺は了承してません」
『そっちが勝手に電話切ったクセに、そんな主張通してくんなっ!』
彼女とのやり取りの途中、マンションの住人らしき人とすれ違う。
ここで俺がもだもだして、彼女の評判が悪くなってしまったら大変だ。
「……わかりました」
頑なにエントランスの扉を開けてくれない彼女に、落胆の息をつく。
今日は本当に諦めるしかなさそうだ。
「出待ちするので、明日、ニキビパッチのペッタンで手打ちにします」
『は??』
「これ以上はマンションの人たちに迷惑をかけてしまいそうですし」
『……通報されても知らないからな?』
自分で通報しないあたり、彼女の優しさが沁み入る。
が、それはそれ、これはこれ、だ。
「そうは言われましても、俺は俺であなたのニキビを諦められません」
『…………もう、勝手にして……』
電子音を立てたあと、ようやくエントランスの扉が開かれる。
そこから先は、スムーズに彼女の自宅まで押し入ることができた。
彼女は面白くなさそうにギリギリと歯軋りを立てているが、コーヒーまで入れて俺をもてなしてくれる。
ローテーブルの前に置かれた座椅子に座り、マグカップを手にしながら俺は切り出した。
「あの、そんなに押しに弱くて大丈夫ですか?」
「あ?」
俺の心配をよそに、彼女は不機嫌なままソファに背中を預けて足を組む。
「いっぺんそのふざけた右頬を差し出せよ。下から突き上げてやる」
「ぷっ。その身長だから振りかぶれないだけでしょう」
お口の治安が悪くなっておっかないことを言っているが、体も腕も手も俺よりも小さいことを一生懸命に主張していて庇護欲を掻き立てられただけだった。
「はあぁ!? それ! れーじくんがデカいだけだからっ!」
「あなたはちっちゃくてかわいいですよ⭐︎」
コーヒーを半分ほど減らしたあと、彼女の隣に移動した。
居心地悪そうに顔を逸らすが、俺から距離を取ろうとする気配はない。
キュッと引き結ぶ唇に目が移ろい、ここへ来た目的を忘れてしまいそうだ。
「どこにできたんです?」
逸らした顔からはニキビは見当たらない。
「……」
首を横に振る彼女の顔には触れられないから、代わりに小さな耳にそっと触れた。
指の腹で耳たぶを指で擦り合わせると、鼻の抜けた声が漏れる。
「ちょ、やめ……っ」
「ね。教えて?」
「ぅ、やだぁ」
しおしおと声を萎ませてしばらく耐えていた彼女だったが、俺が爪で耳の軟骨を引っかいたところで観念した。
「お、おでこのところ……」
ニキビに触れないように、そっと彼女の前髪を横に流す。
彼女の言うとおり、こめかみの生え際にひとつ、皮膚が赤くぷっくりと膨れ上がっていた。
「おやまあ」
白い肌と青銀の髪の毛の色が、ニキビの赤を強く引き立てている。
「ずいぶんと、かわいい子が出てきましたね?」
「かわいくないっ」
ぷりぷりしながら彼女は俺の手を払いのけたあと、真っ赤に染まったかわいいお顔まで両手で隠してしまった。
「この年になってニキビとか恥ずかしいから……ホント、勘弁して……」
「なら、もっと恥ずかしいことをして上書きしましょうか?」
「それ、応急処置にもなってないからな?」
隠した両手を掴んで下ろせば、彼女は唇を尖らせて拗ねている。
不機嫌な薄い桜色の唇をなぞれば、小さな期待が音を立てた。
「でも、気は紛れるでしょう?」
「紛れるというか、それどころじゃなくなる」
揺れる瑠璃色の瞳に熱がこもり始める。
その熱をさらに高めるために、俺は彼女の唇をそっと塞いだ。
『閉ざされた日記』
それを見つけたのはリビングの掃除をしていたついでに、ソファの引き出しの中身を取り出したときだ。
一見すると、それは使い古されてボロボロになった大学ノート。
表紙には、几帳面ではあるものの、まだ少し幼さを感じる書体で彼女の名前が書かれていた。
表紙を開いて中身を確認して、目が見開いていく。
文字でびっしりと埋め尽くされたページは、数枚まとめて糊かなにかで接着されていて開かないようになっていた。
なにが書かれているのかは、ページが重なり合ってしまっているため、解読ができない。
かと思えば、破いて捨てられたページもあった。
無線綴じゆえか、丁寧に刃物で削られた跡は、彼女の生真面目さを際立たせる。
糊で接着された束を全てめくった裏表紙の裏側には、年号が記されていた。
俺の記憶違いでなければ、その年は彼女のご両親が離婚した年である。
*
仕事から帰宅した彼女を玄関で出迎えた俺は、さっそく本題を切り出した。
「あなたのセンシティブなアイテムを見つけてしまいまして」
「え、なに。エロ本?」
「違います。……って、は? あるんですか? エロ本が? あなたの?」
そんなアイテムが本当にこの家に存在するのであれば、もっと早くに見つけているはずだ。
なんなら今から徹底的に家探ししたい。
「あるわけないじゃん。静止画は好きじゃないし」
ないのかよ。
ぬか喜びさせやがって。
「動画は動画でそんな気にならないクセに」
「は!? なん、で、知ってっ!? え!?」
目を丸くして恥じらいながら驚いているが、その反応は今さらすぎる。
つい最近、B級パニック映画でお決まりのラブシーンが挿入された途端、興醒めしていたことを忘れてしまったのだろうか。
それこそ、かつて「氷獄の覇者」と言わしめていたその名に恥じぬ、冷酷な眼差しを向けていた。
瑠璃色の瞳を最大限に暗くしたあの厳酷な視線を、一直線に浴びたテレビ画面に嫉妬さえ覚える。
恥ずかしがった彼女が照れていい雰囲気になることを期待したのに、室内の体感温度が5度くらい下がっただけだった。
彼女のテンションまで冷え切っていたため、その日の夜は手も出せずに寝かしつけるだけで終わってしまったのである。
そもそも、俺の解釈が正しければ、彼女は静止画とか動画とかの次元では欲情しないはずだ。
「なにを驚いているんですか。あなたはどちらかというと文学に比重を置いた哲学的な官能小説のほうが好みでしょう。人の理性と欲望の狭間で揺れ動く情感や狂いながら快楽に溺れていく描写が回りくどいほど地頭がいいゆえに日本語も正しく理解してしまうから余計に想像力を掻き立てられてその焦ったさに我慢できず読み進めてしまうタイプのはずですよ」
「…………冷静に気持ち悪い講釈垂れるのやめてくれる?」
その「気持ち悪い」という表現は、彼女自身にも刺さってしまうのだから、今すぐに取り消していただきたい。
ため息をついた瞬間、俺はひとつの可能性に辿り着いた。
「もしかして、これって自作のエロ小説ですか!?」
「はあっ!? ねぇ!? さっきからなんの話っ!?」
「これです」
掃除の途中で見つけた大学ノートを彼女に差し出した。
ノートを受け取った瞬間、彼女の表情が一気に暗くなる。
「って……、あー……。そういや、リビングの掃除するって言ってたな?」
固く閉ざされたページをもたもたと重たく音を立てる彼女は、苦々しく舌打ちをした。
「隠し場所、移すの忘れてた」
「隠すってことは、やっぱりエッチな小説ですか?」
「違うわ、おたんちん」
手にしたノートでパシッと胸元を叩かれた。
ノートの内容の全貌が未解決のままだが、そんなぞんざいな扱いをしていいのだろうか。
「でも、欲しいならあげる」
「は?」
「要らなくないヤツだけど、れーじくんなら捨てないで取っておいてくれるでしょ?」
ノートを押しつけた彼女の腕に、グッと力を込められる。
その小さな指はわずかに震えていた。
ハッとして彼女に視線を上げると、その頬が羞恥で赤らんでいる。
「別に、中は好きに暴いてくれてもいいんだけど、はっ、恥ずかしいから、見たあとも、そのっ、ちゃんと優しくして……、ね?」
「!?」
彼女はいたたまれなさの限界と言わんばかりに目を潤ませて、顔を真っ赤にさせていた。
チラチラと、落ち着きなく俺の様子をうかがっている。
おまけに、彼女の言葉足らずのスキルがこのタイミングで発揮されて、生唾を飲んだ。
ぐぅ。
……か、わ……いぃぃ。
ノートの中身よりも彼女自身を暴きたい。
己に正直な欲求が迫り上がり、彼女を抱き寄せようと手を伸ばしたが、ひと足遅かった。
「お、お風呂行ってくるねっ!」
バサッとノートが床に落ちることもいとわず、彼女は靴を脱いで俺の横を逃げるように押し通る。
「え、えぇ!?」
いや、だからっ!!??
その中身はなんなんだっっ!!??
落ちたノートを拾い上げ、埃を払う。
彼女に文才がないことは、去年の夏に判明していた。
エロ小説でないことは明白なのだが、彼女の言葉通り、素直に中身を暴いていいものか。
判断がくだせず、俺は悶々と大学ノートを抱えたまま項垂れるのであった。
『木枯らし』
点々と星が夜の澄んだ空を彩るなか、冷たく木枯らしが吹き荒ぶ。
キツく繋がれる細い指先はいつもより冷たかった。
いつもより緩くまとめられたポニーテールは、風にさらわれて簡単に乱れる。
ふわりと普段とは異なるヒノキの香りが鼻腔をくすぐった。
……まいったな。
俺の腕にしがみつく彼女を見下ろす。
ギュウギュウ引っついてくれるのは役得なのだが、俺はどうにもいたたまれなかった。
あの手この手で誘ってきたのは彼女からだ。
だから俺は悪くない、とまで主張するつもりはない。
ただ、初めてなら初めてとあらかじめ伝えて欲しかった。
ちなみに、スーパー銭湯の話である。
最初は断固として拒否をした。
いくら女湯とはいえ、彼女の素肌を俺以外の目に晒すとか狂気の沙汰でしかない。
だが、基本的に彼女のワガママはなんでも聞き入れてあげたいのが俺だ。
珍しく頑なな彼女の意思とプレゼン力によってドロドロに絆される。
彼女は常日頃からホテルに連泊していることもあり、大衆浴場には慣れていると思って油断していた。
*
遡ること数時間前、夕飯を食って少し経ったあとのこと。
どうせ風呂なら、ちょっとした旅行も兼ねて家族風呂で彼女も風呂も余すことなく堪能したかった。
彼女の自宅から徒歩10分圏内のスーパー銭湯の女湯の入り口前で、今さらな本音が喉元から飛び出しそうになる。
あからさまにウキウキワクワクと好奇心を躍らせている彼女に、下心しかない腹の内など吐き出せるはずがなかった。
「では、7時半でいいですかね? もっとゆっくりしたかったら連絡してくださいね」
「うんっ」
楽しそうな後ろ姿を見送って、待ち合わせ時間の19時30分。
彼女はまだ出てきていないようで、ひと足先にフルーツオレをいただくことにした。
リクライニングチェアに座って、彼女に連絡しようと携帯電話を手に取る。
『ちょっと遅れると思う』
シンプルな文面の中に彼女の焦りを感じたのは、交際という経験値を積んでいるからだろうか。
既にメッセージを残してくれていた彼女に、俺はすぐに返信をした。
「ゆっくりでいいですよ」
すぐに彼女とやり取りができるように携帯電話を離さないでいること、約30分。
20時を回ったところで、彼女が少し疲れた様子で帰ってきた。
「まだ濡れてませんか?」
「え?」
肩にかけているバスタオルに、わずかに触れている彼女の毛先はまだ湿り気を帯びている。
「帰りは歩きですし、ちゃんと乾かさないと風邪引いちゃいますよ?」
肩にかかったバスタオルで軽く毛先を押さえて水気を取るが、もう一度、乾かしてもらったほうがよさそうだ。
「ドライヤー、待ってる人が多くて焦っちゃったのかも」
「ついでにクシも忘れて雑になったんでしょう?」
「えっ、なんでわかるの?」
「内緒です」
彼女の問いには笑ってごまかす。
ブラシを通せば彼女の髪の毛はもっとウルウルツヤツヤになって、ガチの天使の輪っかができあがるからだ。
焦ってしまい、クシは自販機で買えることすら失念したのだろう。
カバンから俺が持ってきたヘアブラシを取り出して彼女に手渡した。
「待ってますから、きちんと乾かしてきてください」
「え、でも、待たせちゃうよ?」
土曜日のこの時間帯だ。
混雑しているのは見ればわかる。
ドライヤーがどれだけ併設させれているのかはわからないが、スキンケアも同時にともなれば、時間がかかるのは想像にかたくなかった。
それよりも、彼女をこの寒い時期にスーパー銭湯に連れ出した挙げ句、風邪を引かせてしまったときの罪悪感のほうがデカい。
「かまいませんよ。あなたを待つ時間は好きですから」
「へっ」
すっとんきょうな声をあげた彼女のその顔が、みるみる赤くなっていることに気がついた。
「あの、さ。外でそういうこと言うの、恥ずかしいからやめて」
「……」
それを言うなら、手を出せないこの状況で、そんなふうに切な気に睫毛を揺らすのをやめてほしい。
「なら、くだをまいてないで、さっさとドライヤーし直してきてください」
「わかってるってば……。荷物、見ててもらっていい?」
「ええ。もちろん」
彼女の荷物を預かり、彼女の背中を見送った。
戻ってきた彼女の髪の毛はツヤツヤの状態だったが、今度は肌艶がよろしくない。
「スーパー銭湯って初めてだから、人酔いしたのかなあ?」
「初めっ……!?」
はぁぁあああ!?
彼女をリクライニングチェアに座らせて、俺は急いでスポーツドリンクを自販機で買った。
「それ、多分、水分不足です」
「水分……」
スポーツドリンクを彼女に渡して、飲むように促す。
「脱衣所や風呂に水飲み場があるはずなんですけど、多分飲んでないですよね」
「知らなかった」
ぽやぽやしながらスポーツドリンクを口に含む彼女に、俺は天を仰いだ。
*
すっかり湯冷めしてしまった彼女を、俺は彼女の自宅まで送り届ける。
「これは俺ンチで洗っておきますから、暖かくして休んでくださいね?」
「えっ。帰るの?」
彼女のスパバッグを持ち帰ろうとしたとき、その腕にしがみつかれた。
「……てっきり、い、一緒にいてくれるのとばかり……」
うっ。
あざとく瑠璃色の瞳で見つめられて、決意が揺らいだ。
俺だってそのつもりだったが、湯あたりからの湯冷めまでしてしまった彼女を少しでも休ませてあげたい。
「このあと、洗濯とかゴタゴタされたら落ち着かないでしょう」
「いい……」
「いいわけないでしょう」
それらしい気遣いを並べてなんとか取り繕っているが、玄関を跨いでしまったら自制なんてできる気がしなかった。
「銭湯の香りでほかほかになったれーじくんと、ギュッてしたい」
俺が彼女に絆された決定打をここでも使われて、言葉につまる。
「俺、我慢なんてできませんよ?」
「大丈夫。もう平気だし」
ぐいぐいと、彼女は俺を玄関に引き連れた。
「だから、一緒にいてほし……っ、んっ」
その先の彼女の言葉を、唇で塞ぐ。
彼女の代わりに、玄関の鍵とチェーンをかけた。
木枯らしで冷えた彼女の体温を、温めるために。
『美しい』
いつもありがとうございます。
家族の風邪を引き受けてしまったのかな……💦体調が悪くてスペースのみです。
みなさまもご自愛してお過ごしください。
『この世界は』
高校2年の夏休み。
眼鏡というレンズ1枚を隔てたこの世界に、彼女という天使が舞い降りた。
あのとき以来、俺の世界は華やかに彩られる。
*
仕事終わりに本屋に寄る旨を伝えたら、彼女からおつかいを頼まれる。
「赤のボールペン買ってきて。消えないヤツ」
彼女からのメッセージアプリには「了解」のスタンプを返した。
こだわりはないのだろうが、フリクションや水性ボールペンを彼女は好まない。
長年愛用している本屋の文具雑貨コーナーは、着々と本スペースを侵略していた。
目当ての本を購入したあと、広々とした文具コーナーを物色する。
ずらりと並ぶ、色とりどりのボールペンコーナーで、俺は足を止めた。
「可視化できない思いを色で描く」
新商品なんだろうか。
キャッチコピーの下には好奇心をくすぐる色についての解説が書かれていた。
世の中には数百万という膨大な数の色を可視化できるらしい。
ペン先の太さ、インク、色、書き味、それだけでも個性が出せそうだ。
ボールペンのボディもカスタムできるようで、女児向けのラメや小さな装飾のついたパステルカラーや、大人向けのシンプルなボディデザインまで幅広い。
きらびやかなに展開されたコーナーに目を奪われたが、彼女が選ぶのはもっとシンプルだ。
新商品の裏側で展開されているボールペンコーナーに移動する。
彼女のボールペンにおける嗜好は、ボール径0.7mm、インクは油性、書き味、軸の重さは軽めだ。
使う色は、黒、赤、青の3色のみ。
替え芯を3、4回ほど入れ替えて使い切ったあと、新しく買い替えていた。
彼女は物を丁寧に扱うから物持ちがいい。
今回のように、彼女はときどき俺に買い物をまかせてくれていた。
以前、気分転換でもしたいのかと思っていつもと違うメーカーのボールペンを買ったことがある。
書き心地は悪くないとのことだが、肌感触が好みではなかったようだ。
結果として、妙な開拓はやめて彼女の愛用しているボールペンを買い続けている。
俺は、彼女がいつも使っている赤いボールペンと赤色の替え芯を手に取り、レジに並んだ。
彼女を取り巻く世界は、常にシンプルだ。
その簡素な世界は、俺には眩しすぎるほど純粋で美しい。