『この世界は』
高校2年の夏休み。
眼鏡というレンズ1枚を隔てたこの世界に、彼女という天使が舞い降りた。
あのとき以来、俺の世界は華やかに彩られる。
*
仕事終わりに本屋に寄る旨を伝えたら、彼女からおつかいを頼まれる。
「赤のボールペン買ってきて。消えないヤツ」
彼女からのメッセージアプリには「了解」のスタンプを返した。
こだわりはないのだろうが、フリクションや水性ボールペンを彼女は好まない。
長年愛用している本屋の文具雑貨コーナーは、着々と本スペースを侵略していた。
目当ての本を購入したあと、広々とした文具コーナーを物色する。
ずらりと並ぶ、色とりどりのボールペンコーナーで、俺は足を止めた。
「可視化できない思いを色で描く」
新商品なんだろうか。
キャッチコピーの下には好奇心をくすぐる色についての解説が書かれていた。
世の中には数百万という膨大な数の色を可視化できるらしい。
ペン先の太さ、インク、色、書き味、それだけでも個性が出せそうだ。
ボールペンのボディもカスタムできるようで、女児向けのラメや小さな装飾のついたパステルカラーや、大人向けのシンプルなボディデザインまで幅広い。
きらびやかなに展開されたコーナーに目を奪われたが、彼女が選ぶのはもっとシンプルだ。
新商品の裏側で展開されているボールペンコーナーに移動する。
彼女のボールペンにおける嗜好は、ボール径0.7mm、インクは油性、書き味、軸の重さは軽めだ。
使う色は、黒、赤、青の3色のみ。
替え芯を3、4回ほど入れ替えて使い切ったあと、新しく買い替えていた。
彼女は物を丁寧に扱うから物持ちがいい。
今回のように、彼女はときどき俺に買い物をまかせてくれていた。
以前、気分転換でもしたいのかと思っていつもと違うメーカーのボールペンを買ったことがある。
書き心地は悪くないとのことだが、肌感触が好みではなかったようだ。
結果として、妙な開拓はやめて彼女の愛用しているボールペンを買い続けている。
俺は、彼女がいつも使っている赤いボールペンと赤色の替え芯を手に取り、レジに並んだ。
彼女を取り巻く世界は、常にシンプルだ。
その簡素な世界は、俺には眩しすぎるほど純粋で美しい。
1/16/2026, 8:21:59 AM