あの子は綺麗で、その子は賢くて、君は強くて―――他人が持つ才能が羨ましい。私には、何にもない。綺麗でも、賢くも、強くも……その他、絵が描けるとか、そんな才能を、私は持ち合わせてない。少なくとも、私視点からは。
わかっている。これが贅沢のようなものであることは。地震が起きたりして家がなくなったり、近くの人が死んだりなんてしてない私は、十分幸せなのだろう。十分恵まれた方なのだろう。
それでも望んでしまうのが―――ないものねだりをしてしまうのが、おそらく人間の性だ。自分の持っていないものがどうしようもなく輝かしいように見えて、自分の持っているものが粗末なように見えてしまう。
「苦しい」
自分にないものを見てしまうのが、どうしようもなく苦しい。それを羨ましいと、それが欲しいと、ないものねだりをしてしまうのがどうしようもなく苦しい。でも生きるために目は閉じれない。生きるために耳は塞げない。ニュースも、ラジオも、新聞も、SNSも。生きるということは、他人の素晴らしい功績を見聞きすることになるのだ。絶対に知ることになるのだ。
生きるのをやめれば、確かにそんなことはないけど―――私は、死ぬのも怖い。何もできない。
「……苦しい」
いつかこの苦しさから解放される日が来るのだろうか。何もない私が、ないものねだりをしないことをやめられるのだろうか。諦めるって、どうするのだろう。どうしようもなく欲しくなるのに。ないものねだりなんてやめたいのに、やめれないから。
「―――苦しい」
今日も私は、誰かの才能に嫉妬して、ないものねだりをして、勝手に苦しんでいる。
あいつだけはない、と思っていた。ずっとずっと、昔から。病院までも同じだった、母親同士が親友である幼馴染のバカとなんて。
「随分とまあお似合いカップルじゃない?幼馴染くんと」
「カップルて……そんな気はないよ、互いにね」
―――事実、直前になるまでしてたのはこんな会話。後ろからも、あいつとその友人が、私とあいつはありえないという話をしていた。
その理由は簡単だ。
「だって好きじゃないもん、あいつのこと」
好きじゃない―――タイプじゃないのだ、お互いに。もちろん、幼馴染としては好きだ。いいところもたくさんあるし、あいつに対してそういう相談をクラスメイトから受けたとき、なかなか見る目がいいと称賛してしまうくらいには。だがそれは決して、決して幼馴染としての感情で、恋人になるような感情ではない。
「はあ、あんだけイケメンがいるのにタイプじゃないねぇ。ま、幼馴染くんもそう言ってるとこ見るけどさ」
「でしょ?互いに無理なんだよ。そもそもほぼ家族みたいなもんなんだから、恋愛的に見るのはなかなか難しいって」
このとき、できないではなく難しいと言ったことが未来の運命をわけたのかもしれない。遠い遠い、それこそ今から大体十年後の社会人となったときのことではあるけど……。
*****
「……随分とまあ仲悪くなったじゃない?幼馴染くんと」
「仲悪いて……まあ、そうなのかもね」
十年後の同窓会。お似合いカップルだと互いに友人にもてはやされていた私達は、今現在そんなことを言われることはなくなった。疎遠になった、ということだ。私達は高校を出てからも母親関係で関わると思っていた……それが、仇となった。私の母親が病にかかり、そんなことできるような状況ではなくなったのだ。私は母親の看病に時間も金も費やすようになり、父親は母親を生かすために今までより必死こいて働くようになった。その努力が実を結んで母親の病は治ったけど―――そのときにはもう、大学生を軽く超え幼馴染と関わることはなくなった。
「……」
「でもその疎遠はどうやら、今更恋心を人に抱かせたらしいわね」
「うるさいよ」
好きじゃないのに。あいつの性格が変わったとは思えない、恋愛的には一番好きじゃないはずなのに……遠い席で酒を飲んでる笑顔をあいつを見ると、それこそまるで一目惚れしたようにどくんと心臓が鳴った。否、鳴ってしまった。
なんでこうなったのかはわからない。だけど確かに、十年一切関わらなかった人なんて家族だという認識が薄れたのかもしれない。蘇ってくるのは前の思い出と同時に、とある言葉だ。
「だって好きじゃないから、あいつのこと……か」
それも十年前のことだが、私が友人と喋っていたときに後ろでそう言ってたのだ。もちろん幼馴染として好きだけど、恋愛的には好きじゃないから、と。
「―――さいっっっあく」
あいつは私を好きになることはない。だって一番、恋愛的に好きじゃないから。でも私は、なんでか―――恋愛的に好きじゃないのに、好きになってしまった。
「絶対報われない恋だなんて、したくなかった」
好きじゃないのに、好きになるなんて。
上を見上げれば、今日も今日とて綺麗に光り輝く太陽が晴天に浮かんでいるのが見える。
「はぁ、晴れは眩しくて嫌いだな」
「全部全部実際になれば嫌いでしょ。事実、昨日雨がどうとか言ってたじゃん」
それはそうなんだけども。僕に対して友人は今日も冷たい。上で輝く太陽とは真反対である。まあそもそも、晴れも曇りも雨も、何事も利点欠点があるものだ。そして、利点より欠点のほうが人は気にするというもの。少なくとも僕はそう思っているので、僕は全て実際になれば嫌いということが多い。
友人と家に帰るまでの道を歩く。昨日の影響でできた水溜りを遊び心で踏むとぴちゃぴちゃと音がする。少しはねたそれは、僕の足についた。
「ぅわっ、冷たっ」
「バカじゃん」
思わず漏らした言葉に、そう返される。本当にこの友人は……。力強く道端の水溜りを踏んだ。それは当然、友人にかかる。友人は少し固まったあと、僕をポコポコと叩いてきた。少し強くて痛い。でも―――とても、楽しそうではある。
前は、この友人はこうではなかった。とある災いにより周りのものを失くした友人は、その目に光を宿しておらず、ずっと泣いていた。こんな、晴天のような顔ではなかった。
「……」
とある災いから十数年経って、人々は回復した。もう、昔みたいに家で泣き続ける人も、道端で路頭に迷い泣き続ける人も、来るはずもない待ち人を待って泣き続ける人も、だいぶいなくなった。そう、昔はところにより晴れという状況だった。
だが今はどうだろうか。
「ちょっと、何考えてんの?」
「……なんでもない、きっとどうでもいいことさ」
僕らにとっては、きっと。いい方向に転んだに違いない。ただ、ただ―――少し、寂しいだけだ。回復した友人は、皆々と遊ぶようになった。それはいいことだけど……逆に僕は、遊ぶことがなくなっていったのだ。
「まあいいや、帰ろう。特別な存在も今待ってるし」
「特別な存在……ああ。あいつはあいつのような存在を見つけられるのかな、果たして」
もうずっと、友人は別の人を考える。
ところにより、晴れ。数少ない人々だけ晴れにいて、その他大勢は救われない雨の中に昔いた。けれど今はそうじゃなくなった。
ところにより、雨。その他大勢は救われた晴れにおり、未だずっと囚われ続けた数少ない人々は雨の中に居続ける。
「?ねえ、大丈夫?」
どれだけ経とうと、どんなことが起きようと、晴れの中を歩く人は必ずいる。雨の中を歩く人は必ずいる。ところにより晴れだった友人は、ところにより雨になった。なら、なら今の僕は、―――。
「特別な存在が待ってるんだって。行ーくーよ」
考え事をしていれば、むすっとしている友人が目に入った。ああそうだ、今は僕の心情なんてどうでもいい。特別な存在を、特別な存在に戻してやらなければ。
そのためには、僕はところにより雨でなければ。元気付ける人の元気がないなんて、本末転倒もいいところだ。ところにより雨、ところにより雨。僕の心には災いにより少し水溜りができてしまったが、それだけ。大丈夫、大丈夫。
「はいはい、わかったよ」
どす黒い嫉妬心が雨雲にならぬよう、押さえつけて。友人は、友人。そこを外れることも上に行くことも、ありえない。ありえてはくれないのだから。
―――今日の天気は、やっぱりところにより雨、だ。広範囲は晴れでなければ、そうでなければならない。
友人の隣を、友人として、広範囲晴れの範囲であるここを通り、家に帰った。
私は今まで何で生きてきたんだろう。目的も目標も夢も、何もやることもしたいこともないくせに、日々を怠惰に過ごしている。昔は多分、こうではなかった……ような気がする。
目を瞑れば、昔の情景が瞼の裏に流れ出す。
「あなたは特別な存在よ」
そう笑う、母がいた。
「お前は特別な存在だ」
そう笑う、父がいた。
「もっちろん、君は特別な存在さ」
そう笑う、友がいた。
「私はきっと、みんなにとって特別な存在だ」
そう笑う、私がいた。
でもそれは、突如としてなくなった。母も、父も、友も、とあることにより亡くなった。私は、幸運で生きただけだった―――いや、幸運だったのだろうか。周りがいなくなって当然、私を特別な存在だと言ってくれる人はいなくなった。私はいつの日か、私を特別な存在だなんて思わなくなった。特別は周りがいるから生まれるものだ。周りがいなければ、生まれない。それを、痛感した。
生きていることを、素晴らしいことだという。生命は重たいもので、自殺などはいけないものだという。でも、……でも。果たして今の私の生命は、重たいものだろうか。生きる意志なんてなくて、意味を見つけられなくて。
「……」
正直に言えば、今すぐにでも母たちと同じ場所へ行きたかった。飛び出したかった、投げ打ちたかった。―――飛び出そうとも、してる。けど結局、飛び出したことはない。
わかっている、情けない行為であることは。みんながみんな、あんな災いを受けても負けずに生きている。なのにも関わらず、ずっとずっと私だけ負け続けている。ただ社会の荷物になっている。飛び出すも飛び出さないも、一番情けないのは何もできず進歩していない人だ。私はそれに当てはまる。
「……」
ベランダの柵に、手をおいて下を覗いた。私がいるのはマンションの4階。ここから飛び出せば、母たちのところへ行ける。
「―――特別な存在だ、私は。私は、特別な……存在」
飛び出せる、わけない。どれだけあの人たちが私のことを特別な存在だと言ってくれたかわからない。そのぐらいには、私は愛されていた。あなたのおかげで、生きる元気を貰えるって。今の私にそんな力はないけど、沢山の人に褒められた生きる元気を、その称号に関するものを、私は捨てたくない。
過去、私が助けた後輩が言っていた。当時、自分にとって特別な存在をすべて失ったと。自殺する手を引き戻してくれた私から、沢山の人と同じく生きる元気を貰えたと。後輩は同じく、とあることにより亡くなってしまった。でも、遺したものがあった。最初、遺書だと思われたそれは―――私への、ラブレター。私を特別な存在だと語ってくれていたものだった。そこの最後の文には、こう書いてあった。
「あなたという特別な存在ができたおかげで、自分は目的も目標も夢もできました。あなたのおかげで、笑顔になれます」
特別な存在ができれば、私の失くしたものを取り戻せる。笑顔になれる、と。
特別な存在であった私に、特別な存在を見つけられるだろうか。
「バカみたいだな、お前」
目の前の人間は私を見下ろしながら言う。バカみたい、か。こいつからどれだけ言われたのだろうか。
「はぁ、バカみたいなのはお前でしょう」
そして、どれだけこいつに言っただろうか。いつもいつも一緒だ。皆が寝静まる頃、夜に。周りはぐっすりと眠る中で、討論をしているのだ。この行為で得れるものなどありはしないのに。
「嘘吐きで、何を得れる」
「さあ?」
「そっちこそ、正直者で何を得れるのです?」
「……さあな」
どっちも互いに問いに答えられない。
正直者が、バカを見る。いくらやることなすこと善行だとしても、正義のもとに行動しているのだとしても。結果は仲間のいない未来。こいつは昔、正しい行いとやらでどれだけ人から疎遠にされたか覚えていないのだろうか。周りの友人からは空気を読めないと言われ、厳しい、つまらない、……面倒だから、関わりたくない。幾度となくそのようなことを言われ、どれだけ枕を濡らしたか。なら、正直者より嘘吐きのほうがいいに決まってる。
「嘘も方便という言葉があります。この嘘は、いつかきっと綺麗に花開く」
「正直は最善の策という言葉がある。その嘘は、いつか恐らく枯れ果てる」
どっちも譲らない。当たり前だ、これはその時までの生き方の否定だから。他の否定でしか自らを肯定できない。嘘をついて生きるか、正直になって生きるか。嘘を肯定したいから、正直を否定する。正直を肯定したいから、嘘を否定する。こんな行為、愚かで醜くて―――。
「お前が生きれるはずがない」
「その言葉、そのまま返します」
互いを、殺し合う行為で。
「バカみたい」
正直も嘘も―――昔も今も。肯定すれば、よかっただけなのに。
過去に囚われ、今に執着して、未来に希望を抱きたくて。どれだけ生きれば、自分に似合うものになるのだろうか。
今日も一人、布団に潜り目を瞑り、ただただ今日を苦しみながら幸せな明日が訪れるのを待ち続ける。