「バカみたいだな、お前」
目の前の人間は私を見下ろしながら言う。バカみたい、か。こいつからどれだけ言われたのだろうか。
「はぁ、バカみたいなのはお前でしょう」
そして、どれだけこいつに言っただろうか。いつもいつも一緒だ。皆が寝静まる頃、夜に。周りはぐっすりと眠る中で、討論をしているのだ。この行為で得れるものなどありはしないのに。
「嘘吐きで、何を得れる」
「さあ?」
「そっちこそ、正直者で何を得れるのです?」
「……さあな」
どっちも互いに問いに答えられない。
正直者が、バカを見る。いくらやることなすこと善行だとしても、正義のもとに行動しているのだとしても。結果は仲間のいない未来。こいつは昔、正しい行いとやらでどれだけ人から疎遠にされたか覚えていないのだろうか。周りの友人からは空気を読めないと言われ、厳しい、つまらない、……面倒だから、関わりたくない。幾度となくそのようなことを言われ、どれだけ枕を濡らしたか。なら、正直者より嘘吐きのほうがいいに決まってる。
「嘘も方便という言葉があります。この嘘は、いつかきっと綺麗に花開く」
「正直は最善の策という言葉がある。その嘘は、いつか恐らく枯れ果てる」
どっちも譲らない。当たり前だ、これはその時までの生き方の否定だから。他の否定でしか自らを肯定できない。嘘をついて生きるか、正直になって生きるか。嘘を肯定したいから、正直を否定する。正直を肯定したいから、嘘を否定する。こんな行為、愚かで醜くて―――。
「お前が生きれるはずがない」
「その言葉、そのまま返します」
互いを、殺し合う行為で。
「バカみたい」
正直も嘘も―――昔も今も。肯定すれば、よかっただけなのに。
過去に囚われ、今に執着して、未来に希望を抱きたくて。どれだけ生きれば、自分に似合うものになるのだろうか。
今日も一人、布団に潜り目を瞑り、ただただ今日を苦しみながら幸せな明日が訪れるのを待ち続ける。
3/23/2026, 8:20:11 AM