海月は泣いた。

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12/19/2023, 8:57:16 AM

冬は一緒に


冬の匂いがする。真っ白でどこか懐かしい空気の匂い。冷たい風が鼻をつんと刺して痛い。寒さで赤らんだ頬に風がぶつかる。手先も足先も頭のてっぺんでさえ寒いのに隣の体温だけが温かくっていじらしい。
「今年の冬は例年以上の寒さなんだって」
「どおりでこんなに寒いんだ」
有り触れたなんて事ない会話も貴方だから特別で愛おしい。くつくつと笑う楽しそうな横顔が、陽気なイルミネーションの光も無機質な夜景の光も淑やかな月光も敵わないほど美しくて眩しい。貴方がいるだけで僕のモノクロの世界は虹色に輝いて、ちっぽけな事さえもかけがえのないものに変えてしまうんだ。卑屈で弱気な僕だけど、いつまでも僕の心のど真ん中にいて欲しいという我儘を貴方なら許してくれるだろうと本気で思っているんだよ。冬は寒いからね、って理由を付けて手を繋ぎたい。身を寄せあって上手く歩けなくなるくらい近づいて笑い合いたい。春も夏も秋も、無理に理由を引っつけてどうにか隣にいたい。いや、理由なんかなくたってそう願うよ。貴方の存在丸ごと理由になるから。
「手、繋いでもいい?」
僕らは恥ずかしがり屋だから人前であんまり手は繋がない。けど、今日ばかりは貴方を想う熱に浮かされてしまいたかった。貴方がいいよ、ってとろとろの優しい瞳で言うから僕は溶けちゃいそう心地だった。白魚の様な繊細な手を取って、指を絡める。頬を桜色に染めて、嬉しそうに笑う貴方の姿に僕は心臓は大きく跳ねて、つま先からじんわりと貴方色に染っていく。

12/17/2023, 1:32:39 PM

とりとめもない話


「寒い」
「ね」
「なんで冬って寒いんだろうな」
「それな」
「なにその適当な返し」
「んー」
「おい」
「ん」
「ゲームやめろ」
「むり、いまいいとこ」
「俺がいんのにゲームすんのかお前」
「あー、はいはい」
「聞いてんのか」
「ちょっと待って…って、あ、あーーーー、あーー!」
「ざまあ」
「負けたじゃん!」
「俺のせいじゃないし」
「邪魔するからあ」
「そもそも、お前がゲームするのが悪い」
「はいはい、構って欲しいんですね」
「ちがうし」
「見栄はるなって」
「はってない」
「大丈夫大丈夫、僕には分かるよ」
「…もーいい、お前なんか一生ゲームしてろ」
「しないしないおわりおわり」
「あそ」
「冷たーい」
「知らね」
「もー…あ、」
「、?」
「…そういえばさ、駅前にケーキ屋できたの知ってる?」
「……知ってるけど」
「一緒に行く?」
「…行かねえ」
「本当は行きたいくせに」
「はあ?」
「いーよ、もう分かったから。ゲームしててごめんね?」
「…お、まえさあ」
「ん?」
「俺が許すって、わかってて言ってるだろ?」
「そうだよ」
「はあ」
「ははっ、ごめんね」
「まったく、悪いやつめ」
「つくづく僕に甘いね」
「ケーキ食べたいだけだから」
「はいはい、ツンデレね」
「さっさと行くぞ」
「はーい」

12/15/2023, 1:30:28 PM

雪を待つ


しんしん、つもる。
つもってはとける。
とけてはつもる。
そうやってみてたら、いつのまにか朝になった。
寒いね、
冬の朝は寒いね。
って細い声に目を覚まして
わたしをそっと、
あったかい羽で包むから
ようやく眠たくなってまぶたをとじるよ。
おやすみ、って
あなたのやさしいこえで
わたしは夢の中へいくの。
まだあなたのやわいまつ毛をながめていたいけど
それは、きっと
雪がとけたころ、だね
またねって
そっと
ささやくの。

12/15/2023, 3:42:43 AM

イルミネーション


イルミネーションを見てはしゃぐ若者たちを見て、馬鹿らしいと思っていたけど、今はその気持ちがわかってしまう。確かに、恋人と見るイルミネーションは綺麗だ。柄にもなく心が浮ついてしまう。青、白、黄色、赤、色とりどりのちいさな光を如法暗夜の瞳に宿している横顔が、あんまりに美しくて思わず見蕩れた。光と藍が混じりあってゆらりと揺れる瞳に溶かされてしまいそうだ。こちらの視線に気づいて、目が合う。途端に凛とした表情をくしゃっと崩して、甘ったるい表情をさせるから恥ずかしくって頬が染っていくのが分かる。薄い唇がゆるく弧を描いて俺にだけの笑顔がむけられるのがもう堪らなかった。
「どんな光より綺麗だよ」
そう笑うから、俺はなんて返したらいいか分からなくなって目を逸らした。その様子にまた愛おしいみたいに笑っていた。
「…俺も、そう思う」
俯きながらちいさな声で言うと、やっぱりそう思うよね!自他ともに認める美しさで……!とか呑気な答えが返ってきて呆れた。ほんとうにこいつのことは未だによく分からない。お前のことを言っているんだと返してもきっとそんなそんな…って、両手を振って否定するだろうし。でも、昔みたいにムキになるのはもうやめた。絶対に分かり合えないと分かったからだ。それでも、どんなにムカついたって分かり合えなくたってこいつの隣を譲るつもりはない。そのくらい俺はもう毒されてしまってる。そうやって自分が自分で無くなっていく感覚が酷く怖いのに、恐ろしいほど心地好い。
「もういいよ、それで」
思ったより優しい声が出てしまって焦ったけどこいつはそんなこと気にしてないみたいだった。ゆるゆると顔を綻ばせて、だらしない表情をさせてる。俺以外にそんな顔するなよ、なんて独占欲がでてしまうのは、きっと言わなくてもしないだろうけど。言葉にする代わりに、身を寄せて手を繋いだ。今にも沸騰しそうなほど真っ赤になった顔に笑った。強く握り返された時のちょっとの痛みが嬉しくって心臓が痺れるみたいだ。つま先から頭のてっぺんまで満たされて溢れてしまいそうになる。頭を寄せて押し付ければまた顔を赤らめるのが可笑しくて、それを繰り返した。小さな光たちがキラキラと輝くけど、その何よりも、照れた笑顔が眩しくて仕方なかった。

12/12/2023, 11:53:11 PM

心と心


「逃げちゃおうよ」
そう言ったのは私だった。彼女は酷く驚いた顔をしていたけど何だか嬉しそうで、その言葉を待っていたみたいに見えた。学校の最寄り。降り慣れた駅に着いて席を立った彼女の手を握って引き止めた。彼女は固まって動かなくて、私はドアが閉まるまで彼女の手を決して離すまいと強く強く握った。正直、私の心臓は緊張でバクバクと音を立てていた。彼女が手を振り払って去っていってしまうんじゃないかと不安だった。だから、いつものメロディが鳴ってドアが閉まった時やっと息ができたみたいな気分だった。彼女はドアが閉まったのをただただ見つめていて、暫くしてからゆっくりと席に座った。左隣の彼女をちらりと見やると、彼女は少しだけ微笑んでいて、てっきり怒られるんじゃないかと思っていた私は首を傾げた。
「ふ、ふふ、っ、こういうの初めてだ」
幼い顔で楽しそうに嬉しそうに笑うから、私までつられて笑う。
「私もだよ」
「怒られちゃうなあ」
明日への不安とかそういうのも全部、今の私たちはちっとも怖くない。むしろそれを楽しんでまでいた。
「怒られた時の言い訳考えておこう」
そう言うとまた彼女は笑った。いつもは見えない白い歯が見えてドキドキした。こんな楽しそうな顔初めて見たかもしれない。いつも何を考えているのか分からない顔で遠くを見つめていた瞳に、今は私が映っていて何だか恥ずかしい気持ちになって目を逸らす。
「どこまで行こうか」
「どこまででも」
行く宛てのない私たちは、ただただ列車に揺られて他愛もない話をした。最近好きな音楽だとか、クラスのあの子の恋模様とか、ほんとにほんとに下らない話をしていた。こんな穏やかな時間がいつまでも続けばいいのにと思っていたけど、やっぱり時間は有限だ。列車内に終点というアナウンスが響いて、私はついにこの時間が終わってしまう、と淋しい気持ちになった。扉が開いて、私たちは揃って列車から降りる。
「…きれい」
思わずわあっと感嘆の声が出た。目の前は真っ青な海が広がっていた。
「こんな場所あったんだね」
「ね、初めて来た」
彼女の瞳に海の青が映って真っ黒な黒目に透き通った色をさせていた。太陽の光を反射した波のちいさな光たちが透明度が増した黒の中に宿ってそれが星空みたいで綺麗だった。
「今日は、初めてのことがいっぱいだ」
彼女は少女のような顔で言った。私は、ぽてりとした桜色の唇の動きに見蕩れて浮ついた心でぼんやりと彼女を見ていた。
「それを、貴方と一緒に出来て嬉しい」
照れたみたいにはにかんだ。その微笑みは天使の様だった。頬は桃色、唇は桜色に染まっていてさながら春のように麗しかった。映画のワンシーンみたいな儚さだ。
私もだよ、と口に出さずともきっと分かるだろう。その代わりに彼女を抱き締めた。細く壊れてしまいそうに脆い体躯を守るように、強く優しく抱き締めた。おかしくって恥ずかしくって、私たちは心と心をくっつけ合って笑った。
「バカみたいだ」
そう言う彼女は優しい顔をしていた。私たちは未来への不安とか恐怖とかそういうの全部から逃げるように手を繋いだ。私は海を見る横顔に見蕩れながら好きだよ、とバレないように囁いた。

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