冬のはじまり
車内の窓から眺めていると
向こうの山の頂点が白く染まっている。
フー…と息を吐いてみると
雪を吐いたかのように白いモヤ。
美しく咲き誇っている椿は
暖かい色に控えめな優しさで溢れている。
炬燵でぬくぬくと温まっていると
肌がじんわりと熱に溶けていく。
冬って寒くて嫌かもしれないけれど
実は気付いていないだけで
暖かいものが沢山詰まっているんだ。
あちらこちらと視界を広くすれば
心まで暖かくなるんだ。
君もきっと冬を好きになる。
終わらせないで.1
────雨が降っている。
酷く煩い雨の音は僕の嗚咽を掻き消す。
あぁ、もう一度君に会えたら…
なんて心の中で何度も願っても
戻って来ることの無い君の無邪気な笑顔
何度も助けられた暖かい君の声、
僕が作る黒く焦げた卵焼きを
いつも美味しそうに食べる君も
こっそりサプライズで嬉し涙を流した君も、
喧嘩したらスイーツを一緒に選んで
食べて仲直りした思い出も
全部失ってしまった。
「私が居なくても生きて」
終期に君が囁いだ約束。
呪われたかのように僕にまとわりつく。
君が居ない人生は息が詰まりそうで苦しいんだ。
周りの景色は色褪せて生きることさえ辛いんだ。
泣いても戻らないのに涙が止まることはなく
いつもより暖かい朝日が顔を出した。
「終わらせないでよ」
終わらせないで.2
───強く美しく咲き誇っている向日葵。
向日葵を眺めているとふと思い出す。
大きな庭のガーデンからひょっこりと
現れる眩しい笑顔の少年。
あなたはいつも元気に走り回っては
綺麗な景色があると連れていってくれる。
ある日、明日で引っ越すと言われて泣きそうな私は
君と指切りげんまんをした。
「秘密の約束だよ、大きくなったら迎えに行くね」
向日葵と初恋を残して遠くに行ってしまう。
終わらせないでよ…もっと一緒に居たかったよ。
──数年経った今も思い出す。
君にサプライズで思い出の向日葵を買った。
「ただいま~向日葵だよっ!」
家の鍵を開けるとあの頃より低い甘い声で返事が聞こえる。
あぁ幸せだな
愛情
────ガタンゴトン…ガタンゴトン…
大きく揺れながら移動する列車の中。
風が冷たく空は灰色をしていた。
あぁ、思い出してしまう。
一年前の今日の出来事を───
今日は君の誕生日だ。
仕事を早めに終わらせて今まで
ゆっくり出来なかった分お祝いをしようと
ワクワクしながら家の鍵を開ける。
誕生日プレゼントを隠そうと
周りを見回した時、机に何かが置いてあることに
気づいた僕は訳が分からずに慌てた。
「もう一緒に居られない」
と置き手紙と婚約指輪が置いてあったのだ。
お互い仕事ですれ違いを繰り返して
幸せを感じることも少なくなったけれど
こんな終わり方は嫌だと
雨の中、足掻くように君を探した。
嫌だよ…戻ってきてくれ…
願っても君は何処にも見つからなかった。
〇〇駅 〇〇駅 お降りの際は────
目的地に着いた僕は手紙を取り出す。
明るい空色に淡い桃色のコスモスの封筒に
何度も書き直した跡が残ってる手紙用紙。
そこには今、君が住んでいる場所や
一年前の出来事についての謝罪が
書かれていた。
僕は直接会って話し合いをしようと
君の居る街に向かった。
けれど緊張もするし、やっぱり辞めようと思うし
まだ君が好きなんだという気持ちが混ざって胸が締め付ける。
この街は君が好きだった花や
付き合っていた頃によく食べていた料理。
君の好きなものがあちらこちらに詰まっていて
歩く度に彼女を思い出させるようで…
落ち着こうと近くにあったカフェに寄り
君と一緒に飲んでいた珈琲を注文した。
スケサ…ンデミテ…
後ろの席から話し声が聞こえる。
こっそり聞き耳立てみると、
「祐介さん!これ美味しいわよ、飲んでみてっ!」
「これこれ、紗良ちゃん、声が大きいよぉ~笑」
聞き覚えのある声、はしゃいでるような話し方も
信じたくなかったけれど
あの日の…置き手紙の理由が分かった。
珈琲が届いては急いで飲みその場を去った僕は
涙と共に変わらない君への愛を想う。
そうか…君は幸せなんだね、
もう僕は必要無い、
僕は君が幸せならそれでいい。
美味しかったはずの珈琲は
今はただ苦いだけ…
「今までありがとう、お幸せに」
微熱
───3泊4日の修学旅行。
今日は京都で八ツ橋工場を見学する予定がある。
ガタンガタンと揺れるバスの中で僕は考え事をしていた。
独りぼっちだし友達1人も居ない、
先生に誰かと班を組めって言われても
引き籠もりだった僕にはハードルが高すぎる。
お降りの際は、バスが止まってから────
アナウンスが聞こえバスを降り
僕たちは八ツ橋工場へ移動した。
工場で働く人の話を長々と聞いては
見学するために班を組むことになった。
「ど、どうしよう…」
不安でたまらなかった僕は
仮病を使おうかな…と迷っていた時、
後ろから透き通ったような声が聞こえた。
「ねぇ、良かったら私と班組まない?」
「え…いや、あっ、、えっと…ごめん!」
まさか声をかけられるなんて…
しかも僕が気になってる女の子。
前に教室の掃除をサボってる人達の代わりに
綺麗に丁寧に掃除をしているのを見た時から
教室で視線を追うようになって…
君に恋した女の子と話せる機会なんて無いのに
僕はドキドキして思わず逃げてしまった。
仮病を使い、見学を休んでしまった僕は
逃げてしまった罪悪感と
誘おうとしてくれた彼女の気持ちが嬉しくて
ちょっとだけ、にやけた。
───数十分後、彼女の班が見学が終わり
休憩時間になった。
「大丈夫?具合悪かったんだね、誘ってごめん!」
振り向くと君が不安そうにしていた。
仮病を使って休んだので心配されたけれど
勇気を出して今度こそ…と返事をした。
「あ、ありがとう!」
君は綺麗な笑顔をして僕の頭に触れた。
この時初めて勇気を出す事が
こんなに嬉しいなんて知った。
それと同時に彼女の手に触れたからか
僕の顔は熱くなっていた。
これは微熱だ、照れてない。
そう自分に言い聞かせた。
───これは微熱だと願って。
太陽の下で
───激しい雷雨が明けた翌日。
眩い太陽が灰色の雲から顔を覗かせている。
「ねぇ、何を作ってるの?」
台所からふわっと甘い香りと
野菜たちの香ばしい香りがして
僕は何を作ってるのか気になった。
少し覗いてみると僕の大好物の
野菜炒めとアップルパイをお弁当箱に
詰めたものが机に並んでいた。
「あなた、今日は天気もいいのよ」
君は嬉しそうに三人分のおかずを
お弁当箱に詰めながら口ずさむ。
僕は部屋に引きこもっている祐樹を誘おうと
少しぎこちない笑顔で
「祐樹、良かったら外でご飯を食べないか?」
祐樹はしばらく黙ってから口を開いた。
「……分かった」
少しそっけない返事。
だけれど僕は嬉しいような緊張するような…
そんな気持ちになった。
時間を気にしては支度を済ませ、
車に乗り目的地に向かう。
────目的地に着き
風通しのいい草原で敷物を取り出した。
朝から張り切って作ったお弁当箱と
温かい紅茶を用意し、手を合わせる。
「いただきます」
サンドイッチに色々な具のおにぎり、
僕の大好物の野菜炒めに
前に祐樹が美味しいと言ってた卵焼き。
会話は少ないけれど
川の流れる水音や鳥の鳴き声
自然で溢れてて心地よかった。
無理もないよな…焦らずに仲良くなろう、、
と祐樹の様子を疑いながら
眩い空を眺めていると、
「と、父さん、これ美味いから…食べてみて…」
祐樹は小さい声で照れくさそうに言った。
君は安心したような表情でふふっと微笑んだ。
僕は嬉しくて涙が零れそうになるのを堪え
食べかけの甘い卵焼きを口に入れた。
「うん、、うん、、とても美味しいよ!」
───すぐに仲良くなることは難しいけれど
心を開いてくれるまでそう遠くはないかな。